Love means never having to say you're sorry

後編


 デートの日、アンジェリークは朝から緊張していた。
 確かに、今は同じベッドで眠っているものの、身を寄せ合っていると言う感じだ。
 それがふたりにとって、言い表すことが出来ない緊張感を生んでいた。
 アンジェリークは、なぜだか、初めてのデートのような気分で、甘い緊張感が走っていく。
 アリオスよりも少しだけ早く起きて、朝食の準備をした後、お気に入りのクリーム色のワンピースに着替える。
 見たことのないものだったが、直感でそれが気にいったものだと判った。
 少しいつもより念入りに、おしゃれをする。
「まま! ちれい〜!!」
 双子は、朝食の席でアンジェリークを見るなり、スプーンを叩いて喜んだ。
「ありがとう、ふたりとも」
 双子がごはんを食べ散らかすのにも、アンジェリークは目を細めて世話をしてやる。
 それが、アリオスには愛しい風景となった。

 双子も朝食後、お揃いの服に着替えさせてもらい、ご機嫌になる。
 ふたりは今日、レイチェルたちと遊園地に行き、家に連れて帰ってもらい、お風呂まで入れてもらえる予定だ。
 遊園地の後、夕食を兼ねてエルンスト推奨の健康ランドで遊ぶのだ。
 そのための荷物を、リュックにも詰め込んでやっていた。
「やっほ〜! ベビーシッターに来たよ〜!!」
 元気な声と共に明るくレイチェルたちがやってきてくれた。
「サンキュ」
 レイチェルもアンジェリークの記憶喪失の件を知っているせいか、いつもに増して無駄に明るい。
「レーチェル〜!!」
 双子も彼女にはよく懐いているせいか、ぱたぱたと走っていく。
「今日はごめんね、レイチェル。ふたりをお願いします」
「いいって! 任せときなって!」
「うん!」
 アンジェリークは、親友の心遣いに本当に感謝していた。
 アリオスとふたりで子供を預ける。
 やはりこういったときに親友は頼りになる。
「今日一日、お姉ちゃんといっぱい遊んで来るのよ?」
「うん! まま!」
 双子は嬉しそうにレイチェルとエルンストに手を引かれて、両親に手を振って出ていった。
「やっぱり、ふたりともレイチェルには懐いているわね」
「おまえが大学に行っている間、毎日顔を合わせるしな」
 また新しいことを教えてもらい、アンジェリークは頷く。
「俺たちも出かけるぜ? 時間は短い。とっとと始めなくちゃな?」
「うん」
 はなかみながら、アンジェリークはただ一度頷いた。

 準備が出来て、ふたりは車に乗り込み、ショッピングモールな向かう。
「何かベタなデートも悪くないからな」
「うん」
 ふたりきりの隔離された空間は甘い。
「あのね?」
 必殺の上目遣いで恥ずかしそうに見てくる。
 他の女がこんなことをしたら殴りたくなるところだが、アンジェリークだけは別だ。
 彼女は、計算などせずにそういう仕草が自然に出るのだ。
「何だ?」
「こういうデートって、凄く憧れていたの・・・。だから、嬉しい」
 恥ずかしそうに告白する表情は、今も変わりなくて、アリオスもまた嬉しかった。

 車をモールの専用駐車場に止めて、まずは映画を見に行く。
「ほら、来いよ?」
「うん」
 アリオスがさりげなく手を差し延べてくれたので、アンジェリークは素直にその手を取ることが出来た。
 しっかりと手を繋ぎ合って、お互いの温もりを確かめ合う。
 それが嬉しくてしょうがない。
「おまえ、ロマンティック・コメディ、見たいって言ってただろ? それ見ようぜ」
「うん、有り難う! 嬉しい!!」
 本当に嬉しくて、アンジェリークはぎゅっとアリオスの手を握り締めた。

 映画は、アンジェリークの好きな女優が出ている最新作で、本当に楽しんでいる様子だ。
 映画を見ている間も、ふたりはずっと手を繋ぎ合っていた。

「楽しかった。有り難う、本当に楽しかった!!」
「そいつはよかったな。腹も減ったし、軽く食ってから、ショッピングに行こう」
「うん!」
 食事を取るカフェはとても洒落ていて、嬉しい。
 ふたりは、有機野菜のサラダをそば粉のクレープで巻くサンドイッチを頼み、舌鼓を打つ。
「おいしい!」
「だろ?」
 嬉しそうに言った途端に、アンジェリークの表情は曇る。
「ふたりとも、ちゃんとごはんを食べられているかな・・・。パパもママもいないのに」
「大丈夫だ。あいつら、託児所で馴れてるからな。来年からは幼稚園の三年保育が始まるし、少しは親離れしねえとな」
「うん」
 やはり母親としての本能が動いているそうだと思いながら、アンジェリークは戸惑いつつも頷いた。
 そこにはどこかしら。『新米母』の香りがあった。

 食事の後は、夕食までウィンドーショッピング。
「これなんか、おまえ似合うんじゃねえか?」
 アリオスはワンピースを見立ててくれる。
「ホント、かわいい」
 アリオスが見立ててくれたものは、アンジェリークも良いと思ってたものだった。
「おまえ、最近、双子の物ばっかり買って、自分のものを全然買ってなかったろ? それ、買ってやるから」
「いいの?」
「ああ」
 アリオスの言葉が本当に嬉しくて、アンジェリークははにかんだ満面の笑顔を浮かべた。
「じゃあ、試着させてもらうね?」
「ああ」
 いそいそと更衣室に入り、慌てて着替えて出てくる。
 ワンピースを着た彼女は、本当に愛らしくて、子供をふたりも産んでいるとはとうてい思えなかった。
「似合ってるぜ。これを買って帰ろう」
「有り難う」
 彼の熱い視線に、アンジェリークは肌を真っ赤に染めて礼を言う。
 躰には熱い血潮が流れているような気分だった。
 彼女の艶やかな表情を見てしまった、アリオスには、もう感情を抑える自信がない。

 アンジェ・・・。今まではおまえのことを思って、何とか頑張ってきたが、もう、抑え切れねぇ。

 レジで精算をした後、ふたりは夕食までの間、またぶらぶらと手を繋いで見て回る。
「あっ!」
 アンジェリークが足を止めたのは、やはり子供服のショップだった。
「あの子たちにきっと似合いそうね」
「そうだな。今度はみんなで来よう」
「うん」
 見つめる、アンジェリークの瞳の光は、柔らかな母親のそれだ。
 アリオスはあの情熱的な甘い眼差しが、欲しくて堪らなかった。

 夕食は、レストランでのハーフコースで、丁度良いといった感じだ。
「こんなにしてもらって、凄く嬉しい」
「何言ってる。俺たちは夫婦だろ? 気にすんな」
「うん」
 子供に対してはいつもの温かな眼差しが戻ったのに対して、彼には少し気を遣った昔の彼女のままだ。
 これも、お互いに深く愛し合っているが故に、気を遣っているからだ。
 食事はどこかしら固い雰囲気で行われた。

 ふたりはどこかぎこちなさを残したまま、食事を終えた。
 駐車場に向かうまでも、手をしっかり繋いではいるものの、特には話さない。
 アリオスはもう限界に来ていた。
 駐車場に着き、車の前に来るなり、アリオスはアンジェリークを壁際に追い詰める。
「いい加減に、俺は限界だぜ」
「アリオス・・・」
 逃げ出さないように、彼は彼女の横に手を着く。
 ラフなスタイルのアリオスが近づいてくるのは、余りにも素敵過ぎて、アンジェリークは甘い緊張を覚えた。
「------記憶があろうがなかろうが、俺には関係ねえんだ、そんなこと…!!!
 ただおまえを愛してる、それだけだ・・・。
 何があろうとも、生まれ変わっても、俺はずっとおまえだけを愛する自信がある」
「アリ…んんっ…!!」
 いきなり抱き寄せられたかと思うと、深く唇を奪われる。
 口腔内を犯されるような舌の動きに、アンジェリークはおぼれる。
 
 …息が出来ない…

 何度も角度を変えてキスをされた後に、ようやく唇が離れる。
 アンジェリークのめは官能に潤んでしまい、ただアリオスを見つめることしか出来なかった。
「続きは家でな。もう我慢しねえ」
「…うん…」
 アンジェリークははにかみながら頷くと、車に乗せられて、自宅に向かった------


 家に二人が着き、暫くすると、子供たちが帰ってきた。
「ぱぱ、まま〜 たらいま〜」
 相変わらず双子は元気に両親の元に駆けつける。
「レイチェル、エルンストさん、今日は有り難う」
「サンキュ、ふたりとも」
 エルンストとレイチェルはまんざらでもないとばかりに、満足そうに笑っていた。
「楽しかったですから、気になさらないで下さい」
「じゃあ、ふたりともまたね〜」
 レイチェルとエルンストのふたりに、双子は楽しかったといわんばかりに、何度も手を振った。
 ふたりが帰った後、やはり、双子はびっとりと両親にくっつく。
「エリス、レヴィアス、今日は有り難う…。今度は一緒にどこかに行こうね?」
「うん!!!!」
 ふたりは本当に嬉しそうに、期待溢れた目で見つめていた。
 双子たちは興奮して色々と暫く話してくれていたが、徐々に眠くなり、アリオスとアンジェリークはふたり係でパジャマに着替えさせ、部屋で寝かしつける。
 ここまでは僅か30分ほどであったが、戦争であった。
「ようやく寝てくれたな?」
「うん…。あっ…」
 不意にアリオスに甘く抱きしめられて、アンジェリークは喘ぐ。
「-----さっきの約束、覚えてるか?」
「うん…」
 アンジェリークがはにかんだように微笑むと、アリオスはそっと抱き上げ寝室に連れて行った。

 ふたりだけの甘やかな時間が、久しぶりに訪れる。
「躰は俺のことを忘れていねえみたいだぜ?」
 からかうように引く声で囁かれて、アンジェリークは肌を薔薇色に染め上げた。
「あっ…、アリオス…」
 唇や指先で、彼に触れられるたび、忘れていた感覚が蘇ってくる。
 そして------
「あっ…!!!!!」
 愛する男性と結ばれた瞬間に、アンジェリークは走馬灯のように記憶が音を立てて蘇るのを感じた。
 アリオスと結婚した日のこと、子供を授かったとわかった日、双子を生んだ瞬間、それからの幸福すぎる日々…。
 それらが鮮明な渦となって彼女を覆う。

 アリオス…。
 エリス、レヴィアス…!!!
 ごめんね・・・。ようやく、ちゃんと思い出だせたわ…!!!

「-------あああっ!!」
 愛する男性(ひと)と結ばれた喜びと記憶が、躰中を漣のように染み渡り、いつにない絶頂をアンジェリークは感じていた-------

 翌朝、けだるい躰の痺れの中で、アンジェリークは幸福に目を覚ました。
 朝一番に彼に言いたい。
 総て思い出したことを------
 早く言いたくて堪らなくて、傍らに眠るアリオスを起こしにかかる。
 それはとても甘美な起こし方。
 彼の顔の輪郭を唇でなぞってみる。
「んんっ…」
 瞼が動いたのでもう少しと、いたずら心を起こすと、いきなり腕を掴まれてしまった。
「きゃあっ!!」
 そのままアリオスの腕の中にすっぽりと覆われて、アンジェリークは甘い声を上げる。
「おはよう・・・。すげえ、俺好みの起こし方だぜ」
「おはよう・・・」
 ぎこちなくもアンジェリークはアリオスに”おはようのキス”を送る。
「アリオス…。あのね…、全部・・・、思い出したみたい…」
はにかんだ告白に、アリオスは電流が走る。
「ホントか!」
 その瞬間アリオスは飛び起きると、アンジェリークを強く抱きしめる。
「よかった、本当に良かった・・・」
「うん・・・、あなたや子供たちのおかげだわ…」
 何度もキスをして、ふたりは抱き合う。
 アンジェリークは、アリオスが本当に慶んでくれたことが嬉しくて、泣き笑いの表情をうあかべていた。
「良かった・・・。せめて、あいつらを産んだ事を思い出してほしかった・・・」
「全部思い出したの。あなたと結婚したときも、幸せな日々も全部・・・。
 良かった…。思い出せて・・・。良かったようやくたどりつけて・・・」
 嬉し泣きをするアンジェリークをアリオスそっと抱きしめ、舌で涙を拭う。
「今までに負けない、素晴らしい思い出を、作っていこうな? アンジェ」
「うん!!」

 二人は甘い時間を楽しんだ後、いつものように朝の準備を始める。
 何もない日常。
 けれどもそれがこんなにかけがえのない時間で、思い出だということを、ふたりはようやく気がついた。
 子供たちを起こしてた後、アンジェリークは余りにモノカワイさのあまりふたりを抱きしめる。
「どうちたのまま?」
 二人は喜びながらも、母親の行動を不思議そうに見ている。

 ごめんね?
 今まで産んだ事を忘れていて、ごめんね?

 ふたりのも感じる。
 いつものままが帰ってきたことを。
 それが嬉しくて、双子は更に母親にべたべたと甘えるのだった。

 紡いで行こう。
 幸せな明日を。
 いっぱい、いっぱい思い出を紡いで行こう-----
 アリオスたちとなら、それがずっと出来るから-----

 今回の記憶喪失の件で、親子と夫婦の絆が更に強固になったことを、家族全員が感じていた-----

コメント

150000番のキリ番を踏まれた、みやび様のリクエストで
「ラブ通」Vol9の表紙のシーンを交えながら、
「Where〜」シリーズの一家の登場です。

完結編です。
やはりハッピーエンドということで(^^)
タイトルは、実は今から30年以上前の映画「ある愛の詩(Love Story)」の有名なせりふからです。
日本語では「愛とは決して後悔しないこと」と訳されて、流行語にもなったようです。
これはもう、映画翻訳の歴史に残る名訳だと思います。
このせりふをタイトルにあっているかな〜と思い、そのまま使わせていただきました。



マエ モドル