GET TOGETHER

中編


「アンジェ! 綺麗な花が咲いたよ!」
「えっ! 本当! マルセルさん!!」
 自転車で買い物に行こうとしていたアンジェリークを、末っ子のマルセルが声をかけてきた。
 彼は庭弄りを趣味にしており、綺麗な花が咲けば、必ず彼女に見せ、気を引こうとしている。
 そんなことは、兄弟全員承知のことである。
 そんな作戦があるとは知らないアンジェリークは、嬉しそうに彼によってゆく。
「ほら! 見て! とってもアンジェリークに似合うでしょ?」
 マルセルが彼女にとってやったのは、真白のデイジー。
 彼女の耳にそっとさしてやると、頬が嬉しそうに高潮する。
「有難うございます!! とっても嬉しいわ・・・」
 太陽のような微笑に、マルセルも嬉しそうに微笑み返す。
 二人の間に、爽やかな風が吹き渡った。
「おい、アンジェ! 買い物に行くなら、俺がバイクに乗っけてやるぜ?」
「ゼフェル!!」
 ぶっきらぼうな少年の声と、マルセルの少しむくれた様子に、アンジェリークは思わず振り返った。
「ゼフェルさん・・・」
「買い物行くんだろ? 付き合ってもいいぜ?」
 言い方がいかにもこの少年らしい。
 口は悪いが気はやさしい。
 彼が一番、この家の長である長男に似ているかもしれない。
「本当ですか!!」
 表情が明るくなったものの、彼女ははっとして、沈んだようになる。
「どうしたんだよ?」
「あ・・・、帰りの荷物が乗せられないので、やっぱり自転車で行きます。残念だけど・・・」
 本当にしゅんとしている彼女の姿はとても愛らしく、断られているのに、彼はなぜかいやな気はしない。
「しょーがねーな。ま、また、な?」
「ええ! 今度是非バイクに乗せてくださいね!!」
 この明るい笑顔にゼフェルはからきし弱く、その言葉に素直に頷いてしまう彼がいた。
「だったら、僕の車に乗っていけばいいんじゃない、アンジェリーク」
 透明な声が聞こえてきて、振り返ると、今度は三男セイラン。
 全く、次から次へと現れる。
「げ! セイラン兄!!」
 ゼフェルが苦虫を潰したような表情になったのは言うまでもない。
「あ、セイランさん、創作の方はよろしんんですか?」
「ああ。ひと段落ついてね・・・。息抜きに、君の笑顔を見たくなってね」
 切れ長の涼しい眼差しに微笑を滲まされると、アンジェリークは心が乱されずに入られない。
 彼女は恥ずかしそうに、耳まで赤くして、俯く。
「ね、どう? 車だったら、一杯荷物を詰めるよ? バイクと違ってね」
 いやみっぽく弟をちらりと見る。
「やかましい! この気取りや!!」
「もうやめてよ〜! 二人とも!!」
 三人兄弟は、アンジェリークを巡って、火花を散らせ合う。
 彼女はその様子に、わけがわからず、おろおろしてしまう。
「おい、三人ともそこまでだ」
 とうとう業を煮やした、次男オスカーが登場した。
「見ろ? お嬢ちゃんが困っているじゃないか?」
 その一言に彼らはアンジェリークを見つめ、はっとする。
「な? お嬢ちゃんも困っている。ここは俺が車を出して、お嬢ちゃんを買い物に連れてゆく。どうだ?」
 その次男の提案は、ほかの三人によって手ひどく拒絶される。
「オスカー兄様、ダメ!」
「おっさん、ダメに決まってるだろ!!」
「ダメだよ、オスカー兄さん。僕が許さない」
 口々に言われて、オスカーも二の句を告げない。
 確かに彼の主張には何も正統性がないのだ。
「ええい! うるさい!! 俺は兄だ、兄の言うことは従え!」
「ちょっと、アンジェが行くなら、ワタシも付き合うわよ?」
 四人がその声にいっせいに振り返る。
「レイチェル、付き合ってくれるの?」
 アンジェリークの嬉しそうな声が響けば、その存在を、もう、誰も否定することなんて出来ない。
「もちろんだよ! アンジェ!! だって、アナタを一人にすることなんて出来ないわよ、ね?」
 きらりとレイチェルの鋭い視線が光り、四人はびくりとした。
「そうね・・・、だったら、皆さんも、そんなに買い物が行きたかったら、みんなでご一緒しませんか!」
 何も知らない天使の最強の笑顔に、全員が絶句してしまう。
 この天使は気がつかない。
 買い物をしたいからではない。
 いかにして天使の気を惹くかと言うのが彼らの目的だということを----
「あら〜、皆様、どうされたんですか?」
 ニヤリと勝利の微笑をレイチェルがし、アンジェリークはきょとんと見ているだけだった。
「おまえら!! いい加減にしやがれ!!」
 その声に誰もがびくりとする。
「アリオスさん!!」
 現れたのは、一家の長男・アリオス。
 彼は白いシャツと黒いスラックスにタバコというラフな姿にもかかわらず、アンジェリークを魅了して止まない。
 銀の髪を乱した彼は、とても魅力的だ。
「ったく、どいつもこいつも、俺の仕事の邪魔をしやがって」
 鋭い光を宿した眼差しが、全員をにらみつけ、特にアンジェリークには厳しい。
 彼女は華奢な身体をびくりとさせる。
「大体、買い物ぐらい一人でいけ! アンジェリーク!」
 その言葉は余りにも冷たくて、彼女の胸にガラスのように突き刺さった。
「も・・・、申し訳ありませんでした・・・。そう・・・、します・・・」
 アンジェリークは俯いたまま、よろよろと自転車を片手に出てゆく。

 アリオスさんはどうして私に厳しいんだろう・・・

 うなだれる彼女の姿がかわいそうで、誰もが切なくなる。
「アリオス兄様!! アンジェが悪いんじゃないんだ!!」
 マルセルが必死に言うものの、アリオスは表情を決して変えない。
「ほら、マルセルはレイチェルと勉強!! セイランとオスカーもとっとと行け! ゼフェルも、こんなとこにたまってねえで、さっさとバイトに行く!!」
 家長であるアリオス理不尽な言葉にも、彼の仕事を邪魔したかもしれない負い目からか、全員がぞろぞろとそれぞれのやるべきことへと帰ってゆく。
 それを見届けると、アリオスは大きな息をついた。

 先ほどは言い過ぎたな・・・。
 だが・・・、俺は・・・

 先ほどの彼の怒った理由が、まさか嫉妬によるものだとは、鈍感な天使には判らない。
 彼は謝りたくて、彼女の後を追うように、 駈けていった----

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 どうしてアリオスさんは私に厳しいんだろう・・・。
 私のこと・・・、嫌いなのかな・・・

 いつもは楽しい、夕食の食材選びも、今日に限って言えば、楽しくはない。
 アリオスのあの厳しい横顔が脳裏を宿り、彼女は気が気でない。

 そうだ! ワンパターンだけれど、アリオスさんの大好きなシチューを作って、心をこめて、誤ろう・・・。

 そう考えると、なぜか元気が出てきた。
 彼女は、ようやく思い直して、食材選びに奔走し始めた。
 吟味に、吟味を重ね、彼女はアリオスのためだけに食材を選び抜く。
「えっと、後は、ラム肉と・・・」
 男所帯のせいか、食材を仕入れる量も半端ではなく、また、日用雑貨品もかなりの量を購入しなければならない。
 彼女はカートに籠を二つ置いて、買い込んでいる。
 不意に、カートが軽く感じ、彼女は素早く振り向いた。
「アリオスさん!!」
「俺が一番暇だから、手伝いに来た」
「だって、締め切りは!?」
「言いから、ほら、早く買う」
「はい」
 アリオスがここにきてくれたことが彼女にとっては何よりも嬉しかった。
 そのさりげなく、深い優しさこそが、彼女の心の奥底にしみわたり、いつしか彼を特別にすら、想うようになっていた。
「今夜は、ラムシチューか? 楽しみだな?」
 籠の中を覗き込みながら、彼は嬉しそうに言ってくれる。
 その横顔に見惚れながら、彼女もまた心を暖かくさせる。
「----アリオスさんが・・・、大好きなメニューだから・・・」
 はにかみながら呟く彼女の愛らしさに、彼も自然と微笑を浮かべる。
「サンキュ」
 その言葉だけでも、彼女は十分に嬉しい。

 こうやっていると、本当の夫婦みたいで嬉しい・・・。
 ずっとこうしていたい・・・

 そう願わずにはいられない、アンジェリークだった。

 清算も済ませ、自転車に荷物をすべて載せ、アリオスがそれを引いて歩く。
 その姿はどこかしら新婚夫婦に見えなくもない。
 そう、幸せそうな新婚夫婦に・・・。
「----アンジェ、」
「はい?」
 甘いテノールに声を掛けられ、彼女は彼を見上げ、立ち止まる。
「----先ほどはすまなかったな」
 心からな謝罪がこめられた優しい言葉。
 その言葉だけで、彼女は泣きたくなるほど嬉しくなってしまう。
「いいえ・・・。アリオスさんが言うことはもっともですもの」
「----いや・・・、俺はおまえとほかのやつを一緒に行かせたくなかっただけだ」
「え!?」
 彼女は一瞬自分の耳を疑った。
 だが何度反芻しても、同じことだ。

 ひょっとして・・・!!

 嬉しさがこみ上げ、彼女は耳まで真っ赤にして立ち尽くす。
 アンジェリークが本当の意味で恋心を確かめた瞬間だった----   



コメント

翡翠様へのお礼リクエストで「一つ屋根の下に住むアンジェリークを、アリオスと男性陣が取り合う」話です。
今回で完結予定が、書いてて楽しいので、延びちゃいました(笑)
まだまだ続きますので、翡翠様も皆様もよろしくお願いします!!