アンジェリークの朝は戦争である。 アリオス以外の全員の朝食を作り、食べさせ送り出す。 やれ自分が多い少ないで、次男のオスカーと四男のゼフェルがもめ、二人の様子をおろおろして眺めている五男のマルセル。その騒ぎを無視して自分の世界に浸っているセイランと、マルセルの家庭教師で普段はこの家から大学に通っているレイチェルが、冷ややかに朝食を取っている。 その上彼らの食の好みもまちまちで、それをあわせたものを作らなければならないから大変である。 今日も第一陣の山が終わり。 彼らを送り出した後、洗濯、そしてその間に、アリオスの部屋以外の掃除を始める。 全てが終わるのが十時。 そこでようやく、アリオスと自分の朝食を作り始めるのである。 作家である彼は夜型人間なので、起きてくるのも十時を過ぎてからである。 今日も、彼女は彼の分の朝食を心をこめて作る。 二人きりで食べる朝食と昼食の時間が、アンジェリークにとっては至福のときだった。 今朝から身体がだるいな・・。 ひょっとして風邪かな? 余り食欲もなく、身体もいつもよりは熱い気がする。 だが”ハウスキーパー”には休息などは許されないのだ。 彼女は額に光る冷や汗を押さえながら、アリオスの分だけを作った。 食卓に並べ終わったとき、アリオスがダイニングにやってきた。 「おはよう、アンジェ」 「おはようございます、アリオスさん」 いつものように微笑んだが、彼には彼女の顔色が悪いことをすぐさま感じ取ることが出来た。 「おい、おまえ、今日無理してんじゃねえか? おまえずっと休みなしで働いてくれているから、今日は休め」 アリオスは険しげに眉根を寄せ、彼女を見つめる。 その表情は厳しいが、彼女を心配してくれているのが痛いほどわかる。 「あ・・・、大丈夫ですから・・・」 言った途端に、彼女は少し目眩がしてバランスを崩した。 アリオスは、華奢な彼女を片手で受け止めると、そのまま軽々と抱き上げる。 「あ・・・、アリオスさん」 「おまえは今日は寝る! 判ったな?」 抗えないような眼差しで見つめられれば、彼女は頷くしかなかった。 「今夜はオスカーの夕飯は」 「用意しなくていいそうです」 「じゃあ、ガキどもだけだな。なんかデリバリーを取るから心配するな。洗濯もちゃんとやっておく」 「・・・はい・・・」 「よし、いい子だ」 彼の額に唇を寄せられて、彼女は耳まで真っ赤にさせる。 その行為は、彼女にとっては余りにも甘く、そして切ない。 そのまま部屋まで運ばれて、彼女はそっとベットに寝かされた。 「パジャマに着替えておけ」 空調と加湿器のスイッチを手早くつけ、アリオスは命令する。 「はい・・」 彼が部屋から出て行った後、彼女は手早くパジャマに着替えベットの中で息をつく。 指先を額に当ててみる。 まるでそこだけが生きているようにすら思うほど熱い。 「着替えたか?」 「アリオスさん」 彼は仕事道具であるノートパソコンと、氷枕を抱えて彼女の部屋にやってきた。 「俺がおまえの看病をするからな。原稿を書きながらでも仕事は出来る」 「有難うございます・・・」 大好きな人に看病してもらうというのはなんて嬉しいことなんだろうか。 彼女は心が温かくなるのを感じていた。 「あっ!」 「何だ!? まだ何か気になることがあるのか?」 思わず声を上げた彼女に、アリオスは瞳を覗き込むようにして言う。 その仕草がとても親密に感じて、彼女は耳まで赤らめてしまう。 「えっと、仕込んでおいた、アップルパイ、あと焼くだけなんですが・・・、それだけしたいと思って・・・。だって、それだけすれば、レイチェルやマルセルさんにおやつに出して上げられるから」 アリオスは深い溜息をつくと、彼女の優しさに苦笑いしてしまう。 全く、この天使のような少女は、自分のことより他人のことばかりを気にしてしまっているようだ。 そこがアリオスが彼女を気に入っているところであり、憧れている部分でもある。 「判った。焼くだけだぞ? ただし、俺がそばについてるから、気分が悪かったらすぐに言え?いいな?」 「はい」 返事を舌途端、彼女は彼に再び抱き上げられた。 「あ、もう、一人で歩けますから・・・」 「ダメだ」 きっぱりといわれて、彼女は言葉を返すことが出来なくて、そっと俯いてしまった。 ------------------------------ 「あ、できあがりっ!!」 楽しそうに彼女は言う。 仕上がりも満足の行くものだった。 熱でふらふらしたが、何とかパイカッターで人数分を切り分け、覚ましてから、パイを冷蔵庫に直す。 「有難う・・・」 「さあ、ベットに戻るぞ?」 「はい」 再び彼に抱き上げられて彼女は部屋に戻った。 アリオスはアンジェリークをベットに寝かせた後、横のライティングデスクに置いたノートパソコンで、仕事を始める。 彼女はその様子を見つめながら、優しい気分になる。 先ほど、ほんの少しだけ起き上がってパイを焼いたのが応えたのか、彼女は熱が上がってきたのを感じる。 「----熱いな」 時々、仕事の手を休めては、アリオスは彼女の様子をうかがう。 触れられる指先が彼女の心を甘くかき乱す。 「眠れ・・・」 「はい・・・」 アリオスのテノールに導かれるように、彼女は深く瞳を閉じる。 いつのまにか、彼女は深い眠りの世界へと落ちていった---- 結局、アンジェリークの具合が悪いと知ったほかの四人の弟プラス家庭教師を、”風邪がうつるから”と、アリオスは彼女に近づけようともしなかった。 誰もが心配でたまらなかったが、ことごとく面会をアリオスに邪魔をされた。 夕食も、アリオスは彼らの為に高級中華を取り、アンジェリークのためには中華粥を注文した。 だが、誰もがアンジェリークの料理を食べつけていたせいか、味気ないものに感じていた。 あれほど好きだった、えびのチリソースをゼフェルは余り食べなかったし、レイチェルの好きな中華サラダだって、アンジェリークが作ったときの半分の美味しさしか感じなかった。 彼らは日ごろどれだけ彼女に甘やかされていたかと、感じる瞬間でもあった。 結局アンジェリークはずっと目を覚まさなかった。 よほど疲れていたのだろうとアリオスは思う。 彼女の頬をそっと撫でながら、彼は慈しみに溢れた表情で彼女を見つめる。 彼女なら。 再び誰かを愛せるかもしれないと、彼に感じさせてくれた初めての相手でもあった。 彼はもう彼女なしでは何も出来ないことを深く悟っていた。 「愛してる・・・」 甘く囁いて、頬に口付けを落とすと、彼は再びパソコンに向かう。 そこで書かれていた小説のタイトルは『ANGEL』 そう、アンジェリークをモデルにした小説だった。 アンジェリークが目を覚ましたのは真夜中だった。 ふと、ベットサイドの横の時計を見ると午前二時をさしている。 横の明かりが気になってみてみると、パソコンおまえで居眠りしているアリオスが見えた。 今まで私のことを・・・ そう想うと彼への想いが止められなくなる。 「風邪引いちゃうわ」 彼女は自分がかけていた毛布を取り出し、そっと、彼にかけてやる。 「小説を・・・、あっ!」 その内容が少し読めて、彼女は息を飲む。 その物語は、感情を忘れてしまった男とその家族の元にやってきた、家政婦のお話。 その家政婦は明るく、みんなの心を和まし、ついには男の心を開かせる。 私のこと・・・ 『・・・ん・・・」 アリオスは気配を感じ目を覚ました。 「アンジェ・・・」 彼は体を起こしながら、彼女を強く見つめる。 「読んだのか?」 その真摯な声に、彼女はしっかりと頷く。 「そうか・・・」 ふっと深い微笑を浮かべると、彼は彼女を見つめた。 「これが俺の気持ちだ。 ----言っても、おまえに押し付ける気はねえけどな」 その瞬間、彼女は思い切って彼の胸に飛び込んでゆく。 「アンジェ!!」 その暖かさに彼は癒されるのを感じながら、栗色の髪を撫で、強く抱きしめる。 「押し付けるだなんて・・・。私もあなたが・・・」 言いかけて、彼女は彼に指で唇をふさがれる。 「待てよ? これは男である俺が言うせりふだぜ」 甘く笑って、彼は両手で彼女の顔を優しく包み込んだ。 「-----愛してる・・・」 唇が深く重ねられる。 何度も、何度も角度を変えて。 唇の熱さでお互いの想いを伝え合う。 結局、最初からアリオスの勝利は決まっていたのかもしれない---- --------------------------------- アンジェリークの風邪もすっかり治り、またあわただしい一日が始まる。 少しだけ違うのは、アリオスが今日はみんなと一緒に朝食を取っていること。 朝から新聞社の取材が入っているのだ。 いつもの騒がしい光景の中で、二人は何度かまなざしを合わせ、微笑みあっている。 それがわからない兄弟プラスワンではない。 彼らの憎悪がありオスの一身に向けられる。 くっそ! いつの間に俺のお嬢ちゃんと仲良くなりやがった!? アリオス兄貴 何で、アリオスなんかがいいんだ、アンジェ。あんな、冷たい男!! ケッ! 絶対、アリオスから奪ってやるぜ! 覚えてろ!! 二人の邪魔するもんね〜。取りあえずは”花粉症攻撃”かな〜 ワタシのアンジェを取ったらただでおかないわ!! 邪魔するわよ!! それぞれの思惑がアリオスの背中に突き刺さり悪寒が走る。 受けてたつぜ? 何も知らない天使は微笑んでいる。 二人が想いを通じても、やはり前途は多難なようだ。 特にアリオスの(笑) |
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コメント
翡翠様へのお礼リクエストで「一つ屋根の下に住むアンジェリークを、アリオスと男性陣が取り合う」話です。
書いてて楽しかったです。
まだみんなが彼女をあきらめませんから、アリオスも大変なようです。
このシリーズのタイトルは、かなり古い曲からです。
これ書いてて「ひとつ○根の下」的な話を書きたいな〜と少し想いました。
年は無視して、長男チャーリー、次男アリオス、長女コレット、三男ゼフェル、次女レイチェル、四男マルセル(笑)
このシリーズのシリーズ化とアイディアの文字化は、取りあえずは皆様のご意見を聞いてからにしたいと想っております。