「えっと、確かここらあたりだと・・・」 栗色の髪の少女は、メモを片手に、目的の家を探す。 ここは”エンジェル・ヒルズ”。 閑静な住宅街で、信じられないほどの豪邸が建ち並ぶ。 当然、名士の家も多い。 その中を、少女は場違いな大きな古びたかばんを持って歩いていた。 「あっ! ここだわ!!」 表札の名前を見て、大きな青緑の瞳が明るく輝いた。 赤煉瓦の屋根と、アーチがある豪邸。 まさしくいわれたとおりの家だった。 誰もが夢見るような邸宅。 少女は思わずため息を漏らした。 「こんな所ですんでいる人もやっぱりいるのね・・・」 彼女は家の全体を見上げ、うっとりと見惚れる。 「今日からここが私の職場、よろしくね」 少女は背筋を伸ばすと、そっとインターホンに手を伸ばした。 『はい? どちら様』 インターフォンからは低く魅力的な声が響き、彼女は胸をどきりとさせる。 「あ、あの、”エンジェル・ハウスキーピング・サービス”から派遣されました、スペシャル・ハウスキーパーのアンジェリーク・コレットです」 『おまえさんが!?』 明らかに疑いの声。 彼女は、インターホンの近くのカメラを見つけて、はっとした。 しょうがないか・・・。 この若さだものね・・・ 予想された反応であるせいか、アンジェリークはひるむことなく、カメラに向かって、”スペシャル・ハウスキーパー”のライセンスを提示する。 『オッケ、いいだろう・・・。ドアを開けるから、中に入ってくれ。入って右横は応接室だ。そこに俺はいるから尋ねて来い』 「はい・・・」 若いからって、何よ、あの態度は・・・。 少しぐらい声がいいからって、威張らないでよ・・・。 これでも、私はライセンスを持ってるんだから 一転した主人の態度にアンジェリークは憤慨しながら、ドアの前で鍵が開くのを待つ。 カチャリ---- 乾いた音がして、ドアの鍵が開いたことを彼女に知らせると、そっと中へと入って行った。 「失礼します」 彼女が入るなり、再び鍵がかけられる。 オートロックのようだ。 「お邪魔いたします」 言われたように、アンジェリークは入ってすぐ右横の応接室へと向かった。 最初が肝心とばかりに、彼女は生真面目にドアをノックする。 「コレットです」 「入れ」 先ほどのインターホンの声と同じ声に導かれて、彼女は部屋の中へと一歩踏み入れる。 「失礼します・・・、っ!!!」 目の前に広がる光景に、彼女は自分の眼を疑う。 ベストセラー作家の家だって聞いてたから、ほのぼの家族の家だと思ってた・・・ そこにいたのは、端正な顔立ちの青年と少年たちの集団。 まるで、そこだけは別世界のように、彼らの周りは輝いている。 彼女は彼らを見つめることしか出来ない。 燃える情熱を表すような紅い髪をした精悍な青年、繊細な顔立ちだが少し皮肉げに笑っている青年、銀の髪を逆立って反抗ぎみな少年、そして屈託なく笑っている金髪の少年がいた。 だが分けても、アンジェリークの目を一番惹いたのは、中央に腰掛ける、黄金と翡翠の異色の眼差しを持つ、銀の髪の青年だった。 「驚いた・・・、おまえさん、さっきのモニターで見るよりかなり若いが・・・、いくつだ?」 銀の髪の青年が彼女を値踏みするように見つめながら、呟く。 その声で、彼が先ほどのインターホンの声の主だということが判った。 「17です・・・」 「げっ、俺と同い年じゃねえか!」 驚いて声を上げたのは、銀の髪の少年。 「17か・・・。念のためライセンスを見せてくれねえか?」 「はい」 当然とばかりにアンジェリークは頷くと、銀の髪をした艶やかな青年に、ライセンスを差し出す。 「サンキュ」 彼はそれを受け取り、ほんの一運だけ見つめると、彼女に返す。 「オッケ。おまえさんは確かに本物みてえだ」 言って彼は立ち上がる。 するとその長身に彼女はうっとりしてしまう。 彼は静かに、立ちっぱなしだったアンジェリークに手を差し伸べる。 「俺はこの家の長男で、作家をしているアリオスだ。これからよろしく頼む」 「はい」 認められたことに安心をしたのか、アンジェリークは緊張の解けた輝くばかりの笑顔で、彼に答える。 その場にいた誰もがその笑顔に引き込まれた。 輝くようでいて、少しはにかんだような笑顔---- 誰もがその笑顔に魅了されずにはいられなかった。 「おい、次は俺の番だ」 赤毛の青年は、我先にとアンジェリークの手を取った。 「俺の名はオスカー、この家の次男だ。TV局勤務だ。よろしくな?」 もちろん彼は、プレイボーイとして鳴らしているせいかウィンクを欠かさない。 次に挨拶をしたのは繊細な印象の青年だった。 「僕はセイラン。三男だ。美大に通っているよ」 まだまだ自己紹介は続く。 「俺はゼフェル。あんたと同じ17だ。工業高校に行ってる。よろしく」 銀の髪の青年はうざったそうに言ったが、本当のところは、この愛らしい少女に心が奪われていた。 最後は屈託のない金の髪をした少年。 その笑顔はいやし系なのか、アンジェリークの心を少し和ませる。 「僕はマルセル、14歳だよ。よろしくね!」 彼女はコクリと頷く。 全員おじ故障買うが終われば、いよいよ彼女の番だ。 「アンジェリーク・コレットです。”エンジェル・ハウスキーピング・サービス”のトップ・ハウスキーパーをさせていただいております。今回は臨時に、こちらにお世話になることになりました。短い時間ですが、よろしくお願いします!!」 深々と頭を下げれば、アリオス以外の人物から口々に「よろしく」と帰ってくるが、彼は厳しく黙り込んだままだ。 アリオスさん・・・? 「挨拶はそこまでだ。アンジェリーク、おまえの部屋を案内する」 「はい」 アリオスは長いスタンスで彼女を導き、彼女もその後に続く。 今回の仕事は”住み込み”が条件のため、会社の寮で住むアンジェリークには有り難い話だった。 「ここだ」 案内された部屋は、キッチンのすぐ隣にある二部屋のうちの一つだった。 「隣は、マルセルの家庭教師であるレイチェルに住み込んでもらっている。おまえと同じぐらいだから、気が合うかもな」 「はい」 一緒に住み込んでいる、同じ世代の少女がいるだけでも、心強い。 部屋の中に案内されると、アンジェリークはさらに驚いた。 そこは、ベットに大きなクローゼット、机、本棚、オーディオセット、電話、さらに空調までもが完備されてあり、住むにはもってこいの環境だった。 しかも趣味の良いインテリアになっている。 「ここを自由に使ってくれていい。あのドアの向こうは個別のユニットバスがある。シャワー付だ。使うのにこまらねえだろう」 本当に至れり尽せりで、嬉しくなってしまう。 「ありがとうございます!!」 「いや」 深深と頭を下げて、彼女がそれを上げると、彼は真摯な眼差しで彼女を見つめていた。 「----仕事はおまえさんが持っていつノウハウでやってくれ。だが、言っておきてえことがある」 「何でしょうか?」 「オスカーはあの通りTV局の勤務で時間は不規則、セイランは芸術的な創作をし、俺は小説を生業にしている。だから、起こされたくねえときもあるし、めしを突然食いたくなる時だってある。そこでだ。その対応をきちんとして欲しいんだ。俺たちは静かにして欲しいときはドアノブにスカーフを巻き、腹が減ったらリボンを巻きつける。 これがうちのルールだ。 それだけはきちんと対応してくれ。ただし、八時以降と公休日は、これは対象外だ。おまえの自由時間だからな?」 「はい」 アンジェリークはしっかりと頷く。 「じゃあ、今日のところは準備などでゆっくりしてくれ。働くのは明日からでいい」 「はい、有難うございました!!」 再びアンジェリークが礼を言うと、アリオスは、一瞬、深い微笑をふっと浮かべ、応接室へと戻ってゆく。 その笑顔が憎らしいほど素敵で、アンジェリークは見とれることしか出来ない。 軽い次男。 不適な三男。 言葉だけが少し乱暴な四男。 屈託のない五男。 ----そして。 とっても素敵な、一家の主の、長男・・・。 これから何が起こるのだろうか・・・。 少し楽しみのような気がする・・・ アンジェリークは希望に胸を膨らませる。 彼女は知らなかった。 このひとつ屋根の下で繰り広げられようとしている、あの恋のバトルの原因になろうとは! 戦いは、すでに火蓋が気って落とされたことを彼女は知らない---- 俺がお嬢ちゃんを必ず!! 僕の絵のモデルにしてみせる! 俺のバイクの後ろにのけってやってもいいか 一緒にお花を育てたい。 そして、彼女の姿を少しみた、家庭教師のレイチェル。 へ〜、可愛い子じゃない!! 友達になりたい!! そして---- この、俺としたことが、あんな少女に捕らえられるなんて・・・ それぞれが思惑を胸に、今、バトルのゴングが鳴り響いていた---- |
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コメント
翡翠様へのお礼リクエストで「一つ屋根の下に住むアンジェリークを、アリオスと男性陣が取り合う」話です。
まだまだ続きますので、翡翠様も皆様もよろしくお願いします!!
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