FROM THE HEART

CHAPTER4「再会」

 『アリオス』が転生をして、暫くしてから、私とレイチェルは、女王陛下から故郷の宇宙への招待状を受け取った。リュミエール様が中心となられて設立された“王立芸術院”の設立式典に呼ばれたからだ。

 この時、私は、新宇宙で新しい命を育んでいたはずの彼が、目の前に現れるなんて、予想だにしなかった。

 思い切り、いつもは出来ないおしゃれをして、私とレイチェルはつかの間の休息に酔いしれていた。

 もちろん、尊敬し、憬れて止まない、故郷の宇宙の女王陛下や、ロザリア様、さらに守護聖様方と再会できるのも、懐かしくて、嬉しい。

 芸術院を皆さんが案内してくだったが、分けてもあの絵を見たときの衝撃は、言葉では言い表すことが出来ないほどだった。

 リュミエール様がお描きになったアリオスの絵。

 その中で語りかける翡翠の瞳は、深い悲しみの中で、物憂げに何かを訴えているようだった。

 私は、息を飲むことしか出来なかった。 

 リュミエール様が“彼を忘れない為に”と描かれたと知り、心の中が切なくちくりと痛んだ。

 同時に、旅をしてきた皆様に、敵であってもアリオスがこれだけ想われていたかと想うと、胸が熱くもなった。

 再会は、突然やってきた。

 彼が元の姿になって、私の目の前に現れたからだ。

 その空気だけで判った。

 彼の姿が、この瞳に再び映った時、もう、何もいらないと想った。

「やっと見つけたぜ…、やっと…」

 アリオスは朦朧と呟き、意識を失った。

 どうしてこんなに早く転生したのかは、謎だ。けれども、そんなことはどうでもよかった。彼と再会出来たことが、唯一無二の真実のように嬉しかった。

 だが、この再会は、苦難の連続だった。

 部屋に運び、ベッドで眠る苦しげなアリオスを、私はずっと見守っていたかった。

 久しぶりに握る彼の手の感触は、想い出の中よりもさらに大きく、暖かい。

 私はずっと、彼の手を握っていたかった。

 その温もりを本物として感じたかったのかもしれない。

 ゆっくりと目を開け、翡翠と黄金が対をなす不思議な、私が魅了されて止まない瞳が目の前に現れた時、私は、泣き笑いの表情を浮かべていた。

『アリオス』

 私は久しぶりに口を出して呼ぶ彼の名を、今までの想いを総て込めて囁いた。

 私にとっては、とても大切な名前だと言うことを心に込めて。

 だが、彼は私のことを覚えていてはくれなかった。

 アリオスは、謎の生命体ラ・ガ“に支配されていたのだ.

 私は彼に総てを思い出して欲しかった。そして、救ってあげたかった。

 誰よりも愛しい彼を。

 結局、私と、私の想いを理解してくれたマルセル様と共に、アリオスの記憶を辿る旅に出た。

 その旅での心残りは、レイチェルに対しての罪悪感だった。

 共に笑い、励ましあった旅路を、今度は、三人で行く。

 だが、彼を混乱させるだけで、結局は、何も思い出させてあげることは出来なかった。

 残された場所は、彼が新しい命を育んだ、私が育てる宇宙にある、あの温かな水のほとりだけだった。

「マルセル様、疲れたのかな? 寝ちゃったみたい…」

 私たちを護るためだけにやってきてくださったマルセル様は、この長旅が疲れたのか、暫しの休息を取られていた。

「アンジェリーク」

 彼は湖を切なげに見つめながら、深い声で私の名前を初めて呼んでくれる。それが、何よりも嬉しい。

「何? アリオス」

 自嘲気味に笑うと、アリオスは、一瞬、翡翠と黄金の瞳に憂いを滲ませて、私を捕えた。

「さっき、暖かな安らぎと一縷の光が見えると…、俺は言っただろ?」

 私を捕えていた眼差しを、彼は宙に移して囁く。

「ええ」

「俺は…、あんたの傍にいるとそれを強く感じる。あんたは俺を見守っていたと言ってくれたが、それよりも前から、あんたに安らぎを感じていたような気がする」

 思い出させてあげたい…。

 そう想うと、泣けてくるのは何故だろう。

「私は、ずっと…、あなたを待っていたのよ…。ずっと、ずっと…」

「サンキュ。あんたは暖かいな。あんたと同じ安らぎと暖かさを、これを握るたびにも感じる」

「それって、まさか…」

 私は声にならない声を無意識に上げていた。

 全身に切なく愛しい思いが駆け抜け、鼓動が速まる。

 彼はそっと、甲冑のポケットから、漆黒の石を大切に取り出して、私に差し出した。

 私が彼に渡した石と同じ物だった。

 息が出来ないほど、嬉しい。

 私は目の前が涙で煙るのを感じた。

「気がついたら、持っていた。握り締めるだけで、自然と心が落ち着いて、和んでくる。

誰かの愛に護られてるって、そう感じる…」

 初めてアリオスは深く優しい微笑を湛えてくれた。

「アンジェリーク!?」

 私は彼を抱きしめずにはいられなかった。

 しっかりと抱きしめて、その温もりを、私の心を騒がせる香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

 最初は、私の抱擁に驚いていたようだが、フッと優しい微笑を浮かべると、彼は壊れ物を扱うかのように私の背中を抱いてくれた。

 愛しい人と再びめぐり逢えたのは、あの石のお蔭だと、強く感じた。 

 柔らかな陽射しが降り注ぎ、私たちを見守ってくれているようだった。

 別れは、突然だった。

 アリオスは、自らの意思とは関係なく、再びラ・ガに意識を支配された。

 私は、自分がもっている白い翼で、彼を救ってあげたい。

 その一心だった。

 永い、永い魂の旅を終え、ようやく、あなたはもう一度生き始めたばかり。私はあなたを愛しているから、あなたがいるから、生きていけるのだと。

 そう教えてあげたかった。 

 正気を取り戻した彼に、私は「アリオス」として自分の人生を生きて欲しいと願った。願わくば、その生で、再び私を愛して欲しいと思った。

祈りが通じたのか、彼は戦ってくれた。

 私や、レイチェル、そして守護聖様の祈りを、心で感じてくれた。

 戦いに勝ったとき。彼は私に言ってくれた言葉を忘れない。

『有難う』

 本当は私こそが言いたかった。あなたがいるから、私は頑張れるのだから----

 再び、彼と石は私の前から姿を消した。

 だが、以前と違っていたところは、アリオスがいつか、きっと、あの意地悪だけれど、優しい彼の姿で、私の目の前に現れてくれることを、信じて疑わなかったから。

 もう迷わない。

 彼が無事でいることを、この心が、そして私の宇宙が教えてくれる。

 だから待っているから。

 ずっと待っているから。

 きっと、また、あの漆黒の石があなたとめぐり逢わせてくれる。

 あなたに再会できる日を楽しみに、私は生きてゆける。

 あなたがいる宇宙だから、愛して護ってあげることが出来る。

 今度逢った時には、必ず言うわ。

 有難う----

 そして、愛していると---- 

 TO BE CONTINUED…


コメント

tink初のSIDE連載も4回目を迎えました。
次回が最終回です。
いよいよ「トロワ」です。