『アリオス』が転生をして、暫くしてから、私とレイチェルは、女王陛下から故郷の宇宙への招待状を受け取った。リュミエール様が中心となられて設立された“王立芸術院”の設立式典に呼ばれたからだ。
この時、私は、新宇宙で新しい命を育んでいたはずの彼が、目の前に現れるなんて、予想だにしなかった。
思い切り、いつもは出来ないおしゃれをして、私とレイチェルはつかの間の休息に酔いしれていた。
もちろん、尊敬し、憬れて止まない、故郷の宇宙の女王陛下や、ロザリア様、さらに守護聖様方と再会できるのも、懐かしくて、嬉しい。
芸術院を皆さんが案内してくだったが、分けてもあの絵を見たときの衝撃は、言葉では言い表すことが出来ないほどだった。
リュミエール様がお描きになったアリオスの絵。
その中で語りかける翡翠の瞳は、深い悲しみの中で、物憂げに何かを訴えているようだった。
私は、息を飲むことしか出来なかった。
リュミエール様が“彼を忘れない為に”と描かれたと知り、心の中が切なくちくりと痛んだ。
同時に、旅をしてきた皆様に、敵であってもアリオスがこれだけ想われていたかと想うと、胸が熱くもなった。
再会は、突然やってきた。
彼が元の姿になって、私の目の前に現れたからだ。
その空気だけで判った。
彼の姿が、この瞳に再び映った時、もう、何もいらないと想った。
「やっと見つけたぜ…、やっと…」
アリオスは朦朧と呟き、意識を失った。
どうしてこんなに早く転生したのかは、謎だ。けれども、そんなことはどうでもよかった。彼と再会出来たことが、唯一無二の真実のように嬉しかった。
だが、この再会は、苦難の連続だった。
部屋に運び、ベッドで眠る苦しげなアリオスを、私はずっと見守っていたかった。
久しぶりに握る彼の手の感触は、想い出の中よりもさらに大きく、暖かい。
私はずっと、彼の手を握っていたかった。
その温もりを本物として感じたかったのかもしれない。
ゆっくりと目を開け、翡翠と黄金が対をなす不思議な、私が魅了されて止まない瞳が目の前に現れた時、私は、泣き笑いの表情を浮かべていた。
『アリオス』
私は久しぶりに口を出して呼ぶ彼の名を、今までの想いを総て込めて囁いた。
私にとっては、とても大切な名前だと言うことを心に込めて。
だが、彼は私のことを覚えていてはくれなかった。
アリオスは、謎の生命体”ラ・ガ“に支配されていたのだ.
私は彼に総てを思い出して欲しかった。そして、救ってあげたかった。
誰よりも愛しい彼を。
結局、私と、私の想いを理解してくれたマルセル様と共に、アリオスの記憶を辿る旅に出た。
その旅での心残りは、レイチェルに対しての罪悪感だった。
共に笑い、励ましあった旅路を、今度は、三人で行く。
だが、彼を混乱させるだけで、結局は、何も思い出させてあげることは出来なかった。
残された場所は、彼が新しい命を育んだ、私が育てる宇宙にある、あの温かな水のほとりだけだった。
「マルセル様、疲れたのかな? 寝ちゃったみたい…」
私たちを護るためだけにやってきてくださったマルセル様は、この長旅が疲れたのか、暫しの休息を取られていた。
「アンジェリーク」
彼は湖を切なげに見つめながら、深い声で私の名前を初めて呼んでくれる。それが、何よりも嬉しい。
「何? アリオス」
自嘲気味に笑うと、アリオスは、一瞬、翡翠と黄金の瞳に憂いを滲ませて、私を捕えた。
「さっき、暖かな安らぎと一縷の光が見えると…、俺は言っただろ?」
私を捕えていた眼差しを、彼は宙に移して囁く。
「ええ」
「俺は…、あんたの傍にいるとそれを強く感じる。あんたは俺を見守っていたと言ってくれたが、それよりも前から、あんたに安らぎを感じていたような気がする」
思い出させてあげたい…。
そう想うと、泣けてくるのは何故だろう。
「私は、ずっと…、あなたを待っていたのよ…。ずっと、ずっと…」
「サンキュ。あんたは暖かいな。あんたと同じ安らぎと暖かさを、これを握るたびにも感じる」
「それって、まさか…」
私は声にならない声を無意識に上げていた。
全身に切なく愛しい思いが駆け抜け、鼓動が速まる。
彼はそっと、甲冑のポケットから、漆黒の石を大切に取り出して、私に差し出した。
私が彼に渡した石と同じ物だった。
息が出来ないほど、嬉しい。
私は目の前が涙で煙るのを感じた。
「気がついたら、持っていた。握り締めるだけで、自然と心が落ち着いて、和んでくる。
誰かの愛に護られてるって、そう感じる…」
初めてアリオスは深く優しい微笑を湛えてくれた。
「アンジェリーク!?」
私は彼を抱きしめずにはいられなかった。
しっかりと抱きしめて、その温もりを、私の心を騒がせる香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
最初は、私の抱擁に驚いていたようだが、フッと優しい微笑を浮かべると、彼は壊れ物を扱うかのように私の背中を抱いてくれた。
愛しい人と再びめぐり逢えたのは、あの石のお蔭だと、強く感じた。
柔らかな陽射しが降り注ぎ、私たちを見守ってくれているようだった。
別れは、突然だった。
アリオスは、自らの意思とは関係なく、再びラ・ガに意識を支配された。
私は、自分がもっている白い翼で、彼を救ってあげたい。
その一心だった。
永い、永い魂の旅を終え、ようやく、あなたはもう一度生き始めたばかり。私はあなたを愛しているから、あなたがいるから、生きていけるのだと。
そう教えてあげたかった。
正気を取り戻した彼に、私は「アリオス」として自分の人生を生きて欲しいと願った。願わくば、その生で、再び私を愛して欲しいと思った。
祈りが通じたのか、彼は戦ってくれた。
私や、レイチェル、そして守護聖様の祈りを、心で感じてくれた。
戦いに勝ったとき。彼は私に言ってくれた言葉を忘れない。
『有難う』
本当は私こそが言いたかった。あなたがいるから、私は頑張れるのだから----
再び、彼と石は私の前から姿を消した。
だが、以前と違っていたところは、アリオスがいつか、きっと、あの意地悪だけれど、優しい彼の姿で、私の目の前に現れてくれることを、信じて疑わなかったから。
もう迷わない。
彼が無事でいることを、この心が、そして私の宇宙が教えてくれる。
だから待っているから。
ずっと待っているから。
きっと、また、あの漆黒の石があなたとめぐり逢わせてくれる。
あなたに再会できる日を楽しみに、私は生きてゆける。
あなたがいる宇宙だから、愛して護ってあげることが出来る。
今度逢った時には、必ず言うわ。
有難う----
そして、愛していると----
TO BE CONTINUED…