夢に出てきた三つの石のうち、私以外の人のために選んだ二つは、もう私の手元にはない。
あるべき人々の手に渡ったからだ。
十七になるまでは手元にあった。
厳密に言えば、そう、女王候補として聖地に赴くまでは
私はお守りとして、当然のようにあの三つの石を持って行った。
聖地への出発の朝、掌に三つの石を握り締め、何度も、何度も祈ったことを思い出す。
たった一つの願い。
“私を守ってください“
女王になりたいだとか、そういった高尚な願いはこの時の私にはなかった。
ただ全力を尽くして頑張りたい。
それだけだった。
そのためには何かに守ってもらいたかった。
心の拠り所が欲しかった。
そっと掌を開いてみる。
先ほどまで包まれていた石たちを指で触れてみると、ほんのりと熱を帯びたのが判る。
目を凝らしてみると、深紅の石が何時に増して一際輝いていた。
「ワタシ、レイチェル・ハート。王立研究院始まって以来の天才って言われてる!!」
逢っていきなり、女王試験を共に競う少女の自信に満ちた言葉に、最初は、正直言って面を食らった。
だけど決して不快ではなった。
むしろ彼女が相手だから、悔いなく戦えると思った。
きっと彼女となら、上手くやっていけそうな気がする。
「私はアンジェリーク・コレットよ。宜しくね!」
自然と笑顔が零れ、無意識に彼女に手を差し伸べていた。
レイチェルも自信に満ちた、輝くばかりの笑顔で、私に返してくれた。
その笑顔がとても素敵で、私の心の中に、光のようにすっと入り込んで来る。
そして、何よりも“レイチェル”という名が、私の琴線に触れた。
彼女かもしれない。
そう考えるだけで、心の奥底が満たされるような気がする。
私はこの時初めて思った。
“石”が私の運命を導いてくれるかもしれないと
試験が始まって暫くは、お互いを意識しすぎてか、私たちは余り話さなかった。
環境に慣れるのが大変だったからだ。
王立研究院で挨拶を交わす程度だった。
そう、あの日までは。
「あーあ、どうしたらアルフォンシアの気持ちを上手に受け止めて上げられるのかな…」
上手くいかない育成。
アルフォンシアの気持ちに応えてあげることの出来ない自分。
もどかしくて、やるせない気持ちを持て余しながら、私は澄んだ湖面を見つめていた。
逃げ込んだのは、”森の湖”。私にとっては憩いの場所だが、“想いが成就する”という、女の子には嬉しい場所らしい。
私にとってのこの場所は、”色恋”というよりは、心を癒してくれる場所だった。
「ホントにどうしたらいいのかな…」
絶え間なく出る溜め息。湖面に映る元気のない自分自身の顔。
そんな自分が情けなくて、益々嫌になる。
私は、元気を出そうと、制服のポケットにいつも忍ばせている、あの三つの石を取り出し、掌でぎゅっと握った。
「何やってんのよ、アナタ」
怜悧で明るい声が響いて、振り返ると、そこには堂々としたレイチェルがいた。
「レイチェル…」
「どうせ、育成が上手くいかないってぼやいてたんでしょ?」
図星だったのが癪に障って、私は俯いてしまった。
「ほーら、やっぱり! 大体、天才のワタシに太刀打ち出来ないのはトーゼンでしょ?」
「そんなことないもん!!」
レイチェルの言葉が、何だか悔しくなり、私は彼女をキツイ眼差しで見据えていた。
「ふふ、それでこそアンジェリークだよ!」
「え!?」
彼女の綺麗な顔に、優しく明るい笑顔が浮かび上がり、私は息を飲んだ。
(レイチェルは、私を奮えたたせようと、あんなことを言ってくれたんだ…)
胸の奥に暖かい暖炉の炎が灯った気分だった。嬉しかった。
彼女は私の隣に当然のように座ると、真っ直ぐと湖を見つめる。
「アナタがさ、そんなんだったら、アルフォンシアだって元気がなくなるよ? もっといっぱいアルフォンシアの話を聞いてあげたら、いっぱい応えてくれるよ? それに、アナタがそんなんだったら私も戦いがいが無いじゃない?」
「そうね!!」
レイチェルの包み込んでくれる優しさが嬉しくて、私は笑顔をいっぱい零していた。
女王試験が始まって、初めて心から笑ったのかもしれない。
勇気とやる気が全身を漲らせる。
私は、力強く立ち上がる。
こんなことをしていられない。
アルフォンシアの元に行かなければ。
「ありがと、レイチェル!! お蔭で元気が出た!」
「よし、その意気だよ!」
親指をすっと立ててウィンクをして励ましてくれるレイチェルが、とても大好きで堪らなくなる。
「じゃあアルフォンシアのところに行って来るね!」
行きかけて、私は踵を彼女に返した。
「レイチェル〜、大好き!!」
「もうアンジェリーク、早く行きな!」
照れくさそうにしたレイチェルが、とても印象的だった。
これをきっかけに私たちは良く話すようになった。
勿論お互いの育成、学習を第一に専念し、女王試験に関しては良きライヴァルだったけれども、それ以外の場では、いつも話していた。
将来の夢を語る時は、お互いに女王になると言っては、半ば冗談で言い争ってみたり、カフェに二人で行けば、時間が許す限り、女の子が大好きなファッションの話題などを語り尽くしたりした。
日の曜日には二人で、守護聖様や、教官の方々、そして試験に協力をしてくださっている方々と一緒にお茶会などにも参加した。
陛下や、ロザリア様に内緒でこっそり互いの部屋に泊まったりしていた。
夢のような日々。
私は女王試験で最も大切な、”友情“を手に入れることが出来た。
女王試験は、僅差で私が女王となった。
けれども、私の大切な親友は、心から祝福をしてくれて、私の補佐官になってくれた。
「いっぱい頼ってくれていいからね!!」
まるで向日葵のような笑顔で、しっかり私を支え、励ましてくれる。
嬉しくて、今までで一番嬉しくて、私は泣き笑いの表情を浮かべていた。
深紅の石の行方なんて最初から決まっていたのかもしれない。
「レイチェル、永遠の友情の証に貰って欲しいものがあるの」
遠い日。お姉さんに占ってもらった、あの深紅の石が、ようやく私の手から離れる時がやってきた。
私は前日に綺麗にそれを磨き、ヴェルヴェットの生地で作った小さな袋にそれを入れていた。
「お守り。あなたを守ってくれるように」
どうか気に入ってもらえますように。
私はそう願ってそっと彼女に手渡す。
「有難う!! 開けていい?」
私が頷くと、彼女は逸る気持ちを抑えるかのように、夢中で開けてくれた。
「わあ! この色の石欲しかったの!」
レイチェルはワタシにうれしそうに抱きついてくれる。
この時ひとつの石の行方が決まり、私は、お姉さんの占いを心から信じるようになった。
TO BE CONTINUED
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コメント
石にまつわるSIDE連載の二回目です。
今回はどうしても「レイチェル」の石について描きたかったのでこうなりました。
次回からは、アリオスさんがいよいよ登場です!!
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