あなただけに語りたい、不思議な物語がある。
今朝、アルカディアに来て、初めて夢を見た。
ようやくこの生活にも、馴れてきたからだろうか。子供の頃の、夢ばかり食べて生きていた頃の、懐かしい夢だった。
私は駈けていた。肩まで母に切りそろえてもらった栗色の髪を、ふわりふわりと揺らして、お日様の空気をいっぱいに吸い込んで。あの頃から、私は駆け回るのが大好きだった。
「アンジェ、面白い占いがあるの? やってみない」
いつものようにお隣に住むお姉さんが、微笑みながら声をかけてくれた。彼女はとっても占い好きで、今の私と同じぐらいの年だった。大好きで、大好きで堪らないお姉さんだった。
私は、お姉さんにくしゃくしゃの笑顔で同意をして、彼女の後を着いて行く。
お姉さんの部屋は、とても洒落ていて、子供の私には大人な空間だった。
そこにあるソファにちょこんと座り、かしこまった風に私は姿勢を伸ばす。この場所に来ると、私も大人になったような気分になり、少しこそばゆかった。
「さあアンジェちゃん、占いを始めるわよ! 今日の占いは、本格的だから、楽しみにしていてね!」
お姉さんは、自信に満ちた明るい声で言いながら、私の目の前に、きらきらと輝く眩いばかりの石がたくさん入った小箱と、文字が書かれたアンティークな革を持ってきた。
私もやはり女の子。眩い石類には弱い。うっとりとそれらを見惚れていると、お姉さんはクスリと笑った。
「アンジェちゃん、そこから三つ石を選んでくれる?」
「石を三つ?」
どうして三つの石なのか、私は不思議で堪らなくて、首を傾げた。
「そう。三つ。ひとつはね、自分のことを思い浮かべて? もうひとつはこんなお友達が欲しいなと想像しながら。最後のひとつは、こんな男の人の傍にいたいって。さあ、選んでね」
神妙に頷くと、私はじっと箱の中の石を見つめる。
心を落ち着けるために深呼吸をして、ごくリと咽喉を鳴らして、震える指を箱に持っていった。
緊張の成果、背中にうっすらと冷たいものが流れる。
「先ずはあなたを思い浮かべて?」
お姉さんの優しいふんわりとした声に導かれて、私自身のために選んだのは、黄色のハートの石。
「次はお友達ね」
コクリと頷いて、私は、どんな友達が欲しいか思い浮かべる。
(きっと、きちんと意志をもった女の子。明るくて、元気で、しっかり者で、いつも私を支えてくれるような…)
そう思うと、指が自然と深紅の楕円の形をした石を選んでいた。
「最後は…、大切な、大切な、たった一人だけのあなたの誰かさんの為に…」
「うん」
“たった一人の誰かさん“と言われても、当時の私にはピンと来ず、どこかこそばゆい響き。
私は、少しはにかみながら、乏しい想像力で、一生懸命思い描いた。
(いつも守ってくれるような、お兄さんみたいな男性がいい。私をいつも「アンジェ」って呼んでくれて、傍にいて心地いい男性…)
私の視線はたったひとつの石に釘付けになっていた。
それは漆黒の闇にも似た深い輝きのある石。
私は迷わずそれを選んでいた。
「選んだよ、お姉ちゃん」
三つ選んだことが嬉しくって、私は心からの笑っていた。
「アンジェちゃんの笑顔は太陽みたいでホントに可愛いわね」
「へへへ」
きっとお世辞だったのだろうけれどもその言葉が、私には何よりもの贈り物だった。
「その笑顔、忘れちゃダメよ」
お姉さんも向日葵のような笑顔を浮かべてくれて、私もそれに答えるようにしっかりと頷いた。
「じゃあ、アンジェちゃん。最初はあなたの宝石を革の上において、石を上から指で抑えて」
私は、これから何が始まるのかと期待しながら、神妙な面持ちで頷くと、彼女に言われたようにした。
「そう。じゃあ、力抜いて、目を閉じて?」
お姉さんに言われたように、私はゆっくりと力を抜いて、目を閉じた。
お姉さんの指が私の小さなそれに重なる。
「そう、ゆっくりと深呼吸しながら、心の中で呟いて。”私の未来を教えてください“って…」
ゆっくりと深呼吸をしながら、私は、強く唱える。
“私の未来を教えてください”
そうすると不思議なことに、指が自然と動いて行く。力を全く入れていないのに、不思議だ。
「凄い!! アンジェちゃん目を開けて御覧なさい!!」
お姉さんの弾む声に導かれて、私は恐る恐る目を開けた。
川の上に浮かび上がった文字に、私も少なからず息を飲んだ。
『QUEEN』
そんなこと考えたこともなくて、私は呆然とその文字を見ることしか出来なかった。
「私、この占いを何度かしけど、『女王』なんて出た人は、あなたが初めて!」
お姉さんはかなり興奮気味で、私も何だかそれにつられて嬉しくなってしまう。
だけど女王陛下なんて、とっても凄くて、天使様のような方なのに、そんな方に私がなれるわけがないって思っていた。
「じゃあ次の石! 深紅の石ね。これもさっきと同じようにして、スタンバイしてくれるかな?」
深紅の石も同じように革において、上から指を置いた。
「オッケ! じゃあ力を抜いて、今度は、さっき思い浮かべたお友達のことを思い浮かべて!」
力を抜き、石を選んだときと同じように祈る。
お姉さんの指が重ねられると、途端に石は、まるで意志を持ったように動き始めた。
「目を開けて」
目をゆっくり開け、革にかかれた少女の名前を声に出して読んでみる。
「レイチェル…」
「そう、レイチェル。彼女があなたの前に現れたら、この深紅の石を渡しておあげなさい?」
まだ見ぬ親友、レイチェル。
彼女のことを思い浮かべるだけで、自然と幸せな気分になれた。
(逢いたいな…”レイチェル“。いつか、逢えるかな?)
「じゃあ最後はあなただけのたったひとりの誰かさんのために…。漆黒の石ね?」
この瞬間が一番緊張した。
くすぐったいような、嬉しいような、まるで砂糖菓子のような気分。
私は、そっと想いを込めて指で石を撫でると、革の上に石を置き、もっと、もっと強い想いで石の上に指を重ねた。
「最後だからね、力抜いて、一生懸命祈ってね。女の子が一番知りたいことだもんね?」
目を閉じながらも、心の奥から湧き出でてくる甘い期待感に、私は胸を焦がす。
彼女の指が重なり、いよいよ最後の占い。
石は皮の上を滑らかに走る。
(誰だろう、私の”運命の男性“)
ピタリ。お姉さんの指が止まった。
「さあ目を開けて」
私はごくりと咽喉を鳴らした後、慎重に目を開けた。
革に映し出された名前を見る。声に出して言うことすらおこがましいと思うほど、私の身体の中に、その名はすっと入ってきた。
「彼が現れてもこの石を渡してあげてね…」
お姉さんの顔が、温かな陽射しに照らされ、ゆっくりと陽射しと溶け合っていった----
TO BE CONTINUED
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コメント
とうとう始まりました、SIDEの連載です。
ずっと気になっていたアリオスのチョーカーの石にまつわるお話です。
マメに更新していきますので、宜しくお願いします。
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