Chapter3


 アンジェリークの大きな瞳に不安と心配、そして驚愕が入り混じった光を宿している。
「そのままドレイクのおやじの所に行け! なにもさとられてはならんぞ」
 低い青年の声は、妙に説得力があり、アンジェリークは頷かずにはいられない。
「来い!」
 青年は、アンジェリークを狙った刺客をそのまま連れて行くと、奥の控えの間に姿を消す。
 その一部始終を見ながら、彼女は暫く動くことさえままならなかった。

 あの男性は…。

「アンジェリーク!!」
 彼女がいないことに気がついたヴィクトールが、心配をして迎えに来てくれる。
「あっ、ヴィクトールさん」
「大丈夫か!?」
「うん平気! ドレスだから、中々動きにくくて」
 心配そうに慌ててやってきてくれたヴィクトールに、アンジェリークは何も無かったかのように笑顔で答えた。漆黒の髪の青年に言われたように、彼女は振舞う。
「ドレイク殿が待っている。早く控えの間へ」
「うん、判った」
「今日は一応"レディ”だからな?」
「もうヴィクトールさんまで!!」
 アンジェリークは、ヴィクトールにエスコートをしてもらい、控えの間へと向った。

 控えの間に入ると、女官に呼ばれるまで暫く待つこととなった。
 エリザベス女王には、長らく逢っていなかったアンジェリークは、妙に落ち着かず、緊張をしてしまう。

 最後に女王陛下にお会いしたのは、おじさんの船に乗るときだったもん…。
 おじさんも今は海軍提督だもんね…。
 なんだか何言っていいかわからなくなってるわ

 慇懃なノックの音が響き、女官長が静静と中に入ってきた。
「サー・フランシス・ドレイク。女王陛下がお待ちです」
「御意」
 堂々たる姿でドレイクは立ち上がると、ヴィクトール、オリヴィエ、そしてアンジェリークと続く。
 謁見の間が大きく開け放たれ、アンジェリークははっとする。
 身も心も緊張に引き締まる。
「陛下!! サー・ドレイク殿、オリヴィエどの、ヴィクトール殿、アンジェリーク・コレット嬢が謁見に参られました!!」
 静まり返った謁見室に、張りのある声が響き渡る。
 一人の背筋が伸びきった、凛とした女性が、姿をあらわした。
「女王陛下…!!!」
 ただそこにいるだけで、エリザベス女王の権威、気品など、王者としての覇気がそこに伝わってくる。
 エリザベス女王は、生涯独身を通し、"処女王”と呼ばれ「栄光の時代」を築いた、偉大なる女王であった。
「ドレイク、ヴィクトール、オリヴィエ。ご苦労でした。アンジェリーク、苦しゅうない、さあこちらに」
「はい、女王陛下」
 ギクシャクと歩きながら、アンジェリークは何とか女王の傍に行き、かちこちに固まっている。
「大きくなりましたな? これもサー・ドレイクのお陰じゃ・・・。イングランドの"天使"を、よくぞここまでに」
「は、恐れ入ります」
 女王は、本当にまるで我が子を見るかのようにアンジェリークを見つめ、何度も何度も頷く。
「女王陛下のために、この祖国イングランドのために、私の力は微力ですが、精一杯頑張らせていただきます」
 頭を垂れながら、アンジェリークは精一杯の言葉と尊敬の念を女王に表す。
「アンジェリーク、そなたの働きに期待いたします。
 ----あなたは今日より、育ての父であるドレイクから離れ、一本立ちをせねばなりません」
「そんな…」
 アンジェリークは、思わず不安げで心細い眼差しをドレイクたちに向け、女王もそれを優しく見守っている。
「不安になるのはあたりまえです。アンジェリーク…。あなたはまだ幼い…。そこでちゃんと新たにあなたに後見人をつけます。
 -----アリオスをここに」
「はい」
 女王陛下の凛とした声に、女官長は直ぐに控えの間へと向った。

 アリオス…!?

 アンジェリークの脳裏に浮かぶは先日の青年の姿。
 ロンドンで会おう----
 その言葉だけが脳裏に焼き付いてはなれない。
「警察長官ウォルシンガム卿のご子息アリオス様でございます!!」
 ドアが荘厳に開き、アンジェリークはその場所に目を奪われる。
 そこに現れたのは、正装をした、銀の髪の長身の青年。
 先日彼女の前に現れた青年その人である。

 やっぱり…!!!!

 ブーツで、床をコツコツと響かせながら、青年はアンジェリークの隣へと迫ってくる。
 アンジェリークは彼に心までも吸い取られていくような気がする。
「陛下、アリオスでございます」
 すっと、アンジェリークの隣に立つと、アリオスは女王陛下に跪いた。
「よう承知してくれた! アリオス。隣にいるのがアンジェリークです」
「はっ」
 彼は不敵な笑みを浮かべると、アンジェリークのってを取り、その甲に口付ける。
「レディ・アンジェリーク、よろしく」
「・…!」
 その唇の感触に、アンジェリークは全身に甘い戦慄を覚えずにいられなかった。
「アリオス、色々アンジェリークと話もあるでしょう…。控えの間に下がっても良い」
「有難うございます」
 アリオスは、何事もなかったように、アンジェリークの手を取ると謁見の間から出て行き、彼の控えの間に、アンジェリークを連れて行った。
「どういうつもりなのよ!!!」
 控え室に入った瞬間、アンジェリークはアリオスに行きなる食って掛かった。
「陛下におまえの後見人として、色々身を守るすべをさらに磨きを掛けろと言われた。この間はその力量を見に行ったのに過ぎない」
「なぜ!?」
 食いついてくるアンジェリークにも、アリオスは眉根一つ動かさない。
「今、イングランドが対峙しているのは、あの強大な国スペインや、イタリアの教皇。強大な力の中では、我らイングランドはちっぽけな島国に過ぎねえ。人が足りねえし、船も足りねえ、武器も少ない状態だ。その状態を打破するには、優秀な人材をいかによく効率的にたくさん育てるかということだ。おまえは、俺の元でみっちりと、イングランドの為に学び、勉強してもらう」
 じっと異色の眼差しで見つめられると、アンジェリークは動けない。

 先ほどの漆黒の髪の男性といい、アリオスといい、どうして私はこの眼差しに弱いのだろうか…

 アンジェリークはただ彼を見つめることしか出来なかった。




コメント

歴史ロマンの三回目をお届けいたします。
ようやく、アリオスとアンジェリークが再会。
ふう〜。
いったいどれくらいになるのやら(苦笑)