Chapter2


 船はサザンプトン碇を下ろし、そこからは馬車でロンドンへ向い、ドレイクの小さな屋敷に着いたのは、夜がどっぷりとくれていた。
 その日は疲れを取るために、ドレイク以下、ヴィクトール、オリヴィエ、そしてアンジェリークの面々は、丸太のように深い眠りにつく。
 明日はいよいよエリザベス女王との謁見だと思うと、緊張気味の面々であったが、そこは疲れ果てていたのか、すぐに眠りこけてしまった。
 だが、アンジェリークは違っていた。
 思い出すは、昨日、腕を試しにきた銀の髪をした青年。

 "ロンドン”で待っているといっていたけれど・・・・、あの人はいったい何者なんだろうか・・。

 アンジェリークは銀の髪の青年のことを思いながら、いつのまにか眠りに落ちていた----

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「起きてください? アンジェリークさん?」
 誰かに呼ばれた気がして、アンジェリークはゆっくりと目を開ける。
 そこにはなんとも美しい女性が優しそうに微笑んでいた。
「・・・あなたは・・・」
「私は、あなたのお世話係となるディアと申します」
「お世話係・・・?」
 頭がぼうっとして、今ひとつアンジェリークは状況を把握することが出来ない。
「はい。今日はいよいよ女王陛下への謁見の日ですわ! 朝食は運んでまいりますから、その後すぐに湯あみをしてくださいませ。やはり陛下にお会いするのですから、ここは正装で行きませんとね?」
 余りにも美しくにこやかな笑顔だったせいか、アンジェリークはそのまま頷かずには、いられなかった。
 頭がまだ上手く回らないので、状況を把握することなど出来やしないが、とりあえず、回らない頭なりに、ディアが言う事は最もだと感じたために、彼女は言われたとおりにすることにした。
「判りました。よろしくお願いします」
 深深と頭を下げる彼女に、ディアは本当に嬉しそうに頷く血オ、先ず這うわかけからはがしにかかる。
「さあ、アンジェリークさん!! 時間はあまりございませんわよ!!」


 そこからが忙しかった。
 朝食は、今までの海の上で食べた、”男の料理"ではなく、シェフの味付けでとても美味しいといいたい所だったのだが、ディアにせかされて、それどころではなかった。
「さあ次は湯浴みですわ!」
 消化が充分に出来たとは言いがたいのに、今度はお風呂に放り込まれる。
 少し気分が悪くなりながらも、アンジェリークは身体を綺麗にして、ゆっくりする暇も無く、風呂から出された。
 ローブを着て部屋に戻ると、そこにはディアが手薬煉を引いて待っている。
「さあ今度は飾り立てますわよ!」
 殺気を感じてアンジェリークは身体を震わせる。
 部屋には立派な白いドレスが飾ってある。

 まさか・・・

「ねえ、ディアさん、あれ着るの?」
 思わず指を指し、探るようにアンジェリークは言ったが、ディアはにっこりと微笑むだけ。
「そうですわ! 折角の謁見ですから正装をしろと、ドレイク様からのご命令です!!」
 アンジェリークは他のメイドに身体を掴まれもう動くことが出来ない。
「私は、胴着で謁見します!!」
「だめです!!」
 -----結局アンジェリークはディアには勝てず、一時間半後には、美しい貴婦人にされていた。
「まあお美しいですわ! これで私も鼻高々・・・」
 アンジェリークに暴れられたので、ディアは傷だらけでの終了となった。
「さ、そろそろ時間ですわ!」
 ディアは柱時計を見ると、満足そうに微笑む。
 このころの時計は今のように針が二本あるわけではなく、たった一本の針で時間を判断していた。
「アンジェ、迎えにきたよ!!」
 終了を聞いた、オリヴィエが部屋を訪ねてくる。
「オリヴィエさん・・・・」
 少し照れくさそうにアンジェリークは彼を見つめた。
「上等! きっと宮殿一の貴婦人だ! さあ行くよ?」
「あ・・・、はい」
 自然にエスコートしてくれるオリヴィエに、いささか戸惑いながらも、アンジェリークは彼の手を取って、階段を下り、ホールに向う。
「おお、"馬子にも衣装"というが、まんざらでもないな、アンジェリーク」
「もう! ドレイクのおじさんのバカ!!!」
 ドレイクは、まるで娘を見つめるように、アンジェリークを感慨深げに見つめる。

 陛下からアンジェリークをお預かりしてもう10年。
 彼女も14歳・・・。
 綺麗になって来るはずだ・・・・。
 そして今日・・・。
 とうとうお返しをする日がやってきたのか・・・。

「さあ、ここからはわしがエスコートしよう。アンジェ?」
「はいおじさん」
 アンジェリークはドレイクにエスコートされ、女王の住まうナンサッチ宮殿へと向う馬車に乗り込む----

 あの銀の髪の男性は、どこで会えるんだろうか・・・。
 試したい彼と!!
 もう一度剣の腕を!!
 
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 ナンサッチ宮殿に到着すると、アンジェリークはその美しさに目を奪われた。
 この宮殿は、エリザベスが最も愛した宮殿として知られている、幻の宮殿である。
「ドレイク!!」
「ホーキンズ!!!」
 出迎えてくれたのは、海軍の今や出納官としてかっこたる地位を確立している、ジョン・ホーキンズ、その人であった。
 彼はかつてドレイクともに"海賊"として鳴らした海の男である。
「アンジェリーク!!」
「ホーキンズのおじさん!!」
 幼いころに会った以来だったホーキンズとの再会も、アンジェリークには大きいことだった。
「大きゅうなったなあ」
 しんみりといわれると妙に照れくさい。
「おじさんもお元気そうで何よりです!!」
 温かさが体の中に溢れ、アンジェリークは思わず微笑んだ。
「じゃあわしたちは控えの間でウォルシンガム卿とお会いする手はずになっておるから、また後で」
「ああ、またな。アンジェリークもまたな?」
 ドレイク一行はそのまま宮殿の中に進み、控えの間へと急ぐ。
 
 これからいったい何が起こるというんだろうか・・・

 アンジェリーク以外の一行が廊下の角を曲がり終えた時だった。
「アンジェリーク様」
 後ろから声がして、アンジェリークははっとした。
 背中に銃口を感じる。

 どうしよう・・・。
 ドレスだから上手く立ち回れない・・・!!

「このまま、前のドレイクに知られぬよう、ゆっくりとお歩きなさい」
「宮殿でこんなものを振り回しては困るな・・・」
 はっとして、アンジェリークが立ち止まると、曲者のさらに後ろに、漆黒の髪の青年が、曲者を捕らえていた。

 この人は・・・!!!

 その異色の眼差しに、アンジェリークは見覚えがあるような気がしていた・・・・。




コメント

歴史ロマンのニ回目をお届けいたします。
今回もかなり楽しく書かせていただきました。
正直言って何回になるかも判らない(笑)
実在の人物の陰謀などに、これから二人は巻き込まれて絡んでいきます。
歴史物は、やはり資料が物を言うせいか、これからせっせと集めなければ。
好きな時代と自負しているだけあって、結構資料じたいがありますが、
それを創作するのは難しいですね。
今、本のほうでも同じ時代を扱ったものを書いているので、」ごっちゃにならないように必死です。
初の「歴史物」
感想をいただけると嬉しいです。