Chapter1


 16世紀末、欧州での国家対立は、宗教対立でもあった。
 同じ神を信じるにも関わらず、彼らは旧教国新教国として闘いを続けていた。
 当時、世界一の国力と謳われたスペインは、バチカンの教皇と共に、その力を存分に発揮し、恐れられていた。
 その二つの対抗勢力であったのが、イングランドとオラニエ公ウィレム率いる"ユトレヒト同盟”---スペインの統治にあったネーデルラント。
 つまりは”新教国である。
 特にイングランドは、エリザベス1世の下、”海賊”を奨励し、”私拿捕活動"(プライヴァティアリング)として、”私拿捕免許状”(マルク)を与え、スペインに抵抗を起こしていた。
 ”海賊”の若者が国を支えていたのである。
 ヴァチカンは、既に女王エリザベスとオラニエ公の波紋を行っており、益々対立が激化しつつあった。
 狭いドーバー海峡を挟み、スペイン、フランスに迫られた小さな島国イングランドの奇跡が、今始まろうとしている----
 奇跡を、起こすべく、今、若者は立ち上がる----

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 1584年冬、イングランド・マン島----

「オリウ゛ィエさん、海を見に行ってきていい?」
 突然のアンジェリークの申し出に、オリウ゛ィエは優美に微笑んだ。
「あんたがそれで気が済むんならいっといで。明日は出発だからね」
「オリウ゛ィエ! ドレイクさんに知れたら」
 堅物のウ゛ィクトールは、オリウ゛ィエを窘めるが、彼はそれに動じない。
「きっと許してくれるって! 気にしなくていいからいっといでアンジェちゃん」
「はい有り難うございます!」
 少し嬉しそうに笑うと、アンジェリークは、小さな屋敷から出ていく。その姿を見つめながら、ウ゛ィクトールは溜め息を吐いた。
「いいのか?」
「あの子には、海を見てリラックスすることが必要だよ。育んでくれた海を見ながらね」

 ドレイクのおじさんの船の上で暮らして十年----
 落ち着きたいときは海に限るな・・・。

 海が見渡せる海岸まで走り、アンジェリークはようやく息を吐いた。
 海秋も深まり、深い色になり始めた海を見つめながら、彼女は、心を落ち着ける。

 明日はいよいよロンドン・・・。いよいよ渦の中へ!

「おまえがアンジェリーク・コレットか」
 艶やかな冷たい声が聞こえて、アンジェリークは思わず振り返った。
 そこにいたのは長身で、黒いマントを靡かせた剣士。
 銀色の髪が、わずかな太陽の光をはじいて輝いている。剣を腰に指す姿は、一分の隙を感じさせない堂々としたものである。
 まだ若き青年にも関わらず、彼からは熟練の剣士の気を感じる。
 だが、最初に目を惹いたのは、その異色のまなざしであった。
 長い黒のブーツがその足の長さを助長している。
 異色のまなざしは魔性だと、ドレイクのおじさんに聞いたことがある・・・。
 だけど、なんて強くて、綺麗な瞳なんだろう。

 彼女は思わず見惚れずにはいられなかった。
「受け取れ」
 青年は簡潔に言うと、いきなりアンジェリークに剣を投げ付ける。
 そのあまりにもの突然の行為に、彼女は驚いて目を丸くした。
「”エル・ドラク”ドレイクとオリウ゛ィエ、゛ウィクトールに鍛えられた剣の腕、試させてもらう」
 青年は表情を変えず剣を抜き、彼女を見つめる。
 アンジェリークは緊張を押さえるため、一度深呼吸をした。

 武人として受けないわけには行かない!

 彼女も受け取った剣を抜く。
「いい面構えだアンジェリーク」
 二人は剣をあわせ、そのまま互いに弾き合う。
  冬の海岸に響く葉、二つの剣が重なり合う音のみ。

 流石…。
 この年にしては太刀筋もいい…。
 ドレイクから航海術海賊術を学び、剣はヴィクトールから学び、処世術はオリヴィエから、知識はルヴァから学んだと聞く。
 全くの英才教育の賜物か…。

「逆手付き!(アント・デ・ヴェンツ)」
 アンジェリークは自分が身に付けた剣術を持って、青年に対峙をする。
 だが青年は顔色を変えることもなく返してくる。
 彼女の背中に詰めたいものが流れて、明らかに焦りと取れるものが、でてくる。

 強い!!
 強すぎる!!!

 簡単に剣を揮い、これほどまでに巧みな剣士をアンジェリークは見たことがなかった。
 並々ならぬ剣士の力量に舌を巻く。
「…あっ!!」
 そのまま青年は、アンジェリークの持っていた剣を後方に飛ばし、そこで手合わせは幕を閉じた
「おまえの力量は判った」
 低く呟くと、彼はすっと流れる作業で剣を鞘に収め、そのまま立ち去ろうと背を向ける。

 凄い…!!!

「待って!!」
 その剣術の巧みさに、アンジェリークは青年と少しでも話がしたくなり、声を掛けた。
 そしてその理不尽な申し出の理由を聞きたかった。
 ゆっくりと青年は振り返ると、不敵にも精悍な表情を彼女に向ける。
「----ロンドンで会おう」
 それだけを言うと、青年はそのまま立ち去ってゆく。
 アンジェリークは呆然として、マントをなびかせる後ろ姿を、見つめることしか出来ない---
 暫くして、馬を掛ける音が聞こえ、青年が立ち去ったことを感じ取った。

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 外に出たこと自体は、ドレイクに咎められる事なかった。
 翌日、アンジェリークは、休息を終えて、マン島を後に、ドレイクの船”ゴールデン・ハインド”号で、ロンドンへと旅発つ----
 ブリテン島までの短い航海を、アンジェリークは海を見つめながら過ごす。

 いよいよ女王陛下に謁見・…。
 私には何ができるというのだろうか…。

 ひとりの少女が、今、イングランドの命運を掛け動き出す。
 




コメント

歴史ロマンの一回目をお届けいたします。
正直好きな時代なので、資料を見るのはとても楽しくて、時間を忘れてしまいそうです(笑)
やはり、歴史物と名乗る以上、多少の味付けはあっても、史実にしたがわなければならない個所もあるので、
その辺を頑張って表現できたらなあっと思っております。
しかし歴史の復習になりますね(笑)
ちなみにドレイクの仇名"エル・ドラク”は"龍”という意味で、スペイン人がつけたものです。
FFの「マリア〜」「ドラ〜ク」は思いださんように(笑)
アンジェが最後に乗っていた船は、世界一周をしたことで有名なドレイクの船です。