Chapter4


「アンジェリーク」
 低く魅力的な声で呼ばれて、彼女は身体をびくりとさせた。
「今日からおまえは、俺の下で学び、暮らすこととなる」
「じゃあドレイクおじさんの下では…」
 戸惑ったようにアンジェリークはアリオスを見つめる。そうすることしか彼女には出来ない。
「ドレイクの下での時間は終わった…。おまえは今日から国家のために、陛下のために…」
 アリオスの手が差し伸べられる。
 コクリと頷き、アンジェリークはアリオスの手を取った。
「宜しく、お願いします」
「ああ」
 差し出された小さな手を、アリオスはぎゅっと包み込むかのように握り締める。
「馬子にも衣装とは言うが、良く似合ってるぜ?」
「あ、ひどい!」
 少し頬を膨らませて怒る彼女が愛らしい。
 アリオスはフッと笑うと、アンジェリークの手を引いて、入り口げと導く。
「馬車を待たせてある。そこから俺の屋敷へと向う。おまえは今日からここで暮らすことになる」
「はい」
 不安が無いわけではなかった。
 だが、アリオスの手を握り締めていれば、その扶南などどこかにいってしまうような気が、アンジェリークにはしていた----


 立派な馬車に乗り込んで、アンジェリークは少し緊張の面持ちを隠せないでいる。
「何緊張してんだ?」
「何でもありません…」
 クッと笑われて、アンジェリークは少し機嫌が悪くなって剥れてしまう。
 それもまた彼女らしいのではあるが。
「あ〜、疲れちまうな、女王陛下の前だと」
 アリオスはそう言いながら、肩苦しい上着を脱ぎ始める。
「あ、アリオスさんっ」
「アリオスで結構。
 ・・・・ん? おまえ何真っ赤になってんだよ」
「しりません!」
 真っ赤になって怒る貴婦人姿の彼女は、本当に愛らしく、そして年相応に見える。
 それがアリオスにはかえって辛い所でもある。

 アンジェリーク…。
 おまえはもうドレイクの傍にいたあの頃には戻れない…。
 これからは荒波を行くことになる…。
 だがこれだけは覚えておけ…。
 俺はおまえの傍を離れずに守り抜く…。
 俺より先に死なせやしない…!!
 断じて!

 馬車は緩やかな音を立てながら、二人を乗せて行く。
 この馬車が、自分を新しい渦の中に運んでいっているような気が、アンジェリークにはしていた----

                      -------------------------

「カインさん、ここはどうなるの?」
「そうですね…」
 郡作の勉強をしていたアンジェリークとカインは、ドアが開くのに気が付き、はっとして一旦勉強を中断した。
「アリオス!!」
 そこにいたのは、銀の髪を乱したアリオス。
「アンジェリーク、勉強はこの当たりにして、少しチェスでもするか?」
「うん!!」
「では、アリオス様私はこれで」
 アンジェリークがアリオス邸に連れて来られて一週間。
 アリオスの腹心の部下カインによって、アンジェリークは連日軍策などの講義を受けていた。
 アリオスは時々、顔を出し、アンジェリークの息抜きをかねて少し相手をするが、毎日というわけではなかった。
 最初は、不安に思っていたアンジェリークも徐々にではあるがカインの柔らかな雰囲気と、アリオスが時折行う気分転換で、それも解消されつつあった。
 二人は向かい合い、暫しチェスに興じる。
「アリオスは忙しいの?」
「そうだな。ウォルシンガムの親父が人使いが荒いからな」
「そう…」
 答えながら、アンジェリークはどこか寂しさを禁じえない。
「チェック!」
 クィーンを置いたアンジェリークを、アリオスは冷静に見た。
「アンジェリーク、"チェス”はただのゲームだと思ってるか?」
 突然の質問に、アンジェリークは目を丸くする。
「ただのゲームでしょう?」
「いや…」
 そういって、アリオスはアンジェリークがチェックをした"クィーン”を手に取った。
「このクィーンは犬死だ」
「何で!」
 折角、アリオスにここで一矢を報えると思ったのに、アンジェリークは少し不満そうに見ている。
「俺に直ぐに取られる」
「だったらこのルークでチェックをするわ!」
「----俺がルークをでルークをとればそれもできるが、俺が、ルークを戻して停めるだけに使ったとしたらおまえはどうなる…」
 アンジェリークははっとして、アリオスを唖然と見つめる。
「そう。おまえは二手先から打つ手は無い。このクィーンも犬死。
 ----つまりこういうことだ、アンジェ」
 アリオスはクィーンをアンジェリークに手渡すと、異色の眼差しに深い色を湛えて彼女を捕らえた。
「チェスは我々が立てる戦略と同じ。相手の心を読むことが出来なければ、さっきのクィーンと同じようになる。常に先を見なければならねえ」
 アリオスから貰ったチェスをアンジェリークはぎゅっと握りしめる。
「…うん…」
 その時。
 鋭いノックの音が部屋に響き渡った。
「誰だ!?」
「アリオス様、カインです!」
「入れ!」
 カインの慌てふためく様子を気にしながら、アリオスはドアを見つめる。
 アンジェリークもまた、何事かと緊張感を高めた。
「アリオス様!」
 カインの形相は苦渋に満ちたものになっている。
「何だ?」
「オラニエ公が暗殺されました!」
「何!?」

 オラニエ公が!?

 外の冷たい雨が激しさを増していた-----       




コメント

歴史ロマンの四回目をお届けいたします。
カインさんの登場です。
アリオスさんの軍師でございます。
さあ、本格的に色々頑張るぞ〜。
今回のチェス(笑)
首座の方を思い出した方がいっぱいいらっしゃったと思います(笑)
チェスや将棋が強い人は、本当に頭の回転が速いのら。