
「アンジェリーク」 低く魅力的な声で呼ばれて、彼女は身体をびくりとさせた。 「今日からおまえは、俺の下で学び、暮らすこととなる」 「じゃあドレイクおじさんの下では…」 戸惑ったようにアンジェリークはアリオスを見つめる。そうすることしか彼女には出来ない。 「ドレイクの下での時間は終わった…。おまえは今日から国家のために、陛下のために…」 アリオスの手が差し伸べられる。 コクリと頷き、アンジェリークはアリオスの手を取った。 「宜しく、お願いします」 「ああ」 差し出された小さな手を、アリオスはぎゅっと包み込むかのように握り締める。 「馬子にも衣装とは言うが、良く似合ってるぜ?」 「あ、ひどい!」 少し頬を膨らませて怒る彼女が愛らしい。 アリオスはフッと笑うと、アンジェリークの手を引いて、入り口げと導く。 「馬車を待たせてある。そこから俺の屋敷へと向う。おまえは今日からここで暮らすことになる」 「はい」 不安が無いわけではなかった。 だが、アリオスの手を握り締めていれば、その扶南などどこかにいってしまうような気が、アンジェリークにはしていた---- 立派な馬車に乗り込んで、アンジェリークは少し緊張の面持ちを隠せないでいる。 「何緊張してんだ?」 「何でもありません…」 クッと笑われて、アンジェリークは少し機嫌が悪くなって剥れてしまう。 それもまた彼女らしいのではあるが。 「あ〜、疲れちまうな、女王陛下の前だと」 アリオスはそう言いながら、肩苦しい上着を脱ぎ始める。 「あ、アリオスさんっ」 「アリオスで結構。 ・・・・ん? おまえ何真っ赤になってんだよ」 「しりません!」 真っ赤になって怒る貴婦人姿の彼女は、本当に愛らしく、そして年相応に見える。 それがアリオスにはかえって辛い所でもある。 アンジェリーク…。 おまえはもうドレイクの傍にいたあの頃には戻れない…。 これからは荒波を行くことになる…。 だがこれだけは覚えておけ…。 俺はおまえの傍を離れずに守り抜く…。 俺より先に死なせやしない…!! 断じて! 馬車は緩やかな音を立てながら、二人を乗せて行く。 この馬車が、自分を新しい渦の中に運んでいっているような気が、アンジェリークにはしていた---- ------------------------- 「カインさん、ここはどうなるの?」 「そうですね…」 郡作の勉強をしていたアンジェリークとカインは、ドアが開くのに気が付き、はっとして一旦勉強を中断した。 「アリオス!!」 そこにいたのは、銀の髪を乱したアリオス。 「アンジェリーク、勉強はこの当たりにして、少しチェスでもするか?」 「うん!!」 「では、アリオス様私はこれで」 アンジェリークがアリオス邸に連れて来られて一週間。 アリオスの腹心の部下カインによって、アンジェリークは連日軍策などの講義を受けていた。 アリオスは時々、顔を出し、アンジェリークの息抜きをかねて少し相手をするが、毎日というわけではなかった。 最初は、不安に思っていたアンジェリークも徐々にではあるがカインの柔らかな雰囲気と、アリオスが時折行う気分転換で、それも解消されつつあった。 二人は向かい合い、暫しチェスに興じる。 「アリオスは忙しいの?」 「そうだな。ウォルシンガムの親父が人使いが荒いからな」 「そう…」 答えながら、アンジェリークはどこか寂しさを禁じえない。 「チェック!」 クィーンを置いたアンジェリークを、アリオスは冷静に見た。 「アンジェリーク、"チェス”はただのゲームだと思ってるか?」 突然の質問に、アンジェリークは目を丸くする。 「ただのゲームでしょう?」 「いや…」 そういって、アリオスはアンジェリークがチェックをした"クィーン”を手に取った。 「このクィーンは犬死だ」 「何で!」 折角、アリオスにここで一矢を報えると思ったのに、アンジェリークは少し不満そうに見ている。 「俺に直ぐに取られる」 「だったらこのルークでチェックをするわ!」 「----俺がルークをでルークをとればそれもできるが、俺が、ルークを戻して停めるだけに使ったとしたらおまえはどうなる…」 アンジェリークははっとして、アリオスを唖然と見つめる。 「そう。おまえは二手先から打つ手は無い。このクィーンも犬死。 ----つまりこういうことだ、アンジェ」 アリオスはクィーンをアンジェリークに手渡すと、異色の眼差しに深い色を湛えて彼女を捕らえた。 「チェスは我々が立てる戦略と同じ。相手の心を読むことが出来なければ、さっきのクィーンと同じようになる。常に先を見なければならねえ」 アリオスから貰ったチェスをアンジェリークはぎゅっと握りしめる。 「…うん…」 その時。 鋭いノックの音が部屋に響き渡った。 「誰だ!?」 「アリオス様、カインです!」 「入れ!」 カインの慌てふためく様子を気にしながら、アリオスはドアを見つめる。 アンジェリークもまた、何事かと緊張感を高めた。 「アリオス様!」 カインの形相は苦渋に満ちたものになっている。 「何だ?」 「オラニエ公が暗殺されました!」 「何!?」 オラニエ公が!? 外の冷たい雨が激しさを増していた----- |
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コメント
歴史ロマンの四回目をお届けいたします。
カインさんの登場です。
アリオスさんの軍師でございます。
さあ、本格的に色々頑張るぞ〜。
今回のチェス(笑)
首座の方を思い出した方がいっぱいいらっしゃったと思います(笑)
チェスや将棋が強い人は、本当に頭の回転が速いのら。
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