
アリオスに激しく唇を貪られ、アンジェリークは膝ががくがくとした。
華奢な身体をアリオスの腕でしっかりと支えられ、彼女は倒れずに済んだ。
彼の舌が彼女の口腔内をくまなく愛撫し、唇が腫れ上がるまで吸い上げられる。
こんな口付けは初めてだった。
今までも、アリオスにしか受けたことがなかったが、それはごく軽いもので、これとは比べ物にならなかった。
どうしよ…、頭が白くなる…
何度も角度を変えて口付けられると、甘い刺激に彼女は全身に力が入らない。
やがて、彼女から彼の首に手が回され、彼にしがみついた。
長く続いた口付けがようやく終わり、二人は互いの息遣いを唇に感じる。
大きな潤んだ青緑の眼差しを彼女は彼に向ける。
「アンジェ…」
二人は互いに見詰め合った。
それはほんの数秒であったはずなのに、二人にはとても長い時間のように思える。
「アリオス・・・」
甘さの混じった声で名前を呼ばれると、アリオスはもう彼女への想いを隠せなくなった。
アリオスはそのままアンジェリークのか細い身体を抱きすくめる。
「あっ・・・」
「----気に入らないはずはねえよ…!! おまえは凄く綺麗だ…」
彼女の身体に彼は力をこめて話さない。
「…ホント? ホントに?」
自信なさげで、泣き出しそうな彼女に、彼は顎を持ち上げ顔を自分に向けさせる。
「言っただろう? おまえは綺麗だって…。おまえ以外に、あの曲にふさわしい相手はいねえよ・・・」
ついっと指先で涙を拭われて、彼女は笑みを浮かべた。
彼の指先からその想いが零れ落ちてくるような気がする。
「・・・うん・・・、アリオス・・・、やる・・・、私、モデルをするわ」
「サンキュ」
再び唇が降りてくるのがわかる。
今度の口付けは、先ほどのように奪うようなものではなくて、甘く、軽い口付け。
くすっぐたい口付けを何度か重ねて、二人は一瞬目を合わせて、また求め合って…。
じゃれあうように何度も唇を触れ合わせる。
それだけでも、お互いの想いは十分に伝えられるような気がしていた。
何度も口付けを交わした後、二人はようやく、「コスチューム・スタジオ」に戻り始めた。
どちらからともなく、手を繋いでいる。
「ロケは、おまえのGWの休みを利用して行う。海外ロケになるんだが・・・」
「え!?」
初めてそんな重要なことを訊かされて、アンジェリークは驚いて立ち止まった。
大きな瞳をさらに大きくして。
「え…、海外…」
「おまえの保護者には話をする。
それにパスポートはあるだろ? レイチェルからスモルニィの生徒は全員持っているって聞いたが」
「はい…、持ってますけど…」
高校生の身分の彼女にとっては余りにもスケールの大きな話で、戸惑いを隠せなかった。
「サラやレイチェルも手伝いで来る予定だし…、心配すんな
って言っても…、撮影が二日で、後はとんぼ帰りだけどな」
異色の眼差しで見つめられると、妙な説得力があり、アンジェリークはその眼差しに見惚れながら、自然と頷いてしまう。
「サンキュ。詳細はすぐに連絡するからな?」
「はい」
二人は互いのぬくもりを感じながら、再び歩き出す。
「なあ、アンジェ」
「なんですか?」
「その、敬語は止めてくれねえ? 確かに俺のほうが年上だが、おまえには気を使って欲しくねえから」
「うん・・・、判った、じゃあ、遠慮なく、敬語は止めるね?」
「サンキュ」
感謝の印に彼は彼女の頬に口付ける。
その口付けが余りにも甘くて、アンジェリークは虫歯になるのではないかと思った----
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「コスチュームスタジオ」に戻ると、アリオスは、サラにアンジェリークのメイクとコスチュームがイメージ通りであることを伝えた。
「そうでしょ? さっきのあなたの顔を見たらそうだと思ったわ? アリオス。じゃあ、彼女のコスチュームはこれでいくはね」
サラは底でいったん言葉を切ると、ニヤリと楽しげな微笑を二人に向ける。
「何だよ?」
「キスしてもいいけど、口紅が完璧にはげるまでは、ね? 本番前とか気をつけてね〜」
ウィンクしながら言ったサラの言葉に、アリオスは少しむすっとし、アンジェリークは恥ずかしさの余り身体をちぢこませている。
「じゃあね? アンジェリーク、脱いだ衣装はハンガーにでもかけて置いて帰ってね?」
忙しく働くサラは、そのまま奥のデザイナー室へと消える。
二人は顔を見合わせながら、照れくさそうに微笑みあった。
アンジェリークが着替え終わると、アリオスはアンジェリークを車に載せて、小さなレストランへと連れて行った。
港の近くにある底は、とてもロマンティックな雰囲気に包まれている。
あらかじめアリオスが予約を取ってくれていたようで、目立たない一番奥のブースに案内をされた。
店内には、ピアノの生演奏が流れている。
今は丁度、スタンダード曲である「男が女を愛するとき」が弾かれている。
だが、その雰囲気が余りにも落ち着いていて、素敵過ぎて、彼女は妙に落ち着かない。
「アリオス…、アリオスはいつもここに来るの?」
「俺? 俺は、まあ気が向いたときに来るけどな」
「じゃあ今日はその・・・、”気が向いたとき”なの?」
余りに可愛らしい彼女の様子に、彼はふっと微笑みすらこぼす。
「そうだな…。そうかもしれねえな・・・」
こんなに、誰か個人に喜んでもらおうって思ったことは…、ここ最近はなかったな…
レストランでの食事の味は申し分ないものだった。
アンジェリークは、先ほど少し感じていた”引け目”を忘れて、いつのまにか、彼とのひと時を心から楽しみ、堪能していた。
デザートまで味わい尽くした後、アンジェリークはアリオスに家まで送ってもらった。
「今日は、色々有難う」
「じゃあ、礼をくれよ」
「え?」
車の外にいた彼女に、彼はそっと口付ける。
少し貪るようなそれで彼女を味わう。
唇が離されたときは、彼女はすっかり力を抜かれて呆然としていた。
頭が痺れて何も考えられない。
「アンジェ、これ持っててくれ?」
アリオスから差し出されたのは、真新しい携帯電話だった。
「携帯…」
「これ俺専用に持っててくれ。俺の電話番号はちゃんとメモリーに入れてあるから。それとこれが、説明書やその他もろもろ」
小さな紙袋も渡されて、彼女はそれを困惑気味に受け取る。
「あ、あの…、こんな高価なもの」
「いいんだ。おまえに持ってて欲しい」
その一言で彼女の氷はようやく溶けて、表情が柔らかくなった。
「判った、持ってる」
「サンキュ」
彼は、本当に憎らしいほど魅力的な微笑を彼女に向ける。
勿論、アンジェリークはその表情だけで骨抜きにされてしまう。
「有難う…」
今度は彼女からはにかんだキスが彼の頬にされる。
彼にとって、その口付けは何よりも魅力的だった。
今まで受けたどの口付けよりも。
「サンキュ、アンジェ…」
この場を離れたくないが、これ以上ここにいれば、彼女に迷惑がかかってしまう。
彼は何とか自分の思いを押さえると、彼女に一瞥を投げて、車を発進させる。
「またな?」
「うん」
彼の車が見えなくなるまで、アンジェリークはずっと手を振っていた。
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数日後、アンジェリークはシチューに使う牛乳を買い忘れ、コンビニエンスストアに買いに出かけた。
お目当ての牛乳が見つかり、いつものように雑誌コーナーで立ち読みを決め込もうと思った。
「アンノン出てるかな・・・」
いつも立ち読みをしているファッション誌を探しているうちに視界に気になる見出しを見つけた。
『超人気バンドDolisのヴォーカリスト・アリオスの密会二連発』
いかにも写真週刊誌らしい見出しに、彼女は吸い寄せられ、そのままその雑誌を取り、ページをめくる。
嘘!! 嘘!!
そのページを見つけるなりアンジェリークははっとした。
”第一弾は某名門お嬢様校に通う女子高生と密会!!!”
その写ってる写真を見る。
それはあのレストランで楽しく話している、確かにアンジェリークとアリオスだった。
アリオス・・・
もうひとつの写真も見たくて、彼女は震える指でページをめくった。
その写真とコメントに、彼女は愕然とした。
”やはり本命か! プロモーションビデオで共演のモデルエリーズとホテルで密会!! 〜女子高生は火遊び?”
彼女はたまらなくてその記事を眼に通す。
「かつてから噂になっている、アリオスとエリーズ。同棲も伝えられており、このまま行けば結婚もありえるかもしれない。
前ページの女子高生は、Dolisのビデオに出させるために、アリオスが火遊びがてら口説いていたと伝えられている…」
その記事を鵜呑みにしたくはなかったが、今のアンジェリークにはそれしか出来なかった。
アリオス…。
私は何を信じればいいのよ…!!!!
彼女の悲痛な心の叫びは、空をも切り裂くような切なさがあった----
TO BE CONTINUED・・・