
「アンジェリーク・・・、考えてはくれねえか?」
掌に曲の入ったMDを乗せられ、蠢惑的な異色の眼差しで情熱的に見つめられる。
その眼差しに、アンジェリークは思わず吸い込まれそうになった。
だが、どこか戸惑う自分がいるのを、彼女は感じる。
「----私なんか・・・、この曲のイメージに合いませんし・・・、もっと、適任者がいるはずです・・・」
戸惑いがちに彼女が言えば、途端に、アリオスの眼差しが切れるように厳しくなった。
その眼差しが余りにも冷たく、アンジェリークは思わず震え上がる。
彼女はそのまま気まずそうに俯き、身体を小さくする。
「おいアリオス、お嬢ちゃんが怖がっているじゃないか」
オスカーに制されて、アリオスはしまったとばかりに舌打ちをした。
「すまねえ、ただ・・・、おまえが自分のこと過小評価しすぎると思ってな・・・」
彼女は栗色の髪を揺らして首を振る。
”大丈夫”という意味と、”そんなことない”という意味を絡ませて。
「----そうだな・・・、突然言われても、決心はつかねえだろう? 三日やるから、考えてみてくれねえか」
顔を上げると、今度は優しい眼差しでアリオスが見つめてくれているのがわかる。
その眼差しに負けてしまって、アンジェリークはそっと頷いた。
「判りました・・・」
その答えに、アリオスのみならず、メンバーやエルンストからも安堵の溜息が漏れる。
誰もが思っている。
彼女以外に”天使”役の適任者はいないと。
「----じゃあ、そろそろ私は・・・。明日も学校がありますし・・・」」
時計を見ながら、彼女はすまなそうに言う。
「そうですか・・・。もう十時ですからね・・・」
マネージャーのエルンストも、納得したように言う。
「今日は本当にご招待くださいまして、有難うございました!! 皆さん、素敵でした」
深々と頭を下げると、彼女はそのままドアに向かおうとした。
「待てよ?」
アリオスは素早く動き、彼女の行く手に立ちはだかる。
「あ・・・、アリオスさん?」
「まだおまえの連絡先も判らねえし、俺のも教えちゃいねえ」
挑むように見つめられれば、アンジェリークは振り切ることが出来ない。
「事務所に・・・」
「事務所のやつがファンの電話だと勘違いしても困るからな?」
「だったら私から連絡を取りますから・・・」
「おまえから一方的だったら、連絡はこねえ、違うか?」
図星だった。
そのせいか彼女は黙り込む。
思いつく限りのことを言うが、そのたびに反論できないように切り替えされてしまうのが、少し悔しい。
アンジェリークがこうするのもちゃんと意味があった。
先ず、自分の器量じゃモデルなんて無理だと思っていること。
そして、この魅力的な青年に、溺れつつある自分が怖いということ。
----本当は、これが一番怖かったことかもしれない。
彼に溺れてしまえは、麻薬のように取り返しがつかなくなってしまうような気がしたから。
きっと、報われない恋に身を焦がしてしまうだろうから。
だったら苦しくなる前に、その"想い”はここで断ち切ってしまったほうがいい。
彼女はそう考えずにいられない。
「嫌だったら・・」
「嫌じゃない。嫌じゃないんですが・・・」
それは本当だった。
どこかに、ここで終わらせたくない自分がいることを、彼女は十二分に判っている。
「だったら・・・、エルンスト」
「はい、アリオス」
アリオスの合図と共に、エルンストは小さな紙袋を持ち、それをアリオスに渡す。
「サンキュ。ほら、これ使え」
受け取って、彼は、紙袋をそのまま彼女に突きつける。
彼女はそれを躊躇いがちび受け取り、中に携帯電話のセットが入っていることに驚く。
「どうして・・・・」
「こういうことも考えて、おまえ専用の携帯を契約しておいた。名義はうちの事務所になっている。
これで俺に連絡をしてくれたらいい。メモリーに俺の携帯の電話番号を入れてあるから、それでかけてきてくれればいい」
「だって、こんな高価なもの・・・」
全く予想すらしていなかったものの登場に、彼女は戸惑いをある種隠せないでいた。
その表情に、彼は少し苛立ちを覚える。
「構わねえから、使え! いいな?」
「はっ、はい」
彼女は彼の強引さに半ば押し切られる形で、取りあえずは受け取ることにした。
やっぱり、ミュージシャンって、みんな、こうなのかな・・・
「サンキュ」
受け取った彼女に、逆に渡した彼が礼を言う。
アリオスとて、彼女とこれきりにはしたくはなかった。
「もう遅いから送っていく」
「はい・・・」
さりげない優しさを見せられて、彼女は彼に惹かれてゆくのを感じる。
優しいのは、私がモデルになる可能性があるからだけ・・・
判っているけれど・・・。
だけど・・・
「おい、先に打ち上げに入っておいてくれ。こいつを送っていったら、すぐに合流するから」
「判りました」
間髪いれずに返事をするエルンストは、さすがチーフマネージャーである。
「じゃあ、後で」
彼は軽くてを上げメンバーに挨拶をする。
「じゃあ、皆さん、今夜は素敵でした。さようなら」
振り返って、笑顔で礼を言う彼女が、輝いて見え、アリオスは嫉妬すら感じていた。
もちろん、そんなことはおくびにもだしはしないが。
「またな? お嬢ちゃん」
「気をつけて帰るんだぞ?」
「じゃあね〜アンジェちゃん」
「またね、アンジェリーク」
メンバーのそれぞれに声をかけらながら、アンジェリークはもう一度軽く頭を下げると、アリオスに連れられて、楽屋に出た。
その途端、オリヴィエが楽しそうにいたずらっぽくエルンストを見つめる。
「アリオス、あの天使ちゃんに一目ぼれかな?」
その言葉にエルンストの表情もほころぶ。
「恐らくは、多分・・・」
アンジェリークは、そのまま、アリオスの愛車である、シルバーメタリックの高級スポーツカーに乗せられて、家路へと向かった。
「うちはどっちだ?」
「エンジェルタウンの、アパートです」
「了解」
ライブのあった会場から、車で15分ぐらいのところに、彼女が暮らすアパートがある。
そこは学校にも近く、その上家賃も安いこともあって、彼女にとっては理想的な場所だ。
「----アンジェリーク、今日は来てくれて、サンキュ」
「こちらこそ、ご招待いただいて有難うございます」
助手席の位置が妙にくすぐったいと感じながら、彼女ははにかんだように話をする。
「クッ、頼むから、もう少し緊張を取ってくれねえか?」
時折、喉を鳴らしながら笑う彼に、先ほどの厳しさはもうない。
彼女は少しだけ打ち解けてくる。
「はい・・・。でもヤッパリ、あんなにカッコいい姿を見せられちゃうと、流石に緊張してしまいます・・・」
「かわいいな・・・、おまえは」
「は?」
甘さと少しいたずらっぽさが含まれた声で囁かれると、アンジェリークは耳まで真っ赤にして恥ずかしがった。
「何照れてんだ? ホントのことを言っただけだぜ?」
その一言にさらに茹蛸になる彼女が可愛くて、ついついアリオスはからかってしまいたくなった。
こんなに心が満たされるのは久しぶりのことだった。
心に温かなものが流れているような気がする。
それはアンジェリークも同じこと。
二人は、心を満たされながら、この時間に身を任せていた
「ここです」
時間はすぐに過ぎ去り、彼女のアパートの前にすぐ着いた。
「有難うございました」
車から出ようとしたとき、アンジェリークはその華奢な方をアリオスに掴まれ、はっとする。
「----いい返事を期待してるからな?」
「・・・!」
再び唇が軽く重ねられる。
それこそ彼女にとっては一大事で、暫く呆然としてしまった。
やっとのことで彼女は何とか車から出る。
「又な、アンジェ?」
「はい、アリオスさん」
彼はつやyかな微笑を残して、そのまま走り去る。
その姿を見つめながら、アンジェリークは自分の心に点った情熱的な炎の存在に、うすうす覚醒されつつあった。
私・・・。アリオスさんのキス嫌じゃなかった・・・。
どうして・・・だろう・・・。
ファーストキスの相手が彼でよかったって、想ってる・・・
TO BE CONTINUED・・・
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コメント
バンド物の四回目です。
これ書いていると、昔、大阪の某ライブハウスでバカ騒ぎしていた頃を思い出します。
あの時私は若かった。
ちなみに出ている人たちも若かった(笑)
今や、遠い宴(笑)
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