Destiny 2


「うわあ、凄い人!」
 アンジェリークは、銀の髪の青年に貰ったバックステージを片手に、王立武道館へと来ていた。
 最初は、青年がくれたこのパスが偽物だと思ったのだが、情報雑誌などを見ると、確かにバックステージパスに印刷されているのと同じだった。
 本物だということを確信をもって、彼女はここに来ている。
 心の奥底で、青年ともう一度会いたかったと強く願っていたから。

 逢いたいな・・・、もう一度だけでいいから、あのお兄さんに…

 音楽といえばクラッシックと言う彼女にとって、今日のライヴの”DOLIS”がどれほどの人気かは判らなかった。
 クラスの友人に聞こうと思ったのだが、結局は、訊けなかった。
 地下鉄の駅を降り、もみくちゃになりながら、ようやく会場へと辿り着いたのだが、手元にあるのは、バックステージパスだけ。
 チケットもなく、どこから入場をしていいか判らず、不安になりながら、彼女は列に並んだ。

 あのお兄さん、きっと、このバンドのスタッフか何かかな・・・。
 だって、こんなに人気バンドの人が、あんな寂れた公園にいるわけないもの・・・。

 自分の番になり、アンジェリークはおずおずとバックステージパスを差し出した。
「・・・ん? 困るんだよ、こんなもの出されても・・・」
 チケット切りのバイトの青年に慇懃に言われ、アンジェリークは身体を小さくして、思わず頭を下げた。
「ごめんなさい・・・」
「ほら、次の人が待ってるから、列から出た出た!」
「はい」
 列から押し出される格好になり、アンジェリークは肩を落として、元来た道を俯いて歩き始めた。

 やっぱり、騙されたのかな…、私…

 夕日に照らされる中、彼女は何故だか泣きたくなった。

「あの、すみません。今、栗色の髪で、これと同じバックステージパスを見せた女の子が来ませんでしたか!?」
 眼鏡をかけた真面目そうな青年が、慌ててチケットきりの少年に、バックステージパスを見せながら声をかける。
「げっ! それバックステージパスだったんっすか? だったら、さっき、追い返したから、あっち方向へ」
「有難う」
 よほど青年は慌てていたのか、本来なら怒らなければいけないところを礼まで行って、少女を追いかけていった。
「捕まえないと、アリオスに怒られますからね。裏で手を回して最前列の真中の位置に椅子を一個余分に置いたんですから」
 彼は少し走ると、それらしい少女の後姿を発見した。
「あの!」
 思い切って声を掛けてみると、少女はそれに導かれるようにふわりと振り向いた。

 これは…、イメージにぴったりではないですか…

 天使のような純潔性を持った少女が、大きな澄んだ青緑の瞳でこちらを見ている。
「あ、あの、バックステージパスをお持ちですね」
「あっ、はい」
 アンジェリークは、ポケットの中に入れておいたバックステージパスを戸惑いながら差し出した。
「はい。確かに」
 青年はじっとバックステージパスを凝視し、何かを確認しているようだ。
 確認していたことは、アリオスが書いたサインとイタズラ書きだった。
 そこには確かに彼の筆跡でサインと、渡した日付、さらには”SHE’S MY DOLIS”と書かれていた。

 彼女ですね。間違いない。

「あの、申し遅れました。私はアリオスの使いのものでエルンストと申します」
「アリオス?」
 少女は怪訝そうに小首をかしげ、彼を見る。
「ああ。銀の髪をした、金と翡翠の瞳の青年の名前ですよ」
「そうなんですか」
 少女の顔は、途端に明るくなり、ほっとしたように幸せそうな溜め息を吐いた。

 よかった・・・。私、騙されてないんだ…

 その表情が余りにも可愛らしくて、エルンストは思わず目を細めて見つめてしまう。
 その時彼ははっとした。
 少女が着ている制服が、彼の知っているものだったから。
「ス、スモルニィ女学院の生徒さんですか」
「そうです。二年生です」
「そうですか」
 一瞬、エルンストは戸惑った。
 なぜなら彼の恋人も同じ学年に在籍していたからだ。
「あ、そうそう、アリオスからの預かり物です」
 彼はすっと封筒に入っているチケットを彼女に差し出す。
「ここにライヴのチケットが入っています。終演後にお迎えに参りますから、席で待っていて下さい。アリオスのところにお連れしますから、ご挨拶でもしていってください」
 はにかみながらチケットを受け取ると、アンジェリークはそっとそれを胸において、大切そうにそれを抱きしめた。
「有難うございます」
「ええ。では後で」
 礼儀正しい男性は、そのまま一礼すると、また元来た道へと帰っていった。
 その姿を見送りながら、彼女は優しい思いを噛み締める。

 アリオスさんっていうのね、あの素敵な男性は・・・。

 少女はその名前を噛み締めるように、心の中で何度も呟いていた。 

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 ホールの中に入り、用意されている席の位置に、アンジェリークは驚いた。
 アリーナの、最前列の真中だったのだ。
 恐る恐るその席に行くと、そこには主催プロモーターやミュージシャンのチラシが山のように置いてあるのと共に、白い薔薇の花とカードが一緒に置いてあった。
 彼女はそれを手に取ると、カードをそっと開いてみた。 

来てくれてサンキュ。
今夜はおまえのためだけに歌う。
アリオス

 私のためだけに…
 まさか、アリオスさんって、このステージの裏方さんじゃなくて、出演者なんじゃ…

 鈍感娘アンジェリークがそう思った時、突然、照明が暗くなり、黄色い声援がホールに響き渡った。
 会場内にはSEが流れ始め、オーディエンスは総立ちになり、異様な興奮に包まれる。
 アンジェリークも訳がわからず、そのまま一緒になって立ち上がる。

 みんな、立ってコンサートを聴くんだ…。

 それはライヴ馴れしていない彼女にとっては、大発見だった。
 ステージは眩しい照明があたり、先ずは逞しい男性がステージにやってくる。
「ヴィクトール様!!」
 黄色い声援が飛び、彼もそれに答えてドラムセットに座る。
「セイラン〜!!」
 続いては繊細な美しさで評判のセイランがそのまますたすたとキーボードの前に座った。
「オリヴィエ〜!!」
 ステージ向かって左側に立った青年は、とても優美で綺麗だった。ファンサービスもいいらしくウィンクなどをして見せている。
 そして、赤毛の青年が右側煮立った時、さらに歓声が高くなる。甘い艶やかな微笑を向け、彼は投げキッスを会場の女の子たちにする。とてもファンサービスがいいらしい。
 そして、最後に、銀の髪の青年が中央にやってきた時に、耳鳴りがするほどの大きな歓声が、周りを切り裂いた。
「アリオスっ!!!」
 彼女は、彼を見た瞬間、全身に鳥肌が立つ思いがした。
 抗えないほどのカリスマと艶やかさがそこにある。

 そんな、”DOLIS”のヴォーカルがアリオスさんだなんて…。

 アンジェリークが驚愕の余り呆然と彼を見つめていると、彼は彼女に向かって艶やかな微笑を浮かべた。

 来てくれて、サンキュ。今日はおまえのために歌う。

「行くぜ!!」
 いつもより高らかなアリオスの声と共に、オーディエンスも声援でそれに答える。
 彼の声は、少し野性味がある艶やかなテノールで、アンジェリークの心に染み入ってくる。

 凄い、何て凄い人なんだろう・・・。
 ----だけど、私とは住む世界が違うような気がする…

 今日のアリオスは、誰も文句がつけようがないほど素晴らしかった。
 バンドのメンバーも彼に触発されて、きれのいい演奏をする。
 アンジェリーク以外の誰もが感じる。
 彼の歌は今までで一番素晴らしく、そして愛に溢れていることを----
 そのせいか、彼が素晴らしければ素晴らしいほど、アンジェリークは、自分とは住む世界が違うということを見せ付けられたようで、哀しかった。

 やっぱり…、住む世界が違うもん…

 切なくて、苦しくて、彼女はもうその場にいられないほどだった。
 彼女の潤んだ瞳を、アリオスは気付いていた。


 やがて、アンコールの時間となり、アンジェリークはこっそり席を立ち通路へと向かった。
 オーディエンスたちはアンコールで彼らの登場を再び待ちわびている。

 ここにいたら、きっと、哀しくなってしまうから…

 彼女が入り口へのドアを開けたとき、そこにはサングラス姿のアリオスが立っていた。
「待ってたぜ? どうせこんなことだろうと思ってた。話す暇はねえから、すぐにこっちへ来い」
「きゃっっ!!」
 答える暇もなく、彼に華奢な腕を掴まれると、そのまま彼は走りながら彼女を引っ張ってゆく。
 引っ張っていかれた先は、彼の楽屋だった。
「待ってろ。 アンコールを済ませたらすぐにここに帰ってくるからな」
 彼はそれだけを言って、彼女の頬にそっと口づけると、そのままステージに向かう。
「あ…」
 アンジェリークは真赤になりながら、彼を見送ることしか出来なかった。

 今のキスの意味は何?



コメント

自ら連載で頭が回らなくなるのを知りながら、やってしまった新連載の第二回です。
気長に書いてゆきますので、宜しくお願いします。