彼女を初めて見たのは、12歳になるかならないかの頃。 たまに様子を見に来る母親が、生まれたばかりらしい赤ん坊の写真を見せてこう言った。 「この子があなたのお嫁さんよ」
その日は柔らかな日差しが降り注ぐ、穏やかな日だった。 その日差しの中、綺麗に整えられた小道を城の正門に向かって歩く人影が二つ。 ひとつは陽に輝く銀の髪を持った青年であり、もう一人は髪を肩で切りそろえた、落ちついた雰囲気の青年だった。
銀の髪の青年―――アルヴィース公爵家の跡取であるレヴィアス=ラグナ=アルヴィースはどこか困ったような表情で、隣を歩く腹心を見やった。 「―――で? そのアンジェリーク様とやらは、俺より随分年下なんだろ?」 髪を僅かに揺らし、彼の幼い頃からの従者であり、友人でもあるカインが頷く。 「確か今日は12歳のお誕生日のはずです」 「…ガキじゃねぇか」 今年23になる彼は不思議な光を放つ金と翠の双眸を細め、呆れた様に言った。 一体何が嬉しくて、そんな子供と見合いなどしなくてはいけないのか。 彼が溜息をつきたくなるのも、責める事は出来ない。
その様子を見、カインは苦笑を漏らした。 「まぁそう言わずに、レヴィアス様。何も今すぐ婚儀を挙げるというわけではないのですから。王女もずいぶんお可愛らしい方だと聞き及びます。将来はきっと美人にお成りになりますよ」 「なってもらわないと困る」 憮然と発せられた言葉にカインはくすくすと笑う。 「それにこの縁談は、我が公爵家にとっても……」 「名誉な事なんだろ? 聞き飽きた。 …だからこうやって顔合わせに来てるんじゃねぇか…」
幼い頃からそれこそ、耳にタコが出来るくらい聞かされた。 父親の繰り返していた言葉を今では暗誦すら出来る。 はっきり言って、自分はまったくの乗り気ではないが、王や両親、ついでに小言の多いカインの手前、いやだと言うことも出来ない。 とりあえず、会うだけ会ってから断ろう。 それが多分、自分にも、そして何も知らないまま自分との結婚を疑っていない幼い王女にも、一番いい方法だと思えた。 結局こういうものは、気持ちの問題なのだろう。 第一、 自分からしてみれば親の決めた相手と結婚するなど冗談ではない。 …かと言って、結婚したい相手がいるのかと問われれば、Noとしか答えようがないのだが…
「…しっかし、相変わらず広い庭だな」 周囲を見まわし、レヴィアスは呟いた。 綺麗に整えられた庭園には多くの植物が植えられ、季節の花を咲かせている。 子供の頃、何度か遊んだ覚えがある。 植え込みや木が多いので、かくれんぼには最適だった。 広くはあるが華美すぎないこの庭が、彼は気に入っていた。
「今日の予定は?」 歩を進めながらの確認に、カインは静かに口を開いた。 「はい。今日は正午から昼食会。午後にはアンジェリーク様との顔合わせ、夕方から夕食を兼ねての誕生日パーティーとなっています」 「了解」 やはりどこか憮然とした顔でレヴィアスは頷いた。 そしてもう一度、彼は呆れたような溜息をついた。
―――その瞬間までは確かに、その日は柔らかな日差しの降り注ぐ穏やかな一日であるはずだった。 多少、どこかけだるい思いを抱えている人物もいるにはいたが、おおむね平和な日だった。 彼らの耳に微かに、けれど間違えようのない銃声が響く、その瞬間までは―――
|