降りしきる雨の中、アリオスは愛車を猛スピードで走らせる。
今度は横には誰も乗せずに。
二台の車は、雨の中、静かに路面を駆け抜ける。
アンジェリーク…。必ず助け出してやる。待っていろ。
彼は真っ直ぐ前方の車だけを見つめて、ハンドルを握り締める。
その瞳に僅かな慈しみと、野獣のような煌きを浮かべていた----
「大丈夫ですか!?」
頭を抱えながら痛みに堪えるランディに、アンジェリークは泣きながら彼にそっと手を伸ばし傷の具合を診てやる。
柔らかく小さな手の感触に、彼は一瞬ドキリとして、頬をうっすらと赤らめる。
いけね!! だからいつもアリオスさんに"修行不足”だと言われるんだよな。
"感情を表に出してはいけない”って・・・。
とは言うものの、目の前にいる天使の優しさの前では、アリオスの教えも萎えてしまう。そこが新米たる所以なのかもしれないのだが。
「大人しくしやがれ!!」
乱暴で、少し苛立った台詞と共に、二人と一緒に後部座席に乗っていた男から、彼らの頬に平手打ちが舞う。
二人の身体がその衝撃で一気に窓に叩きつけられた。
その拍子にアンジェリークの視線がバックミラーへと移る。
そこに見えたのは、こちらを追跡してくるアリオスの姿だった。
それだけで、頬の痛みが癒えてくるような気がする。
アリオス・・・!! 信じてた!! あなたが助けてくれることを・・・!!
彼女の心に"希望の灯火”が付き、彼が来るまではどんなことでも堪えられるような気がしてきた----
目の前の車が僅かに揺れたことを、アリオスが気がつかない筈はなかった。
「こっちが手を出さないから、やりたいほうだいしやがって」
アリオスの表情が僅かに歪められ、その眼光が鋭くなってくる。
彼は、理想的な車間距離を保ちながら、相手の出方を伺い、冷静に事を運ぶ。
天使にとって最良の結果になるために----
アンジェリークがバックミラーのアリオスの車に気がついた以上、敵の親玉が気がつかない筈はなかった。
「おい、スピードを出せ」
「はい!!」
命令された運転手は、アクセルを踏み、車のスピードは増す。
命令した男は不敵な笑みを湛えると、スーツのポケットから銃を取り出し、ゆっくりとウィンドウを開ける。
アンジェリークは、その不気味に黒光りする銃を目の当たりにし、声にならない声を上げた。
身体が小刻みに震える。
あの銃は----
呼吸が速くなり、先ほどと同じ発作が彼女を襲い始める。
頭がわれるように痛い。
ダメ!! 今、あの発作を起こしては----!!
彼女は何とか意思で踏みとどまる。
そうすると、少し発作が遠のいてゆく。
その間にも、男は身体を外に出し、アリオスの車を狙おうとする。
彼の愛銃はベレッタ----
それはアンジェリークの記憶に引っかかるもの。
そんなもので、アリオスを撃たせるわけにはいかない----
だが、今の自分には、男を止める力なんぞは持ち合わせてはいない。
彼女は一人目を閉じる。
何事もないようにと、捕えられている自分よりも、アリオスのことだけを祈っていた----
前方の車から、予想と違わずに銃弾が何発も発射される。
「調子に乗りやがって」
アリオスは、持ち前のドライヴィングテクニックで弾丸を巧みに避ける。
いつもの彼ならば、発砲をしてことを速やかに済ませる。
しかし今日はそういうわけには行かない。
車にはアンジェリークがいる以上、怪我をさせるわけにはいかないからだ。
持ち前に自制心で、彼はこの状況を不本意ながらも、そのドライヴィングテクニックだけで乗り切ろうとしていた。
やがて、もう一方の方向からも発砲がされ始め、左右からの銃弾を受けることになった。
くそっ!! 左右から来られたら、限界がある----
どうするか・・・
二人の男が交互に発砲をするために、銃弾は途切れることはない。
一人の弾丸がなくなっても、詰め替えている間は、もう一人が発砲できるからである。
銃声を聞きながら、ランディは何も出来ない自分自身に臍を噛み、アンジェリークは不安にさいなまれながらも祈りつづけている。
神様お願いです!! アリオスを守ってください!!!
「----アリオス・・・」
アンジェリークの唇から漏れた小さな呟きを、リーダー格の男は聞き逃さなかった。
その名前を聞いた瞬間、男の背中に冷たい汗が染み渡る----
アリオスに発砲していた男の指が、恐怖の余りに硬直する。
"アリオス”----
組織であの男の名前に震え上がらない局員はいない。
まさか、"デスペラード”の本名がそうだとしたら----!!!!
彼の唇ががたがたと震え、最早、発砲どころではない。
「スピードを上げて、屋敷に逃げ込め!! それ以外にヤツに太刀打ちできる方法はない!!!」
焦るリーダー格の男の声に、合点が行かなかったが、運転手の男は言われるままに更にスピードを上げる。
「ハモンドさん!! もう一台”デスペラード”に援護車がやってきました!!」
後部座席にいる男も発砲しながらも焦り始めていた----
発砲が止んだのとほぼ同じタイミングで、ヴィクトールの車がアリオスのそれに追いついてきた。
アリオスは、それをバックミラーで確認しながら、冷酷な微笑を僅かに口元に浮かべた。
三台になった車の列は、雨の中を猛スピードでかけてゆく。
アンジェリークはアリオスの無事を祈り、アリオスもまた彼女の無事だけを祈る。
降り続く雨のために、水溜りが出来、そこが陽炎のように揺れていた----
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三台の車は、高級住宅街へと入ってゆく----
先頭の車は、坂の上にある一際目立つ瀟洒な豪邸へと一心不乱に駆け上がる。
それに続く二台の車。
車間距離は広がらないが、狭めることも出来ない。
「改造車同士だとこれが困るな」
アリオスが車間距離を縮めるためにアクセルを踏むものの、相手もまた車間距離を開けようと同じ事をする。
互いのドライヴィングテクニックを駆使して、住宅街を駆け抜ける----
やがて、相手の車は、予想通りに、瀟洒な屋敷に向かって車を突っ込んでゆく。
----やっぱり、あの屋敷か・・・。あれは確か・・・、アルカディアの持ち物なはずだ・・・。
アリオスの金と翡翠が対をなす不思議な瞳が、きらりと厭世的な冷たさを秘めて輝いた。
アンジェリークとランディが乗せられた車が門に差し掛かると、自動的に門が開き、素早く閉じられる。
それは、ほんの一瞬の出来事で、車間距離の関係で、アリオスの車はぎりぎりはいることが出来ない。
「んな小細工やっても俺には通じないぜ? ハモンドさん」
彼は一旦門の前で車を止め、その後すぐにバックする。
「----もぐらを狩らなけりゃあ、いけねえからな?」
アリオスの手はギアの掛かり、足はアクセルに置かれる。
彼は更に車をバックさせ、そのままアクセルを思い切り踏んで門へと突っ込んでゆく。
彼の車は一瞬宙を浮くと、そのまま門を壊して中に侵入する。
それにヴィクトールの車が続いてゆく。
けたたましく鳴り響くサイレン。
それがセキュリティを破ったことを知らせる。
狭い庭の中を、ヴィクトールとアリオスの車は乱暴に走り抜けた----
一足先に屋敷の玄関前に着いたハモンド一行は、銃を突きつけながら、アンジェリークとランディを車から降ろす。
「ほら、降りろ!!」
乱暴に降ろされて、ランディの頭に激痛が走り、彼は思わず顔を顰める。
「大丈夫ですか!?」
本当のことを言えば、アンジェリークも先ほどから頭がズキズキとし、彼を構うどころではなかったのだが、そこは持ち前の優しさで、彼を気遣う。
「ああ、有難う・・・、アンジェリーク」
「ほら、ぼやぼやするな、とっとと歩け」
銃を突きつける男に軽く蹴飛ばされて、二人は、ハモンドの後をいやいやながらもついて行く。
アリオス・・・、信じてるから・・・
アンジェリークは背中で、かすかにアリオスを感じていた----
アリオスとヴィクトールが玄関先に着くと、既にハモンドの車は乗り捨てられており、仲はもぬけの殻だった。
どこに行ったかは、考えなくても判る。
彼らは互いの顔を見合わせる。
「そろそろ、コイツらの出番だな」
言って、アリオスはレザーのコートから、愛銃コルトアナコンダとIDカードを取り出し、僅かに怜悧な笑みを浮かべる。
「ああ」
ヴィクトールも同じように、スーツから、愛銃スミス&ウェッソンM29とIDカードを取り出す。
「行くぜ? モグラを狩りに行く!!」
「ああ」
二人は銃を片手に、屋敷の中へと侵入し始める。
アンジェリーク、もうすぐおまえの幸せが来る。それまで、何とか踏みとどまってくれ。
屋敷に入ると、早速、二人を刺客の束が襲ってくる。
アリオスは、彼らの銃を巧みに飛ばし、使い物にならないようにしてゆく。
片手でマグナムを操る彼荷動きは無駄がなく、野獣のようにしなやかだ。
銀の髪を揺らしながら、マグナム片手に、彼は屋敷の中を疾走する。
アンジェリーク、ランディ、待っていろ!
彼は彼の天使のために、先へと進んでいた----
TO BE CONTINUED
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コメント
いよいよ「DESPERADO」も佳境に入り始めました。
次回は、アリオスの本当の職務といよいよアンジェリークの記憶について、判ってきます。
「モグラ狩り」という意味もそこで明らかになるでしょう。
作者も頑張りますので、皆様宜しくお願いします!!
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