アリオスにしっかりと手を握られながら、アンジェリークは非常階段を駆け下りる。
いつかどこかで、こんなことがあったような気がする…。
どこでだったか、思い出せない…!!
銀色の髪が風に揺れ、精悍な顔が雨に濡れる。
「えっ…!」
急ににアリオスに抱き寄せられ、アンジェリークが息を飲んだのもつかの間、彼は瞬時にコートから愛銃コルトアナコンダ44マグナムを抜くと、そのまま上に向かってトリガーを引いた。
「うわああ」
足音がしなかったのにもかかわらず、気配だけで彼は即座に反応する。
残されたのは、刺客の悲鳴だけ。
アンジェリークを抱きかかえたまま、アリオスは一気に階段を駆け抜けてゆく。
彼の耳が再び足音を捉える。
「アンジェリーク…、俺が飛び降りるから続けて飛び降りろ」
感情のない低い声で、踏み込むようにアリオスに言われ、彼女は戸惑う。
「え…、そんな出来ない…!!」
「大丈夫だ。俺が受け止めてやる。おまえなら出来る。違うか?」
彼に力強く言われると、その様な気になるから不思議だ。
アンジェリークはコクリと頷くと、アリオスは、ほんの僅かだが甘さの含んだ微笑を返してくれた。
「行くぜ?」
彼はそのまま涼しい顔をして飛び降りる。
銀の髪が靡き、その姿は艶やかな半獣神に見える。
バランスよく着地すると、アリオスはアンジェリークを見上げる。
「降りて来い」
力強く頷いたものの、余りもの高さに、アンジェリークは足を竦ませる。
下を見ると、ゆうに二階から飛び降りるぐらいの高さはある。
「来い!!」
アリオスはアンジェリークに向かって両手を広げ、彼女を待ち受ける。
ようやく彼女にも足音が聴こえ、自分たちが置かれている状況を理解する。
飛び込むしかない…! アリオスがいるから絶対に大丈夫だから…!!
大きく深呼吸をすると、アンジェリークはアリオスに向かって飛び降りた----
体が宙に舞ったのは、ほんの僅かだった。
ふわりとした瞬間に、彼女はもう彼の腕の中にいた。
逞しい腕と胸を意識せずにはいられない。
「いいこだ。走るぞ」
アリオスに体を横抱きにされたまま、彼女は、羞恥を感じる暇もないまま、彼に運ばれる。
本当は危機が迫り、緊張しなければならないのに、彼女は甘いときめきすら感じてしまう。
小雨に濡れ、僅かに乱れる彼は艶やかで、激しく輝く二つの瞳に、惹かれているのが判る。
何故だか懐かしさも覚える。
どこかで…、どこかで・・、思い出したいのに…、思い出したいのに…!!
彼女の鼻腔をくすぐるアリオスの香り、広い背中----
それらがすべて、彼女の奥深くに眠っている記憶を呼び覚まそうとしている。
そう、あの夢と同じ・・・。もしかして…!!
記憶の核心に行き着き始めたのか、そう思った瞬間、彼女の鼓動が激しくなり、息苦しくなる。
胃が強張り、苦い味が口の中に広がる。
激しい頭痛がする。
痛い、頭が割れるように痛い!! 助けて…!!
「アンジェ!!」
彼女を抱えながら、その様子のおかしさにアリオスは眉根を寄せる。
アンジェリークは過呼吸になり、苦しげに体を震わせる。
「…、アリオス…、助けて…!!!」
途切れ途切れに呟かれる言葉が、段々力がなくなってゆく。
「---!! アンジェ掴まってろ!!」
背後に殺気を感じたアリオスは、彼女を抱き上げたまま、横へと飛ぶ。
彼女を守るようにして着地した瞬間、一発のライフル弾が彼らの横を掠める。
アリオスは、彼女を守るように抱きしめながら銃を抜き、悪い体制ながら、トリガーを引く。
艶やかに雨に濡れた銀の髪が乱れて、前髪が激しさの宿る瞳に零れ落ちて影を落している。
発射されたマグナム弾は刺客の手に命中し、ライフル銃を飛ばしてしまう。
彼は素早く薬夾を捨て去ると、新しいマグナム弾を込め、ライフル銃を拾おうとした男の額に向けて、トリガーを引いた。
刺客の男は声を出す暇も与えられず、そのまま音を立てて崩れ落ちた。
乱れた前髪をかきあげながら、アリオスはアンジェリークの様子を見やる。
「アンジェ、アンジェ」
何度か頬を叩いたが、彼女からは全く反応が得られない。
「アンジェリーク…」
愛しさが溢れすぎるほどの瞳で彼女を見つめ、彼は息が出来ないほど強く、彼女を抱きしめた。
栗色の髪が僅かに揺れ、彼の指をすり抜ける。
アリオスは、静かにアンジェリークを抱き上げたまま立ち上がると、静かにホテルの駐車場へと向かった。
「アリオス!!」
駐車場では、待ち構えていたオスカーとヴィクトールが、駆け寄ってくる。
再び意識を失ったアンジェリークがアリオスに抱かれ、彼らの前に姿を現した。
「----オスカー、アンジェリークをクラヴィス先生のところに連れて行く。ひょっとして記憶が戻るかもしれねえ。援護してくれ」
「判った」
「ヴィクトール、ラングレーのジュリアス長官に連絡を取ってくれ」
「判った」
彼らはしっかりと頷くと、素早くそれぞれの車に乗り込む。
アリオスも、アンジェリークをBMWに乗せ、そのままシートベルトをしてやる。
「後もう少しの辛抱だ…、アンジェリーク・・・」
運転席に座ったアリオスは、意識を失ったままの彼女の冷たい頬を優しく触れる。
「俺の役目ももうすぐ終わる」
アリオスは車のエンジンをかけ、ゆっくりと車を出す。
オスカーの車が先頭を走り、アリオス、そしてヴィクトールとランディの車へと続く。
四人の男に守られながら、アンジェリークは、精神科医クラヴィスの元へと向かった----
三台の車が過ぎ行くのを見つめる、ひとりの男がいた。
「----公爵と共に行動する、あの銀色の髪の男は一体。あの力量は、普通の訓練を受けたものではないはずだ…」
眉を顰めながら、男は舌打ちをした。
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アンジェリークが連れて行かれたのは、彼女がかつて入院していた、スモルニィ総合病院だった。
彼女を毛布にくるんだ彼女を抱き上げ、アリオスは迷うことなく精神科病棟のクラヴィスの研究室へと向かう。
それに付き添うのはオスカーとランディ。
ヴィクトールは、連絡を取るために車の中に残った。
アリオスが研究室をノックすると、厭世的な雰囲気を漂わせたクラヴィスが姿を現した。
「…、久しぶりだな…、アリオス…、オスカー…」
「久しぶり」
「アリオス…、アンジェリークか…?」
アリオスに抱かれるアンジェリークを覗き込みながら、クラヴィスは懐かしそうに目を細める。
「大きくなったな…。ここに来たのはまだ12だったからな。退院したのが13の時だったな?」
「今はもう17になられます」
オスカーも懐かしそうに話す。
「時は経つものだな…」
「ええ…」
深くオスカーは頷き、アリオスはフッとどこか憂いのある笑みを浮かべた。
「病室は用意しておいた…。そこで話を聞くか…」
クラヴィスに促されて、アンジェリークを抱えたアリオス、オスカー、そしてランディは、彼が用意した病室へと向かった。
そこは、最高級のセキュリティが施された病室だった。
そして、かつてアンジェリークが使用していた場所でもあった。
アリオスは彼女をベットに横たえると、そっとシーツを掛けてやる。
「----記憶が戻りそうといっていたが…、いったいどのような状況なのだ…?」
窓辺にたたずみながら、クラヴィスは深みを湛えた瞳でアリオスを見る。
「----俺たちがこれだけ総出でアンジェリークを守っていると言うことは、どうゆうことになっているか、あんたにはもうわかるだろう?」
「大体はな…」
二人は互いを静かに見やる。
「----昨日、今日と、アンジェリークは何度も俺と一緒に銃弾を潜り抜けた。それが引き金になったらしく、俺と一緒に逃げている間に、過呼吸になって倒れた。記憶の核に触れたからだと俺は思うが、どう思う?」
考えるようにクラヴィスは、一瞬、瞳を静かに閉じる。
アリオスも表情ひとつ変えず、いつもの少し冷たさのある表情でじっとクラヴィスの答えを待つ。
オスカー、ランディも固唾を飲んで答えを待っている。
「----おまえと銃弾を潜りぬけたのが記憶の鍵だ…、アリオス」
ゆっくりと開かれたクラヴィスの瞳は、ただアリオスだけを捉えている。
「だろうな、4年前にあんたが言った通りになった」
深い微笑を浮かべ、アリオスは低い声で特に感情なく呟いた。
「----この娘は、総ての記憶を失いながらも、おまえのことだけは、覚えていたのだから・・・。おまえに助けられたことだけはな…」
「断片的にな」
彼は、大きな愛に溢れた瞳を眠るアンジェリークに落す。
「----記憶を取り戻す可能性はあるんですか?」
切り込むようにオスカーはクラヴィスに尋ねる。
「----可能性は高い。おまえたちにはむしろ好都合だろう、公爵」
突然、ノックの音がし、誰もがドアに神経を集中させる。
「すみません、ヴィクトールです」
その声に反応して、アリオスがドアを開ける。
「ヴィクトール、連絡はついたか?」
「長官は直接話したいそうだ。おまえのBMWの無線からだったら、傍受の心配はないだろう。ゼフェル特製だからな」
「サンキュ」
アリオスは、病室にいる三人に冷徹な視線を向ける。
「すまねえ、ちょっと抜ける。直ぐに戻ってくるから、アンジェリークのことは頼む」
「ああ、任せろ!」
「任せてください」
オスカーとランディの力強い言葉に、アリオスは僅かに口角を上げると、彼らに信頼の視線を送った。
アリオスが病室から出て行ったのを見計らったように、黒い影がアンジェリークの眠る病室へと近付いていった----
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コメント
20世紀最後の更新「DESPERADO5」をお届けしました。
次回から、いよいよ(ようやく?)アンジェリークの過去と、彼女が何者か、
また、アリオスが何者で、何故彼女を助けなければならないかなどが、明らかになってきます。
ようやく物語は動き出します。
まだまだ続きますので、宜しくお願いします。
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