DESPERADO

CHAPTER1 

 どんよりと曇った空からは、霏々として雨が降り続いていた。
「あ〜あ、折角、ショッピングに行こうと思ったのに〜」
 恨めしそうに傘を片手に空を見上げながら、アンジェリークは悔しげに溜め息を吐く。
 それもそのはずで、今日は彼女にとって、ドライヴ・デヴューの日だったからだ。
 彼女が運転免許を取ったのは先月。その喜びを記した手紙を後見人に送ると、強請ってもいないのに、昨日彼女宛に軽自動車が届いた。
 それは黄色いローヴァー・ミニ。彼女の好みにぴったりで、それこそ小躍りをして喜んだ。
 折角の愛車の初乗りが雨天だとは、ついていないと、アンジェリークは今日何度目か判らない溜め息を吐く。
「とにかく、事故が起こらないようにしなくっちゃね」
 姿勢を正して、覚悟を決めると、彼女の住むスモル二ィ女学院の寮の近くに借りた地下駐車場へと向かった。
 少し緊張の面差しを持ちながら。
 しかし彼女は知らなかった。
 彼女の後を気配なく着ける、二人の男の存在を----



 地下駐車場に入ると、少女はすっかり機嫌がよくなり、鼻歌交じりに自分愛車を探す。
 昨日駐車スペースを借りたばかりで、広い駐車場を右往左往としていた。
「え〜、私のローヴァー・ミニちゃん〜、あっ!!」
 ようやく愛車を見つけ、少女が愛車に近づいた、まさにその瞬間。
「その車に乗るんじゃねえ!!」
  畳み掛けるような鋭い声に息を呑んだのもつかの間、彼女の体が誰かに守られるように抱かれて宙を舞い、地面に落ちたと同時だった。
 大きな爆音と共に、彼女のローヴァー・ミニが炎上した。
 めらめらと燃え盛る炎に、アンジェリークは、愕然とする。
「私の車!!!」
 起き上がろうとして、咄嗟に横の男に頭を抑えられる。
「伏せろ!!!!」
 男の声と共に、今度は頭の上数ミリに鋭い音と共に銃弾が走り抜けた。
 背中に冷たい筋が流れ、胃が強張り、アンジェリークには、今、いったい何が起こっているかが、瞬時に理解することが出来ずにいた。
「おい、腰抜かしてねえだろうな?」
 ぶきっらぼうな魅力的な低い声が彼女に降り、ちらりと横目で見る。
 この位置からは銀色の髪をした、黒いレザーのコートを着た男性としか判らないが、自分を助けてくれた人には違いなさそうだ。
「そんなヒマなし・・・」
 こう応えるのが、アンジェリークには精一杯だった。
「上等」
 ふいに彼に手を伸ばされ、頭を寄せられる格好になり、アンジェリークはまた違った緊張感を体に覚える。
「いいか。俺が背中を押したら、おまえはこの車列を中腰になって走れ。車列の端に、俺の車がある。車種は、白のトーラスワゴン。
 キーは開いているから、そのままアクセルを踏んで俺に突っ込んで来い。sシートベルトはするな。そのときに、必ず運転席側のドアを開けておけ」
「そ・・・、そんなこと出来ない・・・!!」
 彼女は、唇を震わせ、瞳に涙を滲ませながら、何度も首を振ろうとしたが、男の抑えられた。
「おまえなら出来る」
 男の声は確信に満ちていて、同時に有無を言わせない力強さがあった。
 彼の声を聞いていると、不思議と自信が湧き出てくるように彼女は感じる。
 それはとても不思議だった。
「わかった、やってみる!!」
「よし!!」
 アンジェリークの位置からは判らなかったが、男は深い微笑を一瞬浮かべ、彼女の栗色の髪をクシャリと撫でた。
 彼女は、変な気分がする。

 どこかで、同じようなことがあったような気がする・・・。
 それが、いつだったか、思い出せないけれど・・・。

「いいか、俺が背中を押したら行け! 決して振り向くな! いいな!!」
 男の真摯な声を真剣に聞きながら、彼女はそっと頷く。
 刹那、銃声が止まる----
「今だ!!」
 同時に男に背中を押されアンジェリークは、慌てて立ち上がる。
 彼も体をくるりと回転させる。
 それは男によって、計算された絶妙なタイミングだった。彼は、銃声で銃の種類を判別し、弾の装填数をはじき出して、どこで弾切れをするかを割り出していた。
 手のひら、背中、額に冷たい汗を滲ませながら、アンジェリークが一歩踏み出した時だった。
 その手さばきは、神業としか思えなかった。
 彼は、瞬時に、コートの下のホルスターから愛銃コルト・アナコンダ44マグナムを抜くと、いとも簡単に左手でトリガーを引いた。
 背後に銃声が聞こえるのが判る。
 アンジェリークはその音にも決して振り向かなかった。いや、振り向けなかった。
 彼女には、今、白のトーラスにたどり着くことだけで、精一杯だった。
 一方、男が発射した弾は、1ミリの狂いもなく、先ほどから銃を発射していた男の腕に命中する。
「うわっ!!」
 男の悲鳴と共に、車から様子を見ていた男の仲間が次々と姿を現した。
 銀の髪の男は、ふわりと優美に髪を揺らしながら機敏に立ち上がると、不気味な笑顔を男たちに向ける。
「お遊びはこれまでだ」
 銀の髪の男は、ゆっくりと銃ロを向けた。

 一方アンジェリークは、何とかトーラスワゴンにたどり着き、静かにドアを開け、低い姿勢で車内に入った。
 運転席は、男が言ったようにちゃんと鍵が刺され、いつでも動くようになっていた。
「神様、私を守って・・・!!」
 祈るような気持ちで車のエンジンをかけ、冷や汗で滑る手でハンドルを握る。
 エンジンがブルブルと音を立てて機動を始め、彼女は少し胸を撫で下ろす。
 喉が渇き、胃が締め付けられ、悪い鼓動のリズムを刻む。
「今は、あの男性(ひと)を信じるしかない・・・!!」
 祈るような気持ちで、アクセルを踏んだ。

 背後から車が猛スピードで近づく音がしても、銀の髪の男は微動だにしなかった。
 それどころか、表情一つ変えず、その銃のテクニックで、刺客たちの銃をおもしろいように次々に落としてゆく。
「うわああ!!!」
 その彼の姿が、アクセルを踏みつづけるアンジェリークの視界に入り、彼女は一瞬間、ブレーキを踏もうとした。
「そのままアクセル踏みつづけろ!!」
 男の鬼気迫る声に、アンジェリークの足は再びアクセルを踏む。
 銀の髪の男と車の距離が、もうほんの数センチになった時---
 彼は、加速する車に飛び乗り、そのままの勢いでアンジェリークを助手席へと移動させると、運転席に座り自身でハンドルを握った。
「チッ! まだ仲間がいたか!!」
 刺客の男たちは、まだひとつグループを温存していたようで、一台の黒い車が後を追っかけてくるのが、バックミラー越しに判る。
「シートベルトをしろ!!」
 慌ててシートベルトをしながら横目で見ると、彼はとうにシートベルトを着用していた。
「運転荒くなるからな、気をつけろよ?」
 言った先から、男は駐車場のゲートに向かってスピードを上げ始める。
「きゃあっ!!」
 彼女に衝撃が伝わる。
 車は、そのまま勢いでゲートを破り、破壊し、猛スピードで地上に出て行き、黒い車もそれに続く。
 車の速度のせいでアスファルトに摩擦が起き、雨による水溜りが陽炎のように揺れる。
 アンジェリークは、ほんの少しだけ心に余裕が出てきて、男の顔を盗み見た。
 彼の持つ、金と翡翠の不思議な異瞳は宝石みたいに綺麗で、それを整った輪郭がさらに精悍に見せている。
 とても魅力的だとアンジェリークは思った。
 彼に触れたいと、もっとよく知りたいと思わずにはいられなかった。
 その想いが緊張に勝り、僅かに恐怖の呪縛を解き放つ。
「ね、私、あなたの名前を知らないけど、教えて?」
 少し車に安定が出てきて、アンジェリークは先ほどから疑問に思っていることを、彼に伝えた。
「おまえは?」
 逆に訊き返され、アンジェリークは目を丸くした。
「あ、ごめんなさい。私はアンジェリークです」
「”天使”って意味だな。確か」
「らしいわね」
 ハンドルを握り、バックミラーを確認しながらも彼が、自分の話にちゃんと訊いてくれることが、彼女には嬉しかった。
「俺は、アリオスだ」
「アリオス・・・」
 その名前を聞くだけで、アンジェリークの胸の奥底で、奇妙な感覚が芽生えるのが判る。
 昔から知っていたように、噛み締めながら言ってみる。しかし、その名前は、彼女にとって、口にすらすることが出来ない言葉のように思えた。

 どれぐらい走りつづけていただろうか。
 その間、車は猛スピードで街を駆け抜けているが、アリオスのドライヴィング・テクニックのお蔭か、余り車内は揺れなかった。
 しかし相変らず、黒い車がぴたりと後ろを着いているのが、バックミラー沿いに判る。
「チッ、この俺に追いついてくるなんて、アイツらの車、改造してやがる」
 アリオスは、周りを見渡し、抜け道を探す。

 あれだ----

 彼は手早くギアチェンジを始める。
「アンジェリーク、つかまっとけ!」
「え、ああ、うん」
 慌てて彼女が返事をしようとしている間に、アリオスは大きくハンドルを切った。
「きゃっ!!」
 急に体が斜めになり、何事だとアンジェリークは思った。
 アリオスが選択した道は、狭い路地だった。
 車は、それこそ自転車が通るのがやっとの狭い路地を、片輪走行で入ってゆく。 
「うわっ!!」
 体が小刻みに揺れ、支えられない。
「アリオス!」
 アンジェリークは、恐怖の余り悲鳴を上げる。
「任せろ!!」
 彼らを乗せる車が路地を出ようとしたとき、後ろから黒い車が入ろうとした。
「ぎゃああ」
 悲鳴が聞こえたのと同時に背後から車のぶつかる大きな音が周辺にこだまする。
「俺と来るまでやりあおうなんて100年早いぜ? バーカ」
 アリオスは、バックミラーで確認し、その口調はからかうようなものであったが、肝心な目が笑っていなかった。
 路地を出、彼はバックミラーに映る、ひたひたと忍び寄る黒い車を確認する。
「----新手だ。ったく、同じ車でぞろぞろ来やがる」
 アリオスは、ちらりと時計を見ると、益々その表情を厳しくさせた。

 こんなことで時間を食ってるヒマはない!!

 彼の心にある決意が漂う。

 空は徐々に夜へと向かっていた。----
TO BE CONTINUED     


コメント
アリオスのカッコよさだけを追求しようとしている「ARIOS ROOM」の創作第一弾として、「DESPERADO」をお届けしました。
始まったばかりですが、アリオス・・・何か他の部屋のものとは全く違うような気がしますね〜。
ちなみにタイトルの意味は「ならず者」
イメージ的にはヴァンデラスの映画よりも、イーグルスの曲のイメージです。
実はこれ、tinkが昔書いたハードボイルド小説の焼き直しです。
このカーチェイス、多分、後一回は余裕でかかるでしょう。長くなるでしょうね、他のどの創作よりも。
実は、これをアリオスで書こうと思ったのには、きっかけがあります。BBSに、タチキ様が、ハードボイルドについて、カキコしてくださったからなんです。
一回目は、タチキ様に捧げます。
この創作を載せる前、たった一日だけ予告を載せてみました。それをご覧になった方は、話の展開わかるかも・・・、しれないかな。
とにかく、まだまだ二人は謎を抱えておりますので、お付き合いのほど宜しくお願いします。オープニングの一文が、総てを示してたりするのです。
一回目の感想、もしよろしければBBSにカキコしてください。
私にとって、これは一種の冒険ですから。