デートとアリオスは簡単に言ったが、かなり大掛かりなものだった。
ラングレーのCIA本部からヘリコプターでワシントンDCの空港へ、そこから、ニューヨークのケネディ空港へと飛んだ。
全てがきちんと手配がされており、アンジェリークはアリオスの用意周到さに目を丸くした。
「今日はおのぼりさんにでもなった気分で楽しむか?」
「うん!!」
アリオスの腕に自分の腕を絡ませ、アンジェリークは笑顔でそれに答える。
神様・・・。
今日だけは、アリオスを独り占めにさせてください…
その彼女の気持ちが伝わったのか、アリオスは優しく微笑んでくれた。
JFKに到着して、空港の駐車場に行くと、既にアリオスの愛車であるシルヴァーメタリックのBMWが停まっていた。
それにアンジェリークは乗せられ、空港を後にする。
「どこに行くの?」
期待に満ちた視線を輝かせ、彼女は興奮気味に彼に尋ねた。
「----先ずは腹ごしらえ。ロックフェラーセンター」
「嬉しい!!」
彼女は子供のように声を上げ、彼はそれを優しい眼差しで見守る。
グリーンに光るデジタル数字を見ると、丁度、昼時の12時を示していた。
アンジェリークの”ニューヨークの休日”が今幕を開けた----
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ロックフェラーセンター----
ニューヨーク名物の大型複合施設。
ショッピング施設を始め、劇場やテレビ局などもある、一日では見て回れそうにないほどの大型施設だ。
アンジェリークは、アリオスに連れられ、センター内のロウアープラザにやってきた。
「ここのカフェで昼食だ」
「うん! ----あの…、アリオス…」
はにかむようにアンジェリークは上目遣いで彼を見る。
「何だ?」
「----今日一日だけ…、 恋人みたいにして…、いいかな? 手を繋いだりして…」
小さな少女の願い。
アリオスは、フッとやっしい微笑みを浮かべると、少女の顔を覗き込んだ。
「いいぜ? そのつもりだったからな?」
ぐいっと手を彼に引き寄せられて、彼女は声にならない悲鳴を上げた。
「ほら、行くぜ?」
「…うん…」
恥ずかしそうにアリオスに手を繋がれ、アンジェリークは、彼に引っ張られるようにして、カフェへと向かった。
カフェで2人が注文をしたのは、ベーグルサンドのセット。
ニューヨークに来たからには食べておかなければならない必須のアイテムだ。
「ね、アリオス、ここってクリスマスに大きなツリーが飾られるところでしょ?」
「ああ。冬はスケートリンクになって、ツリーは、そう、ちょうどあそこにある金のプロメテウス像の近くに飾られる。ツリーをみながら、スケートして、今いる場所でホットチョコレートを飲むんだ」
アリオスは丁寧に指差しながら、アンジェリークに話して聞かせる。
初夏の風に吹かれながら、2人は楽しげに語り合う2人、傍から見れば恋人同士そのものだ。
それも誰もが憬れるようなお似合いの二人だ。
「うわ〜」
ベーグルサンドが運ばれてきて、アンジェリークは嬉しそうに歓声を上げる。
その姿が可愛らしくて、給仕も微笑まずに入られないほどだ。
「アリオス、食べよう!」
「ったく、食い意地はってんな、おまえ!」
「女の子にそんなこと言ってもいいの!?」
口を尖らせて怒る仕草に、アリオスは思わず苦笑いする。
「悪かった、怒るなよ?」
「許してあげるから、食べよう!」
2人は仲良くベーグルサンドをかぶりつき微笑み合う。
「ほら、アンジェ、口の周りついてるぜ?」
そっと手を伸ばして、アリオスは彼女が口の周りにつけたぱんくずをとってやった。
「アリオスのバカ…」
はにかむ少女を楽しみながら、アリオスもまた、幸せな気分を味わっていた----
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昼食を取った後の二人は、腹ごなしに、定番のセントラルパークに来て、散歩を楽しんでいた。
アリオスの大きな手がアンジェリークの小さな手を包んでいる。
アリオスは暑くなったのか、ジャケットを脱ぎ、肩に掛けて、ネクタイも緩めている。
その姿もまた、アンジェリークを魅了する。
「ここも一応観光スポットだからな」
「----アリオスとなら、どこだって楽しいから…」
「サンキュ」
くしゃりと栗色の髪を撫でられ、彼女は首筋まで赤くする。
「つ、次はどこに行くの?」
恥ずかしさを誤魔化すようにして尋ねる彼女が、彼はひどく可愛く思う。
思わず、微笑が零れてしまう。
「----次はベタに自由の女神だな」
リヴァティー島行きのフェリーに揺られながら、アンジェリークは声をきゃっきゃと上げていた。
初夏の風がアリオスの銀色の髪と彼女の栗色の髪を優しく揺らしている。
彼の逞しい腕に掴まりながら、彼女は何とか体を支える。
「きゃっ!!」
フェリーががたんと大きく揺れ、アンジェリークの体は自然とアリオスの胸に傾いた。
「大丈夫か?」
彼はそのまま彼女を難なく支え、そのまま抱きしめる格好となった。
その体勢だと、否が応でも彼の逞しさ、暖かさを感じずにはいられなくなり、鼓動が早くなる余り、彼女からは甘い吐息が漏れる。
「凭れとけよ。島につくまでは…」
抱きしめられる腕に力が篭ったのを感じ、アンジェリークは安心したようにコクリと頷いた。
その様子を、観光客たちが羨望の眼差しで見つめていたのは言うまでもない。
「大きい!!」
アリオスに支えられてフェリーを降りるなり、アンジェリークは感嘆の声を上げた。
目の前に聳え立つ自由の女神はとてつもなく大きい。
この国は、何でも大きいんだな…
「おい、中に入るぞ!!」
「え、アリオス、待ってよ〜!!」
彼に強引に引っ張られて、彼女は銃の女神の中に入っていった。
展望台には、階段を登ってゆくのだが、それが上に行くに連れてとてつもなく狭く、苦しくなってゆく。
「アリオス〜、しんどい〜」
「我慢しろっ!」
彼に支えられて、何とか彼女は展望台へと辿り着いた。
展望台からは、マンハッタン島が一望でき、その光景の素晴らしさにアンジェリークは暫し魅入っていた。
「見守られてんだな、ニューヨークの街は自由の女神に」
「そうね。私も、ずっとあなたに見守られてたんだ…。きっとこんな風に…」
フッと彼女に優しく深い眼差しを送ると、アリオスは華奢な肩をそっと抱いた。
アンジェリークは胸の奥がざわつくような甘い感覚に身をゆだねながら、何時までもこうしていたいと、願わずにはいられなかった----
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2人が自由の女神から戻ってくると、すっかり夕闇が迫っていた。
次にアリオスが連れて行ってくれた場所は、ブルックリンとマンハッタンを結ぶ、ブルックリン橋だった。
「ブルックリン側のこの公園は、マンハッタンの夜景が最高に綺麗に見える」
ごく自然に二人は手を繋ぎ合い、公園の中のべストポイントに向かった。
「うわあ!」
その場所につくなり、アンジェリークはうっとりと溜め息を吐いた。
そこから見る夜景は、最高だった。
マンハッタンの街がそれこそ星屑の中に埋もれているような錯覚に、見る者を陥れる。
綺麗----
ただその一言しか彼女には思い浮かばない。
二人はいつの間にか身体をぴったりと寄せ合い、その夜景を眺める。
時折、お互いの顔を交互に見やり、優しく微笑み合っていた。
夕食にとアリオスが連れて行ってくれた場所は、日本料理の高級店だった。
たまにはこういったところもいいいだろうという彼の配慮だった。
料理の味は申し分がなかったと、アンジェリークは言いたかったが、次第に彼女は切なさで胸が一杯になってきて物が咽喉に通らなくなってくる。
「どうした? 食わないのか?」
「…うん…、何だか入っていかない…」
その大きな青緑の瞳は、愁いを帯びて潤んでいる。
先ほどまでは、あんなに楽しそうにして、生気に溢れていた彼女は、今は儚げに映る。
「どうして・・・、楽しい時間はすぐ過ぎちゃうんだろ…」
涙で最後の言葉はかき消されてしまい、それを俯くことで隠そうとする。
「アンジェ…」
そっと手を暖かく包まれて、彼女は顔を上げた。
「この街で一番の場所に行こう」
彼に促され、彼女はそっと立ち上がる。
次の場所が最後の場所だと判っていたが、そうせずにはいられなかった-----
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最後の場所はエンパイヤーステートビルの102階。
展望台だった。
そこはいつもなら閉まっている時間帯だったが、二人に限っては昇ることを許された。
これはアリオスの魔法。
アンジェリークはそう感じずにはいられなかった。
エレヴェーターで102階まで上がり、二人は展望台へと出た。
「うわ!」
外に出た途端、ビル風に髪を乱され、アンジェリークはびっくりした。
「さあ、行くぜ?」
「うん…」
アリオスに手を引かれ、アンジェリークは夜景の一番見える、金網のかかった場所まで歩いていった。
「アリオス?」
「何だ?」
何時にも増して彼の声が優しく響く。
「何だか、遊園地の帰りの気分の子供みたいだな…、私」
「なぜ?」
「だって、楽しかった想い出を引きずって、現実に帰っていくから・・・」
それ以上彼女はいえなくなり、口を噤む。
彼もまた、何も訊かなかった。
不意に彼の足が止まり、彼女のそれもまたつられるように止まった。
彼女の視界に、イルミネーションの宝石が広がり、切なげに意気を飲む。
美しくも、暖かく、そして切ない風景。
マンハッタンの高層ビル街を一望できるそこは、まるで宝物のような光景を彼女に見せつける。
いつの間にか、アンジェリークは泣いていた。
夜景の素晴らしさに、傍にいる男性の心の深さに、むせび泣いた。
「----生まれたのはこの国ではないが、俺はこの街で育った。苦しいとき、俺はよくここにきた。そして、この夜景を見て、いつも希望を持った」
「----有難う…アリオス、私はこの光景を忘れない…、絶対に忘れない・・・!!」
ふわり。
彼女は彼の窪に腕を回しその旨に顔を埋めた。
アリオスもそれに応えて、今までで一番強く抱きしめる。
「アリオス!! 有難う、本当に有難う!!」
彼女はそっと彼の胸から顔を上げ、彼の端正な顔をじっと見つめる。
形のいい唇。
銀色の髪。
笑うと咽喉を鳴らすくせ。
そして----
黄金と翡翠が対をなす不思議な瞳----
何もかも愛しくて堪らない。
「アリオス、今日のこと、私絶対に忘れない・・・」
そう云って、彼女は不意に寂しそうに笑う。
「----私、生まれた時から、結婚しなければならない男性(ひと)がいるの・・・。母が亡くなった日は、その方との正式な対面の日だった…」
アリオスは、深い眼差しを彼女に落して、ただ聞いているだけ。
「その方が明日迎えに来て、私は、近々婚約することになるわ。だけど、だけど!!」
彼女の瞳から大粒の涙が流れる。
「-----永久にあなたを忘れない!!」
「アンジェリーク…」
それは最初で最後だった。
アリオスはアンジェリークの顎をそっと持ち上げ、一瞬、愛に溢れた視線を彼女に送る。
刹那----
彼女の唇に彼の唇が激しく重なり合った。
お互いの愛と想い、そして情熱を与え合う。
唇が離されると同時に、彼の身体も離される。
「----シンデレラの魔法が解ける時間がやってきたようだ…」
魅力的な彼の視線を追うと、そこにはオスカーが迎えに来ていた。
「----お時間です、殿下」
オスカーの声が非情にも響く。
「----判りました」
アンジェリークは背筋を伸ばすと、ゆっくりとオスカーに向かって歩いてゆく。
その後姿を、アリオスは目を逸らさずに見つめてゆく。
彼女が入り口に差し掛かったとき、ゆっくりと、ほんの一瞬だけ、彼に向かって振り向いた。
涙で潤んだ瞳と、泣き笑いのような表情を見せて。
アリオス。
たった一度の口づけを、私は絶対に忘れません。
有難う…
心の一部を彼の元の置き去りにする。
彼女はもう振り向かなかった。
時計の針は、ゆっくり深夜12時を刻んだ----
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コメント
「ニューヨークの休日編」です。
アンジェリークと共に、観光を楽しんでいただければ幸いです。
今回が一番長い章に、都合上なりました。
アリオスさん、ようやくキスだけ出来ました。
さすがハードボイルド、鉄の自制心
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