DESPERADO

CHAPTER10 


 いつの間に眠っていたのだろうか。
 アンジェリークが次にに目覚めた時には、既に外は真っ暗だった。

 泣き疲れて寝ちゃったんだ…

 彼女は身体をゆっくりと起こして、ベッドサイドの明りをつけた。
「目覚められましたか?」
 低い声が響いて思わず彼女は、一瞬、瞳を輝かせて、ドアに視線を向ける。
 しかし----
 現れたのは、情熱的な赤毛のオスカー公爵だった。
「公爵…」
 明らかに落胆している彼女の声に、オスカーは苦笑する。
「部屋の電気はどうなさいますか?」
「つけてください」
「畏まりました」
 ドア横にあるスイッチを彼が押すと、部屋の中は上品の明るさで包まれた。
「がっかりされましたか? 私なんかで」
「…そんなこと…ないです…」
 はにかんだ彼女を、彼は可愛く思い、思わず甘い笑みを浮かべてしまう。
「----プリンセスがすべてを思い出されたとお聞きしました。私のことも覚えておいでですか?」
 しっかりとアンジェリークは頷くと、真っ直ぐ凛とした視線で彼を捕えた。
「アルカディア王国フレイム公オスカー殿だわ」
「有難うございます」
 そっとオスカーは、アンジェリークのベッドへと近付き深い微笑を浮かべる。
 将来、国を背負って立ってゆくこの少女は、自分を臣下として想ってくれてはいても、男として見られることはないだろうと、彼は感じる。
 そう、彼女を今まで守ってきた銀の髪をした青年以外は。
「あの…」
 彼をじっと見つめ、彼女は視線で何かを訴えかけた。
 もちろんその視線の意味を、オスカーはすぐに感じ取る。
「----アリオスは、ハモンドの取調べのために、本部へと向かいました。あなたによろしくと----」

 私によろしく----

 その言葉が、ふわりと彼女の心の中で舞い上がったかと思うと、鋭く突き刺さる。

 ----もう、逢えないの…!?

 潤んだ瞳に、震える華奢な肩。
 こんなにも彼女はアリオスのことを思っているのだと、オスカーは感じずに入られない。
「殿下…」
 涙を堪えて俯くことしか出来なかったアンジェリークがやっとのことで顔を上げる。
 その清らかな美しさに、彼は一瞬はっとする。
 そして彼女をこれだけ美しくしたアリオスを憎らしく思った。
「逢えます。彼とは…」
「ホント!?」
 途端に憂いのあった泣き顔が明るく輝く。
「----明日…、午後二時に、エンジェル大通りに行けば逢えます。
 あなたはどうしても行かなければならない。そしてその目で確かめなければならない。
 これは、私とアリオスの意見です」
「なぜ?」
「----明日そこに、フィリップ大公が現れます」
 その名前を聞き、アンジェリークはぴくりと体を揺らす。
「----あなたは行かなければならない。過去をきれいに清算するために」
 オスカーの低く鋭い呟きに、彼女はしっかりと頷く。
 少女の瞳は真摯に輝き、厳かな光に満ちていた----

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 翌日も、晴れ渡っていた----
 爽やかな初夏の風が吹き渡り、散歩にうってつけな午後だった----
 誰もがまどろみたくなるようなそんな日。
 アンジェリークは、オスカーに連れられ、エンジェル大通りに来ていた。
 歩道には、アルカディア王国と合衆国の旗を持った人たちが溢れている。
 二人は、車道がよく見渡せる場所に陣取った。
「殿下…」
 オスカーの声に、アンジェリークは緊張した面持ち彼を見る。
「今日ここでパレードが行われます。フィリップ大公の…」
 しっかりと彼女は頷き、それはどこか王女としての気品と威厳がが満ちている。
「----われわれはここで、彼を暗殺します」
「----!!!」
 オスカーの感情の篭っていない声と、その衝撃的な告白に、彼女は唇をがたがたと震わせた。
 手には冷たい汗が滲んでいる。
 呆然と、アンジェリークはオスカーを見上げた。
「そんな顔をなさらないで下さい。国王陛下からのご命令ですから」
「父の!?」
「陛下はこの機会を待っておいででした。陛下の弟君であらせられるとはいえ、大公は王妃様のお命を奪い、あなたのお命を間接的とはいえ、奪おうとしたのですから」
 オスカーは迷いのない視線をアンジェリークに送り、同意を求める。
 だが彼女は頷くことが出来なかった。
 どう対応したらいいかが、判らなかったからである。

 アリオス…、あなたが傍にいて私を今ここで支えていて欲しい…
 人が一人、目の前で死んでゆくのを見るのは、堪えがたいから…

「----ね、アリオスは…、どこのいるの?」
 アンジェリークは縋るような眼差しをオスカーに向け、答えを求める。
 その眼差しが、オスカーはひどく羨ましく思う。
 決して、彼のために向けられた眼差しではないから。
「----アリオスが…、今日のスナイパーです…」
 その言葉に彼女は息を飲み、それこそ足ががたがたと震えてくる。
 彼女の様子を横目で覗いながら、オスカーは苦しげに瞳を閉じる。
「彼以上のスナイパーはいません。
 あなたを守るために、このどこかに彼はいるはずです----」
 彼は空を見上げ、彼女もまた澄み渡った空に視線を送る。

 私を守るために----
 神様!! どうか、アリオスをお守りください----  

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『間もなく、大公の車はエンジェル大通りに差し掛かる』
「了解」
 エンジェル大通りに面した、古びた雑居ビルの一室に、アリオスはいた。
 頭には通信用のヘッドセット型のトランシーバーを着け、手にはライフルを持っている。
 そこのある眼差しは、冷徹で、心の底から凍りつくような眼差しだ。
 決して、アンジェリークに向けるあの眼差しではない。
 彼は感情なく胸から一発のライフル弾を取り出し、それを光に反射させる。
「未来の女王に祝福を----」
 彼は静かに呟くと、静かにライフルのなかに弾を込めた。
『あと1分ほどでおまえの場所に来る。準備を』
「了解」
 ヘッドセットから聴こえるヴィクトールの声を合図に、アリオスは窓際へと立った。
 外からは沿道の拍手や旗を振る音が聞こえる。
 彼は静かに照準を覗き込み、ゆっくりと窓の外を眺めながら、照準を合わせてゆく。
 一瞬、そこのアンジェリークを映し出す。

 この一発で、おまえの未来は明るくなる----
 俺の役目もこれで最後だ----

 栗色の髪の、ずっと見守ってきた天使のような少女。
 この数年間は、その少女を見守るためだけに費やしてきた。
 それが間もなく終わるとなると、アリオスの心に一抹の寂しさが広がる。

 クッ、どうかしてるぜ俺も…
 "寂しい”と思うなんてな----

 彼は、照準の中にいる少女に一瞥を送ると、照準をゆっくりと車道に持ってくる----
 沿道の歓声が一際大きくなった。
 フィリップ大公を乗せた車がアリオスの前を近付いてくる----
 まわりの時間が緩やかになる。
 アンジェリークの、オスカーの、そしてヴィクトールの心臓がゆっくりと打ち、彼らの視線が一点に集中する。
 風が止まった----
 空に一羽の白い鳥が舞い、大公は、それを、見上げた----

 最後だ----

 ピタリと照準が合わされ、アリオスの指がゆっくりとトリガーにかかる。

 未来の女王陛下に祝福を----!!

 刹那----
 一発の銃声があたりの空気を裂いた----
 鳥が逃げてゆく羽根音があたりにこだまする。
 その瞬間----
「きゃああああああ!!」
 沿道からは悲鳴が響き渡り、オープンカーが止められる。
 大公は、頭から血を流しそのままぐったりとシートに沈んでいた。
 もちろん即死だった。
 冷酷にアリオスはそれを窓から確認すると、静かに部屋を後にする。
「任務完了」
『了解』
 "任務完了”
 その言葉は、アリオスの心に染み込んでいった----    

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 大公の一瞬だった死に様を、アンジェリークは目を逸らさずに見ていた。
 辛かった。
 しかし自分を守るために、愛すべき人たちがしてくれたことだ。
 このことについてはもう何も言うまいと心に誓った。
 そして…、一番辛い仕事を引き受けてくれた彼に、彼女はどうしてもひとめ逢いたかった。
「大公!! アリオスはどこですか!?」
 彼女の縋るような切羽詰った眼差しに、オスカーはフッと深い微笑を浮かべる。
「判りました、どうぞこちらへ」


 オスカーは何の迷いもなく、アンジェリークを、アリオスがいたビルの前まで連れて行った。
「ここです」
 彼女は神妙な面持ちで頷く。
「おそらくまだ、このあたりに…、あっ、いました!!」
 彼が指差してくれた方向に、彼女が素早く目を向けると、そこには銀の髪を僅かに揺らしたアリオスがいた。
 こちらに気がついたのか、深い穏やかな眼差しを彼女に向ける。
 それだけでアンジェリークの瞳からは涙が溢れてくる。
「アリオス!!」
 彼への溢れる想いは、最早止めることなんて出来やしない。
 涙で視界もよく見えない。
 だけど。
 彼女は彼に向かって駈けてゆく。
「アリオス!!」
「アンジェ…」
 抱きついてきた彼女を、彼はしっかりと受け止める。
「アリオス!! アリオス!!」
 彼の広い胸に顔を埋め、彼女は泣きじゃくるばかり。
「ほら…、皆笑うぞ? 顔上げろ?」
 まるで幼子をあやすかのように、アリオスは優しくアンジェリークの背中を叩く。
「…ん…」
「殿下…、お車が待ってます…、時間が…」
 オスカーの声が響く。
「ほら、車に乗らなきゃいけねえだろ? 後ろからずっと見ててやるから、一緒に行ってやるから、顔を上げろ?」
「…ん…、判った。アリオス…」
 アンジェリークは顔を上げるが、それが彼特有の優しさだとは気が付かない。
 静かに彼女は彼から離れ、オスカーが手招きする方に向かう。
 何度も何度も、振り返り彼がいるかを確かめる。
「クッ、ちゃんとここにいる。振り返ってないで、とっとと前へ進め」
 苦笑はしているが、彼の眼差しはこの上なく優しい。
 ようやくアンジェリークは真っ直ぐ前を見て歩きだした。
 その様子を見ながら、アリオスは目を愛しげに細めた。
「ねえ、アリオス、ちゃんとついて来てくれてるんでしょうね…」
 返事はない。
 不安になり、彼女はそっと振り返った。
「アリオス?」
 そこには、もう初夏の風だけしかなかった---- 

TO BE CONTINUED


コメント
いよいよ「DESPERADO」も残すところ後二回です。
次回は、OPに書いた文章の謎が明かされます。
また、初めて甘い回になるのが次回です。
「DESPERADO」版「ROMAN HOLIDAY」(笑)
もう少しお付き合いをよろしくお願いします。