「アリオス!!」
ヴィクトールがようやくここまで駆けつけてきた。
「ああ。ヴィクトール、悪ィが、こいつに手錠をかけてくれ」
アンジェリークを抱きかかえている為、アリオスにはそれが出来ない。
「わかった」
ヴィクトールはポケットから手錠を取り出すと、手早くハモンドを後手にして手錠をかける。
後手の手錠----
それは大罪の証。
がっくりとうなだれたままのハモンドは抵抗する気力すらも今は失われていた。
「救急車の手配を頼む。やつは動けねえ…」
「判った」
「アリオスさん…!!」
突然ランディの声が響き、アリオスもヴィクトールも声のしたほうに意識を集中させる。
現れたのは、頭が血まみれのランディ。
アリオスはすぐに駆け寄る。
「ランディ!!」
その姿と声に安心したのか、ランディは力無く微笑むと、その場に跪いて崩れ落ちた。
「よくやった、ランディ…」
「有難うございます…」
アリオスの深い温かな微笑に安心したのか、ランディの意識は暗転する。
倒れこむ彼を、アリオスは何とか支え、ヴィクトールに静かに言う。
「救急車をもう一台だ、ヴィクトール----」
担架で運ばれる、ランディとハモンドの後に続いて、アンジェリークを抱きかかえたアリオスが屋敷の外に出た。
眩しい光が、彼の瞳を眇める。
雨はいつの間にか止んでいた----
青空が久しぶりに顔を出し、周りを明るく照らす。
彼は思わず、すっかり晴れ渡った空を見上げた。
青空は、こんなに綺麗なものだったのかな…
アンジェリークを抱きかかえたアリオスに代わり、ヴィクトールがハモンドと一緒に救急車に乗り込み、続いて別の救急車にランディが運ばれる。
アリオスは、ハモンドの救急車に近付くと、ヴィクトールに信任の眼差しを送った。
「頼んだぜ? 俺も後から駆けつける」
「ああ。こちらは任せてくれ」
ヴィクトールはアリオスに敬礼をし、彼はそれを深い眼差しで答える。
救急車のドアが静かに閉じられる。
ランディの乗る救急差が出発し、その後をハモンドのそれが続く。
アリオスは、二台の救急車の後姿を、真摯に光が宿る瞳で、じっと見つめていた。
「アリオス殿」
聞きなれたバリトンに、彼は振り返る。
「オスカー」
「やられた、見事に。おまえがいなければ今ごろ殿下は…」
苦虫を潰したような表情をすると、オスカーは苦しげに眉根を寄せた。
「仕方ねーだろ? おまえは表向きは"大公の随行員”なんだからな」
「しかし…!!」
「アンジェリークはこうして無事だった。それでいいじゃねえか、な?」
アリオスの深い微笑みに、オスカーも釣られてしか目顔から笑顔に変わる。
「そうだな・・・。有難う、アリオス」
「どういたしまして」
「----ところで殿下はどちらへお連れすればいい?」
アリオスの腕の中で気を失っているアンジェリークを見守るように優しく見つめながら、オスカーはアリオスに問うた。
「ここからはあの屋敷が近い。そこがいいだろう…」
「そうだな。殿下にとっては、いい思い出の詰まった場所だ…。"アンジェリーク・コレット”としての…」
二人は、互いに頷きあうと、夫々の車で、アンジェリークの想い出の場所へと向かう。
勿論アンジェリークは、アリオスの車の助手席に乗せられる。
ようやく出てきた夏の眩しい陽射しが、彼らの行く末を見守るかのように輝いていた----
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目覚めた場所は、見覚えのある場所だった。
視界は最初はぼんやりとしていたが、徐々にはっきりとして来る。
白い天井。少女らしい花模様の壁紙。ロマンティックなフランス窓。木製のアンティークな机、本棚、チェスト。
そして、何よりも彼女が眠っているベットの寝心地に覚えがある。
”天使の館”か----
そこは、この四年間、長期の休暇になると、必ず訪れた場所----
彼女にとっては想い出がつまり、またよりどころになった"我が家"であった。
「気がついたか?」
ドアの開く音がして、アンジェリークはそこに注目する。
入ってきたのは、銀の髪を持つ長身の青年。
彼女を魅了して止まない男性(ひと)。
彼女は体を起こして、彼が来るのを待った。
アリオスは、無駄の無い歩き方で、アンジェリークのいるベットに近付き、脇に立った。
「気分は?」
「うん、大丈夫・・・。私、最近倒れてばかりね」
おどけたように笑う彼女に、彼も少し笑った。
「アリオス…」
「ん?」
顔を覗かれるように見つめられると、彼女はついつい顔を赤らめてしまう。
「座って」
「ああ」
言って、彼はベットに腰を降ろして、彼女と向かい合う。
黄金と翡翠が対をなす不思議な瞳が山奥の湖のように神秘的で、アンジェリークの心を捉えて離さなかった。
もちろん、その奥に宿る明るく優しい光によるものだということを彼女は知っている。
「アリオス?」
アンジェリークは探るように彼に囁く。
「何だ?}
深い見守るような眼差し----
今ならわかる。ずっと彼に見守られてきたのだということを。
「----アリオス…、私…、制服姿だったあなたに助けられたのね…」
アリオスはほんの僅か息を飲んだが、その表情は余り代わらなかった。
彼にとって、それはある程度想像できる範囲内であったからだ。
「----思い出したのか!?」
低き声で、たたみかけるように言われ、アンジェリークはコクリと頷いた。
「----あの、ハモンドと言う人が母を殺したことも、彼とその部下に狙われている私を守って、銃弾の雨を潜り抜けてくれて、助けてくれた、あなたのことも----」
そこで一旦言葉を切ると、アンジェリークは感謝と信頼が交差する、愛に満ちた眼差しを、彼に送った。
「ずっと、あなただけだった。あなたの存在が私を支えてくれた」
「アンジェ…」
彼女はフッと泣き笑いの表情を浮かべると、ふわりとアリオスに抱きついた。
「有難う、本当に有難う!! 私はいつもあなたに助けられてばかりだった」
ふわりと彼女の甘い香りが彼の鼻腔を擽り、苦しくさせる。
「皆思い出した…、叔父が…、フィリップ大公が王位継承権で私を狙っていることも、全部…」
「そうか…」
彼女への想いを振り切るかのように、アリオスは苦悩に満ちながら、その瞳を一瞬と実と、ゆっくりと彼女の身体からその身を離した。
「アリオス?」
突然抱擁を解かれたことで、彼女は不安と切なさが入り混じった表情を彼に向ける。
「----おまえが思い出した以上、俺も話してやらなければならないな? 真実を----」
アリオスはアンジェリークの華奢な肩に手を置き、静かに話し始めた----
「おまえの母親が、ハモンドに殺された直後、俺がどうしてあの場所にいたかは、職務上言うわけにはいかねえ。それだけは勘弁してくれ」
彼女はコクリと頷く。
「サンキュ。ハモンドからおまえを助け出した俺は、おまえの父親であるシャルル2世、オスカー公爵などと協議をした。結果、この国でおまえが成長するまでは、教育をすることになり、俺が後見人の形になった。勿論それは、フィリップからおまえを守るためでもあった。
----だが…、おまえは一年間に渡って、目覚めなかった」
彼女は息を飲み、両手をその口元に当て、大きな瞳を丸くする。
パズルが…、完全に解けた…。
さっき思い出したときも、どうしてあの一年が思い出せないか判らなかった・・・。
「そして、事件から丁度一年後の13の誕生日におまえは目覚めた。そこからの記憶はあるだろう・・・」
「じゃあ、どうして今になって、叔父は私を狙ってきたの?」
咽喉をしゃくりあげながら、彼女は涙目で彼に訴えかける。
「シャルル王が、健康上の不安を訴えるようになり、いよいよおまえを本国に連れ戻そうとしたからな。
おまえが即位をしてしまえば、奴の王への道は閉ざされるから、今のうちにでもと思ったんだろう…」
「父上は元気なの!?」
「詳しくはオスカーに訊け。まあ、俺てきには、元気すぎるおっさんだぞ? 今でもな」
ニヤリとイタズラっぽい微笑みは、彼女を安心させるには充分の力を持っていた。
「良かった…」
ほっと胸を撫で下ろすと、彼女はアリオスに真っ直ぐな眼差しを向ける。
「どうして私を助けてくれたの?」
踏み込むように見つめられ、アリオスは苦笑する。
全く彼女の眼差しには弱い。
「ハモンドは…、アルカディア担当だったCIAの工作担当の職員だった。奴が大公とつるんでのアルカディア妃の暗殺について、調べる手、奴を処分すること、そして、アルカディディアのアンジェリーク殿下を守ること。以上が俺の任務だった」
「じゃあ…、あなたは…」
「俺は、長官付の"監察官”だ。まあ、極端に言えば、CIAの警察だな」
「そうだったんだ…」
彼は職務だったのだ。
そう思うだけでアンジェリークの胸はえぐられるような鋭い痛みが走った
力無く、ぐったりと肩を落している。
本当は、一人の女として助けて欲しかった。
「ハモンドも掴まった。後は大公だけだ」
彼の低い声は、彼女の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
ハモンドが掴まって嬉しい。
だが、確実にアリオスとの別れが近付いていると思うと、切なくて、苦しくて、それこそ、魂の一部を持っていかれそうな衝撃が、アンジェリークにはあった。
「大公のヤマが終われば、おまえは親元に帰れる。しっかりな」
彼女の栗色の髪をクシャりと撫でながら、彼はベットから立ち上がる。
「アリオス!!」
切羽詰った声に彼は彼女を一瞬見つめる。
「ねえ教えて。この場所はどなたが持っているかを!! 今までのことが御礼をしたいの」
「礼には及ばねーよ?」
「えっ!?」
アンジェリークはその言葉が一瞬何を意味するのかが判らなかった。
「----ここは、俺の所有の別宅だからな」
その言葉だけを置き去りにして、アリオスは部屋から出て行く。
彼の精悍な背中を見つめながら、アンジェリークは彼への"恋心”が益々高まるのを感じた----
アリオス…、あなたが私の”あしながおじさん"だったんだ…。
大好き!! 大好きよ!!
アリオスへの思いの切なさの余り、アンジェリークはベットの上で偲び泣いた。
TO BE CONTINUED
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コメント
とうとう「DESPERADO9」です。
今回はクライマックス準備章です。
また、壁紙も明るいものに代わっています。これは天気にかかわっているんですね。
次回はいよいよ、ライフルを持つアリオスさんです。
お楽しみに〜。
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