Dark Heritage

(2)


 アンジェリークは、どこかこの状況を楽しんでいる自分がいることを、心の奥底で感じていた。

 アリオスを一目見て、どうしても魂を揺さぶられずにはいられなかった自分自身を、認めてしまっている。
 私は、どんなことをされたって、アリオスが好きなのかもしれない・・・。

 手錠を掛けられたままの腕を見つめ、まるでそれが、自分の心にまとわりついて離れない、鎖のように感じる。

 私は、何か理由を追い求めているのかもしれない・・・。

 ドアが開いて、白いシャツに黒のスラックス姿のアリオスが入ってきた。
「風呂に入って、着替えろ」
 簡潔に言うと、アリオスは簡単に彼女を抱き上げる。
「アリオス、自分で歩けるから」
 焦りながらも、彼女は、少し頬を赤らめた。
「逃げちまうだろ? おまえ」
 淡々と呟くと、アリオスはアンジェリークをバスルームまで連れていく。

 これが、もし・・・、愛のあるものなら・・・。

 切なく思う彼女を、アリオスはまだ知らなかった。

 脱衣室で腕から下ろされ、アンジェリークは彼を見上げる。
「着替えだ」
 冷たく何の表情もなく、彼は指を指して簡潔に言う。
「有り難う・・・」
 手錠を外され、本当は嬉しいはずなのに、アンジェリークはどこか喪失感すら感じている。
 彼から放されたようで、胸がいたい。
「俺は外で待ってる」
 静かにそう告げると、アリオスは出ていった。
 アンジェリークは大きな溜め息を一度吐いた後、服を脱ぎ始める。
 溜め息は安堵ではなく、喪失感であることを、彼女は深く知っていた。
 身体と髪を洗い、さっぱりとした後、湯船につかる。
 肌が敏感になっていて痛いような気がする。

 私、この方が幸せを感じている・・・。普段よりも・・・。

 ゆっくりとお湯に入った後、アンジェリークは脱衣所にある着替えを使った。
 それは先程まで彼女が身に付けていた、コンサバティブなものとは違って、動きやすい年相応の可愛らしいものだった。

 アリオス・・・。私のこと判ってくれているの・・・?

 彼は、彼女が本当に欲しいものを、知っているような気がした。


 不意にノックの音が聞こえた。
「アンジェリーク」
「あ、着替えたわ」
 その声を合図に、アリオスはドアを開けた。アンジェリークが素直に手を差し延べれば、彼はそのまま手錠を掛ける。
「殊勝だな・・・。このまま素直に従えば、帰れるとでも思っているのか?」
 それには彼女は流石に首を振る。
「・・・そうしたいだけ・・・」
 ぽつりと呟いた声に、アリオスは一瞬止まった。
「アンジェリーク」
 彼はそのままアンジェリークの顔を挟み込むと甘いキスをする。
 それは初めと違い、甘く優しいものであった。
「行くぞ」
 抱き上げて、そのまま彼女をベッドに座らせると、アリオスも隣に座る。
「今日からおまえは俺の命令以外のことは何もするな」
「アリオス・・・」
 アンジェリークは、アリオスの瞳の中を覗き込み、まっすぐとした光を放ってくる。
 それは決して彼を攻めているわけではない。
「いいな」
「はい・・・」
 彼女は、こくりと素直に頷くと、そのまま俯いてしまう。
「腹減っただろう、何か作ってやる」
 アリオスは、アンジェリークをそのまま立たせて、キッチンへと連れていった。
 キッチンは意外にも、綺麗に片付けられていて、道具も揃っている。
「料理するの?」
「たまにな」
「見てていい?」
「勝手にしろ」
 アンジェリークはふっと笑うと、アリオスの隣で、彼の料理姿を見ていた。
 彼は、ごはんを使った簡単なリゾットを作った。
「手際がいいのね?」
「まあな」
 鍋でサッと作ったものを皿によそうの手付きが堂に入っている。
「うまいわね!」
「おまえ楽しそうだな・・・」
 低い声で言われて、アンジェリークははっとする。

 私・・・、彼といるとどうしてこんなに楽しいんだろう・・・。

 急に押し黙ってしまった彼女を、アリオスは一瞬だけ見た。
「さあ食うぞ、席につけ」
 まるで子供のように、アンジェリークは頷いて席につこうとする。
 だが、両手を手錠で繋がれているせいで、上手く椅子を引くことが出来ない。
「しょうがねえな・・・」
 アリオスは、彼女が座る前に皿を置き、椅子を引いてやる。
「座れるだろ、これで・・・」
「有り難う・・・」
 深々と椅子に腰掛けさせてもらい、アンジェリークは目の前に置いてあるスプーンに手を延ばす。
「待て、俺が食べさせてやる」
 彼女のとなりに腰掛けると、アリオスがスプーンに手を掛けた。
「ヨダレかけはいるか?」
「もう! 私は子供じゃないわよ!」
 少しむくれる彼女が愛らしくて、アリオスはクッと笑う。
「ほらお姫様、あーんだ」
 息で冷ました後、アリオスはアンジェリークの口にリゾットを運んだ。
「あつっ!」
 まだ出来立てのあつあつだったせいか、アンジェリークは軽く舌先に火傷をした。
「痛いか?」
「ちょっと・・・」
 少し痛そうにする彼女に、アリオスは僅かに口角を上げる。
「舌を出してみろ?」
 仕方なく、アンジェリークは舌先を出してみせる。
 アリオスの顔が近付き、その舌を自分の舌で舐め上げた。
「んっ・・・!」
「これで治るぜ? お姫様」
 少し意地悪に見つめられて、アンジェリークは、行為と甘く鋭い視線にはにかんでしまう。
「もう少し冷めてから食わせてやる」
 何度か息を吹き掛けて、リゾットを冷ませた後、アリオスはアンジェリークに再び食べさせ始めた。
 彼女のペースを考えて、ゆっくりと。
 途中水を飲ませてもらい、詰まらせることもない。
 アンジェリークは不自由なのにも関わらず、満ち足りた思いを感じていた。

 アリオスがシャワーを浴びる間、アンジェリークは脱衣室で待つ。
「待たせたな?」
 彼が、ガウンを羽織る間、アンジェリークは後ろを向いて待っていた。
 甘い、感覚が全身に駆け巡る。
「行くぞ?」
「うん」
 そのままアリオスに抱き上げられて、彼の温かさに包み込まれる。
 ベッドに運ばれた痕、手錠を片手だけ外され、もう片方は、アリオスは自分に掛けた。
「おやすみ」
 そのままアリオスは瞼にキスをすると目を閉じる。
 アンジェリークは、彼とて上でつながれることが嬉しくて、満ち足りた想いを感じながらひとみを閉じた。  
TO BE CONTINUED…

コメント

57000番のキリ番を踏まれた朝倉瑞杞様のリクエストで、
「誘拐犯のワルなアリオスが、フィアンセからアンジェリークを奪う」
です。
ただのバカップルです。