目覚めると身体の奥深くの重さに、アンジェリークは顔をしかめた。 腕を見ると、手首に赤い痕が付いている。 アリオスのものになり、力で奪われた証し。 酷いことをされたはずなのに、私は、彼を憎めないどころか・・・。 身体を起こすと同時に、アリオスが部屋に入ってきた。 「これを着ろ」 薄いイエローのワンピースが投げられる。 それを受け取ると、アンジェリークはじっと見つめる。 「着ろ」 新しい下着を持ってきてくれ、手錠をされたままの彼女に近付いた。 「履かせてやる」 アンジェリークは俯いて幼子のように首を振る。 「それじゃあ履けねえだろ」 アリオスは彼女の足下に跪き、下着を履かせる。 その行為にアンジェリークは呻いた。 異色の眼差しの前では逆らえない。 何でこんなに私は彼の瞳の前じゃ素直になってしまうの・・・。 下着を着せられた後、一端手錠を外され、ワンピースに着替えさせられた。 「どうして・・・? どうしてこんなことをするの!?」 手錠を再び掛けられながら、アンジェリークは潤んだ目で彼を捕らえる。 「おまえだって・・・、初めての男があいつより俺のほうが良かっただろう・・・?」 アンジェリークは否定できなかった。 唇を噛み締め俯いてしまう。 「そこらじゅうに愛人のいる男だぜ? おまえは体裁を整えるだけの、お飾りにしかならないぜ?」 それが判ったのは最近だった。 人の良さそうな影に、そんなことがあるのかと、アンジェリークはショックだった。 それもマリッジブルーの要因だった。 「・・・判ってるわ・・・、そんなこと。だけど、婚礼を進ませないわけにはいけなかとたもの・・・。私は”生け贄”だから・・・」 一筋涙が頬を伝い、アリオスはその美しさに胸を突かれる。 アリオスは、無言でアンジェリークを抱き竦めると、唇で涙を拭った。 彼の温もりが、アンジェリークの、子供のような心を包み込む。それはとても優しく頼りがいがある。 アリオス・・・、あなたは怖いのか優しいのか判らない・・・。 ただどちらもあなたで、私を翻弄する。 あなたのこの優しさこそ、本物だって信じている・・・。 アンジェリークはアリオスの肩に何とか手を置く。 。しばらくの間、ふたりはと抱き合っていた。 相変わらず、手には手錠が掛けられている。 だが、アンジェリークは不便だとも全く思わなかった。 食事を彼が作ってくれるのを、横で見つめたり、食べさせてもらったりする。 会話は余りないにも関わらず、アンジェリークは、今までで一番幸福なのではないかと、感じてしまうほどだ。 「アリオスは仕事は・・・?」 「この三日は休みだ・・・」 「うん・・・」 アンジェリークは、澄んでいて、少し潤んだまなざしをアリオスに向ける。 「じゃあ、今日まではこうして側にいてくれるの?」 まるで子犬のような眼差しを向けてくる彼女を、アリオスは苦しげに見る。 「側にいてほしいのか?」 何のためらいもなく、彼女は即頷いた。 はにかみの入った表情を彼に向け、まっすぐと迷いのない光を向ける。 「この数日間が、とても楽しかった・・・」 咄々と語る彼女は、とても透明感を帯びた声をしている。 「・・・本当に楽しかったの・・・」 愛しさが込み上げてくる。 「こんなことをされてもか?」 二人の瞳がぶつかりあう。 「そう思ってる!」 迷いのない一言だった。 アリオスは、歯止めがきかなくなり、きつく抱き締める。 おまえはどうして、そこまで俺を赦すことが出来る!? 愛しさの余り、彼はもう、彼女を束縛することが、出来なくなっていた。 「・・・自由にしてやる・・・」 アリオスはアンジェリークの手を掴むと、その腕の手錠を外した。 「アリオス・・・」 手が自由になり、アンジェリークは手首を見つめる。 「おまえは自由だ・・・。家まで送ってやる・・・」 彼が背中を見せた瞬間。 「アリオス・・・!」 「・・・!!!」 アンジェリークはアリオスを抱き締めて、離さない。 「私をどこにもやらないで!! お願い・・・!!」 ぎゅっと力を込めて抱き締めてくる小さな体を、アリオスは震える心で受け止める。 「側に置いて? ダメ?」 アンジェリークの懇願が真摯なものであることを感じる。 突然、ぎゅっと抱き締めて、答えてやるように、強く。 そのまま唇を奪って、深い想いを彼女に伝えた。 今まで受けた中で、一番優しくて甘い。 唇が離れた後も、アンジェリークは彼にしがみついている。 「一緒に来るか?」 アンジェリークは頷く。アリオスはそれに頷くと、彼女の華奢な肩を抱く。 「行くぞ、ここから出る」 「うん」 立ち上がらせてもらい、アンジェリークはアリオスの手をしっかりと握り締めた。 「連れていって・・・」 「-----ああ」 ふたりはそのままマンションを出て、アリオスの車に乗り込もうとした。 その瞬間。 「アンジェリーク!」 婚約者であるジェレミーが、スーツ姿で走ってきた。 「やっぱりここだったのか・・・!」 「アリオス・・・」 アンジェリークは、不安げに彼を見つめる。 アリオスはアンジェリークの手を包み込むようにぎゅっと握り締めて、大丈夫だと伝える。 「アンジェ、来るんだ!」 だがアンジェリークは頭を激しく横に振って嫌がった。 「アンジェリーク!!」 彼女の華奢な肩を、乱暴にも手を触れようとした一瞬…。 強い衝撃恩とともに、ジェレミーは飛んでゆく。 アリオスは思い切り、彼を、拳で殴りつけていた。 そのまま地面に叩きつけられたジェレミーは、唇から血を出して、アリオスを睨みつける。 「何だ…その目は…? 俺の女に手をだすんじゃねえ!」 アリオス…!!! 彼の言葉が嬉しくて堪らなくて、アンジェリークは、彼を嬉し涙で潤んだ瞳で見つめる。 「----大丈夫だ…」 「…うん…」 異色の迫力のある、さっきがみなぎった瞳でジェレミーを見据え、アリオスはつけ加える。 「いいか? おまえの家は所詮傍系だ。 うちが吹けば飛ぶ立場であることを忘れんな…。 こいつは俺が貰う。 俺の妻にする! おまえはその辺の三流の女を相手にしておけ…!」 アリオスは、アンジェリークをぎゅっと抱き寄せると、そのまま車に乗り込んだ。 エンジンを掛け、素早く駐車場を後にする。 車中アリオスは無言だった。 だが、アンジェリークが不安げにすると、彼はしっかりと手を掴んでくれた。 車は、小高い丘の上に止まった。 とても夜景が美しい場所で、デートには最適な場所だ。 「アンジェ…」 甘く囁かれて、アンジェリークは彼に向き直る。 「…これから、おまえは俺のものだ…」 「うん…」 アリオスはフッと笑ってアンジェリークの頬を捕らえた。 「…まだ言ってなかったな? 愛してる・…」 |
コメント
57000番のキリ番を踏まれた朝倉瑞杞様のリクエストで、
「誘拐犯のワルなアリオスが、フィアンセからアンジェリークを奪う」
です。
ははははは。
反省だな…。
ラストは綺麗におわったかも・…。
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