Dark Heritage

(4)


 目覚めると身体の奥深くの重さに、アンジェリークは顔をしかめた。
 腕を見ると、手首に赤い痕が付いている。
 アリオスのものになり、力で奪われた証し。

 酷いことをされたはずなのに、私は、彼を憎めないどころか・・・。

 身体を起こすと同時に、アリオスが部屋に入ってきた。
「これを着ろ」
 薄いイエローのワンピースが投げられる。
 それを受け取ると、アンジェリークはじっと見つめる。
「着ろ」
 新しい下着を持ってきてくれ、手錠をされたままの彼女に近付いた。
「履かせてやる」
 アンジェリークは俯いて幼子のように首を振る。
「それじゃあ履けねえだろ」
 アリオスは彼女の足下に跪き、下着を履かせる。
 その行為にアンジェリークは呻いた。
 異色の眼差しの前では逆らえない。

 何でこんなに私は彼の瞳の前じゃ素直になってしまうの・・・。

 下着を着せられた後、一端手錠を外され、ワンピースに着替えさせられた。
「どうして・・・? どうしてこんなことをするの!?」
 手錠を再び掛けられながら、アンジェリークは潤んだ目で彼を捕らえる。
「おまえだって・・・、初めての男があいつより俺のほうが良かっただろう・・・?」
 アンジェリークは否定できなかった。
 唇を噛み締め俯いてしまう。
「そこらじゅうに愛人のいる男だぜ? おまえは体裁を整えるだけの、お飾りにしかならないぜ?」
 それが判ったのは最近だった。
 人の良さそうな影に、そんなことがあるのかと、アンジェリークはショックだった。
 それもマリッジブルーの要因だった。
「・・・判ってるわ・・・、そんなこと。だけど、婚礼を進ませないわけにはいけなかとたもの・・・。私は”生け贄”だから・・・」
 一筋涙が頬を伝い、アリオスはその美しさに胸を突かれる。
 アリオスは、無言でアンジェリークを抱き竦めると、唇で涙を拭った。
 彼の温もりが、アンジェリークの、子供のような心を包み込む。それはとても優しく頼りがいがある。

 アリオス・・・、あなたは怖いのか優しいのか判らない・・・。
 ただどちらもあなたで、私を翻弄する。
 あなたのこの優しさこそ、本物だって信じている・・・。

 アンジェリークはアリオスの肩に何とか手を置く。
 。しばらくの間、ふたりはと抱き合っていた。


 相変わらず、手には手錠が掛けられている。
 だが、アンジェリークは不便だとも全く思わなかった。
 食事を彼が作ってくれるのを、横で見つめたり、食べさせてもらったりする。
 会話は余りないにも関わらず、アンジェリークは、今までで一番幸福なのではないかと、感じてしまうほどだ。
「アリオスは仕事は・・・?」
「この三日は休みだ・・・」
「うん・・・」
 アンジェリークは、澄んでいて、少し潤んだまなざしをアリオスに向ける。
「じゃあ、今日まではこうして側にいてくれるの?」
 まるで子犬のような眼差しを向けてくる彼女を、アリオスは苦しげに見る。
「側にいてほしいのか?」
 何のためらいもなく、彼女は即頷いた。
 はにかみの入った表情を彼に向け、まっすぐと迷いのない光を向ける。
「この数日間が、とても楽しかった・・・」
 咄々と語る彼女は、とても透明感を帯びた声をしている。
「・・・本当に楽しかったの・・・」
 愛しさが込み上げてくる。
「こんなことをされてもか?」
 二人の瞳がぶつかりあう。
「そう思ってる!」
 迷いのない一言だった。
 アリオスは、歯止めがきかなくなり、きつく抱き締める。

 おまえはどうして、そこまで俺を赦すことが出来る!?

 愛しさの余り、彼はもう、彼女を束縛することが、出来なくなっていた。
「・・・自由にしてやる・・・」
 アリオスはアンジェリークの手を掴むと、その腕の手錠を外した。
「アリオス・・・」
 手が自由になり、アンジェリークは手首を見つめる。
「おまえは自由だ・・・。家まで送ってやる・・・」
 彼が背中を見せた瞬間。
「アリオス・・・!」
「・・・!!!」
 アンジェリークはアリオスを抱き締めて、離さない。
「私をどこにもやらないで!! お願い・・・!!」
 ぎゅっと力を込めて抱き締めてくる小さな体を、アリオスは震える心で受け止める。
「側に置いて? ダメ?」
 アンジェリークの懇願が真摯なものであることを感じる。
 突然、ぎゅっと抱き締めて、答えてやるように、強く。
 そのまま唇を奪って、深い想いを彼女に伝えた。
 今まで受けた中で、一番優しくて甘い。
 唇が離れた後も、アンジェリークは彼にしがみついている。
「一緒に来るか?」
 アンジェリークは頷く。アリオスはそれに頷くと、彼女の華奢な肩を抱く。
「行くぞ、ここから出る」
「うん」
 立ち上がらせてもらい、アンジェリークはアリオスの手をしっかりと握り締めた。
「連れていって・・・」
「-----ああ」
 ふたりはそのままマンションを出て、アリオスの車に乗り込もうとした。
 その瞬間。
「アンジェリーク!」
 婚約者であるジェレミーが、スーツ姿で走ってきた。
「やっぱりここだったのか・・・!」
「アリオス・・・」
 アンジェリークは、不安げに彼を見つめる。
 アリオスはアンジェリークの手を包み込むようにぎゅっと握り締めて、大丈夫だと伝える。
「アンジェ、来るんだ!」
 だがアンジェリークは頭を激しく横に振って嫌がった。
「アンジェリーク!!」
 彼女の華奢な肩を、乱暴にも手を触れようとした一瞬…。
 強い衝撃恩とともに、ジェレミーは飛んでゆく。
 アリオスは思い切り、彼を、拳で殴りつけていた。
 そのまま地面に叩きつけられたジェレミーは、唇から血を出して、アリオスを睨みつける。
「何だ…その目は…?
 俺の女に手をだすんじゃねえ!」

 アリオス…!!!

 彼の言葉が嬉しくて堪らなくて、アンジェリークは、彼を嬉し涙で潤んだ瞳で見つめる。
「----大丈夫だ…」
「…うん…」
 異色の迫力のある、さっきがみなぎった瞳でジェレミーを見据え、アリオスはつけ加える。
「いいか? おまえの家は所詮傍系だ。
 うちが吹けば飛ぶ立場であることを忘れんな…。
 こいつは俺が貰う。
 俺の妻にする!
 おまえはその辺の三流の女を相手にしておけ…!」
 アリオスは、アンジェリークをぎゅっと抱き寄せると、そのまま車に乗り込んだ。
 エンジンを掛け、素早く駐車場を後にする。
 車中アリオスは無言だった。
 だが、アンジェリークが不安げにすると、彼はしっかりと手を掴んでくれた。

 車は、小高い丘の上に止まった。
 とても夜景が美しい場所で、デートには最適な場所だ。
「アンジェ…」
 甘く囁かれて、アンジェリークは彼に向き直る。
「…これから、おまえは俺のものだ…」
「うん…」
 アリオスはフッと笑ってアンジェリークの頬を捕らえた。
「…まだ言ってなかったな?
 愛してる・…」

コメント

57000番のキリ番を踏まれた朝倉瑞杞様のリクエストで、
「誘拐犯のワルなアリオスが、フィアンセからアンジェリークを奪う」
です。
ははははは。
反省だな…。
ラストは綺麗におわったかも・…。