初めて彼を見た瞬間、私の魂は揺さぶられた。 「良かったわね、良い縁組に恵まれて・・・」 「はい、叔母様」 嬉しそうにはしゃいでいる叔母を尻目に、アンジェリークの心は晴れなかった。 私・・・、結婚しちゃうのか・・・。 そう考えるだけで、アンジェリークの心は晴れなかった。 今日も式の打ち合わせで会場のホテルに来ている。 両親と死別し、アンジェリークは叔母夫婦に引き取られた。 あれから一年。 まるで厄介払いをされるかのように、アンジェリークは結婚を進められた。 財閥の総帥の息子で、少し坊っちゃん気質が抜けないところもあったが、おおむねは良い青年だった。 アンジェリークは青年と結婚することになったが、婚約式に魂の底から揺さぶられる出会いをしたのだ。 アリオス。 青年の従兄である彼は、超然とした孤独感をまつわらせていた。 自分と同じだと思った。それ以来、アンジェリークは彼のことばかりを考えることとなり、婚約者とはキスすらも交わせずにいた。 私は、どうしてこんなに彼に惹かれるの・・・? 「さて、アンジェ、私はお料理の打ち合わせをしてくるから、ここで衣装さんを待っていてね」 「はい」 いそいそと嬉しそうに控えの間を出ていく叔母を視線で見送った後、アンジェリークは大きな溜め息を吐いた。 「・・・何だ、その様子だと結婚したくねえみてえだな?」 艶やかな聞き覚えのある声に、アンジェリークははっとして振り返った。 「アリオスさん・・・」 「何て顔してる。式は一月後だぜ?」 クッと喉を鳴らして笑う彼に、アンジェリークは俯く。 「せいぜい、あいつに可愛がってもらうんだな?」 アリオスの冷酷なまなざしと言葉が、心に突き刺さってくる。 「・・・あなたに言われなくても、幸せになるわ!」 少し勝ち気なまなざしに、アリオスは目を細める。 「ムキになるところが図星だろ?」 「あっ!」 ぐいっと力づくでその腕を掴まれ、アンジェリークはその強さに彼が”男”であることを意識させられる。 「そんなに結婚が嫌なら救ってやるよ・・・」 低い声。 野獣のきらめきを持つ異色の瞳。 それらにアンジェリークは完全に奪われてしまう。 「んっ・・・!」 薬品・・・!? 臭いに気がついたときにはもう遅くて、腕が伸び、口許に匂いが染み付いた布を当てられる。 時間が麻痺をした瞬間。 アンジェリークは意識が真っ白になるのを感じた---- ---------------------------- 目覚めたとき、アンジェリークは冷たいベッドの上に寝かされていた。 「気付いたか?」 その声に身体をアンジェリークは起こした。 「アリオス・・・」 その名を呼んだ瞬間、アンジェリークは頭に激しい痛みを感じる。 顔をしかめるしぐさをした彼女に、アリオスは表情なく見つめた。 「水を飲むか?」 「お願いします・・・」 運ばれてきた水を、アンジェリークは一気に飲み干して、深い息を吐く。 「・・・どうして・・・」 俯きながら、アンジェリークは呟く。 「おまえは結婚したくなさそうだったから」 その言葉は、アンジェリークの真を突いている。 彼女は思わず唇をかみ締めた。 「おまえがあの男と結婚するなんて、何を血迷っていると思ったぜ。あんなバカ社長のどこがいいのかとな?」 すっと彼女が近付いてくる。 彼はアンジェリークの肩を抱くと、その小さな手を取った。 「おまえは俺が捕まえた」 低い声と共に、アリオスはその手首に手錠をはめたのだ。 「アリオス・・・!」 彼女は泣きそうな顔で、アリオスを見上げる。 「おまえは今日から俺のものだ・・・。クッ、あいつら今ごろ、おまえがいないことに慌ててるぜ? 見物だな・・・」 冷酷なまなざしを宙に向けながら、アリオスは口角を僅かに上げた。 「あっ!」 アリオスはアンジェリークの顎を持ち上げて、ゆっくりと顔を近付ける。 そのまま、まるで噛み痕を付けられるように、激しく唇を重ねてきた。 「あっ・・・」 巧みな舌の動きで彼女を支配し、自分の色に染め上げる。 唇を離す寸前、アリオスはアンジェリークの唇を強く噛んだ。 「・・・んっ!!」 血の味が口の中に広がり、アンジェリークは泣きたくなる。 「こんなキス、あいつには無理だぜ?」 危険に囁かれて、アンジェリークは羞恥とどこか甘い思いを感じた。 どうしてだろう・・・。こんなことをされても嫌じゃないなんて・・・。 彼女は無意識に指先を唇に持って行く。 「そんなに良かったか?」 恥ずかしさの余り、彼女は彼の目を合わせられない。 「とにかく、当分の間はここにいてもらうぜ?」 「なぜ・・・?」 「それはおまえが一番判ってるんじゃねえか? 心に訊いてみろ」 彼はアンジェリークをぎゅっと抱き締めて、離さないようにする。 「金を選ぶか、心を選ぶかは、おまえ次第だぜ?」 彼はそう呟くと抱擁を解いた。 「俺はおまえの望みを叶えてやったんだぜ?」 アリオスは勝ち誇ったように笑うと、部屋から出ていった。 最後には鍵がかかる乾燥とした音が響く。 手錠を掛けられた自分の姿に溜め息を吐きながら、アンジェリークは思う。 今、全く、抵抗なんてしたくない自分がいる。 彼が連れさらってくれたことに心のどこかで感謝している。 私は・・・、本当に結婚したくない・・・。 手錠に視線を落としながら、アンジェリークはぼんやりと考えていた。 ドアを閉め、リビングのソファに腰掛けるアリオスも、また溜め息を吐く。 ・・・どうしようもなかった。 初めて逢った瞬間から、欲情した。 欲しくて堪らなかった。 だれにも渡したくなくて、このような強行手段を取らずにいられなかった。 アリオスは決意を秘めて、ぎゅっと唇を噛み締める。 アンジェ、おまえを絶対に諦めないから・・・。あの男には絶対に渡さない!! アリオスはさらなる手段を胸に秘める。 アンジェ…。 おまえを手に入れるためなら、俺はどんなことにでも手を染める… |
コメント
57000番のキリ番を踏まれた朝倉瑞杞様のリクエストで、
「誘拐犯のワルなアリオスが、フィアンセからアンジェリークを奪う」
です。
はははは、相変わらず、気絶するほど「ヘボい」わ〜
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