CUTS LIKE A KNIFE


 牧場への帰り道、アンジェリークはアリオスに思い切って訊いた。
「アリオス、オスカー保安官を知ってるの?」
「賞金稼ぎとして何度か顔を合わせたことがある」
「なるほど。アリオスがオスカー保安官に悪い人を突き出したんだ」
「そういうこと」
「ふーん」
 アンジェリークはアリオスの話を聞きながら、頭を捻る。

 にしては遺恨がありそうなのよね〜、このふたり。


 牧場に戻ると、馬車が止めてあり、アンジェリークは途端に顔色を変えた。
「アリオス、シュルツだわ!」
 馬車から飛び下り、アンジェリークは凛としたまなざしをアリオスに向ける。
「やつらが来たの!! 早く行きましょう!」
「判った」
 アンジェリークはぱたぱたと走り、アリオスはその後ろを行く。家のダイニングに行くと、荒くれたちが小麦粉などをまき散らして、部屋を真っ白にしていた。
「アンジェリーク!!」
「お姉ちゃん!!」
 部屋の隅には身体を小さくしながらバリケードを張っているディアとルノーの姿があった。
 荒くれた男達が何人も暴れ回っている。
「やめなさいよ!」
 アンジェリークは本当は恐ろしかったが、精一杯大きな声を張り上げて、言った。
「何だ、また威勢の良い姉ちゃんだな?」
 荒らくれのひとりが、ぎらぎらとした不躾な眼差しを向け、アンジェリークの顎を掴もうとする。
「汚い手で触るな・・・」
 アリオスはすぐに男の手を取ると、それを捩りあげる。
「このやろう!」
 ナイフを振りかざした男にも、アリオスは足でナイフを蹴飛ばしてしまう。
「リーチの差だ?」
 さらりとアリオスは言うと、男は悔しかったのか、彼に突進をしてきた。
「うわああああ!」
 何があってもアリオスは冷静だった。
 彼は再び足で応戦し、男の顔面に蹴りをいれる。
「・・・っ!!!」
 男はその場で蹲り、アリオスはその隙に腕を捩りあげていた男をなぎ倒してしまった。
 最後に残ったひとりが、ディアとルノーにかかっていく。
「おねえちゃん! ルノー!」
 咄嗟にアンジェリークはルノーとディアに駆け寄った。
「きゃあっ!」
 その瞬間、アンジェリークは男に掴まった。ナイフを突き付けられ、一気に身体中の冷たい汗が吹き出るのを感じる。
 アリオスのまなざしは凍るように冷たく、男を見据える。
「おまえ、そうすればどうなるかは判ってるだろうな?」
 低い声でアリオスは呟くと、ゆっくりと男に近付いていく。
「や、やめろ!」
 アリオスはアンジェリークの目先数センチのところで、足を蹴り上げ、ナイフを落とした。
「わ、わ、わ〜!!」
 男は、震え上がりアリオスを見ている。
 彼は革で出来たホルスターから銃を取り出し、男の額がピタリと付ける。
「今度ふざけた真似をしてみろ・・・。おまえらの頭はぶっとぶぜ・・・? 覚えときな?」
 男は恐れをなしたのか、がたがたと身体を震わせ始めた。
「小麦粉代は請求させてもらうからな? シュルツ牧場にな?」
 アリオスは、ニヤリと笑うと男を蹴飛ばした。
 彼の金と翡翠の瞳に睨まれれば、男達は恐れをなして走って逃げる。
 逃げた後、アリオスはまずはバリケードにいる、ディアとルノーを助けだす。
「ありがとう」
「有り難うございます。アンジェリークを・・・」
 ディアの気遣いにアリオスは頷くと、アンジェリークに近づいた。
「アンジェリーク、大丈夫か?」
 アリオスが手を差し延べても、いつもの元気はなく、小刻みに身体を震わせている。
「アリ・・・」
 泣きそうになって手を取れないでいるアンジェリークの華奢な肩を、アリオスは抱いた。
「アンジェ・・・」
 震えている彼女は、アリオスを見つめているだけで、動こうとしない。
「少し休ませてやります。すみませんが部屋まで運んでやって頂けますか」
「判った」
 ディアに言われた通りに、アンジェリークを抱き上げると、アリオスはルノーを見つめた。
「ルノー、アンジェリークの部屋まで案内してくれ」
「うん! おにいちゃん!」
 ルノーは走って行き、アリオスはその後を追う。
「ごめんね・・・」
 小さな声が聞こえ、アリオスはふっと微笑んだ。
「気にすんな・・・。早く休め・・・」
 アリオスが額に手を当てると、アンジェリークは目を閉じる。

 きっと、いつも強がって精一杯生きてるんだろうな・・・。
 姉弟のために・・・。

 アンジェリークの部屋に入ると、アリオスは小さなベッドに彼女を寝かせた。
「アリオス、少しだけ、少しだけでいいから、そばにいて・・・」
 ぎゅっと革のベストをひっぱる彼女に、アリオスはしょうがないとばかりに笑いながら椅子に腰掛けた。
「ちょっとだけだぞ?」
「有り難う・・・」
 安心したかのように、アンジェリークはアリオスの手を取って握り締める。
「こうしてて? アリオスは温かいわね・・・。安心出来る・・・」
 うっとりと眠るかのように呟いたかと思うと、彼女は深く目を閉じ、すぐに寝息が聞こえてきた。
「アリオスさん、この子は、精一杯手を広げて、私とルノーを守っているかと思うんです。小さな身体で守ってくれている・・・。だからこそ、いつも強気で、ふとした時に、こうやって弱くなってしまうんです」
 ディアの話を聞きながら、アリオスはアンジェリークに白い翼があるのかと思う。
 汚れのない白い翼が。
「今度、私が結婚をして、この町から出なければならなくなって、この子とルノーは二人きりになります。それもあるのでしょう。最近は特に一生懸命が強くなっています・・・」
 アリオスは、柔らかな頬に触れ、このうえなく優しい瞳で包みこんでいる。

 小さな心と身体で精一杯手を延ばしてるんだな・・・。

「私は下を片付けて来ますから、もう少しそばにいてあげてください」
 ディアはそう呟くと、ルノーを連れて部屋から出ていった。

 これは早急にこのヤマを片付けちまわないいとけねえな・・・。

 アリオスは決意を固めると彼女の頬を優しく触れた。

あの男に協力を頼むか…

コメント

72000番のキリ番を踏まれた沙羅様のリクエストで、西部劇なアリオス・アンジェです。
 今回のアンジェは勝気のはいった元気娘。
書いててとても楽しいです。
ようやく次回から物語の核心です。