馬車で30分ほどで、アンジェリークの住むコレット牧場へと到着した。 牧場は小ぢんまりとしており、決して繁盛しているとは思えない。 特に、柵などは綻びが多く、アリオスは閉口する。 「なあおまえさんの牧場は働き手は少ないのか?」 「うん。お姉ちゃんと私と弟でこぢんまりとやってるから・・・」 馬車で中に入っていくと、彼女の小さな弟がぱたぱたと駆けてきた。 「おね〜ちゃん!」 「ルノー!」 アンジェリークは馬車から飛び降りると、弟が抱き付いてくる。 「おっ、おかえりなさい」 「ただいま〜!」 ぎゅっと抱き締めた後、アンジェリークはルノーに笑いかける。 その姿は誰よりも魅力的で、アリオスは心が奪われるのを感じる。 「ルノー、ディアお姉ちゃんは!?」 「いるよ!」 後ろで立っているアリオスをちらりと見た後、ルノーはアンジェリークを見た。 「呼んでくる」 「ありがと」 駆け出していく弟を見送りながら、アンジェリークは優しい表情になる。 それを横顔で見つめながら、アリオスもまた優しい気分になった。 「どうしたの、アンジェ!!」 ぱたぱたと大人の女性が走ってきた。 アンジェリークと同じような長いスカートだが、お淑やかに見える。 「私の姉のディアよ」 アンジェリークの姉は、にこやかに微笑むと、アリオスを見上げた。 「アンジェ、この方は?」 「アリオスさんよ。今日からうちの用心棒よ!」 「なっ・・・!」 してやったりというような笑みに、アリオスは思わず息を飲む。 やられた・・・。 だからあんなにしつこけ誘ったのかよ・・・。 「まあ! これほど嬉しいことはありませんわ! 宜しくお願い致します!」 余りものディアの笑顔を向けられると、アリオスはたじろぎながらも頷くことしか出来ない。 「少しの間だけだが、宜しく頼む」 ここはアリオスも腹を括ると、頷いた。 アリオスは、一月前まで従業員がいた部屋に案内され、アンジェリークはアリオスの愛馬を馬小屋に連れていった。 「きっとあの子のことだから、強引にここまであなたをお連れしたんでしょうけど」 苦笑いをするディアだが、決して妹を諫める口調ではなく、むしろ誇りに思っているようだ。 「この町も最近は物騒なのか?」 「・・・ええ。まさか、あのこ」 心配げにディアは呟き、溜め息を吐く。 「いや、町の酒場でそう思ったからだけだ」 「そうですか・・・。あのこ、他人のことばっかり考えて無鉄砲になるから」 ディアは心配げに目を伏せた。 流石は姉だ・…。 アンジェリークの性格を良くわかっている・・・ 「この町は昔からこんなに荒れてるのか?」 「いいえ。一年前この町が荒れ出したのは、郊外に大きな牧場”シュルツ牧場”が出来てからです。ここの牧童が悪さを始めて、前の保安官が癒着していたところから、さらにひどくなって・・・」 「去年か・・・」 アリオスは考えるかのように呟く。 「時期は?」 「春先だったと思いますよ」 時期が重なるな・・・。 元気なノックの音がしたかと思うと、ドアが勢いよく開けられる。 「アリオス! 牧場を案内するわよ!」 ルノーとアンジェリークがひょっこりと顔を出した。 「おまえ、少しは休憩させろよ!?」 アリオスはわざと嫌そうな顔をする。 「今行くといいことがあるから!」 「い、行こう、お兄ちゃん」 姉弟は本当に仲がよさそうで、アリオスは思わず笑みが漏れる。 「しょうがねえな。行ってやるよ」 アリオスはふたりと一緒に部屋を出て、ディアは嬉しそうにそれを見送った。 アンジェリークのために、アリオスさんがうちにいるのはいいことだわ・・・。 本当に狙われているのはあの子だから・・・。 それにしてもアリオスさん、どこかで・・・。 「ここがね、家畜小屋なの! ここの主のじょんじょろりんさんにはちゃんと挨拶してね!」 「じょんじょろりん?」 「メスぶたよ」 アリオスは頭がいたくなってきた。 一応、アンジェリークが指差した目つきの悪いメス豚に挨拶をする。 牛や馬や豚にまで名前がついてあり、彼は頭を抱えた。 どういう牧場だ・・・。 牧場の主要な場所をアンジェリークたちにひっぱりまわされ、アリオスは少し閉口していた。 「そろそろ休憩する?」 「有り難いなそのほうが」 「だったら、ダイニングに行こう!」 アンジェリークは、ルノーを連れてぱたぱたと駆けていき、アリオスはそれに続く。 この町に長期滞在しなきゃならなかったし丁度よかったかもな・・・。 「アリオス、早く!」 明るい声が響き、この牧歌的な雰囲気も悪くないとアリオスは思った。 ダイニングに入ると、アンジェリークはぱたぱたとキッチンへと向かい、アリオスはルノーと二人で待たされる。 二人分のミルクを温め、アリオスのコーヒーを淹れ、今朝焼いたマフィンを人数分用意すると、アンジェリークはそれらをテーブルに運んだ。 「どうぞ、食べてね」 アンジェリークもルノーと共に、席に座ってマフィンを頬張る。 「ミルクかよ!? どおりで乳臭いはずだぜ」 「ひどいわね! うちのミルクは世界で一番美味しいんだから! シュルツ牧場なんて水で薄めてるのよ!」 よほど憎たらしいのか、顔をしかめる彼女の表情が、万華鏡のようでアリオスには可笑しかった。 「よほど、嫌な奴らしいな?」 「嫌な奴って言葉じゃ足りないわよ! スケベ! 変態! エロぢぢい! 成金! アホ!!」 酷い言われようだな… アンジェリークの怒りにアリオスは苦笑しながら、彼女を見た。 「そんなに嫌か」 「大嫌いよ! だって、ディアお姉ちゃんを狙ってるもの、あいつ!」 本当に憎らしいかのように、アンジェリークは乱暴にマフィンを食べている。 こいつ見てたら、飽きねえな… 「ねえ、おにいちゃん、マフィン食べないの? とっても美味しいよ!」 「あ、ああ、じゃあ食ってみるか…」 ルノーに言われて、アリオスは本来甘いものが苦手なのだが、口に運ぶ。 食べてみると、マフィンは、甘さを押さえてあり、正直美味しかった。 「…美味い・・・」 「でしょ! だって、アンジェお姉ちゃんが一生懸命作ったんだもん!!」 「馬鹿、ルノー」 少しはにかんでいるアンジェリークを、アリオスはちらりと横目で見る。 こういうところは、口が悪くたって、ちゃんと“女”なんだな… アリオスは、彼女の意外な面を発見できた、何だか嬉しかった。 ----------------------------- 翌日、アリオスはアンジェリークと、町に出かけた。 いつものように買出しに行くためである。 アンジェリークの好きなロマンス小説や、果物などを買って帰ろうとしたときだった。 「よう…、やっぱりアリオスじゃないか」 振り返ると、着任したばかりの赤毛の保安官が、不敵な笑顔を浮かべて立っている。 「景気はどうだ? 賞金稼ぎさん?」 「オスカー」 アリオスもまた挑発するようにオスカーを見つめる。 何があったの…!? 二人が鋭い眼差しで静かなる戦いを繰り広げているのを、アンジェリークはただ見つめることしか出来なかった---- |
コメント
72000番のキリ番を踏まれた沙羅様のリクエストで、西部劇なアリオス・アンジェです。
今回のアンジェは勝気のはいった元気娘。
書いててとても楽しいです。
次回あたりから、アリオスのかっこよさが出れば良いな〜とおもっております、はい。
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