「おまえの声・・・、すげえ可愛い」 アリオスは、アンジェリークの顔中にキスの雨を降らせながら、しっかりと両手で包み込む。 声が出せたことが嬉しい。 彼に喜んでもらったことが嬉しい。 アンジェリークは、全身に熱く、切ない感情が流れるのを、痛切に感じていた。 アリオスはぎゅっと彼女の体を抱きすくめる。息が出来ないほどの抱擁に、彼女は甘く喘いだ。 「もっとおまえの声を聞きたい・・・」 アンジェリークは彼をしっかりと抱き締めることで、それに応える。 アンジェリークは初めて、誰かのために声を出したいと思った。 ふたりは、花畑に腰を下ろして、じっと花を見つめる。 花だけは、自分たちの恋を祝福してくれているように思える。 「膝枕、かまわねえか?」 唐突の申し出に、アンジェリークは頬を染めて頷く。 アリオスを膝枕にして、アンジェリークは穏やかな微笑みを浮かべた。 彼の柔らかな銀糸を指で絡ませながら、彼女は至福すら感じる。 「これからも、ふたりでいような?」 欲しかった言葉。 それを胸にしまって、アンジェリークは宝物にしたかった。 夕日が沈むまで、アリオスとアンジェリークは、その場所にいた。 どちらからともなく抱き合って、花々がゆうやけ色に染め上げられるまで、じっと見つめていた。 だが花よりも、夕日に輝く彼女のほうが、よほど美しいと、アリオスは思う。 「綺麗だな・・・」 頷いて、花に見入る彼女に、アリオスは苦笑した。 「花じゃねえよ、おまえが綺麗だって、言ったんだ」 その甘い言葉に、アンジェリークは真っ赤になる。 「本当のことだぜ?」 頬にキスを送れば、益々真っ赤になる彼女が、アリオスには可愛くてたまらなかった。 「今日からおまえだけの俺になりてえ。昔のことがあるから、おまえに辛い思いをさせるかもしれねえが、誓っておまえを守る…。 ----俺とちゃんと付き合ってくれねえか? 恋人として…」 アンジェリークは頷くことしか出来ない。 風が二人を優しく包み込んでいた---- ------------------------ 夕日が沈み終わり、ふたりは車で帰路についた。 行きよりもより親密になったふたりがいる。 アリオスはアンジェリークの手を握り締めたまま、運転をしている。 「メシ食って帰ろうな?」 アンジェリークは嬉しそうに頷く。 「何食いたい?」 その問いに、アンジェリークはスケッチブックに、”ラーメンが食べたい。この間美味しかったから”と書く。 あまりにもの望みの浅さに、アリオスは苦笑する。 「もっと良いもん食おうぜ」 そう言っても、彼女はラーメンが良いと言う。 「そっか。じゃあ食いにいこう」 アリオスに、アンジェリークは嬉しそうに笑った。 ラーメン屋で、ふたりは向かい合わせになって、ラーメンを食べる。 「な、アンジェ」 アリオスの言葉に、アンジェリークは顔を上げる。 「俺のところでバイトしねえか?」 アンジェリークは大きな瞳をさらに見開いて、彼を見つめた。 「どうだ? 俺のアシスタントしてくれねえか?」 アリオスはアンジェリークの手を取って、じっと見つめる。 「どうだ? 俺は毎日でもおまえに逢いてえし」 アンジェリークを頬を染めながら、コクリと頷いた。 彼女は鞄からスケッチブックを取り出して、書き始めた。 『週二回は手話学校のアルバイトがあるから、それ以外なら』 アリオスはもちろんとばかりに頷いて、微笑む。 「サンキュ。俺も頑張って手話を覚えるからな」 アンジェリークは益々嬉しくなって、笑った。 ラーメン屋から出ても、二人は名残惜しくて、車で夜景を見に、ドライブに繰り出した。 一番綺麗な場所に車を止めて、じっと夜景だけを見つめる。 「もっとこっちに寄れよ」 コクリと頷き、アンジェリークはアリオスの腕の中に治まった。 「おまえの声が、また聞きたい」 アンジェリークは潤んだ瞳を向けて、アリオスに手話で”有り難う”と答えた。 彼女は持っていたスケッチブックに、思いを綴る。 『私、失語症の権威の先生に通院しているの。明日先生のところに行くんだけれど、そこで今日のこと言ってみるね』 「一緒に行っていいか?」 アンジェリークはもうしわけなさそうな表情をすると、彼にも分かる簡単な手話で話しかける。 『仕事は?』 の問いに、アリオスは優しく微笑んだ。 「おまえと逢えるせいか順調に書ける」 本当のことであった。 アリオスの最近の執筆スピードはかなり早く、一週間に連ドラ2本、エッセイ、小説を50枚を簡単にこなしてしまえるほどだった。 これほど嬉しいことはなく、アンジェリークはアリオスにゆっくりと頷いた。 「明日、迎えに行くから」 頷いたアンジェリークの顎をアリオスは捉える。 「愛してる」 囁いた後、二度目の深いキスをした。 恥じらいながら受ける彼女に、アリオスはぎゅっともっと近くに抱き寄せる。 車は愛が溢れていた。 --------------------- 翌日、アリオスはアンジェリークが心配しないようにと、午前中に密度の濃い仕事をこなした後、彼女を迎えにいった。 今日のアンジェリークもとても美しいと、アリオスは思う。 「行くか。スモルニィ病院だったな」 頷くことで答える彼女に、アリオスも笑顔で答えた。スモルニィ病院に着くと、そのまま失語症の権威である精神科医クラウ゛ィスの元を訪れた。 『こんにちは、先生』 アンジェリークはごく当たり前に手話で挨拶をし、アリオスと共に診療室に入った。 「一緒の彼は・・・」 クラウ゛ィスはゆっくりと視線でアリオスを捉える。 「アリオスです。アンジェリークの友人です」 「その友人とやらがなぜ・・・」 静かにクラウ゛ィスは語る。 「昨日、アンジェリークは俺の名前を呼んでくれた。彼女が話せるように一緒に頑張っていきたい」 二人の様子を見れば、それが可能であるかが判る。 「奇跡か・・・」 感慨深げにクラウ゛ィスは呟いた。 「アンジェリーク、もし、今、可能であれば、彼の名を呼んでくれないか?」 アンジェリークは息をすうっと吸い込むと、ゆっくりと口を開く。 「アリ・・・、オス・・・」 奇跡の声が響き渡る。クラウ゛ィスはその声が何よりも澄んでいると感じた。 しばらく、クラウ゛ィスは黙っていた。 だが。 「進歩だ。リハビリをすれば、おまえはちゃんと話せるようになるかもしれん。ただし、恋人の協力が不可欠だが」 明るい空気が流れ始めた。 「俺は何でもするぜ、先生」 恋人という響きが、アンジェリークには少しくすぐったい感がある。 「二人で少しずつ協力をして、やればいい。プログラムは私が作っておく…」 二人は手を取り合って喜びあった。 このときのおまえの表情をおれは忘れることは出来ない・…。 何度も何度も思い出して、この瞬間へと帰ってゆく…。 おまえが・…。 いなくなってからも…。 |
TO BE CONTINUED…

コメント
『愛の劇場』第四弾は、話すことが出来ないアンジェリークと、言葉を紡ぐことを
生業としているアリオスです。
今回と次回は少し幸せな二人です。
試練はもう直ぐです…。
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