Don't Cryout Loud

〜あなたしか見えない〜

Chapter9


「おまえの声・・・、すげえ可愛い」
 アリオスは、アンジェリークの顔中にキスの雨を降らせながら、しっかりと両手で包み込む。
 声が出せたことが嬉しい。
 彼に喜んでもらったことが嬉しい。
 アンジェリークは、全身に熱く、切ない感情が流れるのを、痛切に感じていた。
 アリオスはぎゅっと彼女の体を抱きすくめる。息が出来ないほどの抱擁に、彼女は甘く喘いだ。
「もっとおまえの声を聞きたい・・・」
 アンジェリークは彼をしっかりと抱き締めることで、それに応える。
 アンジェリークは初めて、誰かのために声を出したいと思った。
 ふたりは、花畑に腰を下ろして、じっと花を見つめる。
 花だけは、自分たちの恋を祝福してくれているように思える。
「膝枕、かまわねえか?」
 唐突の申し出に、アンジェリークは頬を染めて頷く。
 アリオスを膝枕にして、アンジェリークは穏やかな微笑みを浮かべた。
 彼の柔らかな銀糸を指で絡ませながら、彼女は至福すら感じる。
「これからも、ふたりでいような?」
 欲しかった言葉。
 それを胸にしまって、アンジェリークは宝物にしたかった。
 夕日が沈むまで、アリオスとアンジェリークは、その場所にいた。
 どちらからともなく抱き合って、花々がゆうやけ色に染め上げられるまで、じっと見つめていた。
 だが花よりも、夕日に輝く彼女のほうが、よほど美しいと、アリオスは思う。
「綺麗だな・・・」
 頷いて、花に見入る彼女に、アリオスは苦笑した。
「花じゃねえよ、おまえが綺麗だって、言ったんだ」
 その甘い言葉に、アンジェリークは真っ赤になる。
「本当のことだぜ?」
 頬にキスを送れば、益々真っ赤になる彼女が、アリオスには可愛くてたまらなかった。
「今日からおまえだけの俺になりてえ。昔のことがあるから、おまえに辛い思いをさせるかもしれねえが、誓っておまえを守る…。
 ----俺とちゃんと付き合ってくれねえか? 恋人として…」
 アンジェリークは頷くことしか出来ない。
 風が二人を優しく包み込んでいた----

                   ------------------------

 夕日が沈み終わり、ふたりは車で帰路についた。
 行きよりもより親密になったふたりがいる。
 アリオスはアンジェリークの手を握り締めたまま、運転をしている。
「メシ食って帰ろうな?」
 アンジェリークは嬉しそうに頷く。
「何食いたい?」
 その問いに、アンジェリークはスケッチブックに、”ラーメンが食べたい。この間美味しかったから”と書く。
 あまりにもの望みの浅さに、アリオスは苦笑する。
「もっと良いもん食おうぜ」
 そう言っても、彼女はラーメンが良いと言う。
「そっか。じゃあ食いにいこう」
 アリオスに、アンジェリークは嬉しそうに笑った。

 ラーメン屋で、ふたりは向かい合わせになって、ラーメンを食べる。
「な、アンジェ」
 アリオスの言葉に、アンジェリークは顔を上げる。
「俺のところでバイトしねえか?」
 アンジェリークは大きな瞳をさらに見開いて、彼を見つめた。
「どうだ? 俺のアシスタントしてくれねえか?」
 アリオスはアンジェリークの手を取って、じっと見つめる。
「どうだ? 俺は毎日でもおまえに逢いてえし」
 アンジェリークを頬を染めながら、コクリと頷いた。
 彼女は鞄からスケッチブックを取り出して、書き始めた。
『週二回は手話学校のアルバイトがあるから、それ以外なら』
 アリオスはもちろんとばかりに頷いて、微笑む。
「サンキュ。俺も頑張って手話を覚えるからな」
 アンジェリークは益々嬉しくなって、笑った。

 ラーメン屋から出ても、二人は名残惜しくて、車で夜景を見に、ドライブに繰り出した。
 一番綺麗な場所に車を止めて、じっと夜景だけを見つめる。
「もっとこっちに寄れよ」
 コクリと頷き、アンジェリークはアリオスの腕の中に治まった。
「おまえの声が、また聞きたい」
 アンジェリークは潤んだ瞳を向けて、アリオスに手話で”有り難う”と答えた。
 彼女は持っていたスケッチブックに、思いを綴る。
『私、失語症の権威の先生に通院しているの。明日先生のところに行くんだけれど、そこで今日のこと言ってみるね』
「一緒に行っていいか?」
 アンジェリークはもうしわけなさそうな表情をすると、彼にも分かる簡単な手話で話しかける。
『仕事は?』
 の問いに、アリオスは優しく微笑んだ。
「おまえと逢えるせいか順調に書ける」
 本当のことであった。
 アリオスの最近の執筆スピードはかなり早く、一週間に連ドラ2本、エッセイ、小説を50枚を簡単にこなしてしまえるほどだった。
 これほど嬉しいことはなく、アンジェリークはアリオスにゆっくりと頷いた。
「明日、迎えに行くから」
 頷いたアンジェリークの顎をアリオスは捉える。
「愛してる」
 囁いた後、二度目の深いキスをした。
 恥じらいながら受ける彼女に、アリオスはぎゅっともっと近くに抱き寄せる。
 車は愛が溢れていた。

                        ---------------------

 翌日、アリオスはアンジェリークが心配しないようにと、午前中に密度の濃い仕事をこなした後、彼女を迎えにいった。
 今日のアンジェリークもとても美しいと、アリオスは思う。
「行くか。スモルニィ病院だったな」
 頷くことで答える彼女に、アリオスも笑顔で答えた。スモルニィ病院に着くと、そのまま失語症の権威である精神科医クラウ゛ィスの元を訪れた。
『こんにちは、先生』
 アンジェリークはごく当たり前に手話で挨拶をし、アリオスと共に診療室に入った。
「一緒の彼は・・・」
 クラウ゛ィスはゆっくりと視線でアリオスを捉える。
「アリオスです。アンジェリークの友人です」
「その友人とやらがなぜ・・・」
 静かにクラウ゛ィスは語る。
「昨日、アンジェリークは俺の名前を呼んでくれた。彼女が話せるように一緒に頑張っていきたい」
 二人の様子を見れば、それが可能であるかが判る。
「奇跡か・・・」
 感慨深げにクラウ゛ィスは呟いた。
「アンジェリーク、もし、今、可能であれば、彼の名を呼んでくれないか?」
 アンジェリークは息をすうっと吸い込むと、ゆっくりと口を開く。
「アリ・・・、オス・・・」
 奇跡の声が響き渡る。クラウ゛ィスはその声が何よりも澄んでいると感じた。
 しばらく、クラウ゛ィスは黙っていた。
 だが。
「進歩だ。リハビリをすれば、おまえはちゃんと話せるようになるかもしれん。ただし、恋人の協力が不可欠だが」
 明るい空気が流れ始めた。
「俺は何でもするぜ、先生」
 恋人という響きが、アンジェリークには少しくすぐったい感がある。
「二人で少しずつ協力をして、やればいい。プログラムは私が作っておく…」
 二人は手を取り合って喜びあった。

 このときのおまえの表情をおれは忘れることは出来ない・…。
 何度も何度も思い出して、この瞬間へと帰ってゆく…。
 おまえが・…。
 いなくなってからも…。

TO BE CONTINUED…

コメント

『愛の劇場』第四弾は、話すことが出来ないアンジェリークと、言葉を紡ぐことを
生業としているアリオスです。
今回と次回は少し幸せな二人です。
試練はもう直ぐです…。