週に二回、午後7時から一時間。 それはアリオスにとって、至福の時間となりつつあった。 アンジェリークと逢え、彼女の世界を垣間見ることが出来る時間。 それは彼にとっては何より萌えがたい時間であった。 3回目の授業が終わった時、アリオスは思い切ってアンジェリークにメールを送ることにした。 授業後声を掛けるのは、他の生徒との手前上、憚れるような気がしたからである。 ”アンジェへ。 アルファベットの手話を上手く習得したいのだが、練習に付き合ってもらえないだろうか" 久し振りのアリオスからのメール。 何だか嬉しくなって開ければ、その内容に、アンジェリークは優しい気持ちになり、笑みすら浮かべてしまう。 彼が真剣に手話に取り組んでくれているのは、そばにいれば判ったし、その上に予習に復習にきっちりこなしているのは、その上達振りを見れば判る。 あのことも私は拘りすぎていたのかもしれない…。 男の人にあれだけ素敵な人の優しくされたのも、楽しく時間を過ごすことが出来たのも初めてだったし…。 今度はちゃんと"手話を使うものと学ぶもの"の立場で…。 アンジェリークは、早速、アリオスにメールを送った。 ”先生へ。 あさって、アルバイトが7時で終わりますので、7時半に、初めてお会いしたカフェで” このメールを送った後、アンジェリークは満足そうに画面に向って微笑む。 このメールが速く先生の元に届きますように…!! ----------------------------- アリオスは、アンジェリークに指定された場所で、煙草を燻らせながら待っていた。 心がはやるあまり、少し早く着いてしまい、通りを眺めながら、書きかけの小説の続きをモバイルのパソコンで打ったりして時間を潰す。 ふと柔らかい風が吹いたような気がして、アリオスが顔を上げると、アンジェリークが穏やかな表情をしてやってきた。 『こんばんは----』 手話で挨拶をする彼女に、アリオスもそれで答える。 アンジェリークは、嬉しそうにそれに頷くと、いつも持ち歩いているスケッチブックを取り出して、かき始める。 『お待ちになりましたか?』 「いいや…。アンジェリーク、今日は、勉強だから、簡単な言葉は、"手話"で会話したいんだが、かまわねえか?」 そのアリオスの学ぶ真摯な姿勢に、アンジェリークは益々嬉しくなる。 失いかけていた彼との"縁”を、また手話が取り持ってくれたのが嬉しい。 頷いて、アンジェリークはアリオスの向かい側に座った。 「じゃあ、復習な」 アンジェリークは頷くと、アリオスにスケッチブックと手話を組み合わせながら、話をする。 『では、アルファベットをAからZまで。始めてください』 これは手話教師のディアがいつもやっているので、アリオスにも理解することが出来る。 彼は頷いて、一つずつアルファベットを指であらわしてゆく。 アンジェリークは一生懸命指先を操るアリオスを見つめ、彼の指の動きを確かめてゆく。 『Fは少し違う、こうよ』 『判った』 おかしかったら時々、アンジェリークがアリオスに指摘して、彼はそのとおりに真似る。 「こうか?」 『ええ。いいわ』 穏やかな笑顔で誉められると、アリオスは嬉しくなり、さらに一生懸命手話をする。 この俺がこんなに純粋な気持ちでやるなんてな・・・ 何度も、アリオスはアルファベットを練習し、サbb順目には、上手くこなれて来た。 『とてもいいです。この調子だと、直ぐにでも次のクラスに進めそう』 アンジェリークの手話を一生懸命読み取ろうとするが、まだ初心者レベルの彼にはかなり難しい。 「すまねえ、もう一回」 アンジェリークは頷くと、今度はゆっくりと同じ文字を指先で綴る。 「えっと…、とっても・…、いい…?」 アンジェリークはそれに頷いてやる。 「すまねえ…この後がわからねえや…」 アンジェリークは優しく笑うと、それをスケッチブックに書いてやった。 アリオスはそれを覗き込んで嬉しそうな表情をする反面、少し悔しげな感情も入り混じらせている。 それはまだ上手く手話で会話することが出来ずにいたからである。 『でもかなり良くなりましたよ? 今日はコレぐらいにしておきましょうか?』 スケッチブックの言葉にアリオスが時計を見ると、もう9時近かった。 「なあ、メシは食ったか?」 アンジェリークが首を振ったので、アリオスは正直ほっとした。 「この近くに美味いラーメン屋があるけれども、そこに行かねえか?」 ラーメン。 堅苦しい食事よりはずっと近づけるような気がして、アンジェリークはいちにも無く頷いた。 「屋台なんだが、美味いんだぜ?」 アンジェリークはそれがまた嬉しかった。 空を仰ぎ見れば、田舎ほどではないが輝ける星が見える。 『星に下でご飯が食べられるのが嬉しい』 アンジェリークは本当に心から喜んでいるような笑顔を彼にむけ、スケッチブックを見せる。 その表情が殿女優よりも魅力的にアリオスには映った。 「ラーメンと餃子にしような? ラーメンはチャーシュー麺でいいか?」 拍手することで、アンジェリークはそれに同意することを示した。 「おっさん! チャーシュー麺2つ。1個は大盛り。後は一口餃子を二人前」 「あいよ〜!!」 ラーメン屋の威勢の良い掛け声が嬉しくて、アンジェリークは笑った。 「な、、ラーメン来るまでで、手話のこと訊いていいか」 勿論とばかりに彼女は頷く。 「…愛してるって、どうやるんだ?」 一瞬、アンジェリークは目を丸くして、頬を赤らめた。 「あ、本に載って無かったから、気になっただけだ…。今度のドラマにそのシーンを入れたくてな」 その言葉に、アンジェリークは真っ赤になりながら頷く。 先生は純粋に訊いたばかりなのに、わたしったら…。 勘違いした自分が、逆に恥ずかしかった。 アンジェリークは益々頬を赤らめながら、俯いて、はにかみながらゆっくりとアリオスの質問に答えてやる。 『愛している』 心をこめてその仕草をする彼女は、とても可愛らしい。 アリオスはその動きを一生懸命真似てみる。 「こうか?」 『こうよ"愛してる"』 ラーメンが来るでの間、アリオスは何度も何度も"愛している”を練習していた---- 「はいおまち!」 「きたぜ、ほら食おうぜ〜!」 二人は、おなかがすいていたせいか、すぐさまラーメンをすする。 「美味いか?」 アンジェリークは笑って頷き、"凄く"という部分は手話で行う。 「だろ? 俺が売れねえころ、ここのラーメンを週一回食うのが楽しみだった。俺にとっては最高の贅沢だった」 しみじみいうアリオスに、アンジェリークは、甘い思いをさらに深まらせていく。 思い出の大事な場所に連れてきてくれて、先生有難う… ラーメンも食べ終わり、少し遅くなったこともあり、アリオスは近くの駐車場に停めていた車で、アンジェリークをマンションまで送り届けた。 「今日は本当に有難う。おかげで勉強になった」 『こちらこそ有難うございました』 アンジェリークは手話でそう答えると、頭を深深と下げた。 『また、学校で』 そうスケッチブックに書いて、アンジェリークは再び頭を軽く下げて、マンションの中にはいろうとしたときだった。 「アンジェリーク!」 アリオスの声が響き、彼女は振り返る。 アリオスは真摯な眼差しを彼女に向けると、ゆっくりと指を動かし始めた。 『A・N・G・E・L・I・Q・U・E 愛している-----』 時間が止まった----- |
TO BE CONTINUED…

コメント
『愛の劇場』第四弾は、話すことが出来ないアンジェリークと、言葉を紡ぐことを
生業としているアリオスです。
アンジェリークのためなら心を入れ替えることが出来そうなアリオスさんです。
今回のラストシーンは、凄く書きたいものだったので、
嬉しいです。
アリオスさん、すごくがんばってますね〜
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