「アンジェ・・・」 傷ついた小動物のようなアンジェリークの表情が飛び込んできて、アリオスは慌てて駆け寄る。 横にいるのはこの間まで、アリオスが火遊びで付き合っていた女優だった。 「ナイトが来たわよ? その身体でも使って誘惑でもした? アリオス好みの身体にはみえないけど!?」 次々に悪辣な言葉を吐いてくる彼女に、アンジェリークは何とか堪えて俯く。 馴れてるから・・・。 本当は声を上げて泣き叫びたい。 だがそれも今は叶わなくて。 耐えることしか出来ない自分が、腹立たしくて堪らない。 「おまえ! アンジェに何て言いやがった!?」 アリオスは、異色の瞳に明らかに怒りを滲ませて、自らの手で育てた女優を見つめる。 「アリオス、この子か悪いのよ!!」 かっとなった彼女の論旨はいきり立ち、アリオスをきっと見つめてる。 「おまえ、何言ってやがる! サイテーだな!」 アリオスはキッと瞳で彼女を威嚇する。そのまなざしは厳しく、彼女の心を貫く。 そのまま女優はアンジェリークと睨み付けると、アリオスを見据えた。 「大嫌い!」 ぱたぱたと涙を流して去っていく彼女に、アンジェリークは心を痛めた。 彼女は自分でも辛いのにも関わらず、スケッチブックを取り出して、アリオスに思いを伝える。 「今のはひどいわ。ちゃんと追いかけていって慰めてあげて?」 「だったらおまえは傷つかなかったのかよ!? 傷ついたのはおまえのほうのはずだ!」 アリオスさ明らかに怒りを持っている。 女優への怒りと自分自身への怒りを。 「私は馴れてるから大丈夫!」 ニコリと切なげに笑う彼女に、アリオスはさらに苛立つ。 だが、彼女のためにも、ここは話に行かなければならない。 「すまねえ!」 走って追いかけていくアリオスの姿を見つめながら、アンジェリークは僅かに肩を震わせた。 これでよかったもの・・・。 彼女は静かにその場から立ちあがると、そのままスタジオを後にした。 アリオスは感情的になった彼女を宥めることにあまり執着はなかった。 アンジェリークの為に買ったジュースを手渡す。 「これで頭を冷やせ」 「先生・・・」 それだけを言うと、彼はアンジェリークの元に急いだ。 だが、そこにはもう彼女の姿はなかった。 アンジェリーク・・・。 天使の優しさとはかなさを感じた瞬間だった。 ------------------------ 翌日、スタジオにアリオスが尋ねていったが、アンジェリークは姿を現さなかった。 昨日の今日だからな・・・。 アリオスはレイチェルを探し見つけ出すと、すぐに近付いて行く。 「レイチェル!」 声を掛けたが、レイチェルは困惑したように見つめる。 「先生・・・」 「アンジェは!?」 苦しそうにレイチェルは溜め息を吐くと、切なげに彼を見つめた。 「もう来ないと・・・、本人は言っています」 アリオスは眉根を寄せる。 「何と言っていた?」 レイチェルは息を詰まらせるようにすると、少し考え込むように言う。 「あの子、絶対何も言わないから・・・。自分で溜め込んじゃうから。ただ”迷惑”を掛けたくないからって・・・」 「逢いたいんだが・・・、連絡してもらえねえだろうか?」 アリオスの苦しげなまなざしに、レイチェルは今までにないものを彼から感じとる。 「保証できませんが、一応訊いてみます」 「頼んだ」 珍しくアリオスは軽く頭を下げ、そのまままっすぐ出ていく。 その背中に、レイチェルは”本気の恋”と感じずにはいられなかった。 アリオス先生、本気でアンジェに恋をしてしまったんだ・・・。 あのコも・・・。 レイチェルはふたりのことを考えると、甘く切なくなるのを感じていた・・・。 アパートに帰ると、先に帰っていたアンジェリークが食事を作って待っていてくれた。 いつものように、二人で慎ましやかな食事を取る。 アンジェリークは、レイチェルの為に、ちゃんとカロリー計算をした上で、食事を作っているにも関わらず、いつも満足感のあるものを作っていた。 食事の後、ふたりはいつものようにお喋りに興じる。 『レイチェル、言いたいことがあって・・・』 アンジェリークは一生懸命手話でお伺いを立てる。 「何?」 アンジェリークの様子から、アリオスのことだろうとレイチェルは踏んだ。 『バイト見つけてきた』 「バイト?」 『手話学校の助手。女の先生の助手なの』 少し嬉しそうにアンジェリークは笑う。 「よかったね!」 『時給は安いけどいい感じ』 レイチェルはほっとしたように笑った。 昨日のアンジェリークの落ち込みように比べると、明らかに明るい。 レイチェルは、嬉しいと同時に友人としてアンジェリークを誇らしく思えた。 「ね、アンジェ・・・」 レイチェルの呼び掛けに、アンジェリークは大きな瞳を向け、小首を傾げる。そのしぐさがまた可愛らしい。 「アリオス先生がね、アナタに逢いたいって・・・」 その名を聞いた途端、アンジェリークから笑みが消えた。 切なげで憂いを帯びたそれに変わる。 『・・・少し、時間を下さいって言っておいて?』 アンジェリークは手話でそう答えると、自分の部屋に籠ってしまう。 パソコンにはもう何通もアリオスからのメールが届いていたが、彼女から返事をすることはなかった。 アリオス先生・・・。私の障害のせいであなたを無駄に傷つけたくないから・・・。 アンジェリークの大きな瞳から、珠玉の涙が流れた。 「先生? レイチェルです・・・」 「どうだった!?」 アリオスはいきなり本件を聴こうと必死になっている。 こんな必死の彼の姿を想像すると、レイチェルは言いにくかった。 「-----少し時間を下さいと…」 その瞬間、アリオスは少し傷ついたように黙り込む---- 「…判った・・・」 アリオスはそれだけを言うと電話を切った。 その瞬間、アリオスは近く似合ったごみ箱を蹴っ飛ばす。 「くそっ!!!」 思い切り悔しげに言うと、彼は苛立たしげに、夜のの街へと繰り出す。 そうしなければ、今、この思いをどうにもすることが出来なかった。 心の奥底で彼は感じる…。 俺はどうしようもなく、アンジェリークに恋をしてしまっている…。 --------------------- そのよ、アリオスは後腐れのない馴染みの女と寝た。 だが、それで苛立ちが収まるどころか、どんどんフラストレーションはたまっていくばかりである。 頭に浮かぶのは、少女の顔ばかり。 栗色の髪の小さな少女---- 少女に比べて自分がいかに穢れているかを知らされるようで嫌で堪らない。 そのせいで、結局朝まで眠ることが出来なかった。 「ねえ、どこか豪華なランチに連れて行ってよ?」 「ああ、かまわねえぜ?」 昼過ぎまで寝ていた女とアリオスは、ランチに出かけることになった。 二人はまるで恋人同士のように手を組合い、アリオスはいかにも朝帰りの雰囲気を漂わせている アリオスは来るまで、行きつけのスパニッシュ料理の店に連れて行くことにし、その駐車場に車を入れ、外に出る。 女は顔でアリオスの腕を組み、彼はいかにも朝帰りの雰囲気を漂わせている。 ふと料理店の前で、今まで気がつかなかった文字が目に入ってきた。 思わず立ち止まってしまう。 "初心者から教えます! 手話学校アルカディア” その文字を見ると、また神経はあの少女に行ってしまう。 クソっ! その文字を振り切るように、彼が店に向おうとしたときだった。 その入り口から、栗色の髪の少女が出てきた---- アンジェ…!!! アリオスの心の叫びを聞いたように、アンジェリークは不意に振り返った。 アリオス…!!! アンジェリークは、アリオスを呆然と見つめることしか出来なかった---- |
TO BE CONTINUED…

コメント
『愛の劇場』第四弾は、話すことが出来ないアンジェリークと、言葉を紡ぐことを
生業としているアリオスです。
どろどろどろ〜
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