イタリアンレストランでの食事は、穏やかなものになった。 アンジェリークは一生懸命、スケッチブックに言葉を書いてアリオスと話し、レイチェルは、それを見守っていた。 穏やかで、誰にも邪魔することは出来ない雰囲気を、レイチェルは感じた。 食事後、レストランから出て、駐車場へと向かう。 「アリオス先生、今日は楽しかったです。ごちそうさまです」 レイチェルが深々と頭を下げ、アンジェリークも後に続く。頭を上げた後、アンジェリークは、急に寂しそうな表情になった。 「アンジェ?」 声を掛けられて、アンジェリークはレイチェルに手話で話す。 『ちゃんと”有り難う”の気持ちが伝えられないのが辛いな』 「アンジェ・・・」 アリオスは二人の会話の意味が分からず、意味を問うような視線を問い掛けた。 「あ、先生、この子、ちゃんと”有り難う”の気持ちが伝えられないのが、辛いって・・・」 真っ赤になって俯いた彼女に、アリオスは優しい微笑みを浮かべた。 「気持ちは十分に届いてるぜ」 車で、アリオスが二人を家まで送って行き、降りる間際で、彼はアンジェリークに名刺を差し出した。 「何かあったらファックスかメールをしてくれ。いや、何もなくてもかまわねえから」 アンジェリークはそれを受け取ると、微笑みで”有り難う”と言った。 「明日も撮影所に来るか?」 アンジェリークは頷き、アリオスは嬉しそうに頷き返す。 見つめ合う二人を見ていると、そこには育ち始めた”愛”があると、感じずにはいられなかった。 二人を送り届けた後、アリオスは自宅マンションに戻る。 アンジェリークは、俺の心の奥底にある透明な部分に語りかけてくる。 忘れていた純粋な部分に、彼女は入り込んでくる。 彼女と逢った後、子供の頃にあった、祭りの後の一抹の寂しさと同じものを感じ、自分の純粋さがまだ残っていたことに、驚いてしまう。 そして、彼女から離れればその部分を見失っていく自分を感じてしまう・・・。 車を止め、マンションの最上階まで上がると、そこには、女優のルイーズが待っていた。 「先生!」 「ルイーズ・・・」 レイチェルと同じドラマに出ている、ある意味では、アリオスが「可愛がっている」女優だった。 「先生、どうして、レイチェルなんかと!」 凄い勢いで怒る彼女に、アリオスは眉根を寄せる。 「俺たちは別れただろう」 「別れたかもしれないけど! 嫌なの! あなたが他の女優を可愛がるのは!」 しなだれかかってくる彼女に、吐き気を覚える。 「別にレイチェルの役は今まで通りの位置付けだ。おまえよりも大きな役にはしねえ。そんなことを考えるな。判ったら、帰れ」 アリオスは、冷酷な声で感情なく言う。だがその響きは冷たく、ルイーズを威圧していた。 「先生!!」 「いいから帰れ!」 きっぱりと言い切られて、ルイーズは涙目で睨み付けると、そのまま走って立ち去る。 すっかり、気分が悪くなったアリオスはそのまま、部屋の中に入った。 ベッドルームのセミダブルベッドが目に入り、胸のムカつきを感じる。 このベッドで、一体何人の女を抱いたんだろうか・・・。 脳裏に浮かぶのは、汚れなどとは縁のない栗色の髪の少女。 俺はこんなに汚れちまっていたんだな・・・。 寝る気が起きなくて、パソコンの前に座った。 メールを確認にすると、ダイレクトメールやニュースメールに混じって、”有り難うございました”という件名のメールが届いていた。 慌ててアリオスはメールを開ける。 ”今日は一日有り難うございました。とても楽しかったです。お疲れにならなかったら、いいですが・・・。今日は本当に勉強になりました。アンジェ” 短いメールなのに、アリオスは心が洗われる気分になる。 早速、アリオスはパソコンに向かい、返事を打ち始めた。 ”アンジェリーク、おまえさんこそ疲れたんじゃねえか? 俺はとても楽しかった。こんなに笑ったのは久し振りだ。明日もまた話そう。また、一緒にメシでも食いに行こう。アリオス” そう打って、アリオスは送信した。 その後も、彼はしばらく彼女から来たメールをじっと見つめていた。 ------------------------- 翌日、アリオスは実に気分がよく、脚本の原稿がスムーズに進み、2回分が出来てしまった。 それを携えてドラマのプロデューサーの元に行き、出来も素晴らしくよかったせいか、喜ばれた。 その足で、撮影所に行くと、アンジェリークがちょこんと端にいた。 彼はすぐにわき目も触れず、彼女な元に歩いていく。 「アンジェリーク!!」 そこまで言って、彼は手話で”こんにちは”とした。 アンジェリークは途端に嬉しそうな表情をし、彼女も手話で”こんにちは”とする。 『昨日は有り難うございました!』 いつものようにさらさらと字を書きながら、アンジェリークは穏やかに笑った。 「こちらこそ、楽しかった、また、行こうな?」 『いいんですか?』 気を遣ったような眼差しを彼に向け、小首を傾げた。 「おまえさんといると本当に楽しいからな」 アンジェリークは、笑うのと同時に、頬を紅に染めて、照れくさそうにする。 その様子を悪意を持って見ている人影がある。 先生の目当てはあの子!! 背中には情念の炎が陰った。 「な、喉乾かねえか? ジュースでも買ってくるが何が良い? 遠慮するなよ。煙草を買うついでだ」 「じゃあ、オレンジジュース」 「行ってくる」 アリオスは穏やかに笑うと、販売機へと向かう。煙草を買いに行くついでだとか言いながらも、彼の優しさを感じた。 「あなた?」 ポンと肩を叩かれて、びっくりとした。 アンジェリークが振り返ると、そこには、彼女も良く知っている、女優のルイ−ズがいた。 『あの、何か御用ですか?』 そう書いた途端、アンジェリークはルイ−ズに睨まれる。 「あなたねえ! 不幸を売りにして、男を誘惑してるんじゃないわよ! これ見よがしに手話やスケッチブックなんか使って、何様だと思っているのよ!!」 そんなこと、そんなこと思ってない…! |
TO BE CONTINUED…

コメント
『愛の劇場』第四弾は、話すことが出来ないアンジェリークと、言葉を紡ぐことを
生業としているアリオスです。
身から出たさびですね、アリオスさん…。
折角、アンジェちゃんと上手く行きそうだったのに…。
これからどろどろしてきます…。
![]()
![]()
![]()