Don't Cryout Loud

〜あなたしか見えない〜

Chapter3 純粋な恋


 アンジェリークの表情が、随分和らいで、明るいものになる。
 彼女は純粋に嬉しそうな表情をして手話で答えた。
『手話の勉強されているんですか?』
 当然、付け焼き刃のアリオスにはその意味など判るはずはなくて。
「すまねえ、俺、始めたばかりだから、挨拶ぐらいしか出来ねえんだ」
 その言葉に、アンジェリークはくすりと笑って頷いた。
 その笑顔に、アリオスはしばし見惚れる。
 ごそごそとバッグから昨日と同じスケッチブックを取り出すと、そこにさらさらと文字を書き始めた。『手話は始められたばかりですか?』
 それを見て、アリオスは嬉しくなって、珍しくも笑う。
「ああ、本を読んでな。あ、あの席が空いてるから座らねえか?」
 アンジェリークも頷いて、アリオスの後に着いていった。
 二人は仲良く隣同士に座り、色々と”話し”始めた。
『このドラマもアリオス先生の原作脚本ですよね? 凄く面白いです』
 アンジェリークは、さらさらとスケッチブックに言葉を綴りながら、アリオスに見せた。
「サンキュ! そう言ってもらえると、書いているかいがある」
『田舎にいる時から、何時もみてました、先生のドラマ』
 アンジェリークが本当に嬉しそうに書いてくれるものだから、アリオスもまた温かな気分になる。

 この少女といると、心が澄んでくるような気がする・・・。

「田舎?」
『レイチェルも私も、アルカディア高原出身です。彼女はスカウトされて二年前こっちに来たんです。私は勉強の為、この春こっちに出てきました。今は、レイチェルと一緒に暮らしています』
 あの手話の挨拶のせいで、随分と打ち解けてくれたのか、アンジェリークには昨日の強張った表情はなく、むしろよく話してくれた。
「勉強は順調か?」
 アリオスはアンジェリークを覗き込むように見つめる。その澄んだ瞳に、自分の姿を写していたかった。
 彼女はすっかりはにかんでしまうと、俯きながら、字を操る。
『難しいです。勉強のために、レイチェルに頼んで、撮影所を見せてもらってますけど・・・』
 真摯な彼女の横顔を見つめながら、アリオスは惹かれている自分を感じた。
『私、先生のドラマを見て、この仕事をしたいなって思いました』
 少し緊張をしているのが判るように、固い字で書かれているのが、好ましい。
「だったら、脚本とか何かあったら、見てやろうか? なんだったら、俺の仕事場に来て、見学するのはどうだ?」
 アンジェリークは本当に心から嬉しそうに笑った後、遠慮がちに彼を見る。
『いいんですか? 私なんかお邪魔してしまって』
 その謙虚さすらも、アリオスには新鮮でたまらない。
「かまわねえよ。待ってるから」
 アリオスが自ら誘って自分の仕事場に人を入れるのは、初めてのことであった。
 穏やかな空気が二人の中に流れてくる。誰もがこの空気を甘く感じずにはいられない。
 遠くから見ていても、二人は似合いのカップルにしか見えない。
「ねえ、あの子、アリオスの恋人? いい雰囲気が出てるね」
 たまたま、ドラマのポスター作りの打ち合わせにきていた、芸術家のセイランが、スタッフに耳うちをした。
「いえ、彼女はレイチェルの幼馴染みで、脚本の勉強にきていただけです」
「ふーん、にしては、いいかんじだね。アリオスがあんな表情をするのは珍しい」
 セイランは創作意欲が沸いたらしく、簡単なスケッチを始めていた。
 二人の様子を見ていた人影がもうひとつあった。

 アリオス・・・!!!

 その影からは、嫉妬と言う名の情念が、溢れていた。

「アンジェ!!」
 撮影が終わったレイチェルが、いち早く駆け寄ってきてくれる。
 彼女は、隣にちゃっかりいるアリオスに、少し困惑ぎみの眼差しを送った。
 レイチェルはわざと手話で会話をする。
『何もされなかった?』
『うん、先生は紳士だった』
『紳士の仮面を被った狼!』
 レイチェルの手話に、アンジェリークは楽しそうに笑う。
 だが、表情だけで、声はなかった。
 その魅力的な微笑みに、アリオスは食い入るように見つめる一方、その声が無性に聴きたくなった。

 アンジェリークの声は、きっと澄んでいて綺麗だろう・・・。心と一緒で・・・。

「アンジェ、アリオス先生が夕ごはんを一緒にどうかって言ってるけど、どうする?」
 その途端アンジェリークは頬をくれないに染めて、本当に嬉しそうな表情を純粋にする。
『いいのかな? 私なんかが行って…。先生はレイチェルに用事があるんじゃないの?』
 余りにもの的外れで、自分を判っていないアンジェリークに、レイチェルは苦笑した。
「勿論アナタとお話がしたいからよ! アンジェ! ねえそうでしょう、先生!」
 レイチェルは、アリオスにウィンクをして明るく話し掛ける。
「俺はあんたと話したかったんだ。アンジェリーク」
 アリオスの言葉にアンジェリークはほっとしたように笑うと、静かに頷いて見せた。
「撮影が終ったら、直ぐに行こうな?」
 甘い眼差しを向けられて、アンジェリークははにかむ以外のことが、出来やしなかった----
 嬉しさに輝くアンジェリークの瞳。
 だが、それを疎ましく思うものの影が、まさに手が届く所で近づいていた----

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 レイチェルのパートの撮影が終るまで、アンジェリークとアリオスはずっと語り合っていた。
 レイチェル以外で、アンジェリークがこんなに話すのは、都会に来てからは全くといってなかった。
 それが今、夢中になって会話を進めている。
「手話をあんたから習いてえんだが・・・、ダメか?」
 意外な申し出に、アンジェリークは目を丸くした。
『先生が望むなら喜んで!』
 素早くかかれたもじに、アリオスは本当に満足そうに笑う。
「サンキュ! その代わりに俺も、あんたの脚本の勉強に協力するから」
 アンジェリークは微笑んで、何度も何度も彼に頭を下げた。
「これじゃあ逆だ、アンジェリーク…。
 交渉成立だ」
 そういって、アリオスは、当然のようにアンジェリークの白く柔らかな手を手に取る。
「…!!!」
 その瞬間、アンジェリークは耳まで真っ赤にして、その手を引っ込めようとする。

 恥ずかしい…!!!

 勿論アリオスは、その初々しい反応に楽しんでしまう。

 男の手を握ったことのない手か…

 運命は、確実に二人を恋に巻き込んでいった。


 レイチェルの撮影も終って、アリオスの車で、三人は"イタリアンレストラン”に行くことにした。
 アンジェリークが歩いていると、急に何かが出てきて、彼女はそれに躓く。
「・…!!!」
 倒れそうになったアンジェリークを、アリオスは素早く支えた。
「大丈夫か!?」
 突然、精悍な彼の腕の中にすっぽりと身体を閉じ込められて、アンジェリークはドキリとする。
 彼女は心臓の鼓動を早くしながら、何とか頷いた。
 その様子を後ろから見ていたレイチェルは、表情を強張らせる。

 誰かの足だった…!!
 誰がアンジェを落としいれようとしているの!?

 レイチェルは、恋を知り始めたときめきをアンジェリークの中に見出す。

 アンジェ、私はアナタが傷ついて欲しくない…。
 アリオス先生の相手の恋だと、あなたは確実に傷ついてしまうような気がして…。
 アナタは誰よりも純粋な心を持っているから…。


 ねえ、アリオス…。
 私はこの瞬間から、あなたに恋をしたの…。
 あなたに出会った瞬間から、私の人生は輝き始めたのよ-----  

TO BE CONTINUED…

コメント

『愛の劇場』第四弾は、話すことが出来ないアンジェリークと、言葉を紡ぐことを
生業としているアリオスです。
まだ明るい部分ですが、次回からは…です。
ちなみにこの創作のタイトルは、リタ・クーリッジの昔の曲からです。