Don't Cryout Loud

〜あなたしか見えない〜

Chapter15


「アンジェと話したい」
「そのつもりで呼びにきたから。今、病室にいるから、あの子」
 レイチェルは頷いたが、その表情は固く、強張っている。
「行きましょう」
 レイチェルは診察室を出、アリオスもそれに続く。
 二人は無言だった。
 ただぴりぴりとした空気だけがあたりを包みこんでいる。
「アンジェが先生と二人で話したいって。筆談だから」
「ああ」
 レイチェルは、産婦人科の病棟に入ると、一番奥の部屋をノックした。
「アンジェ、入るね?」
 ドアを開けて、レイチェルは部屋の中へとアリオスを招き入れる。
「ワタシ、部屋の前で待ってるから、二人で話して」
「判った」
 アリオスだけが部屋に入って行き、アンジェリークが座るベッドに向かう。
 落ち着いているのか、彼女は穏やかな表情をしていた。
「アンジェ」
 名前を呼べば、アンジェリークは、ジェスチャーでアリオスに椅子を勧め、彼もそこに座る。
「具合はどうだ?」
 アンジェリークはニコリと穏やかに微笑んで、頷き大丈夫だと伝えた。
「産むのか?」
 当然とばかりにアンジェリークは頷く。
 その表情は、既に母親になるそれであった。
「俺は・・・、おまえの身体が心配だ・・・。子供を産むのは命懸けだぞ!? おまえの身体を考えれば、また次に産んだほうがいい・・・。この子にはもうしわけないが・・・」
 その瞬間、アンジェリークは首を振った。
 激しく、何度も。
『やっぱり、あなたにとって私は遊びの女だったんだ』
 スケッチブックにアンジェリークは、字を書きなぐる。
 そんなことは出会って初めてのことだった。
「違う! 俺はおまえの身体のことを考えただけだ!!  もう、出産で誰も失いたくねえんだよ!」
 アリオスはアンジェリークを抱き締めて宥めようとしたが、アンジェリークがそれを拒む。
「アンジェ・・・」
 アリオスは呆然とアンジェリークを見つめた。
 彼女の大きな瞳は涙で濡れ、アリオスを責めるかのように輝いている。
 興奮している彼女には、今は何を言っても駄目であることを、アリオスが肌で感じた瞬間であった

 俺はその瞬間、アンジェリークと繋いでいた糸がプツリと切れるのが見えたような気がした。
 自分で、彼女の心を知ろうとしないで、断ち切っていたのだ。

「先生。もう、いいでしょう」
 レイチェルが病室に入ってきて、アリオスをにらみ付けた。
「まだ、話は終わっちゃいねえ・・・」
 冷たい声でアリオスは言うと、何とかアンジェリークと話をしようとする。
「アンジェ!」
「先生、約束を忘れた? アンジェを傷つけたら連れ戻すって! だからもうアンジェを返してもらうから・・・」
 きっぱりとレイチェルは言い放つと、アリオスに刃を向けた。
「アンジェ、もう、うちに帰ろうね」
 小さな手を握り締めながら、レイチェルは優しく言う。
 アンジェリークは、ゆっくりと頷いた後、アリオスを見た。
 ”ありがとう、さようなら”
 手話でゆっくりと、アンジェリークは語る。
「まだ話がある、アンジェ!」
 ぽんと肩を叩かれ振り返ると、そこにはクラウ゛ィスが立っていた。
「今はいっぱいいっぱいだ・・・。何を聞いても入らんだろう…。今日のところはそっとしておいてくれ」
 精神科医であるクラヴィスがそう言った以上は、アリオスは何も言えなかった。
「アンジェ、俺は諦めねえから、おまえを・・・」
 アリオスは、アンジェリークを視線で捕らえると、思いを伝えて、ドアに向かう。
「まだちゃんと話せていねえから、また、話しにくる」
 彼は、それだけを伝えると、病室から出ていった。
 その瞬間、アリオスは溜め息を漏らす。

 アンジェ・・・。おまえを失いたくない・・・。
 エリスのように出産で、子供と共に死ぬようなことがあっては、俺は生きて行けない・・・。
 生涯で、おまえを一番愛している…

 アリオスの切ない思いは、透明な空気のなか溶けていく。

 だが、おまえをこのまま失うことは、耐えられねえから・・・。

 アリオスは決意を秘めて、病院を出た----


「アンジェ、少し休んだら、うちに行こうか・・・。アナタの荷物の三分の一はまだあるから」
 アンジェリークは頷くと、少し横になる。
 小さな彼女を痛々しく感じながら、レイチェルは優しく見守る。
『田舎に帰ろうかな・・・。その方がおなかの子供に良さそうだし・・・』
 手話でアンジェリークはレイチェルに問い掛けた。
 瞳には大粒の涙を滲ませて。
「施設の先生に訊こうか?」
『うん。しばらく、泊めてもらいながら、アパートを探すわ』
 力なく手話で訴えると、アンジェリークは目を閉じた。
「後で連絡を取ろうね? 今は、何も考えないで休んで・・・?」
 安心したのか、アンジェリークは、目を静かに閉じる。
 束の間の眠りに漂いながら、彼女は胸が張り裂けそうに痛むのを感じる。
 ただ一度愛した男性とは結局、結ばれる運命ではなかった。
 ただそれがつらい。

 やっぱり”壁”はあったんだ・・・。
 アリオスと私には・・・。

 アンジェリークはかみ締めるように思いを抱き締めた,

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 その日、アンジェリークは、レイチェルの家に泊まった。
「アンジェ、良かったね。遭うには、故郷に帰れるからね…?」
『有り難う』
 この日、レイチェルは良く動いてくれた。
 施設に連絡を取り、アンジェリークの身体のこととこれまでの経緯を詳しく話し、院長であるロザリアは、あえて何も訊かずにアンジェリークに帰ってくるように言ってくれた。
 切符も手配が出来、アンジェリークはもういつでも立てる状態だ。
「あんな男忘れちゃいなさい?」
 レイチェルの言葉に、アンジェリークは曖昧に笑っただけだった。


 その夜アンジェリークは、夜中に何度かうなされた。
 レイチェルは何度か、手を握り、彼女を慰めてやる。
「アリ・・・、アリ・・・」
 僅かに囁かれた声に、レイチェルははっとする。

 やっぱり、アンジェ…。
 アリオス先生のこと忘れられないんじゃない…
 きっとアナタを救うことができるのは、先生だけなのね…。

 レイチェルは、無力な自分が悔しくて、唇を噛み締めた。

TO BE CONTINUED…

コメント

『愛の劇場』第四弾は、話すことが出来ないアンジェリークと、言葉を紡ぐことを
生業としているアリオスです。
ゴールは間近!!
がんばります!