「アンジェと話したい」 「そのつもりで呼びにきたから。今、病室にいるから、あの子」 レイチェルは頷いたが、その表情は固く、強張っている。 「行きましょう」 レイチェルは診察室を出、アリオスもそれに続く。 二人は無言だった。 ただぴりぴりとした空気だけがあたりを包みこんでいる。 「アンジェが先生と二人で話したいって。筆談だから」 「ああ」 レイチェルは、産婦人科の病棟に入ると、一番奥の部屋をノックした。 「アンジェ、入るね?」 ドアを開けて、レイチェルは部屋の中へとアリオスを招き入れる。 「ワタシ、部屋の前で待ってるから、二人で話して」 「判った」 アリオスだけが部屋に入って行き、アンジェリークが座るベッドに向かう。 落ち着いているのか、彼女は穏やかな表情をしていた。 「アンジェ」 名前を呼べば、アンジェリークは、ジェスチャーでアリオスに椅子を勧め、彼もそこに座る。 「具合はどうだ?」 アンジェリークはニコリと穏やかに微笑んで、頷き大丈夫だと伝えた。 「産むのか?」 当然とばかりにアンジェリークは頷く。 その表情は、既に母親になるそれであった。 「俺は・・・、おまえの身体が心配だ・・・。子供を産むのは命懸けだぞ!? おまえの身体を考えれば、また次に産んだほうがいい・・・。この子にはもうしわけないが・・・」 その瞬間、アンジェリークは首を振った。 激しく、何度も。 『やっぱり、あなたにとって私は遊びの女だったんだ』 スケッチブックにアンジェリークは、字を書きなぐる。 そんなことは出会って初めてのことだった。 「違う! 俺はおまえの身体のことを考えただけだ!! もう、出産で誰も失いたくねえんだよ!」 アリオスはアンジェリークを抱き締めて宥めようとしたが、アンジェリークがそれを拒む。 「アンジェ・・・」 アリオスは呆然とアンジェリークを見つめた。 彼女の大きな瞳は涙で濡れ、アリオスを責めるかのように輝いている。 興奮している彼女には、今は何を言っても駄目であることを、アリオスが肌で感じた瞬間であった 俺はその瞬間、アンジェリークと繋いでいた糸がプツリと切れるのが見えたような気がした。 自分で、彼女の心を知ろうとしないで、断ち切っていたのだ。 「先生。もう、いいでしょう」 レイチェルが病室に入ってきて、アリオスをにらみ付けた。 「まだ、話は終わっちゃいねえ・・・」 冷たい声でアリオスは言うと、何とかアンジェリークと話をしようとする。 「アンジェ!」 「先生、約束を忘れた? アンジェを傷つけたら連れ戻すって! だからもうアンジェを返してもらうから・・・」 きっぱりとレイチェルは言い放つと、アリオスに刃を向けた。 「アンジェ、もう、うちに帰ろうね」 小さな手を握り締めながら、レイチェルは優しく言う。 アンジェリークは、ゆっくりと頷いた後、アリオスを見た。 ”ありがとう、さようなら” 手話でゆっくりと、アンジェリークは語る。 「まだ話がある、アンジェ!」 ぽんと肩を叩かれ振り返ると、そこにはクラウ゛ィスが立っていた。 「今はいっぱいいっぱいだ・・・。何を聞いても入らんだろう…。今日のところはそっとしておいてくれ」 精神科医であるクラヴィスがそう言った以上は、アリオスは何も言えなかった。 「アンジェ、俺は諦めねえから、おまえを・・・」 アリオスは、アンジェリークを視線で捕らえると、思いを伝えて、ドアに向かう。 「まだちゃんと話せていねえから、また、話しにくる」 彼は、それだけを伝えると、病室から出ていった。 その瞬間、アリオスは溜め息を漏らす。 アンジェ・・・。おまえを失いたくない・・・。 エリスのように出産で、子供と共に死ぬようなことがあっては、俺は生きて行けない・・・。 生涯で、おまえを一番愛している… アリオスの切ない思いは、透明な空気のなか溶けていく。 だが、おまえをこのまま失うことは、耐えられねえから・・・。 アリオスは決意を秘めて、病院を出た---- 「アンジェ、少し休んだら、うちに行こうか・・・。アナタの荷物の三分の一はまだあるから」 アンジェリークは頷くと、少し横になる。 小さな彼女を痛々しく感じながら、レイチェルは優しく見守る。 『田舎に帰ろうかな・・・。その方がおなかの子供に良さそうだし・・・』 手話でアンジェリークはレイチェルに問い掛けた。 瞳には大粒の涙を滲ませて。 「施設の先生に訊こうか?」 『うん。しばらく、泊めてもらいながら、アパートを探すわ』 力なく手話で訴えると、アンジェリークは目を閉じた。 「後で連絡を取ろうね? 今は、何も考えないで休んで・・・?」 安心したのか、アンジェリークは、目を静かに閉じる。 束の間の眠りに漂いながら、彼女は胸が張り裂けそうに痛むのを感じる。 ただ一度愛した男性とは結局、結ばれる運命ではなかった。 ただそれがつらい。 やっぱり”壁”はあったんだ・・・。 アリオスと私には・・・。 アンジェリークはかみ締めるように思いを抱き締めた, ------------------------- その日、アンジェリークは、レイチェルの家に泊まった。 「アンジェ、良かったね。遭うには、故郷に帰れるからね…?」 『有り難う』 この日、レイチェルは良く動いてくれた。 施設に連絡を取り、アンジェリークの身体のこととこれまでの経緯を詳しく話し、院長であるロザリアは、あえて何も訊かずにアンジェリークに帰ってくるように言ってくれた。 切符も手配が出来、アンジェリークはもういつでも立てる状態だ。 「あんな男忘れちゃいなさい?」 レイチェルの言葉に、アンジェリークは曖昧に笑っただけだった。 その夜アンジェリークは、夜中に何度かうなされた。 レイチェルは何度か、手を握り、彼女を慰めてやる。 「アリ・・・、アリ・・・」 僅かに囁かれた声に、レイチェルははっとする。 やっぱり、アンジェ…。 アリオス先生のこと忘れられないんじゃない… きっとアナタを救うことができるのは、先生だけなのね…。 レイチェルは、無力な自分が悔しくて、唇を噛み締めた。 |
TO BE CONTINUED…

コメント
『愛の劇場』第四弾は、話すことが出来ないアンジェリークと、言葉を紡ぐことを
生業としているアリオスです。
ゴールは間近!!
がんばります!
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