その夜、今までで一番アンジェリークはうなされた。 アリオスは何度も子供のように彼女を宥めたが、苦しさはやわらがない。 「アンジェ、アンジェ」 何度も名前を呼び、彼女を抱き締めてやったが、朝方までアンジェリークはうなされ続けた。 翌朝、アリオスは、アンジェリークを連れ、クラウ゛ィスの元に連れていくことにした。 「アンジェ、先生のところに行こう」 素直にアンジェリークは頷き、病院へと向かう。 行く前に、アリオスはレイチェルに連絡を取り、病院で落ち合うことにした。 今朝もアンジェリークは何も受け付けず、ことあるごとに気分が悪そうにタオルを口許に当てていた。 アリオスは、車の助手席に座るアンジェリークを心配の余り何度も様子をみる。 アンジェ、何がそんなに苦しい・・・? 触れれば消えてしまいそうな彼女が、アリオスは愛しくて堪らなかった。 「アリオス先生!」 病院に着くなり、レイチェルが玄関先で待っていてくれた。 レイチェルは、アリオスとアンジェリークの姿を見るなり、駆け寄ってくる。 「アンジェ、大丈夫?」 レイチェルの姿に安心したのか、アンジェリークは、少しだけ笑う。 その痛々しさに、レイチェルは臍を噛んだ。 やっぱり、アリオス先生の元に行かせたのは、間違いだったの? アリオスは、診察の間も、ずっとアンジェリークに付き添い、彼女の様子をクラウ゛ィスに伝える。 その話をレイチェルは複雑な思いで聞いていた。 「判った・・・。身体の調子も悪そうだ・・・。念のために内科にまわそう。付き添いにはレイチェルがいってくれ」 「判ったわ。さあ、アンジェ、行こう?」 レイチェルは、アンジェリークの背中を支えて立たせると、内科へと連れていく。 アリオスはアンジェリークの後ろ姿を見つめずにはいられなかった。 その後ろ姿を見つめながら、俺の腕の中からアンジェリークが去っていってしまうような気がした・・・。そして、哀しいことにその予感は、当たってしまった・・・。 「アリオス、アンジェリークが話せない理由をまだ言ってはいなかったな・・・」 クラウ゛ィスに声を掛けられ、アリオスは振り返って頷いた。 「今から十二年前に起こった銀行強盗事件があった・・・。 その時、たまたまアンジェリークは家族と一緒に銀行に来ていて、事件に巻き込まれた・・・。 ちいさな彼女に銃口が向けられたのを、両親が庇い撃たれたのだ・・・」 アリオスは堪らなかった。 その事件は、アリオスの記憶にもうっすらと残る、痛ましいものだ。 その被害者がアンジェリークだったとは。 アリオスは居たたまれなかった。 「そのショックで言葉を失い、家族も失った。 話せなくなったアンジェリークを、親戚は誰も引き取りたがらず、同情した弁護士カティスが、後見人になり、アンジェリークに残された遺産の管理をし、施設を探して入所させた・・・」 クラウ゛ィスは切なげに呟き、宙に視線を這わせる。 「----あの子は話せない。だから、感情を溜め込んでしまう。 それが作用して、子供の頃に起こった恐ろしい体験が夢に現れ、うなされる。 ひどくなれば、心を閉ざす・・・」 クラウ゛ィスは視線をゆっくりとアリオスに視線を落としていく。 「アンジェリークはいつからうなされている?」 「先月、俺の原稿の締切りの日から。その時は何日かしたら治ったが、昨日、また酷くなって・・・。今まで仕事を手伝ってもらってたが、こんなことはなかったのに・・・」 アリオスは、髪をかき上げ、珍しくも不安げな表情をする。 そこには、アンジェリークへの思いが深く現れていた。 「何か思い当たることはあるか?」 「今回は、アンジェリークじゃ上手く伝わらないとクレームが来て、それで別の手伝いを入れたのが原因だと思うが・・・、最初は・・・」 アリオスは、その日のことを細かく思い出そうとする。朝からのことを思い出し、途中ではっとした まさか・・・。 あのことを聞いたんじゃ・・・。 アリオスの脳裏に浮かんだのはチャーリーとの会話。 ”結婚する気はない” それを彼女が”自分も遊びの相手”と取ったとすれば・・・。 そんな思いは毛頭ないが、彼女がそのように考えたのであれば、事態は深刻で。 「アンジェ・・・」 アリオスは、自分の不容易な発言に悔やんでも悔やみ切れない。 「理由はあったんだな?」 「俺は、あいつを深く傷つけた・・・」 「何かしたのか?」 クラウ゛ィスは冷静に訊く。 「俺は、あいつと”結婚”という制度に囚われず、ずっと一緒にいようと思いう意味を込めて、”結婚はしない”と知り合いに言ったが、どうもそれを立ち聞きされたんだと思う。それをおそらく意味を取り違えて聞いたのだと思う。自分は遊びの女なのだと思ったのかもしれない・・・」 クラウ゛ィスは考え込むかのように溜め息を吐くと、アリオスの肩をぽんと叩いた。 「一度、離れたほうがいいかもしれん」 「それは絶対に嫌だ…!」 アリオスはそこだけは強く主張するかのように言い、感情を剥き出しにする。 この世プナアリオスの姿を見たのは、クラヴィスにとっては初めてのことであった。 それほどまでに思っているのか…、アンジェを…。 「その思いをちゃんと誓い、伝えるしかないぞ? これ以外はないはずだ・・・」 「先生」 ノックが響いた。 アリオスもクラウ゛ィスもドアに注目する。 「先生、レイチェルだよ」 「入れ」 レイチェルは、クラウ゛ィスの声と同時に部屋に入ってきた。 「アンジェは!?」 レイチェルの顔を見るなり、アリオスは心配そうに訊く。 「アリオス先生・・・、やっぱり、私があの時もっと反対していればって思う」 責めるような眼光のレイチェルに、アリオスは険しい表情になった。 彼女は今にも泣きそうな表情をしている。 「どういうことだ!?」 「どうしてあの子を守ってあげなかったの!? あの子、先生の子供を妊娠してるの!」 妊娠…!? |
TO BE CONTINUED…

コメント
『愛の劇場』第四弾は、話すことが出来ないアンジェリークと、言葉を紡ぐことを
生業としているアリオスです。
どろっとしてきました…。
![]()
![]()
![]()