アンジェリークとアリオスは、穏やかに暮らし始めた。 彼女は、手話学校のアルバイトも辞め、アリオスの世話をかいがいしくする。 ちゃんと言葉を発する練習も行い、アンジェリークはたどたどしくはあるが、話せるようになっていった。 アリオスも彼女がいるだけで心が満たされ、作品を量産できる。 今、彼は「天使」というタイトルの長編小説を書き始めている。 もちろんモデルは、アンジェリークである。 突然、電話が鳴り、アンジェリークは慌てた。 アリオスは仕事の打ち合わせにいっていないのである。 あまり話せないせいか、電話に出ることも苦痛で。 だが、大事な電話かもしれないと、思わず出てしまった。 「はい・・・」 「こちらアリオス先生のお宅ですか?」 はきはきとした女性の声に、アンジェリークは戸惑いを覚える。 「あ、はい・・・」 アンジェリークは電話に出るのも始めてで、声が震える。 「アリオス先生はいらっしゃいますか。私、リトル・エンジェル社のジョージナといいます」 「アリオス・・・先生、今、いま、せん」 たどたどしい言葉に、電話の前の人物は、一瞬、言葉を詰まらせたようだった。 その沈黙がアンジェリークには辛い。 「・・・そうですか。だったらまた電話します」 それだけを言うと、相手はそっけなく電話を切ってしまった。 彼女は受話器を握り締めながら、じっとツー音を聞く。 アリオスに迷惑がかからなかったらいいな・・・。 アンジェリークは、少しの自己嫌悪に陥っていた。 その夜、帰宅したアリオスに、アンジェリークは出版社から電話があったことを伝えた。 「サンキュ。うまく出れたか?」 その問いにアンジェリークは頭を振る。 「そうか・・・。だけどそれだけ応対出来たら充分だ」 栗色の髪をくしゃりと撫でられれば、どんよりとした感情が消え去るのを感じた。 その夜も、アリオスの温かな腕に包まれて、アンジェリークは眠りにつく。 そのぬくもりだけが、彼女の心を支えていた---- 小さなガラスのような心を。 --------------------- 今朝もいつものように、少し遅めの朝食を取った後、アリオスはパソコンの前に座り、執筆を始める。 執筆に集中している彼の横顔は、とても精悍で頼もしく思える。 今日からは、連載ものの締切りが近くなるので忙しくなる。 インターホンが鳴り、アンジェリークはぱたぱたと出る。 「はい」 「大龍出版です〜! 社長自ら、原稿取りにきたよ?」 「はい」 たどたどしくアンジェリークは応えると、アンジェリークはドアを開けた。 「こんにちは〜、チャーリーやで〜」 明るい青年の登場に、アンジェリークは顔を綻ばせた。 自然と笑顔が出て、頭を下げた。だが上手く話せない彼女はゼスチャーで促す。 そのしぐさに怜悧なたちのチャーリーはすぐに悟る。 「ひょっとして・・・、上手く言葉が・・・」 チャーリーの言葉に、アンジェリークは、こくりと頷いた。 「そうか。あ、じゃあ案内して!」 チャーリーは普通に言ってくれる。 それがアンジェリークは嬉しい。 アリオスに言われた通りに待機先に案内した後、彼女はアリオスにチャーリーが来た旨を伝えた 「サンキュ。お茶でも出して、待ってもらってくれ」 アリオスが言われた通りに、アンジェリークは笑顔で頷き、お茶と彼女が作ったフィナンシェをチャーリーに出す。 「サービス、ええなあ〜! ありがとさん」 アンジェリークは優しく笑うと、頭をしっかりと下げると、奥にひっこんだ。 ええ子やな〜。 あんなに荒れてたアリオスを癒したんやからな・・・。 お茶を楽しみながら、チャーリーは、しみじみと思う。 とにもかくにもええこっちゃ。 チャーリーは自分が凄く癒されるのを感じていた。 しばらくして、原稿を上げたアリオスが、フロッピーを持ってやってきた。 「ほら、出来たぜ?」 得意そうにアリオスはチャーリーにそれを差し出す。 「随分早いやん〜! これもあの子のおかげやな!」 「うるせえ」 悪態をつくのがアリオスらしいとチャーリーは思う。 「でも・・・、あの子はホンマええ子やわ・・・。傷つけたら絶対にあかんで?」 「判ってる。あいつは俺の一番大切なやつだ。絶対に傷つけたくない」 「そうやそうや」 チャーリーは、アリオスが変わったことが嬉しい。 「これからもあの子はいるんやろ」 「ああ。ずっとな」 「来月も楽しみやわ」 チャーリーは本当に誰よりも嬉しそうに言い、帰っていった。 この日アリオス担当の記者が数多くやって来たが、誰もがアンジェリークに癒され帰っていく。 「みんな、おまえがアシスタントで良かったと言って帰っていった・・・」 くしゃりと栗色の髪を撫でられ、アンジェリークは嬉しそうに笑う。 その笑顔をアリオスは失いたくないと、心から思っていた。 -------------------- 穏やかな日々が続いた。 アンジェリークは少しずつ言葉を取り戻していく。 ゆっくりとだが確実な歩みであった。 一緒に暮らし始めて三か月になり、アリオスは充実した日々を過ごしている。 愛する彼女が側で細々と世話を焼いてくれるだけで、執筆がはかどる。 遊びで付き合っていた女とも全て手を切り、今は彼女一筋だった。 この日は、チャーリーがアリオスの新作の打ち合わせに来ていた。 「アンジェちゃんほんま可愛いわ〜! あんたの奥さんにしとくんわもったいないわ〜」 「やらんぞ。あいつは俺のもんだ」 アリオスは平然と言いながら、執筆をしている。 「誰も、人の奥方を取ろうとは思ってへんがな〜」 「あいつと俺は結婚はしてねえよ」 「じゃあ、いつすんの?」 チャーリーはニヤニヤと笑いながら、嬉しそうに訊く。 だがアリオスの答えは予想とは違っていた。 「結婚はする気はねえよ」 「・・・!!!」 偶然、アンジェリークはその会話を聞いていた。 チャーリーに昼食の有無を聞くために、ドアの前に立っていたのだ。 アリオス…!!! ショックで、アンジェリークは頭が白くなる。 「あんた! 何考えてるんや! あんな可愛い子を遊びのつもりか!」 チャーリーは激怒し、きつい論旨でアリオスを攻める。 「遊びのわけがねえだろ! 勘違いするな。ただ結婚という型にはまった制度が嫌なだけだ。あいつは大切にする。誰よりもな」 ドアの前で、少しはほっとしたものの、アンジェリークはそのまま力が抜け、ドアの前に座り込む。 涙が出てきて、彼女は声を押し殺す。 やっぱり、私が施設育ちで話せないから・・・。 アリオス自身はそんなことは一つも思ってはいなかった。だが、アンジェリークにとっては初めて感じた”壁”だった。 その夜から、再び、アンジェリークは”悪夢”に悩まされることになる。 子供の頃から幾度となく見ていた、両親が目の前で殺される夢。 アリオスに抱き締められていても、何度も苦しそうに唸り、彼は何度も彼女を宥めた。 あまりにもの苦しむ姿に、アリオスは胸を痛める。 アンジェ、何があったんだ!? 彼女が苦しむわけが、自分であることをアリオスはまだ気がついてはいなかった---- |
TO BE CONTINUED…

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『愛の劇場』第四弾は、話すことが出来ないアンジェリークと、言葉を紡ぐことを
生業としているアリオスです。
ジェットコースターでいきます。
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