Don't Cryout Loud

〜あなたしか見えない〜

Chapter12


 アンジェリークとアリオスは、穏やかに暮らし始めた。
 彼女は、手話学校のアルバイトも辞め、アリオスの世話をかいがいしくする。
 ちゃんと言葉を発する練習も行い、アンジェリークはたどたどしくはあるが、話せるようになっていった。
 アリオスも彼女がいるだけで心が満たされ、作品を量産できる。
 今、彼は「天使」というタイトルの長編小説を書き始めている。
 もちろんモデルは、アンジェリークである。


 突然、電話が鳴り、アンジェリークは慌てた。
 アリオスは仕事の打ち合わせにいっていないのである。
 あまり話せないせいか、電話に出ることも苦痛で。
 だが、大事な電話かもしれないと、思わず出てしまった。
「はい・・・」
「こちらアリオス先生のお宅ですか?」
 はきはきとした女性の声に、アンジェリークは戸惑いを覚える。
「あ、はい・・・」
 アンジェリークは電話に出るのも始めてで、声が震える。
「アリオス先生はいらっしゃいますか。私、リトル・エンジェル社のジョージナといいます」
「アリオス・・・先生、今、いま、せん」
 たどたどしい言葉に、電話の前の人物は、一瞬、言葉を詰まらせたようだった。
 その沈黙がアンジェリークには辛い。
「・・・そうですか。だったらまた電話します」
 それだけを言うと、相手はそっけなく電話を切ってしまった。
 彼女は受話器を握り締めながら、じっとツー音を聞く。

 アリオスに迷惑がかからなかったらいいな・・・。

 アンジェリークは、少しの自己嫌悪に陥っていた。


 その夜、帰宅したアリオスに、アンジェリークは出版社から電話があったことを伝えた。
「サンキュ。うまく出れたか?」
 その問いにアンジェリークは頭を振る。
「そうか・・・。だけどそれだけ応対出来たら充分だ」
 栗色の髪をくしゃりと撫でられれば、どんよりとした感情が消え去るのを感じた。
 その夜も、アリオスの温かな腕に包まれて、アンジェリークは眠りにつく。
 そのぬくもりだけが、彼女の心を支えていた----
 小さなガラスのような心を。

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 今朝もいつものように、少し遅めの朝食を取った後、アリオスはパソコンの前に座り、執筆を始める。
 執筆に集中している彼の横顔は、とても精悍で頼もしく思える。
 今日からは、連載ものの締切りが近くなるので忙しくなる。
 インターホンが鳴り、アンジェリークはぱたぱたと出る。
「はい」
「大龍出版です〜! 社長自ら、原稿取りにきたよ?」
「はい」
 たどたどしくアンジェリークは応えると、アンジェリークはドアを開けた。
「こんにちは〜、チャーリーやで〜」
 明るい青年の登場に、アンジェリークは顔を綻ばせた。
 自然と笑顔が出て、頭を下げた。だが上手く話せない彼女はゼスチャーで促す。
 そのしぐさに怜悧なたちのチャーリーはすぐに悟る。
「ひょっとして・・・、上手く言葉が・・・」
 チャーリーの言葉に、アンジェリークは、こくりと頷いた。
「そうか。あ、じゃあ案内して!」
 チャーリーは普通に言ってくれる。
 それがアンジェリークは嬉しい。
 アリオスに言われた通りに待機先に案内した後、彼女はアリオスにチャーリーが来た旨を伝えた
「サンキュ。お茶でも出して、待ってもらってくれ」
 アリオスが言われた通りに、アンジェリークは笑顔で頷き、お茶と彼女が作ったフィナンシェをチャーリーに出す。
「サービス、ええなあ〜! ありがとさん」
 アンジェリークは優しく笑うと、頭をしっかりと下げると、奥にひっこんだ。

 ええ子やな〜。
 あんなに荒れてたアリオスを癒したんやからな・・・。

 お茶を楽しみながら、チャーリーは、しみじみと思う。

 とにもかくにもええこっちゃ。

 チャーリーは自分が凄く癒されるのを感じていた。
 しばらくして、原稿を上げたアリオスが、フロッピーを持ってやってきた。
「ほら、出来たぜ?」
 得意そうにアリオスはチャーリーにそれを差し出す。
「随分早いやん〜! これもあの子のおかげやな!」
「うるせえ」
 悪態をつくのがアリオスらしいとチャーリーは思う。
「でも・・・、あの子はホンマええ子やわ・・・。傷つけたら絶対にあかんで?」
「判ってる。あいつは俺の一番大切なやつだ。絶対に傷つけたくない」
「そうやそうや」
 チャーリーは、アリオスが変わったことが嬉しい。
「これからもあの子はいるんやろ」
「ああ。ずっとな」
「来月も楽しみやわ」
 チャーリーは本当に誰よりも嬉しそうに言い、帰っていった。

 この日アリオス担当の記者が数多くやって来たが、誰もがアンジェリークに癒され帰っていく。
「みんな、おまえがアシスタントで良かったと言って帰っていった・・・」
 くしゃりと栗色の髪を撫でられ、アンジェリークは嬉しそうに笑う。
 その笑顔をアリオスは失いたくないと、心から思っていた。

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 穏やかな日々が続いた。
 アンジェリークは少しずつ言葉を取り戻していく。
 ゆっくりとだが確実な歩みであった。
 一緒に暮らし始めて三か月になり、アリオスは充実した日々を過ごしている。
 愛する彼女が側で細々と世話を焼いてくれるだけで、執筆がはかどる。
 遊びで付き合っていた女とも全て手を切り、今は彼女一筋だった。

 この日は、チャーリーがアリオスの新作の打ち合わせに来ていた。
「アンジェちゃんほんま可愛いわ〜! あんたの奥さんにしとくんわもったいないわ〜」
「やらんぞ。あいつは俺のもんだ」
 アリオスは平然と言いながら、執筆をしている。
「誰も、人の奥方を取ろうとは思ってへんがな〜」
「あいつと俺は結婚はしてねえよ」
「じゃあ、いつすんの?」
 チャーリーはニヤニヤと笑いながら、嬉しそうに訊く。
 だがアリオスの答えは予想とは違っていた。
「結婚はする気はねえよ」
「・・・!!!」
 偶然、アンジェリークはその会話を聞いていた。
 チャーリーに昼食の有無を聞くために、ドアの前に立っていたのだ。

 アリオス…!!!

 ショックで、アンジェリークは頭が白くなる。
「あんた! 何考えてるんや! あんな可愛い子を遊びのつもりか!」
 チャーリーは激怒し、きつい論旨でアリオスを攻める。
「遊びのわけがねえだろ! 勘違いするな。ただ結婚という型にはまった制度が嫌なだけだ。あいつは大切にする。誰よりもな」
 ドアの前で、少しはほっとしたものの、アンジェリークはそのまま力が抜け、ドアの前に座り込む。
 涙が出てきて、彼女は声を押し殺す。

 やっぱり、私が施設育ちで話せないから・・・。

 アリオス自身はそんなことは一つも思ってはいなかった。だが、アンジェリークにとっては初めて感じた”壁”だった。



 その夜から、再び、アンジェリークは”悪夢”に悩まされることになる。
 子供の頃から幾度となく見ていた、両親が目の前で殺される夢。
 アリオスに抱き締められていても、何度も苦しそうに唸り、彼は何度も彼女を宥めた。
 あまりにもの苦しむ姿に、アリオスは胸を痛める。

 アンジェ、何があったんだ!?

 彼女が苦しむわけが、自分であることをアリオスはまだ気がついてはいなかった----

TO BE CONTINUED…

コメント

『愛の劇場』第四弾は、話すことが出来ないアンジェリークと、言葉を紡ぐことを
生業としているアリオスです。
ジェットコースターでいきます。