「アンジェ!」 レイチェルはようやくアンジェリークに追いつき、華奢な体を掴んだ。 「レイチェル・・・!」 親友の顔を見た瞬間、アンジェリークの張り詰めた思いは、和らぐ。 緊張の糸が切れたのか、彼女は親友の胸に身体を預けた。 「アンジェ・・・、今夜、めいいっぱい話、聞いてあげるからね、うちにおいでよ」 「有り難う・・・」 親友の心の暖かさに、アンジェリークは感謝する。 レイチェル、いつも有り難う。私はあなたがいてくれるから、心が壊れないで済むのかもしれない・・・。 「レウ゛ィアスさん?」 少女が消えた場所を、呆然と見つめるレウ゛ィアスに、クリスティーナは不安げに声を掛けた。 「見苦しいところを見せて、済まなかった。家まで送る」 感情の全くない声で言われ、彼女は思わず彼の腕を掴んだ。 「まだ、帰りたくないわ・・・」 ふっとレウ゛ィアスは笑うと、その腕をすり抜けた。 「悪いが、明日も早い」 「・・・判ったわ」 クリスティーナは素直に従う レウ゛ィアスさん、あなたを離したくないの・・・。 だけど、初めて見たわ。あなたの感情がむき出しになった表情を・・・。 レウ゛ィアスは、クリスティーナを送り届けた後、実家へと直行した。 「レヴィアス! お帰りなさい!!」 出迎えてくれた母親は、本当に嬉しそうにしている。 その顔を見ていると、癒されるが、同時に心に痛みをもたらす。 ”おかえりなさい、レウ゛ィアスお兄ちゃん!” ここに帰って来た時は、栗色の髪の少女がいち早く笑顔で迎えてくれたのに、今日はいない。 「話がある、母」 「何かしら?」 「アンジェリークの病気について訊きたい」 途端に、母親の顔色が陰った。 「・・・レウ゛ィアス・・・」 「今の状況は、カルテで見た。昔からの状況を知りたい・・・ ----アンジェリークを救うためにも・・・」 息子の真摯なまなざしに、彼女は頷く。 「判ったわ・・・。リビングに来て頂戴」 「ああ」 二人は、リビングに入り、そこのソファに腰掛けた。 「・・・アンジェちゃんのことを話すのは、凄く辛いわ。実際に、あの子がどんな想いで生きてきたかを、見ているから・・・」 俯いたまま、母親は静かに語る。 「あなたも、あの子が小学校一年の時に、エリスちゃんの骨髄のドナーになったことを覚えているわね?」 少し辛そうに、レウ゛ィアスは頷く。 「ごめんなさい、辛いことを思い出させて。その骨髄の摂取の際に、医療ミスが起こって、アンジェちゃんの足が少し不自由になったの。あなたも知っているわね、足のことは。あれでもね、リハビリで良くなったほうなの。エリスちゃんのお葬式の日も足を一生懸命引きずって歩いてたの。あなたは哀しむ余りに気がつかなかったでしょうけど」 レウ゛ィアスの脳裏にあの小さかったアンジェリークの声が蘇る。 『レウ゛ィアスお兄ちゃん、アンジェが側にいるよ。だから哀しまないで?』 あの暖かさ、言葉が俺を救ってくれた・・・。 あのときも、あいつは自分のことを考えずに、他人のことを・・・。 俺は・・・、どこまで意地を張っていたのか・・・。 「エリスちゃんが亡くなったあと、アンジェちゃんのお母さんはがっくりしたのか入院をしてね、そのまま後を追うかのように亡くなってしまったの。 そして、お父さんも益々仕事に打ち込むようになって・・・。アンジェちゃん、まだ小さかったけど、迷惑かけちゃいけないって、家のこともしてたわ。 だけどね、色々してたせいか、ある日倒れて、高熱を出してね、そこから虚弱な体質になってしまったの。 だから私は、そんなあの子が可愛そうで、ケーキや夕食を一緒に作ってあげて。 あなたがいなかった寂しさを、あの子が埋めてくれた。いつも、私たちの手紙と一緒にあの子のものが入っていたのも、いつも一緒に書いていたからよ」 レウ゛ィアスは胸が締め付けられるような痛みを覚える。 小さなアンジェリークの手紙は、彼の勉強の活力になった。 だが、ちゃんと一人前になるまでは手紙を書くまいと思い、書かなかった。 少女は、心配させまいと、自分の体のことは、一切、書いてこなかった。 アンジェ、俺はお前のことを全く判っちゃいなかったんだ・・・。許してくれ・・・。 「その後すぐにお父さんも過労死で亡くなられたの。遺言で遺産はすべてアンジェちゃんにとあって、しかも彼女のためにだけに使うようにとなっていたわ。彼女の身体のこともあって、親戚の人達は引き取るのを渋って、結局はうちのお父さんが啖呵を切って、彼女を引き取って、うちで引き取ることになったの。"後見人"の手続きもしてね。 それからも、身体の調子は良くも悪くもならなくて、風邪を引けば即入院の状態は変らなかった・・・。そして・・・、あの子が15のとき、発作を起こして、心臓の"神経芽細胞種”と診断されたの・・・・。余り長く生きることが出来ないことと、手術できる医師がほとんどいないことを知ったわ・・・」 レヴィアスの母はそのまま声と肩を震わせる。 「----あのときのアンジェちゃんの顔を忘れられない・・・!! 元々天使みたいな子だけど、本当に天使みたいに、穏やかな顔をしていたわ・・・。 あんなに辛い想いをしたあの子に、あんな仕打ちを・・・!!」 そのまま身体をおるようにしてなく母を、レヴィアスは立ち上がり支えてやる。 アンジェ・・・。 俺こそ、おまえにあんな仕打ちばかりをして・・・。 許してくれるか・・・・。 アンジェ・・・ 小さな少女にした仕打ちを悔やみきれなかった・・・。 ------------------------------------------ 翌日。 レヴィアスは非番だったので、アンジェリークを、学校の前で待ち伏せていた。 彼女のために買った、あのペンダントを持って。 暫く待っていると、アンジェリークがレイチェルとともに、歩いてくるのが見える。 レヴィアスはつかさず、校門を潜ろうとする二人の前に立った。 「レヴィアスお兄ちゃん・・・」 その姿を見るなり、アンジェリークははっと息を飲む。 少し、翳りのある表情を一瞬見せると、そのまま何かを振り切るようにレヴィアスの横を通り過ぎる。 「アンジェ! 話がある・・・!」 「・・・話なんか・・・もう何もないから・・・。 お兄ちゃんも・・・、私なんかと話さないほうがいいでしょ? 私なんかと・・・」 アンジェリークはそのまま歩く速度を速めてゆく。 「アンジェ!!」 必死になってレヴィアスはアンジェリークに縋りつく。 だが・・・。 「・・・お兄ちゃん、もう私のことなんか考えないで・・・!」 そのままアンジェリークはかけてゆく。 「待てアンジェ! 走るな!!」 「お兄ちゃんがついてくるのをやめれば、やめるわ!」 思わず、レヴィアスは歩みを止める。 アンジェ・・・!! 呆然と傷ついた表情のレヴィアスに、さらにレイチェルが追い討ちをおかける。 「もう、アンジェをこれ以上翻弄しないでください! あの子を突き放したのは、あなただわ!」 きっと睨みつけて、レイチェルが、アンジェリークの後を追いかけてゆく。 レヴィアスは追いかけられなかった。 血が滲むような想いを、噛み締める。 許して欲しい・・・。 アンジェ!! 俺を!!! 愚かな俺を!!! アンジェリークは心の中で、レヴィアスの影を払いのけようとしていた。 これで・・・いいの・・・。 これで・・。 「アンジェ!!」 後から追いかけてきてくれたレイチェルの声に、アンジェリークはようやく走るのをとめる。 『アンジェ!」 「レイチェル・・・・」 親友の顔をみると、アンジェリークは涙が溢れてきて、そのまま彼女に抱きついた。 腕の中で泣きじゃくるアンジェリークを、レイチェルは包み込んでやる。 アンジェ・・・。 あなた、本当にレヴィアスさんのことがすきなのね・・・・ レイチェルは、アンジェリークの想いを抱きしめて、一緒に泣いた--- |
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