アンジェリークに謝りたい。 それだけを胸に秘めて、レウ゛ィアスはスモルニィの高等部の通用門前で、アンジェリークを待ち続けた。 ポケットには彼女へのプレゼントを持って。 だが、今、病院にいるアンジェリークが、現れるはずもなく。 あれ? レウ゛ィアスさん・・・。ひょっとしてアンジェを待っていて・・・。 レウ゛ィアスはレイチェルのことは知らなかったが、彼女はアンジェリークを通じて、レウ゛ィアスのことを知っていた。 レウ゛ィアスは、時計を見て、深い溜め息を吐く。 タイムリミットか・・・。 レウ゛ィアスは複雑な表情を浮かべ空を見上げると、そのまま大学病院へと向かう。 レウ゛ィアスさん、あなたはひょっとしてアンジェが・・・。 レウ゛ィアスの後ろ姿を見つめながら、レイチェルはなんと寂しそうなのかと、感じていた。 その頃、アンジェリークは、主治医エルンストと面談をしていた。 「今のあなたには手術する方法しかありません。心臓にある神経芽細胞種が大きくなっていて、血流を圧迫し始めています。 ----ただし、ご存じのようにリスクは大きい。手術ができる外科医を私が探します。心当たりがないわけではないのですが、どうされますか?」 その話を聞いて、アンジェリークは直感した。 その外科医はレウ゛ィアスだと。 だったら、彼のキャリアを傷つけかねない難解な手術をさせるわけには行かない。 「・・・先生・・・・、、以前から言っているように手術は受けません・・・・」 アンジェリークは、何かを悟っているような眼差しを、エルンストに向ける。 「今までの外科の先生は、レントゲンを見ただけで出来ないといったんですから、こんなことで、私、手を煩わせたくい・・・」「アンジェリーク・・・・」 「私の意志は変りませんから」 きっぱりっとした彼女の口調に、エルンストは切なげに目を閉じた。 「判りました。ですが・・・、一度考えてみてはくれませんか・・・」 アンジェリークは答えない。 如何考えたって、結果は同じだから・・・。 「先生では行きますね? 有難うございました」 彼女は礼を言うと、エルンストの研究室から出て行った。 私・・・、どこかで、レウ゛ィアスお兄ちゃんに手術をしてもらいたいって思ってる・・・。 アンジェリークが病室に戻ると、レイチェルが退院の準備を整えて、待っていてくれた。 「アンジェ!」 「レイチェル、有り難う!」 親友の顔を見ると、アンジェリークはほっとした気分になる。 「行こうか、アンジェ」 「うん」 荷物はレイチェルが持ってくれて、二人は病室を後にした。 「アンジェ」 「何?」 「レウ゛ィアスさんが学校の前に来てた」 その名を聞くだけで、アンジェリークは心がざわめく。 「レウ゛ィアス、お兄ちゃんが・・・」 「きっとあなたに用があったと思うけど・・・」 そうだとしたら、どれ程嬉しいだろうと、アンジェリークは心から思う。 「逢いたかったな・・・」 ぽつりと言う親友の姿に、レイチェルは苦しかった。 アンジェ、それほどまでにレウ゛ィアスさんを・・・。 ------------------------------------ レウ゛ィアスが研究室に入るなり、堅い感じのノックの音が響いた。 「レウ゛ィアス先生、エルンストです」 「入ってくれ」 「失礼します」 エルンストは、名前を伏せた上で、アンジェリークのカルテのコピーを持参した。 「お時間を取らせて、もうしわけございません」 「いいやかまわん」 部屋に入るなり、エルンストは、カルテをレウ゛ィアスに差し出す。 「これです」 「ああ」 レントゲンやカルテを見ながら、レウ゛ィアスの表情が険しくなる。 「心臓の神経芽細胞種か・・・。難解だな」 「はい。このままいけば、血流の邪魔をして、死に至るでしょう。現に発作の間隔が短くなっています。手術以外ではもはや・・・」 レウ゛ィアスはじっとカルテを見つめたまま黙っている。 「先生には、この手術は・・・」 レヴィアスはカルテから視線をいったん外すと、エルンストを見た。 「・・・確かに難しい。だが、やる価値はある。一度、俺の元に連れてきてくれ」 とたんに、エルンストの顔に明るさが幾分か戻る。 「本人を説得してみます」 「説得?」 レウ゛ィアスは怪訝そうに眉根を寄せた。 「手術はしないと本人が自分の意思で書類にサインをしています」 エルンストは唇を噛み締める。 「説得する自信は?」 「やらざるおえないでしょう。いえ、説得します」 「説得したら連れてきてくれ」 考え込むようにカルテを見ながら、レウ゛ィアスは言う。 「はい」 「このカルテのコピーは預かって構わないか?」 「はい、どうぞ」 エルンストは頷くと、希望を託したまなざしをレウィアスに向ける。 「よろしくお願いします」 「ああ」 深々と一礼をした後、エルンストは研究室を後にした。 先ほどのカルテがアンジェリークのものだと知ったら、あなたは・・・。 どうお思いになる・・・、レヴィアス先生・・・ タクシーでアパートに戻り、アンジェリークはそこでひといき吐いた。 「今夜、泊まって行くからね?」 「うん・・・、有難う、レイチェル・・・・」 カフェインレスのハーブティーを飲みながら、アンジェリークは本当に嬉しそうに笑う。 「ね・・・、レイチェル・・・・。私・・・、エルンスト先生に言われちゃった・・・。 ----手術しなくちゃもう方法がないって・・・」 「アンジェ・・・・」 それがどれほど深刻な事態か、レイチェルはすぐに感じ、居たたまれなくなる。 「だったら・・・、手術しようよ!!」 縋るようにレイチェルはいい、いつしか彼女は泣きじゃくる。 だが、アンジェリークの表情は穏やかなまま。 何も変らないかのように優しい雰囲気をかもし出している。 「・・・手術が出来るのね・・・、恐らくレヴィアスお兄ちゃんぐらいみたい・・・。 ----もう、これ以上…、お兄ちゃんに迷惑掛けたくないから・・・」 「だったらあなたの命はどうなるのよ! アンジェ!!!」 レイチェルはぎゅっとすっかり痩せてしまったアンジェリークの肢体を抱きしめ、泣きつづける。 「・・・ね、手術するって言って!! 手術するって・・・!!!!」 レイチェルの心がアンジェリークの心に届いて、彼女はそれを精一杯受け止める。 「レイチェル・・・、有難う・・」 暫くの間、二人はじっとしていた。 --------------------------------------- その非、アンジェリークの気を紛らわせようと、レイチェルは彼女を連れて買物に出かけた。 余り負担がかからないようにと、細心の注意を払いながら。 レイチェル・・・、有難う・・・・。 ごめんね・・・・ 親友のこのような気遣いに、アンジェリークは心から感謝する。 二人は、服などをゆっくり巻いたり、リラックスの為のアロマオイルなどを見て回った。 その頃近くで、レヴィアスは例のお見合い相手と、デートをしていた。 「・・・ですの・・・。レヴィアスさん聞いてまして?」 「・・・聞いている、クリスティーナ」 不意に腰を抱かれて、クリスティーナは嬉しそうに頬を染める。 「もう・・・・、レヴィアスさんたら・・・」 女の腰を抱きながらも、レヴィアスの頭の中は、小さな少女でいっぱいだった。 栗色の髪をした、どうしようもなくバカで他人思いの少女で。 これでいいと思っている・・・。 だが、アンジェリークのことばかりが頭を巡る。 謝りたかった。 だがずるずるとここまできてしまっている・・・・ 不意に前を見て、アンジェリークは心臓が止まるかと思った。 「レヴィアスお兄ちゃん・・・」 アンジェリークはそういったまま、彼を見つめている。 「アンジェ・・・」 レイチェルが、アンジェリークの視線を追うと、そこにはレヴィアスとともに、美しい女性が歩いている。 親しげに、腰を抱かれて。 お兄ちゃん・・・。 お見合い上手くいったんだ・・・・。 良かったね・・・。 涙が零れ落ちそうになる。 だがそれをアンジェリークは必死になってこらえた。 レヴィアスははっとした。 優しく懐かしい気配がして、彼は思わず振り返る。 そこには、アンジェリークが立っていた。 「・・・アンジェ・・・」 彼女はペコリと他人行儀に頭を下げる。 それがレヴィアスには気に触る。 「何だ・・・、こんなところでちょろちょろして・・・」 低く冷たい声。 心とは裏腹に、冷たい言葉を投げかけてしまう。 「レヴィアスさん、この方は?」 横にいたクリスティーヌが不思議そうに尋ねる。 「俺の家に以前住んでいた子だ。両親が引き取ったんだが・・・、今は、離れて暮らしてる」 「あなたの妹みたいな方なのね」 「・・・俺の周りをちょろちょろしていて困っている」 「・・・!!」 その言葉は、アンジェリークの心の時間を完全に止めてしまった---- 「とっとと帰れ、アンジェリーク。いい迷惑だ・・・」 心にもない言葉が、次々に出てきてしまう。 だが、レヴィアスは止められなくて。 ・・・もう・・・・これ以上・・・・。 その場にいるのが耐えられなかった。 アンジェリークは、涙を精一杯こらえて、そのまま踵を返して走って行く。 「アンジェ!!!」 横にいたレイチェルは、きっときつくレヴィアスを睨み返す。 「何よ!!! アンジェばっかりそんなにいじめて楽しい? 嬉しい? アンジェの手術はあなたしか出来ないらしいけど、そんなんだったら、あなたの手術なんて、あの子には、もう受けさせないから!!!」 ・・・・・・!!!!! レヴィアスの全身に衝撃が駆け抜ける。 脳裏に浮かぶは、先日見たカルテ・・・。 「待ってくれ・・・!」 レヴィアスが声を掛けたが、レイチェルはそのままアンジェリークを追いかけて街中へと消えてゆく。 アンジェ!!!! レヴィアスは、最早、何も考えられなかった---- |
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