レヴィアスに、診察室に入って行く事を目撃されたなどと、つゆも知らないアンジェリークは、いつものように今の主治医であるエルンストの診察を受けた。 「余り無理をしてはいけませんアンジェリーク。今の状態は、前よりも改善されてはいますが気を抜かないで下さい。気を抜くと、また入院ですよ」 「はい・・・、エルンスト先生…」 少し元気のない様子の彼女に、エルンストは眉根を寄せた。 「ご気分でも悪いんですか? あなたにとって、ストレスは厳禁ですよ?」 「いいえ…、そんなことないです。有難うございました!」 アンジェリークは慌てて首を振ると、頭を深く下げて、逃げるようにして診察室を出る。 「失礼しました」 廊下に出るなり、アンジェリークは大きな溜息を一つ吐いた。 エルンスト先生にはうそついてもすぐにばれちゃう…。 だって…、レイチェルの恋人だから、彼女を通じてすぐに私の変化を感じ取ってしまうもの…。 私がストレスを感じていることなんて、お見通し… 「さてと、気を取り直して、おうちに帰ってお手伝いと!」 すっと背筋を伸ばすと、彼女はゆっくりと階段を下りていった。 今日も頑張ってお手伝いしなきゃ…。 レヴィ明日お兄ちゃん…、昨日、私が作ったケーキ食べてくれなかったな…。 昔、お姉ちゃんが作ったものは、良く一緒に食べてくれてたのに…。 病院の玄関先に出ると、アンジェリークははっとした。 「レヴィアスお兄ちゃん…、どうして…」 そこにはレヴィアスが不機嫌そうな顔をして立っていた。 「俺も今日からここで仕事だ」 「…そうだったね…。うん…、またお家でね?」 少し気まずい雰囲気に、アンジェリークはたまらなくなって、少し弱弱しい微笑を浮かべると、その場から立ち去ろうとした。 「待て」 腕を強く掴まれて、アンジェリークは何が怒ったかわからなかった。 「あ…」 「家まで送る」 有無言わせぬ口調と視線に、アンジェリークは頷くしかない。 「うん…」 そのまま、彼女はレヴィアスの後を着いて行く。 ゆっくりと。 あれ…。お兄ちゃん、ゆっくり歩いてくれてる? レヴィアスは、少しアンジェリークの前を歩いていたが、その間隔は一定を保っていて、開くことはない。 ばれちゃったか…、足のこと…。 だけど…。 有難う…、レヴィアスお兄ちゃん… レヴィアスはアンジェリークを駐車場まで連れてゆき、そこに停めている父親の車に乗り込む。 アンジェリークにも乗るようにと、彼は後部座席のドアを開けてやる。 「乗れ」 「・・うん・・」 彼女が後部座席に乗り込むと、車は早々に出発した。 じっと空いている助手席を見つめる。 ここはエリスお姉ちゃんの席だもんね…。 きっと、お兄ちゃんにとっては永遠にそうだから…。 切なげに、アンジェリークはその場所を見つめていた---- 「アンジェ…」 突然話し掛けられて、彼女はびくりとした。 「何!?」 「おまえ、内科に行ってるのか?」 「あ…、うん…」 言葉を濁す彼女に、レヴィアスは益々苛立ちを募らせる。 「どこか悪いのか?」 あくまで、彼は落ち着いたように言う。 「あ…、ただの風邪…、だから…」 ごまかす彼女を不審に思いながら、レヴィアスはそれ以上は訊かなかった。 どうせ…、ばれることだけれど… アンジェ…。 おまえは何を隠している…!? 重い沈黙が、車内を包み込み始めていた----- ------------------------------------------- アンジェリークを家の前に降ろした後、レヴィアスは再びどこかに消えてしまった。 ”今日の晩飯はいらない”と言う一言を残して---- その夜、レヴィアスが家に帰ってきたのは、9時過ぎだった。 彼は帰るなり母親の部屋に報告に行った。 その前を、偶然にも、お風呂上りのアンジェリークが通りがかった。 声が部屋から漏れ聴こえる。 「明日から、俺は家を出る。今夜はその手続きをしてきた」 「急じゃないの!? ひと月は家にいてから、マンションに引っ越すといってたじゃないの!?」 「ここにいると…、色々めんどうだからだ…」 ・…!!! きっと私のことだ!!! 私を見たくないから…。 お姉ちゃんに似てるから…。 お兄ちゃん…、ごめんなさい…!!! おばさんごめんなさい・…!!!! 身体を突く鋭い痛み。 胸が苦しくてたまらなくなる。 大きな瞳に涙を浮かべて、アンジェリークは部屋へとそっと戻った。 戻るなり、彼女はベッドに倒れこんで、泣き続ける。 私がいるから…!!! ごめんね…。 おばさん。おじさん…。 もう…、これ以上迷惑をかけられない… アンジェリークは一晩かけて、いろいろなことを考え始めた。 そして、決心を固める。 この家を出ることを----- 翌朝、アンジェリークはいつものように朝は手伝いをして、テーブルについた。 少し気まずい朝食を終えた後、アンジェリークは一番に立ち上がった。 「じゃあ、私、行きます」 「送ってやる」 そういって立ち上がろうとしたレヴィアスを、アンジェリークは制する。 「お兄ちゃん、気を使わなくていいから、ね?」 ニコリと彼に微笑みかけて、アンジェリークはそのまま玄関へと急ぐ。 その姿を見ていると、レヴィアスはどうしようもなく苛立つのを感じた。 なぜだ… アンジェリーク!! ------------------------------------ 病院に着くなり、アリオスは内科病棟にあるエルンストの部屋に真っ直ぐ向った。 「レヴィアスだ。話がある」 「どうぞ」 エルンストがドアを開けるなり、彼はずかずかとはいってゆく。 「ご用件は…?」 「おまえの患者にアンジェリーク・コレットと言うものがいるはずだ」 「ええ、います」 エルンストは、内心"来たな”と感じていた。 レイチェルを通じて、レヴィアスとアンジェリークのことを知っていたからである。 「俺はあいつの兄代わりだ。病状を知りたい…」 「出来ません!」 エルンストの余りにものきっぱりとした口調に、レヴィアスの表情は一気に険しくなる。 「なぜだ!」 「あなたもご存知のように、我々医者には"守秘義務"があります。いくら、あなたが"兄代わり"といっても、本人の同意がない限りはお教えできません。あなたのお母様には彼女の病状はお伝えしておりますが、それは後見人だからです。 -----ご本人に、直接お聞きになってください。 ------レヴィアス先生」 もっともの事を言われて、レヴィアスは言い返すことが出来なかった---- ------------------------------------ その日の放課後、アンジェリークは不動産屋めぐりを開始した。 もう誰にも迷惑をかけたくないし…、誰も私のせいで傷つけたくないから… 彼女のこのような行動を、まだ誰も知るところではなかった。 |
TO BE CONTINUED…
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