「レウ゛ィアスお兄ちゃん・・・、アンジェが側にいるよ・・・。だから哀しまないで?」 久し振りに、姉のお葬式の日の夢を見た。 姉のエリスは10年前、白血病でこの世を去った。 発病から半年、骨髄移植を受けた直後の死だった。 ドナーは私。 何もかもうまく行くと思っていた矢先のことだった。 私も、麻酔の副作用か、足に軽い障害が残り、身体も虚弱体質になってしまった。 だが、母親には『お姉ちゃんのためだから…、ごめんね』と、それだけを言われた。 姉の恋人で、私の兄替わりだった幼馴染みのレウ゛ィアスお兄ちゃんは、姉の死をきっかけに、白血病の研究が進んでいる海外の大学の医学部に進学した。 もう10年も逢っていない、私の初恋の男性…。 私は、その10年の間に、両親を相次いで亡くした。 ふたりにとっては”エリスお姉ちゃん”が全てだった。 母は姉の死後気力をなくし病に倒れ、父は仕事に熱中する余り、過労死した。 私は9歳の時にひとりになり、レウ゛ィアスお兄ちゃんのご両親が引き取ってくれて、実の娘のように可愛がってくれている。 ------------------------- いつもと変わらぬ朝だが、今日は朝から誰もがそわそわとしていた。 レウ゛ィアスが10年ぶりに帰って来るからである。 今や彼は腕利きの外科医として世界でも知られるようになっており、満を持しての帰国であった。 今回の帰国は、スモルニィ学院大学医学部付属病院から、是非にと請われての事だった。 そこは最高峰の医療機関として、またアンジェリークが通っている病院でもあった。 エリスが入院していたのもここである。 『アンジェちゃん、今日は忙しいからね! ケーキは頼んだわよ!」 「はい、おばさん!」 アンジェリークは明るく答える。 彼女は本当に心から嬉しそうだ。 レウ゛ィアスお兄ちゃん、素敵になってるだろうな。 私のこと判ってくれるかな? 少しくすぐったい期待に、アンジェリークは心を躍らせてていた。 その日はそわそわと授業はそこそこに、家に飛んで帰り、アンジェリークは準備に精を出した。 「えっと、こんなものかな・・・」 デコレーションをしたケーキを眺めて、彼女は満足の溜め息を吐く。 レウ゛ィアスを迎えにいっている彼の母に代わって、テーブルをセッティングする。 久し振り…、私の初恋の男性だもん…。 お姉ちゃんのことを凄く愛してたから、私はただのおまけだったけど、可愛がってくれた…。 送った手紙は返事をくれなかったけど、それは忙しかったから仕方ないんだよね。 早く帰って来ないかな・・・。 玄関のチャイムが鳴り、彼女は慌てて、玄関まで駆けていった。 「おかえりなさい!!!」 ドアを勢いよく開け、満面の笑顔で、彼女は出迎える。 彼女は息を飲んだ。 一瞬、時間が凍り付いたかと思った。 目の前に現れたレウ゛ィアスは、思い出の中よりもさらに精悍で魅力的になっている。 レヴィアスお兄ちゃん…、凄く素敵になっちゃって…。 レウ゛ィアスもまた同じだった。 10年という月日は、小学生だったアンジェリークが高校生になる時間だった。 そう恋人のエリスと同じ年に。 目の前にいるアンジェリークは、まさにその頃のエリスそのものだった。 どうしてそんなに似ている…!!!! 「ただいま、アンジェちゃん」 その雰囲気を察したのか、レウ゛ィアスの母は明るく挨拶をした。 「あ、おばさん! お帰りなさい…」 はっとして、アンジェリークはいつもの笑顔で知れに答えた。 「レヴィアス、あの小さなアンジェちゃんがこんなに大きくなったのよ? 綺麗になったでしょ?」 厳しく切れるような眼差しで、レヴィアスは母親を睨み、アンジェリークには見向きもせずさっさとスーツケースを持って二階の自分の部屋へと上がっていった。 完全なる無視。 アンジェリークは、そのことがショックで暫くその場に立ち尽くすことしか出来なかった。 顔色が紙のように白くなる。 そうだよね…。 お兄ちゃん辛いに決まってる…。 私は余りにもお姉ちゃんに似すぎているから…。 何を期待してたんだろう…。 お兄ちゃんがああするのは当然のことなのに… 「アンジェちゃん…」 気遣わしげに方をぽんと叩かれて、彼女は心配させないように微笑む。 「大丈夫だから、おばさん。レヴィアスお兄ちゃんがああするのは当然だもん! さあ、続き!」 もう一度微笑んだ後、彼女はパタパタとキッチンへと向った。 レヴィアスの母は華奢で小さな背中を見つめながら、複雑な思いにかられる。 この子はいつも他人のことしか考えない、本当に天使みたいな娘…。 レヴィアスは、この子がどれだけ苦労したかは知らない…。 どれほど体が弱くて、苦しんできたかを…。 だからあんなことをしてしまう…。 母親はふうと溜息を吐いた。 エリスちゃんに似ていて辛いのは判るわ・・。 本当に瓜二つだから…。 だけど…。 これ以上、あの子に辛くあたらなければいいけれど・… ----------------------------------- 夕食の時間は、レヴィアスの父親も加わって、家族だけでささやかに帰国が祝われた。 「アメリカの研究の成果はどうだ? レヴィアス」 「ああ、順調だ、親父」 「しかしスモルニィでその若さで助教授だなんてねえ…」 「お袋、そんなに喜ぶなよ」 親子の会話はスムーズに進み、アンジェリークは黙ってそれを訊いていた。 「あ、そうそう、レヴィアス。アンジェちゃんもスモルニィの付属に通っているのよ? 彼女は優秀だから、奨学金を受けてるの。ね?」 突然、レヴィアスの母親にふられて、アンジェリークはどきりとする。 「あ、でも、レヴィアスお兄ちゃんほどじゃないし…。お兄ちゃんは向こうの大学でも凄かったんでしょ?」 おずおずと身体をびくつかせながら訊いたが、レヴィアスは何も答えない。 沈黙が食卓を覆う。 やっぱり…。答えてもらえないんだ… アンジェリークはそう考えるだけで、胸の奥がとても深くいたんだ----- その夜は、これ以上二人は話さなかった。 --------------------------------------- 「レヴィアス、アンジェちゃんを学校まで車で送ってやったら? どうせ近くだし」 朝食の席、レヴィアスの母の提案は、足が少し不自由なアンジェリークにとってはとても嬉しい提案だったが、レヴィアスは不機嫌そうに眉を上げた。 「送り迎えをして貰っているものなど、ほとんどいないはずだ。ちゃんと歩いていけばいい」 総彼は不機嫌そうに言うと、すぐに椅子から立ち上がる。 「レヴィアス、アンジェちゃんは・・」 そこまで言いかけて、彼の母はアンジェリークに制された。 「おばさん、レヴィアスお兄ちゃんがそういうのは当然だから…」 彼女はそういって、レヴィアスに微笑みかける。 「ごめんね? お兄ちゃん」 優しい声を背中に受けながら、レヴィアスは足早にキッチンから立ち去った。 アンジェ…。 俺を憎んでくれ・…。 そうすれば、どれほど楽か… アンジェリークは机を支えにして立ち上がると、少し足を不自然に動かす。 彼女の足の障害は良く見ないとわからない程度まではなってきている。 その成果、レヴィアスは昨日は気がつかなかったのだ。 「いってきます」 「いってらっしゃい」 アンジェリークはゆっくりと玄関先に向い、学校へと徒歩で向う。 「そういえば…、今日は病院の日か…」 空を見ながらそう呟くと、切ない溜息をまたひとつ吐いた。 放課後、アンジェリークは、スモルニィ学院大学医学部付属病院の内科の外来に来ていた。 ここは今日からレヴィアスの職場でもある。 だが、彼女は内科なので、彼には逢わないだろうと思っていた。 アンジェリークの今の主治医は、エルンスト。 親友レイチェルの恋人であり、彼もまたエリートである。 「コレットさん」 看護婦に名前を呼ばれたので、彼女は診察室に向った。 その頃、レヴィアスは」一日目ということも逢ってか、病棟紹介など受けていた。 「ここは、内科診療室群で…」 そう説明を受けたときに、彼は自分の目を疑った。 そこには、アンジェリークがいたからである。 アンジェ…! 彼は診療室へと消えようとした彼女の足の不自然な動きに、はっとする。 まさか… 彼は自分の忌々しさを心から呪った。 |
TO BE CONTINUED…
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