COME RAIN COME SHINE

CHAPTER13


 仕事が終る前、レヴィアスは、院長に直々に呼び出された。
「帰る前にわざわざすまないな…」
「いえ…」
 レヴィアスはなぜ呼び出されたか判りきっていた。
 だが無言で何も言わず院長を見詰める。
「ご用件は…」
 院長は残念そうにふうっと息を吐き、ゆっくりとレヴィアスを見た。
「先方がお断りの電話を入れてきた。わざわざクリスティ−ヌさんがな。事情があるからといって…」
「・・そうですか…」
 聞きながら、レヴィアスの心の奥が少し痛む。
 もう自らの心に背くことはしたくなかったから。
 出来なかったから。
 あの、命のともし火が消えようとしている、大事な少女の為に。
「残念だったな…。まあ、君なら、また…」
 レヴィアスは曖昧に院長を見るだけ。
「話はそれだけだ…。引き止めてすまなかった」
「いいえ・…。失礼します」
 院長室を出て暫く歩くと、レヴィアスはふうっと溜息を吐いた。

 クリスティーヌ…。
 有難う…

「レヴィアス先生」
「エルンスト」
 私服に着替えたエルンストが、通用口前で声を掛けてくる。
 オフの彼もまた彼らしく少し堅苦しいが、好ましくもあった。
「行きましょう。アンジェリークとレイチェルが待っていますよ?」
「ああ」
 二人は駐車場に行き、互いの車に乗り込む。
 レヴィアスは、母のプレゼントとともに、渡しそびれている、アンジェリークへのプレゼントを見つめる。

 アンジェ…。

 想うだけで、心の中に甘い痛みが駆け抜ける。
 アンジェリークは、最早、レヴィアスの心の中で、大きな存在となり、一番美しい場所に住む唯一の"天使”になっていた
 こぼれ行く彼女の命を、どうしても止めたい。
 それが、彼の最初で最後の願いだった…。

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 二台の車は、アルヴィース邸の駐車スペースに停まった。
 二台ほど増えても全く問題がないといった感じである。
 自分の家に帰るだけなのに、レヴィアスはエルンストよりもずっと緊張をしていた。
 アンジェリークと逢うだけのことなのに、甘く切ないときめきを感じる。

 俺らしくないな…

 息を深く吸い込むと、レヴィアスは、インターホンに指を掛ける。
 その姿を、エルンストは好ましく見ていた。
「・・・はい?」
 インターホンに出たのは、アンジェリークの声だった。
 彼の心を最もくすぐる甘い声。
「レヴィアスだ…」
「あっ…、お兄ちゃん」
 一瞬間があるのは、アンジェリークのぎこちなさ故だった。
「いま、開けるね?」
 インターホンをきると、アンジェリークはレイチェルと二人ぱたぱたと玄関先へと急ぐ。
 ドアを開けたのはレイチェルだった。
「やっほ〜エルンスト、こんばんはレヴィアスさん」
「こんばんはレイチェル、アンジェリーク」
 エルンストが声を掛けると、レイチェルの影からひょっこりとアンジェリークが顔を出した。
 その姿を見て、レヴィアスははっとする。
 アンジェリークは益々美しくなっていて、触れてしまえば消えてしまうような儚いものだった。
「こんばんはエルンストさん…、レヴィアスお兄ちゃん…」
 このまま、華奢な身体を抱きしめて、この場から連れ去ってやりたかった。
 その衝動をぐっと押さえて、レヴィアスは拳を握り締める。
「ただいま、アンジェ」
 レヴィアスは、昔のようにアンジェリークを見つめて優しく呟くと、彼女の瞳の光が輝くのを感じた。
「お帰り! おにいちゃん!」
 あの頃と同じように、アンジェリークは少し涙ぐんではいたが、笑顔で挨拶をしてくれる。
 その二人を見ていると、レイチェルはなきそうになってしまう。
 そこには温かな愛がある。
 決して誰にも邪魔されることなどないような、崇高な愛が。
「ほら、ぼっとしてないで行くぞ」
「うん」
 彼女が子供の頃そうだったように、レヴィアスは髪をくしゃりと撫でてやる。
 それが妙に心地よくて、アンジェリークは笑った。

 神様…。
 最後の素敵な夢を有難う…

 仲良くLDKに行く二人の姿を見て、エルンストとレイチェルは微笑まずにはいられなかった。


 夕食パーティーはとても和やかで楽しいものとなった。
 レヴィアスとアンジェリークは向かい合って座り、時折笑みすら交し合う。

 アンジェリークが、もし健康な少女だったら…。
 こんなに嬉しいことなどないのに…。

 レヴィアスの両親はそう思わずにはいられなかった。
 穏やかな団欒が澄み、デザートの時間となった。
 レヴィアスは、時折、アンジェリークの顔色を見ながら、彼女の体調を気遣ってはいたが、今夜の彼女は元気そうだ。
「さてと、ケーキでデザートと行きましょうか」
「あ、おばさんは座っててください。私とレイチェルでしますから」
 穏やかに笑い、アンジェリークはレイチェルと二人キッチンに入った。
 てきぱきと準備をする彼女を目を細めて見つめ、レヴィアスは幸せの幻影を見る。
 キッチンに彼女が立ち、彼がダイニングテーブルで待つ姿を----
 だがその幻影が現実になる確率など、殆どないといっても良かった。
「出来た」
 二人はお盆に紅茶やコーヒーそしてケーキを載せてやってきた。
 飲み物はレイチェル。
 ケーキはアンジェリークが受け持つ。
 レヴィアスの前に来たとき、以前のことがあったからか、アンジェリークは一瞬強張った。
「…お兄ちゃんは、要らないよね?」
「----いや、頂こう」
 折角彼女が心をこめて作ったものなのだ。
 これを食べなかった自分が、今はとても愚かなように思える。
 レヴィアスの言葉にアンジェリークは少し嬉しそうにはにかんで、頷き、ケーキを彼の前に置いた。
 全員分の準備が整ったところで、アルヴィース夫人へのプレゼントの贈呈が行われる。
 レイチェルとエルンストからはショール、レヴィアスからはブローチ、そして、アンジェリークからは-----
 プレゼントの中身を知っているレイチェルは涙が出そうだった。
「私から…、おばさんに…。おじさんにもあるの。大したものじゃないけれど…」
 そっと差し出された二つの包みに、二人は本当に嬉しそうに微笑んだ。
 少女のことだから、きっと形見になると思って選んだのだろう。
 そう思うだけで、泣けてくるが、誰もが我慢した。
「何かしら…」
 わざと明るく振舞って、アルヴィース夫人はアンジェリークのプレゼントを開ける。
 そしてレヴィアスの父も。
 その物が明らかになったとき、誰もが胸を詰まらせた。
 夫婦湯のみで、”ありがとうお母さん”"ありがとうお父さん”とかかれている。
「ちょっとベタだったかしら?」
 おどけて言う彼女に、その場にいたものが少し和む。
「有難うアンジェちゃん、大切にするわ…」
 心から言われて、アンジェリークは嬉しそうに微笑んだ。
「サ、ケーキ食べましょ!」
 アルヴィース夫人の言葉でケーキを食べることになり、アンジェリークはレヴィアスの動きに注目する。
 レヴィアスもそのことはわかっていた。
 だから彼は、フォークをケーキに近付け、食べる。

 食べてくれた!

 そのことが嬉しくて、アンジェリークはたまらなかった。
「うまいな?」
 低く呟かれた言葉に心がこもっていることをアンジェリークはだれよりもわかっていた。
「有難う!」
 泣き笑いの状態で、彼女は笑いかけていた----

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 いい時間になりお開きになった。
 勿論、レイチェルはエルンストに送ってもらい、自然と、アンジェリークはレヴィアスに贈ってもらうこととなった。
 アルヴィース房いい挨拶を下後、夫々の車に乗り込み、アルヴィース邸を後にした。
「ごめんね、お兄ちゃん、手間取らせちゃって…」
「いいや…」
 運転しながら前を見るレヴィアスを、アンジェリークはじっと見つめる。
「お兄ちゃん、今夜は有難う・・…。
 私が小さなときみたいに接してくれて・…、嬉しかった…。
 最後にいい思い出を有難う…」
 その言葉に、レヴィアスは突然急ブレーキを掛けちた。
「きゃっ!」
 悲鳴とともに揺れた彼女の身体を、レヴィアスは力いっぱい抱きしめる。
「お兄…ちゃん…」
「そんなこと言うな! おまえはこれからずっと生きていくんだ!
 もっともっと思い出を作っていくんだ!」
「----だったら、思い出を作って…! 一度でいいから…! あなたに…」
 二人の情熱が溶け合う。
 じっと官能に煙った艶やかな眼差しをアンジェリークに向ける。
「いいのか?」
「うん…」
 その一言で決まった。
 レヴィアスは、アンジェリークの体から一旦離れると、再びハンドルと向かい合う。
 そして車は動き出す。
 レヴィアスのマンションへと----  

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裏書かなきゃダメ?(笑)