病院に運ばれてすぐ、アンジェリークは気がついた。 「アンジェ〜! 良かった〜!!」 「レイチェル!」 心配そうに涙を浮かべる親友がそこにいて、抱き付いてくる。 「ホントに心配したんだから!」 「うん、有り難う・・・」 まだ、医療器具が身体に付けられていて、自由は利かなかったが、せめて感謝の気持ちをと、穏やかな微笑みをレイチェルに浮かべる。 「アナタの旧い知り合いだかなんだか知らないけれど、もうあんな男を近付かせないから!」 「うん・・・。大丈夫よ、私からはもう逢わないから・・・」 そう…。 もう私がして上げられることは、迷惑をかけないことだけだから… もう…、時間がないから…。 一瞬、寂しげな表情を浮かべたが、再び穏やかな表情になるアンジェリークをレイチェルは見逃さない。 「アンジェ、あなた・・・」 ここまで言いかけて、レイチェルは言葉を飲み込んだ。 きっと・・・、アンジェは判っているだろうから… レイチェルの視線の意味を感じ、アンジェリークはさらに優しい表情になる。 それは穏やかな女神そのもの。 「もう・・・、いいの・・・。レヴィアスお兄ちゃんのことは…。 今は、残りの時間を静かに過ごして、そのまま眠りにつきたい・・・。お世話になった、優しい人達に逢ってお礼を伝えたい・・・。そう思うだけ・・・」 悟るようなアンジェリークの言葉に、レイチェルは何度も頭を振る。 「やだ! やだ! やだ! やだ! アンジェ、どうしてそんなことを言うの!」 レイチェルは、そのままアンジェリークに抱きつき、むせび泣いた。 「有難う…レイチェル…」 「お願い…、生きてよ!!! アンジェがいないと皆寂しいんだから!! 私だって、エルンストだって、きっとアルヴィースのおばさんだって!! ----お願い…!!!!」 肩を震わし心の丈を激しくぶつけるレイチェルを、アンジェリークは優しく包み込んでやる。 レイチェル…。 あなたが私の生涯でたった一人の親友よ…。 ずっと見守ってるから…。 ずっと…。 その様子を見ていたエルンストは、ある決意を固めていた。 アンジェリーク…。 あなたの優しさは、誰もを包み込む…。 あなたのために、あなたのわがままを聞いてやりたいとすら思う…。 医者なのに…。 ------------------------------ 急患の外科手術を終えたレヴィアスは、そのままエルンストの研究室に直行した。 頭の中は、先ほど運ばれてきたアンジェリークの姿しかない。 アンジェ…!! アンジェ!! 「エルンスト、レウ゛ィアスだ」 「お入り下さい」 エルンストの声がするのと同時に、レウ゛ィアスは研究室の中に入る。 「エルンスト、アンジェは・・・」 レウ゛ィアスの表情が、珍しく不安げに揺れている。 その表情ひとつとっても、彼女への愛情が感じられる。 「・・・今は落ち着いていますが・・・」 「逢わせてくれ」 苦しげなレウ゛ィアスの言葉に、エルンストは辛そうに見つめる。 「・・・逢わせるわけにはいきません!」 「なぜだ!?」 レウ゛ィアスの瞳には焦燥の色があり、論旨はいきり立つ。 「・・・今までの発作があなた絡みである以上、これ以上彼女に心理的な負担はかけられませんから」 きっぱりと言い放つエルンストに、レウ゛ィアスは唇を噛む。 その通りである以上、反論することは出来ない。だがどうしても食い下がりたかった。 「頼む、二人きりで逢わせてくれ!」 頭を深々と下げるレウ゛ィアスの姿に、エルンストは心を動かされる。 「あいつに逢えるなら、土下座をしたってかまわん」 その一言が、エルンストを動かせた。 あなたなら…。 いえ…、彼女を救うことができるのは、最早あなただけだろうから…。 「判りました。明日、時間を取ります・・・ただし、彼女があなたに逢いたいと思うのが条件で。本人に交渉しましょう・・・」 「すまない・・・、恩に着る・・・」 レウ゛ィアスはそれ以上の言葉を言えなかった。 心の中で、栗色の髪をした小さな彼女への思慕を深まらせて。 アンジェリークの病状が落ち着いた為、エルンストは、彼女の要望を聞いて、レイチェルも同席の元で話をすることになった。 そこには、レウ゛ィアスの母も後見人として同席している。 「アンジェリーク・・・」 辛そうに見つめるエルンストに、命が残り少ないことを悟っているアンジェリークは、柔らかな表情で、静かに佇んでいる「先生、何をおっしゃっていただいても、かまいません」 その天使のような声に、誰もが声を詰まらせる。 「このままだと、あなたは後数週間の命かもしれません・・・」 レイチェルやレウ゛ィアスの母は、肩を震わせ、俯いているが、アンジェリークだけは変わらなかった。 「あなたのこの状態から良くなるには手術しかありません・・・。これは、恐らくレウ゛ィアス先生レベルの外科医でないと無理です」 「だったらさせます! レウ゛ィアスに・・・!」 母は立上がり、まくし立てるように言う。 だが、アンジェリークは穏やかで。 「有り難う、おばさん。だけどね、成功率の極めて低い手術だし、失敗することがお兄ちゃんにとっていいことだと思えないの。だから、ね?」 「たまには自分の体のことを考えなさい!」 抱き付いてくる育ての母に、アンジェリークはそっと抱き返す。 「考えた結果だから・・・。ね?」 「レウ゛ィアス先生が、あなたと話がしたいと・・・」 ぴくりと身体を震わせると、アンジェリークは頭を振った。 「先生の手術は受けませんから、これ以上お話することはないとお伝え下さい」 声が震えていることは、誰にでも判った。 「アンジェ・・・」 レイチェルも、その声で、アンジェリークがどれ程レウ゛ィアスを愛しているかを悟る。 レウ゛ィアスの意地で、彼女がどれ程傷ついたか、ここにいる者は全員知っている。 だから次の言葉を言い出せない。 「先生、お話がこれだけだったら、病室に帰って構いませんか?」 アンジェリークは、育ててくれたレヴィアスの母親から身体を離すと、静かに微笑む。 「アンジェちゃん! ----だったらせめてうちに戻ってきて…」 レヴィアスの母親はそのままアンジェリークの腕をしっかりと押さえて離さない。 「…有難う、おばさん…。 だけど、今後のことを考えて? 私はもうすぐいなくなるけれど、あの家には新しい家族がもうすぐやってくるでしょう…。 だからあの家に、私はもう相応しくないのよ…。 あの家で私が最後の瞬間を迎えたとしたら、その新しい家族の方々はきっといい思いはしないと思うから…」 「アンジェちゃん…」 誰もが涙で視界が曇っている。 こういった光景を何度も見たエルンストでさえも。 「先生? 私戻ります。 明日のはおうちに帰りますから…」 アンジェリークは、そっと育ての母から手を離して、椅子から立ち上がり出てゆく。 「アンジェ!」 レイチェルもその後に続き、アンジェリークを支えるようにして研究室から出てゆく。 出た瞬間。 育ての母であるレヴィアスの母親が、嗚咽を漏らしたのがわかった。 ごめんね…。 ちゃんとご挨拶に行きます…。 最後の瞬間までに・…。 病室まで歩いてゆくと、長身の影が病室の前にあるのを知って、アンジェリークは息を飲んだ。 レヴィアスお兄ちゃん・… その姿にアンジェリークが立ち止まったのと同時に、レヴィアスもまた彼女の存在に気がつく。 アンジェ!!! レヴィアスはそのまま彼女に駆けより、見つめる。 「話がある…」 アンジェリークは苦しげにその眼差しを反らせると、俯いた。 「…手術受ける気はないですから、私からお話することはありません…」 アンジェ! 余りにも他人行儀な感情のない声に、レヴィアスは暫し呆然とする。 アンジェリークはその隙を突いて慌てて病室に入った。 「アンジェ!!! どうしても話がしたい!」 扉を叩きながら、レヴィアスは懇願する。 「話なんてありません! 引き取ってください!!!」 「アンジェ!!」 扉の向こうの彼女は泣いていた。 もう…。あなたに関わらないほうが良いもの…。 あなたのためにも… 「アンジェ!! 頼む!! この通りだ!! 話を聞いてくれ!!」 彼は必死で食い下がるも、アンジェリークの意志は固く、答えてはもらえない。 じっと客観的にこの様子を見ていたレイチェルは、レヴィアスの本当の心を見たような気がした。 私…。 アナタのことを誤解していたかもしれない…。 レイチェルはゆっくりとレヴィ明日に近づいてゆく。 「ねえレヴィアスさん、お話があります…」 |
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