COME RAIN COME SHINE

CHAPTER10


 病院に運ばれてすぐ、アンジェリークは気がついた。
「アンジェ〜! 良かった〜!!」
「レイチェル!」
 心配そうに涙を浮かべる親友がそこにいて、抱き付いてくる。
「ホントに心配したんだから!」
「うん、有り難う・・・」
 まだ、医療器具が身体に付けられていて、自由は利かなかったが、せめて感謝の気持ちをと、穏やかな微笑みをレイチェルに浮かべる。
「アナタの旧い知り合いだかなんだか知らないけれど、もうあんな男を近付かせないから!」
「うん・・・。大丈夫よ、私からはもう逢わないから・・・」

 そう…。
 もう私がして上げられることは、迷惑をかけないことだけだから…
 もう…、時間がないから…。

 一瞬、寂しげな表情を浮かべたが、再び穏やかな表情になるアンジェリークをレイチェルは見逃さない。
「アンジェ、あなた・・・」
 ここまで言いかけて、レイチェルは言葉を飲み込んだ。

 きっと・・・、アンジェは判っているだろうから…

 レイチェルの視線の意味を感じ、アンジェリークはさらに優しい表情になる。
 それは穏やかな女神そのもの。
「もう・・・、いいの・・・。レヴィアスお兄ちゃんのことは…。
 今は、残りの時間を静かに過ごして、そのまま眠りにつきたい・・・。お世話になった、優しい人達に逢ってお礼を伝えたい・・・。そう思うだけ・・・」
 悟るようなアンジェリークの言葉に、レイチェルは何度も頭を振る。
「やだ! やだ! やだ! やだ! アンジェ、どうしてそんなことを言うの!」
 レイチェルは、そのままアンジェリークに抱きつき、むせび泣いた。
「有難う…レイチェル…」
「お願い…、生きてよ!!! アンジェがいないと皆寂しいんだから!! 私だって、エルンストだって、きっとアルヴィースのおばさんだって!!
 ----お願い…!!!!」
 肩を震わし心の丈を激しくぶつけるレイチェルを、アンジェリークは優しく包み込んでやる。

 レイチェル…。
 あなたが私の生涯でたった一人の親友よ…。
 ずっと見守ってるから…。
 ずっと…。

 その様子を見ていたエルンストは、ある決意を固めていた。

 アンジェリーク…。
 あなたの優しさは、誰もを包み込む…。
 あなたのために、あなたのわがままを聞いてやりたいとすら思う…。
 医者なのに…。

                         ------------------------------

 急患の外科手術を終えたレヴィアスは、そのままエルンストの研究室に直行した。
 頭の中は、先ほど運ばれてきたアンジェリークの姿しかない。

 アンジェ…!!
 アンジェ!!

「エルンスト、レウ゛ィアスだ」
「お入り下さい」
 エルンストの声がするのと同時に、レウ゛ィアスは研究室の中に入る。
「エルンスト、アンジェは・・・」
 レウ゛ィアスの表情が、珍しく不安げに揺れている。
 その表情ひとつとっても、彼女への愛情が感じられる。
「・・・今は落ち着いていますが・・・」
「逢わせてくれ」
 苦しげなレウ゛ィアスの言葉に、エルンストは辛そうに見つめる。
「・・・逢わせるわけにはいきません!」
「なぜだ!?」
 レウ゛ィアスの瞳には焦燥の色があり、論旨はいきり立つ。
「・・・今までの発作があなた絡みである以上、これ以上彼女に心理的な負担はかけられませんから」
 きっぱりと言い放つエルンストに、レウ゛ィアスは唇を噛む。
 その通りである以上、反論することは出来ない。だがどうしても食い下がりたかった。
「頼む、二人きりで逢わせてくれ!」
 頭を深々と下げるレウ゛ィアスの姿に、エルンストは心を動かされる。
「あいつに逢えるなら、土下座をしたってかまわん」
 その一言が、エルンストを動かせた。

 あなたなら…。
 いえ…、彼女を救うことができるのは、最早あなただけだろうから…。

「判りました。明日、時間を取ります・・・ただし、彼女があなたに逢いたいと思うのが条件で。本人に交渉しましょう・・・」
「すまない・・・、恩に着る・・・」
 レウ゛ィアスはそれ以上の言葉を言えなかった。
 心の中で、栗色の髪をした小さな彼女への思慕を深まらせて。



 アンジェリークの病状が落ち着いた為、エルンストは、彼女の要望を聞いて、レイチェルも同席の元で話をすることになった。
 そこには、レウ゛ィアスの母も後見人として同席している。
「アンジェリーク・・・」
 辛そうに見つめるエルンストに、命が残り少ないことを悟っているアンジェリークは、柔らかな表情で、静かに佇んでいる「先生、何をおっしゃっていただいても、かまいません」
 その天使のような声に、誰もが声を詰まらせる。
「このままだと、あなたは後数週間の命かもしれません・・・」
 レイチェルやレウ゛ィアスの母は、肩を震わせ、俯いているが、アンジェリークだけは変わらなかった。
「あなたのこの状態から良くなるには手術しかありません・・・。これは、恐らくレウ゛ィアス先生レベルの外科医でないと無理です」
「だったらさせます! レウ゛ィアスに・・・!」
 母は立上がり、まくし立てるように言う。
 だが、アンジェリークは穏やかで。
「有り難う、おばさん。だけどね、成功率の極めて低い手術だし、失敗することがお兄ちゃんにとっていいことだと思えないの。だから、ね?」
「たまには自分の体のことを考えなさい!」
 抱き付いてくる育ての母に、アンジェリークはそっと抱き返す。
「考えた結果だから・・・。ね?」
「レウ゛ィアス先生が、あなたと話がしたいと・・・」
 ぴくりと身体を震わせると、アンジェリークは頭を振った。
「先生の手術は受けませんから、これ以上お話することはないとお伝え下さい」
 声が震えていることは、誰にでも判った。
「アンジェ・・・」
 レイチェルも、その声で、アンジェリークがどれ程レウ゛ィアスを愛しているかを悟る。
 レウ゛ィアスの意地で、彼女がどれ程傷ついたか、ここにいる者は全員知っている。
 だから次の言葉を言い出せない。
「先生、お話がこれだけだったら、病室に帰って構いませんか?」
 アンジェリークは、育ててくれたレヴィアスの母親から身体を離すと、静かに微笑む。
「アンジェちゃん!
 ----だったらせめてうちに戻ってきて…」
 レヴィアスの母親はそのままアンジェリークの腕をしっかりと押さえて離さない。
「…有難う、おばさん…。
 だけど、今後のことを考えて?
 私はもうすぐいなくなるけれど、あの家には新しい家族がもうすぐやってくるでしょう…。
 だからあの家に、私はもう相応しくないのよ…。
 あの家で私が最後の瞬間を迎えたとしたら、その新しい家族の方々はきっといい思いはしないと思うから…」
「アンジェちゃん…」
 誰もが涙で視界が曇っている。
 こういった光景を何度も見たエルンストでさえも。
「先生? 私戻ります。
 明日のはおうちに帰りますから…」
 アンジェリークは、そっと育ての母から手を離して、椅子から立ち上がり出てゆく。
「アンジェ!」
 レイチェルもその後に続き、アンジェリークを支えるようにして研究室から出てゆく。
 出た瞬間。
 育ての母であるレヴィアスの母親が、嗚咽を漏らしたのがわかった。

 ごめんね…。
 ちゃんとご挨拶に行きます…。
 最後の瞬間までに・…。

 病室まで歩いてゆくと、長身の影が病室の前にあるのを知って、アンジェリークは息を飲んだ。

 レヴィアスお兄ちゃん・…

 その姿にアンジェリークが立ち止まったのと同時に、レヴィアスもまた彼女の存在に気がつく。

 アンジェ!!!

 レヴィアスはそのまま彼女に駆けより、見つめる。
「話がある…」
 アンジェリークは苦しげにその眼差しを反らせると、俯いた。
「…手術受ける気はないですから、私からお話することはありません…」

 アンジェ!

 余りにも他人行儀な感情のない声に、レヴィアスは暫し呆然とする。
 アンジェリークはその隙を突いて慌てて病室に入った。
「アンジェ!!! どうしても話がしたい!」
 扉を叩きながら、レヴィアスは懇願する。
「話なんてありません! 引き取ってください!!!」
「アンジェ!!」
 扉の向こうの彼女は泣いていた。

 もう…。あなたに関わらないほうが良いもの…。
 あなたのためにも…

「アンジェ!! 頼む!! この通りだ!! 話を聞いてくれ!!」
 彼は必死で食い下がるも、アンジェリークの意志は固く、答えてはもらえない。
 じっと客観的にこの様子を見ていたレイチェルは、レヴィアスの本当の心を見たような気がした。

 私…。
 アナタのことを誤解していたかもしれない…。

 レイチェルはゆっくりとレヴィ明日に近づいてゆく。
「ねえレヴィアスさん、お話があります…」   

コメント



さあ次回からは明るくなるようだ…。