(I LONG TO BE)
CLOSE TO YOU

SONG 7


 バスが”ウリエル・リヴァー”に到着するなり、アリオスとセイランがバスに乗り込んできた。
「アンジェリーク!」
 誰もが彼の行動に驚愕する中、アンジェリークが座るシートへと、何の迷いもなく直進する。
 その勢いに、誰もが通路を開けた。
「お嬢ちゃんのナイトが登場だ」
 流石のオスカーもシートを開ける。
「アンジェ…」
 優しく囁く心地の良いバリトンの声が聞こえ、彼女はゆっくり目を開けた。
「…アリオス…」
「すまねえ。最初から俺の車に乗せりゃあ良かったな」
 彼の完璧な顔が僅かに苦痛に歪む。
「そんなこと…あっ!」
 彼に軽々と抱き上げられてしまい、彼女は思わず息を飲む。
 いつもなら抗議したいところだが、今はその元気も気力も無い。
「コイツは俺の車に乗せる。手荷物は?」
「はい」
 レイチェルが素早く棚から降ろし、アリオスの手首に掛ける。
「サンキュ」
 彼は僅かに口角を上げ礼を言うと、そのまますたすたとバスを降りてゆく。
 余りもの素早い、嵐のような彼の行動に、バスにいた誰もが羨望の溜め息を吐く。
「ったく、見せ付けてくれるぜ、アリオスも」
 オスカーすらも苦笑いを浮かべてしまうほど、アリオスの行動は完璧だった。
 彼の視界にふと、皮肉げに笑うセイランの姿が入り、怪訝そうに眉根を寄せる。
「どうしておまえがここにいるんだ!?」
 セイランは可笑しそうに口角を上げると、したり顔でオスカーを見た。
「僕とアンジェは場所をトレードしたんです」


「大丈夫か!?」
「…ん…、何とか…」
 車までの道程、アンジェリークは気分が悪いのか、緊張しているのか判らなくなっていた。
「深呼吸しろ。そうしたらましだから」
「うん」
 アリオスに言われたとおりに深呼吸をする彼女を、彼は目を細めて愛しげに見やる。
 ずっと、幼い頃から見守ってきた少女。
 彼女を他の男にやることなど出来ないと、アリオスは痛感する。
「…少し、気分がよくなってきたみたい…」
「そうか。じゃあ、車に乗っても平気か?」
「うん・・・。アリオスの運転、揺れないから大丈夫」
 何気ない一言であっても、少女の言葉は何時でも彼を魅了する。
 優しい微笑を彼女に向け、抱き上げる腕に力を込めながら、彼は彼女を車へと運んだ。
 彼女を助手席に乗せ、自分も車に乗り込むと、彼はトランシーバーを手にとる。
「アリオスだ。アンジェの気分が和らいだから、出発してくれ」
「オッケ」
 オスカーは応答すると、運転手に合図を送る。
 車が動き出すとろけバスから歓声が起こる。
 一行は、再び目的地に向けて走り始めた----

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 ロケ地は、森と湖に囲まれた、"天使”あるいは"妖精”が出てきそうな、ロマンティックな場所だった。
「何だか、タヌキでも出そうな場所ね!!」
 すっかり気分がよくなったアンジェリークは、車を降りるなり明るく言う。
「クッ、そんなこと言うのはおまえぐらいだ。ったく、おまえこそタヌキみてーだ。煮て食うぞ!!」
 からかうようにアリオスは言いながら、彼女の栗色の髪をクシャりと撫でる。
「もう! またそうやってからかってばかり!!」
 彼女は頬を膨らませて怒ってはいるが、瞳は幸せそうに笑っている。
 いつもの二人のやり取り----
 それすらも、今の二人には愛しい時間だ。
「----でも…、アリオスになら食べられてもいいかな…」
 彼女は彼に聴こえないようにポツリと囁く。
「何だ?」
 ひょいと彼に顔を覗かされて、彼女は途端に真赤になった。
「な、なんでもないよ…」

 何て大胆なことを言っちゃったんだろう〜!!

 慌てふためくも、既に口に出た言葉なのでもう遅い。
「ほら、何やってんだ? さっさと準備を始めるぞ!!」
「はい!」
 アリオスに促されて、彼女はメイクと衣装のセッティングをするために、ペンションへと入ってゆく。
 このペンションは、撮影場所に近く、この二日間は宿泊も含めての、ロケ隊の貸しきり状態なのだ。
 メイク室とフィッティング室に使用する部屋にパタパタと入って、準備を始める彼女を、優しい眼差しで彼は見つめる。

 さっきの言葉は気付いていたぜ? アンジェリーク…。
 おまえに肝心な一言をまだ言っていなかったな・・・。
 それを先に告げなければならねえな・・・。
 俺はずっと、おまえが俺の隣を歩く女だと、思っていたんだから…


 アンジェリークとレイチェルは、蒸しタオルを顔に当て毛穴を開いた後、泡立て洗顔で丁寧に顔を洗い、さらにはもう一度蒸しタオルを顔に当ててから、ローション、乳液、クリームをたっぷり塗った。
 このやり方は、アリオスに教わったもので、二人の肌はベストコンディションになり、すっかり準備が整った。
 ドアが開けられ、メイクボックスを持ったセイランと、何も持たないアリオスが入ってきた。
「アンジェ、おまえは隣の部屋でメイクするぜ? 来い」
「うん」
 入っていきなりアリオスは踏み込むようにアンジェリークに告げると、彼女を隣の部屋に移動させる。
 二人がパタパタと去った後、レイチェルは嬉しそうに微笑み、セイランを見た。
「普通、メイクって一緒にするでしょ? どうして別なの? ひょっとして…」
 勘のいいセイランは彼女が意図することにすぐに気がつき、軽く頷いた。
「もちろん、アリオスが二人っきりでメイクしたいからだよ」


 隣の部屋のドレッサーの前にアンジェリークが腰をかけると、アリオスはざっと並べておいてメイク道具から下地を取り、丁寧に塗り始めた。
 彼女は鏡越しで彼の表情と、自分が代わってゆく様を一生懸命凝視する。
 彼の黄金と翡翠の対をなす不思議な瞳が、真摯に輝き、その表情は精悍で、とても魅力的だ。

 こういうう表情のアリオスも大好き…

 彼の繊細な指が彼女をどんどん美しく変えてゆく。
 それは自分自身のことを過小評価をしているアンジェチークですら判る。
 魔法のような指先だと、彼女はしみじみ思う。

 私、アリオスだから、綺麗に慣れるかもしれない…

 アリオスも、自分が彼女を美しくしているにもかかわらず、メイクの工程がひとつ重ねられるたびに綺麗になってゆく彼女に、息を飲まずに入られない。
 そこには普遍的な美しさが存在している。

 おまえはもう…、俺の後ろを駆け回っていた…、あの小さなガキじゃない。
 俺を魅了して止まない女に成長した----


 とうとうメイクは口紅を残すのみとなった。
 鏡に映る自分が、いつもの何倍も綺麗に見えて、自分で無いような錯覚にアンジェリークは陥る。
 アリオスが彼女を知り尽くしている結果、彼女の最高の美しさを引き出した結果だった。
 鏡には、商品のイメージを損なわないどころか最高に引き出す、"魔法の天使"が映っている。
「----アリオス?」
 鏡越しでアリオスにはにかみながら見つめる。
「何だ?」
「私が"子供っぽく”ないって言ってくれて有難う…。そして、こんなに綺麗にしてくれて有難う…」
「俺はおまえの魅力を引き出す手伝いをしただけだ、何もしちゃあいねーよ」
「うううん」
 彼女は栗色の髪をさらりと揺らしながら横に降り、今にも泣きそうな瞳で彼を見つめる。。
 アンジェリークの総てがアリオスには愛しかった。
 動作一つ一つが愛しかった。
「あなたがいるから、私は綺麗になりたいって思う。だから、全部あなたのお蔭なの・・・。有難う…。大好きよ・・・」
 彼女の涙が一筋だけ頬を伝う。
 その涙は、彼の心を開放する。

 チッ、カッコ悪ィ、先を越されちまったな…

「大人な女性(ひと)診たいに、スマートに言えないみたい…」
 泣き笑いをしながら俯いた彼女を、アリオスは背後からそっと抱きしめた。
「アリオス…?」
 背中に甘い旋律を覚えながら、アンジェリークはやっとのことで応える。
「先に言うなよ? 俺の楽しみを奪いやがって」
 その言葉の意味を考える暇すらなく、彼女は彼に深く唇を奪われた。
 「…ん…!!」
 唇を吸われ、僅かに開いた口からは甘い吐息が漏れる。
 その間から、アリオスの舌が侵入し、口腔内を優しく愛撫する。
 最初は躊躇いがちだった彼女の舌は、彼に教えられるように、ゆっくりと絡められるようになってゆく。
 互いの思いを伝え合い、二人は何度も求め合った。
 彼女は頭が白くなり、最早何も考えることが出来ない。
 アリオスに頭を支えられて、逸らさずに済む。
 やがて唇がそっと離されると、アリオスはアンジェリークを情熱的に見つめる。
「愛してる・・・。おまえだけだアンジェ」
「アリオス…!!」
 思いが心から溢れてくるのがわかる。
 涙が出そうだ。
 彼女はそのまま彼の首にそっと抱きついた。
「おまえ"大人な女性(ひと)っていつもこだわってるが、それがなんなんだ。
 ----"女"には、俺がしてやる・・・。嫌か?」
 魅力的なテノールで踏み込むように言われると、アンジェリークは最早頷くことしかできない。
「今夜、俺の部屋に来い----」
 その言葉は、彼女にとってひどく甘美に聞こえた----    

TO BE CONTINUED


コメント
いよいよこの連載も大詰めを迎えました。
ゴールは間近です。
今回は、「俺が女にしてやる」という台詞が書きたかっただけです。