セイランに仕事を押し付けて、一時間だけアリオスは外出することに成功した。
行き先は勿論、アンジェリークが通うスモルニィ学院。
逢って、ちゃんと目の前で謝りたかった。
その為に、彼女が帰宅する時間を選んでこの場所にやってきた。
結局、メールの返事もなかった・・・。
おまえをそんなに傷つけてしまったか、アンジェリーク・・・。
彼の脳裏に、昨日の彼女の顔が浮かぶ。
がっくりとうなだれた、傷ついた小動物のような儚げな表情。
悔やんでも、悔やみきれない。
いつも傍にいるのがあたりまえだから、ついつい彼女にだけは感情を出してしまうことがある。
アリオスはそんな自分を自嘲気味に笑う。
自分の心を持て余しながら、彼はアンジェリークが来るのを待っていた。
暫くして、栗色の髪の天使がやってきた。
目は赤くはれて、目の下にはうっすらとクマが出来ている。
その姿を見ると、早く謝らなければと無性に思い、彼は彼女の前に姿を現した。
「アリオス・・・」
潤んだ大きな青緑の瞳が、彼を捉えている。
「ちょっといいか?」
彼の視線が、道路を隔てた奥に停められている車を示し、彼女はコクリと頷いた。
それを合図にアリオスは車に向かって長いスタンスで歩き始め、アンジェリークもそれに続く。
「昨日・・・、ごめんね。折角謝ってくれたのに、メールの返事・・・、忘れちゃって」
いつもの元気が微塵もなく、彼女は元気なく囁くように話す。
彼女の言葉の端々から取れる重い空気が、彼を苛つかせる。
それは、自分への苛立ち。
彼女を傷つけてしまったことへに苛立ちだった。
「アリオス?」
「ああ、なんでもねえ。怒ちゃいねーよ」
とは言うものの、彼の言葉の語尾にはいつもより荒く、どこかしらキツい口調になっているように、彼女は感じる。
昨日、邪魔しちゃったから、まだ怒ってるんだ・・・
「----昨日は本当にごめんなさい」
突然、深々と頭を下げられて、アリオスは困惑した。
その他人行儀な彼女の態度に、彼の胸の奥がチクリと痛む。
「謝るな、謝るようなことは、おまえはしちゃいねえ」
「でも・・・、あの女(ひと)との時間を、邪魔しちゃった」
「あの女性(ひと)?」
アリオスは困惑気味に眉根を寄せた。
「----ローズマリーさん・・・」
潤んだ瞳で上目遣いに彼を見つめながら、彼女は思いつめたように呟く。
「あの女とは何でもねえ」
アリオスの眉は益々顰められる。
「うそっ!!」
強い調子の涙混じりの声。
大きな瞳から涙がぽろぽろと溢れ際限が利かない。
「アンジェ・・・」
「知ってるもん!! アリオス、あの女性(ひと)に素敵な笑顔で話し掛けてた!! 私なんかにあんな風に笑いかけてくれたことなんて、ないじゃない・・・」
「違う!」
「違わないっ!」
彼女は肩で息をしながら、まるで地さな子供が意地を張るように言う。
このあたりは昔から変っていない。
そんな彼女が可愛くて、アリオスは思わず咽喉を鳴らして笑ってしまう。
ヘンなところで鋭いくせに、ヘンなところでボケてやがる・・・。
ったく、俺の気持ちを知らないのは、おまえぐらいだって言うのによ・・・
「笑わないでよ!! アリオス」
「おまえな、こういうのだと、俺が謝るのが普通だろ。なのにおまえが謝るなんて。こういうところも、あいも変らずお子様だな」
「子供じゃないもん!!」
彼女の論旨は強くなるが、それはどことなく可愛らしかった。
「そういうところが、お子様なんだよ」
ついと鼻の頭を、彼は指で弾く。
「・・・いや・・・」
彼女は彼から視線を逸らし、切なそうに、苦しそうに呟いた。
「アンジェ・・・」
彼女が一瞬見せた、女としての艶やかさ。
それは、少女が確実に大人の階段を登っていることへの証----
アリオスは、その表情にはっとさせられる。
こんなに、綺麗になっちまったんだな・・・
「ど、どうせ・・・、私なんかローズマリーさんみたい綺麗じゃないし、大人っぽくないし、子供っぽいもん!!」
アリオスの胸に手を伸ばし叩こうとする。その瞳からは、最早止め処も泣く涙が溢れている。
「おまえは子供っぽくなんかない!!」
息を飲んだときにはもう手遅れだった。
彼の胸を叩こうとしていた華奢な両腕を掴まれ、彼女は一瞬動きを止めた。
黄金と翡翠が対をなす彼の瞳に冷たい炎が浮かび上がる。
逃れたくても逃れられない視線。
一瞬、彼女は訳がわからなくて、縋るような澄んだ紺碧の瞳を、彼に向ける。
「アリオス・・・」
涙をすする彼女が堪らなく愛しい。
「ね、離してよ・・・」
「ダメだ」
「離してって! 私なんかどんなに頑張ったって、アリオスに釣り合わないし、もほっといて・・・ん・・・!!!!」
彼の手を振り切ろうとした瞬間、彼女は軽く彼に唇を奪われた。
それは一瞬の出来事だった。
すぐに離された彼の唇の感触に、彼女は暫し呆然とする。
「アリオス・・・」
彼から手を開放されて、彼女はそっと自分の唇に手を当て、びっくりしたように彼を見る。
そう。子供の頃から、ファーストキスは絶対彼と決めていた。
少女らしく、ロマンティックなシチュエーションを何度も夢見ていたが、現実は違った。
「煩い口は塞ぐに限るからな----特におまえの口はな?」
いつもより僅かに艶やかな彼の笑顔----
アンジェリークはそれに思わず酔ってしまう。
彼はふと時計を見た。
そろそろタイムリミットだ。
「今度のモデルの仕事はちゃんとやりぬけ。そこで、おまえが子供っぽくないことを教えてやる」
「アリオス・・・」
深い微笑をフッと浮かべると、彼は彼女の肩を手でぽんと叩き、踵を返す。
「アンジェ」
「何?」
「昨日は、キツイこと言って、済まなかった・・・」
刹那、彼は照れくさそうに振り向く。
その言葉が彼女の心に染み渡ってゆく。
「じゃあ、オリヴィエにはちゃんと連絡しておけ?」
そう言い残し、彼は車に乗って彼女の前から去って行った。。
アンジェリークは唇を震える指でなぞってみる。
確かに彼にキスをされたような気がするが、まだ実感が湧かない。
アリオス・・・、本当に、私が"子供っぽくない”ことを教えてくれるの?
そうだったらいいのに・・・
彼女も帰ろうと一歩足を踏み出そうとすると、何かを踏んだような気がして、彼女は下を向いた。
「あっ!」
そこにあったものに思わず声を上げ、彼女は嬉しくなる。
そこにあったのは、何本もある煙草の吸殻。
マルボロ----アリオスの愛飲する銘柄である。
いつもは必ず、携帯用灰皿を持ち歩く彼には珍しいことだった。
微笑が彼女の心から自然に湧き上がってくる。
ずっと、私のことを待っていてくれたんだ・・・
なのに私ったら・・・
夕方の風に吹かれながら、アンジェリークは甘く切ない想いを胸に抱きしめていた。
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その夕刻、オリヴィエからアリオスに一本の電話が入った。
「ハロ〜アリオス☆」
彼の声は、昨日に比べて断然明るい。
その声で、アリオスには何があったか察しは着いた。
「なんだ?」
「あんた、アンジェチャンにどんな魔法を使ったの? さっき、彼女からやっぱりやりますって連絡があったの〜」
魔法か・・・
オリヴィエの言葉に彼は苦笑する。
ホントに魔法をかけられているのは俺のほうなのにな?
子供の頃からずっと見守ってきた少女。
月日は確実に彼女を美しく成長させ、何時しかこの俺を虜にさせていった。
最近本当に綺麗になった。
魔法なら・・・、その天使が総て持っている----
TO BE CONTINUED
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コメント
いよいよラストスパート「(I LONG TO BE)CLOSE TO YOU5」です。
今回は誤解の後に生じる、甘い誤解を解き方法として、あのようなシーンをご用意いたしました。
今回はあのシーンが一番書きたかったシーンです(^^)
