アリオスの美容室「DEMENTIONAL ANGEL」のミーティング・ルームでは、アンジェリークとレイチェルを、四人の男たちが囲んでいた。
そのうち三人は、二人の説得に乗り気だが、約一名は不機嫌面をしている。もちろんアリオスである。
「ね、アンジェちゃんもレイチェルちゃんも話だけでも聞いていってくれるよね?」
「はい!!」
レイチェルはすっかり乗り気で明るく返事をしたが、アンジェリークは、先ほどから上目使いで何度もアリオスの様子を覗っているだけで、一向に返事をしようとしない。
どうしよ…、アリオス、怒ってる…、やっぱり、私なんかが”モデル”なんて、きっとおこがましいと思ってるんだ…
「栗色の髪のお嬢ちゃんはどうなんだ?」
切り込むようにオスカーに言われ、彼女は思わず戸惑った。
「あ…、あの…、私…、確かに、お話は凄く魅力的だと思います…。だけど、私なんかを使ったら大幅なイメージダウンになると思います! 服だって売れなくなります!! レイチェルだけを使うのがいいと思います!」
最初は戸惑いからかどもり口調になっていたものの、徐々に言いたいことがいえるようになってきて、論旨も滑らかになる。
「どうして?」
不思議そうにオリヴィエに瞳を覗かれ、アンジェリークは勢いをなくしてしまった。
「だって…、私なんか子供っぽいし、みっともない…」
囁くように力なく言い、俯いた瞬間、アンジェリークはアリオスに華奢な腕を掴まれた。
「アリオス?」
「立て、アンジェ」
彼に促されて、アンジェリークは立ち上がると、そのままどこかへ連れて行かれる。
「コイツのことは、俺が何とかするから、話を進めておいてくれ」
そう言い残して、アリオスは、アンジェリークを店長室に連れて行ってしまった。
「あいも変らず、あの子の事になると、見境がないね。店長」
「そうですね。気がつかないのはアンジェぐらいなもんですよね?」
セイランとレイチェルの二人は、穏やかな微笑を浮かべあった。
店長室に連れて行かれたアンジェリークは、何が何だか判らずに、探るようにアリオスを見る。
「アリオス?」
「----おまえ…」
「え?」
翡翠と金の不思議な瞳に自分の瞳を覗きこまれると、心臓が、マラソンをした後のように早くなり、息が苦しくなる。
甘い疼きに捉えられて、彼女は動けなくなる。
「本当に自分が”みっともない”と思っているのか?」
低くよく響く声は、いつもに増して冷たく感じられる。
「…うん…、そう思ってるよ…」
彼の視線と声が耐え切れなくて、アンジェリークはすっかり気落ちしてしまい俯いてしまった。
「おい、ちゃんと俺を見ろ」
「…見れない」
「しょーがねーなー」
すっかり落ち込んでしまったこの小さな少女の顎を持ち上げ、上を向かせる。
その仕草は、彼女に"キス"を思い浮かばせ、思わず頬を赤らめてしまう。
キスをしてくれたらいいのに…。そうしたら、もっと彼に近づけるかもしれないのに…。
潤んだ瞳で彼を見つめる彼女が可愛くて、彼は喉を鳴らして笑う。
「おまえ、今、ヘンなこと考えただろう?」
「へ、ヘンなことって?」
図星といわんばかりに、アンジェリークは耳まで顔を赤らめ、舌をもたつかせてしまった。
「バーカ、お子様だな、おまえは」
「どうせ…、私なんか、アリオスに釣り合わないもん」
すっかり自信を無くしてしまい、またまた俯いてしまった彼女に、アリオスは、今度は少し乱暴に顔を上に向けさせる。
「アリオス…」
段々冷徹になってゆく彼の視線が痛くて、アンジェリークはまともに彼を見ることが出来ない。
「----おまえは”みっともなく”ない。むしろ、可愛い。自身をもて」
「アリオスは、幼馴染だからそう言うのよ」
「そういう考え方は捨てろ」
力強く腕をつかまれ、激しい炎が宿った瞳で見つめられると、全身に震えが走る。
「----オリヴィエやオスカーはプロだ。その目は節穴じゃねえ。俺だって本当は…、いやなんでもねえ」
言いかけて、彼は言葉を濁した。
「アリオス?」
今度は逆に、アンジェリークの方がアリオスを探るように見る。
「とにかく自信をもて」
「うん…」
アリオスに力強く言われればその気になってくるのが、彼女は不思議に思う。
それは、彼にしかかけることが出来ない"魔法"。
少し鈍いかもしれないが、それだけは、今のアンジェリークにも理解が出来た。
「俺は、女は皆宝石だと思っている。磨けば綺麗になるってことだ。おまえは誰よりも綺麗になる素質を持ってる」
「ホントに?」
「ああ」
先ほどまで自信なさげにしていたアンジェリークの顔に、ようやく笑顔が戻ってきた。
同様に、アリオスの表情にも僅かではあるが、甘い笑みが浮かぶ。
「----モデル、やってみろよ?」
「え?」
アリオスの口から漏れた意外な言葉に、アンジェリークは思わず驚いたように彼の顔を見た。
「クッ、そんな顔をするな。確かに、今回のコンセプトは、おまえがぴったりだと思うしな」
「ホントに?」
栗色の髪をさらりと揺らし、大きな瞳をまるで海の底に眠っている宝石のように輝かせる。
「おまえ以外にいねーとおもったけどな」
「有難う…。アリオスが言うなら、私、モデルをやってみる!! レイチェルも一緒だし、アリオスの傍にいれるなら、頑張れると思うの!!」
いつもの明るい少女に戻り、太陽のようなきらめきを彼に見せつける。
ったく、無意識で殺し文句を言うんだからな、この天使は…
「ほら、皆のところに帰るぞ? 打ち合わせをしなきゃなんねえからな」
いつものようにクシャリと彼女の栗色の髪を撫でて、少し意地悪な微笑を彼女に投げかけた。
「うん!!」
まるで子犬がじゃれるかのようにアンジェリークは、アリオスにまとわりつく。
彼は甘さと苦さの入り混じった笑顔を彼女に向け、ミーティングルームへと彼女を促した。
本当は、おまえを人前になんか曝したくない…
サロンのことを考えれば、おまえをカットモデルにすれば、評判が上がるのも判っていた。
だが、そんなことはどうでも良かった。
おまえに自信を持たせるために、モデルの話を持ちかけたが、それがなければ、絶対にさせねえのに!!
アリオスの抱える苦い想いなど、アンジェリークには知るすべもなかった。
二人がミーティングルームに入ってくると、部屋の雰囲気は一気に明るくなる。
それはアンジェリークの向日葵のような明るさが担うことが大きいと、誰もが認めずにいられない。
「で…、早速で申し訳ないんだけどさ、アンジェちゃん、モデルのことだけどさ、受けてもらえないかな?」
彼女が部屋に入るなり、オリヴィエは切り込むように尋ねた。
その口調はあくまでソフトだが、より良いものを作るための情熱が、言葉の端々で感じられる。
「私にとっては、あんたとレイチェルちゃんしか、考えられないの。コンセプトにあう、これ以上の女の子はいないって思ってる」
オリヴィエは身を乗り出し、アンジェリークに答えを迫った。
「俺も同感だ。写真家として、このコンセプトにあっているのは、お嬢ちゃんたち以外に考えられないからな?」
ウィンクをアンジェリークに投げ、オスカーは甘やかに微笑む。
そんなことになれていないアンジェリークは、ほんのり頬を赤らめてしまう。
それが気に入らなくて、アリオスがむすっっとしていることに、アンジェリークは気がつかなかった。
「ワタシはアンジェがやらなきゃやらないからね!」
親友のレイチェルも答えを促す。
「こんなに求められてるよ? どうするの、アンジェ」
皮肉げに笑うのはセイランだ。
アンジェリークの心を一番良く理解しているアリオス以外は、誰もが固唾を飲んで彼女の答えを今や遅しと待っている。
一瞬、アンジェリークは、頼りなさげな眼差しをアリオスに向けた。
アリオスは彼女にだけ判るように頷くと、彼女もそれに反応して、軽く微笑みながら頷く。
「----お受けします。ご希望に添えるように、精一杯努力します!!」
彼女の答えに、部屋全体が明るくなる。
「ありがと〜!!! これでプロジェクトを進めることが出来るわ〜!!!」
オリヴィエの表情が一気に明るくなる。
レイチェル、オスカー、セイランも同様だ。
アンジェリークははにかみながらちらりとアリオスを見る。
彼の眼差しは、少し複雑な色を湛えている。
アリオス・・・。あなたと一緒にいたい。ただそれだけなの。
それだけで、モデルになりたいって、思ってるの…
モデルになって綺麗になれば、あなたに"大人"な女性として認めてもらいたいから…
あなたと釣り合うようになりたいから…
おまえが人前に出てしまうことを、果たして俺は堪えられるんだろうか?
アリオスとアンジェリークは、まるでそこには二人しかいないかのように、じっと見詰め合っていた----
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コメント
「(I LONG TO BE)CLOSE TO YOU」の3回目をようやくお届けすることが出来ました。
読みきり連載に「FAMILY TIES」を除いては最も更新されなかった連載です(笑)
何とか滑り込みで更新できました。
実はこの二人の設定は、「誕生日」「クリスマス」「風邪」と3つのパラレルなシチュエーションで既に登場しております。
幼馴染なので、何をしたって両親から許されるのね(笑)


