「ね、今誰かに写真撮られたような気がしたんだけど、気のせいかな?」
「気にしすぎじゃない、レイチェル」
「だったら、いいけどね」
放課後、本日はクラブのないレイチェルと一緒に、アンジェリークは繁華街をぶらぶらとしていた。
久しぶりに親友と過ごす放課後は、この上なく楽しく、話にも花が咲く。
主に上る話題は、やはり年頃の少女らしく恋の話題が多い。
二人とも、かなり年上の男性に、本気で恋をしており、お互いに相談することが茶飯事になっていた。
「ね〜、アンジェ、”パティスリー・シマ”のブラウニー食べてこーよ!」
「賛成!!」
二人は、行きつけのケーキショップに嬉しそうに向かう。
そんな二人を、影から見ている男がいた。
「スモルニィ女学院の天使ちゃんたちか…」
燃えるような髪を持つ男は、ライカのカメラを片手に、不敵な微笑みを浮かべていた。
「ったく、いい笑顔をするな…、お嬢ちゃんたちは」
男は、ふと時計を見、仰天する。
「やべっ! もう4時かよ!! スタジオに帰って現像しなきゃ、打ち合わせに遅刻だ!!」
慌てて商売道具のカメラをキャリーケースに直すと、去り際に、少女たちの後姿にウィンクする。
「またな、お嬢ちゃんたち!」
赤毛の男は、人ごみを縫いながら街を駆け抜けていった。
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アリオスのヘア・サロン”DIMENTIONAL ANGEL”のミーティング・ルームでは、オーナー店長のアリオス、チーフ・デザイナーのセイランが揃い、人気デザイナー・オリヴィエと、彼の新しいコンセプト広告について、話し合いをしていた。
「今回のテーマは、”天使の休息”。プロのモデルよりも、その純粋性を取って、素人のコを起用しようと思ってるの。まあ、モデルの選定は、私、カメラマンのオスカー、そして、アリオス、セイラン、あなたたちにも加わって欲しいのよ」
モデルのイメージを掴み取ってもらおうと、出来たてのデザイン画をテーブルに広げて、二人のイメージをかきたてようとしている。
「へぇ、女の子が好きなデザインだね」
身を乗り出してセイランはデザインを見ているが、アリオスは煙草を吸いながら傍観していた。
「ちょっと、アリオス! 真面目に見てよ」
「見てるぜ?」
デザイン画を見ながら、アリオスは一人の少女を思い浮かべる。どうしようもなく自分に絡み付いてくる、あの子犬のような少女を----
内心、オリヴィエの描いたデザイン画の服を最も効果的に、しかも清らかに着こなすのは彼女しかいないと思う。
「ね〜、あなたたちのサロンのゲストにこのデザインにぴったりのコっているかしら?」
「----さぁ、よく似合う”子犬”ちゃんなら知っていますけどね、アリオス店長?」
探るような視線をセイランに送られて、アリオスは冷徹な視線を送り返す。
セイランは、それが可笑しくて、皮肉げに笑った。
「なに、いい子でもいるの?」
身を乗り出して、オリヴィエは、二人の顔を交互に見合わせる。
「さあ〜、店長がよく知っていますよ」
意味深なセイランの言葉に、アリオスの表情は益々厳しくなっていった。
「ね、どんなコ? 紹介…」
「済まない、遅れた!」
オリヴィエの言葉を取るように、長身の赤毛の男がミーティング・ルームに入ってきた。派手な登場である。
「オスカー、遅い!!!」
「すまん、今、コンセプトにぴったりの少女たちを見つけて、とりあえず写真だけ撮って、現像してきた」
オスカーと呼ばれた男はぴしゃりと言うと、すっとオリヴィエに写真を差し出した。
「どれ、どれ…」
写真を見るオリヴィエの表情が、みるみるうちに真摯になり、力を帯びてくる。口元には、僅かな微笑を浮かべて。
「このコたちどこでみつけてきたの?」
「駅前通りのケーキ屋の前。とりあえず写真だけ撮ってきた。スモルニィの生徒だということしか、今は判らんが」
「----流石、天才カメラマンって異名を取るだけあるわね。完璧」
唸るように呟くと、写真をじっと見つめ、オリヴィエは感心するかのように何度も頷いた。
「ね、アリオス」
「なんだ?」
「アンタんとこに、ゲストでスモルニィの生徒来てる?」
「来てない」
きっぱりと否定をしたアリオスに、セイランは整えられた眉を上げ、肩を竦めてみせた。
それがアリオスの視界に入り、彼に冷徹な睨みをお見舞いされたのは、言うまでもなかった。
「お〜、恐い」
笑いながら、セイランはオリヴィエの持っている写真をひょいと覗きこんだ。
「----あれ…」
写真を見て、流石のセイランも言葉をなくし、そっとアリオスに目配せをする。
「アリオス…、これアンジェちゃんと友達…」
その名前を聞きつけて、アリオスも写真を覗きこんだ。
確かにそこに写っているのは、向日葵のように笑うアンジェリークと、カサブランカの花のように笑うレイチェルの姿だった。
「知ってるの?」
オリヴィエの問いに、アリオスはあからさまに不快感を表し、むすっとして、答えない。
「ったく…、セイラン、あんたは?」
「さっき言った、”子犬”ですよ。アリオスの大事な、ね?」
アリオスは、煙草を口に銜え、腕を組みながら不快そうにしている。
アンジェリークを、人前でさらしたくないのが彼の希望であった。
「アリオス、あんた、知ってるんだったら協力してよ?」
何も言わないアリオスに、オリヴィエは少しいらだっており、口調も自然ときつくなる。
「----だったら、そのお嬢ちゃんたちに俺が直接待ち伏せして交渉しても…」
自分の出番とばかりに、得意げにオスカーは言う。自分の魅力で二人を落としてしまうと言わんばかりに。
「アンタがやると危ないでしょ!! よけいに警戒するわよ!!」
「なにおう!! この極楽鳥が!!」
二人の丁丁発止のやり取りに、これでも大の男が二人かと、自分のことは棚に上げて、アリオスは頭を抱えた。
ドアがノックされる音がして、アリオスはドアを開けた。
「すみません店長、アンジェちゃんが実家からの預かり物を届けにきたといって、会議中だといったら、これを置いていかれましたよ」
アシスタントのランディが、包みをアリオスに渡す。
「ッたく、タイミング悪すぎ」
「ね! それ今?」
「え…、今ですけど…」
オリヴィエの勢いに押されて、ランディは、たじろぎながら答える。
「サンキュ!! オスカー、行くよ!」
「ああ!」
二人はいつのまにか気持ちを一つにして、凄い勢いで部屋を飛び出してゆく。
いいものを創るためには、妥協をしない----この信念の元、オリヴィエとオスカーは仕事をしてきて、大成功を収めたのだ。
これは、アリオスも同じだった。
「チッ、しょうがねーな」
アリオスもまた、彼らを追いかけるために、夕方の街へと飛び出した。
「アリオスさん、会議ってなんだろーね」
「きっと、また、ショーとか雑誌のお仕事じゃないかな」
「売れっ子だもんね〜。幼馴染としては、鼻が高いでしょ?」
「ま、ね」
ケーキ屋さんでたっぷりとおしゃべりを楽しんだ帰り、アンジェリークが頼まれたお使いにレイチェルも付き合ってあげた。
”お使い”と言ってもそれは口実で、アリオスの顔が見たかった、というのが正しかった。
しかし、彼は会議中で逢えず、アンジェリークは、つまらない想いをしていた。
「でも不思議だよね?」
「何が?」
「だって、アリオスさん、アナタのこと、こんなに可愛いのに、絶対にカットモデルとかに使わないんだもん。アナタがやると、きっとイメージアップになると思うけどな〜」
「私なんて、ダメよ。みっともないもん…」
親友の言葉が嬉しくて、アンジェリークは頬をうっすら紅潮させて、俯いた。
「…ちょっと…」
遠くから、自分たちを呼ぶような声が聞こえる。
「なんか、呼ばれてるみたいだよね」
「うん・・・」
二人は一度立ち止まり、後ろを振り返った。
「あなたたち〜、ちょっと待って!!」
派手な男の人と、精悍な感じがする赤毛の紙の男の人が、自分たちに向かって走って来るのが見える。
「ちょっと、あれ、デザイナーのオリヴィエと、カメラマンのオスカーだよ?」
「誰?」
「アナタ、知らないの!! よくそれでアリオスさんの幼馴染が出来るわね!!」
知らないものは、知らないと、アンジェリークは思う。
「いい!! オリヴィエといえば、今やパリコレでも有名なデザイナーよ! オスカーは、彼が撮った広告は総てヒットするといわれてて、しかも彼とフォトセッションしたモデルは、必ず有名になると謂われてるんだから!! 当然、売れっ子へアメイクのアリオスさんも、一緒に仕事をしてるわよ」
「へ〜」
アンジェリークは、感心したように何度も頷いて見せた。
「あれ、その後ろからは、アリオスさんも走ってくるよ。相変わらずステキ〜」
”アリオス”という名前に、アンジェリークは、どきりとする。
彼女の視界には、最早、彼しか入らない。
「よかった〜、間に合って!!」
オリヴィエが、嬉しそうに息を弾ませながら、二人の前に立ち止まり、続いて、オスカー、アリオスと続く。
「アリオス!!」
アンジェリークは嬉しそうの声を上げ、幸せそうな笑顔を彼に対してだけ向ける。
この笑顔には、百戦錬磨のオスカーもオリヴィエもくらりと来てしまった。
ボクシングで言うところの、「KO」状態である。
こんな素敵な笑顔を見せられた以上、オリヴィエとオスカーの狩猟本能は掻き立てられる。
どうしても、次のブランドのイメージキャラクターとして使わずにはいられない。
「ね・・、私はこうゆーもんなんだけどね」
アンジェリークとレイチェルに、オリヴィエは名刺を差し出した。
『ドリーム・ジュエル・代表デザイナー・オリヴィエ』
レイチェルは、嬉しそうに名刺を見つめていたが、アンジェリークはきょとんとして名刺に視線を落としている。
「俺の名刺も渡しておこう』
オスカーも、ラフなスーツから名刺を取り出して、二人に手渡した。
『フレイム・プロジェクト・写真家・オスカー』
「後ろの銀の髪のはよく知ってるわよね、二人とも」
レイチェルの気分は有頂天になっていたが、アンジェリークは、先ほどにも増して戸惑いの色を濃くしている。
「-----で、アナタたちを引きとめたのは、他でもないのよ」
言って、オリヴィエは、少し息を溜める。
「私がデザインをする新しい服のコンセプトは”天使の休息”。大々的に、キャンペーンを張ろうと思って、一流の仕事人にこれにかかわってもらうの。カメラは、オスカー、ヘア・メイクは、アリオスとセイランが担当するわ」
アンジェリークは、ちらりと探るようにアリオスを見たが、かれは冷たい表情を崩してはいない。
「-----あなたたちに、そのイメージキャラクターを勤めて欲しいんだけど、どうかしら?」
オリヴィエに真摯に見つめられて、これが本気だということが、二人にはわかった。
特にアンジェリークにそう思わせたのは、いつもと違って厳しい表情のアリオスの姿だった。
彼女は、彼から視線を逸らすことが出来ない。
「ねえ!! アンジェ凄いよ!!!」
横で親友が嬉しそうに飛び跳ねる。
モデルをすれば・・、もっとアリオスの傍にいれるのかしら・・・?
彼女の関心事は、その一点だけだった。
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コメント
ようやくお届けできました、SONG2です。今回ふたりの絡みが余りなくて、書いてて楽しくなかったよーな。
しかし、次回からは、ばんばん入れていきますので、宜しくお願いしますね。
この連載のタイトルは、「あなたの傍にいたいの」というう、アンジェリークの願いからです。
この設定の二人は、書きやすいですね。