「ほら、出来た!」
「アリオス・・・、コレじゃああまり変わらないじゃない。大人っぽくしてって言ったのに・・・」」
ヘアサロンの鏡の前で、少女はがっかりと肩を落とす。
肩までの艶やかな栗色のボブカットが、さらさらゆれて、なんとも愛らしい。
「おまえはコレで充分。ほら、とっとと行け」
少女の髪を切っていた美容師----アリオスは、少女にかけられていたケープを取り、既に次のゲストのヘアカルテを見ている。
「ちょっと! 聞いてるの?」
少女は、アリオスの邪険な態度に、大きな深い碧の瞳を見開き、頬を膨らませて怒っている。
「お子様は、それで充分だ。判ったらとっとと行けっ!」
アリオスは、冷たく言い放つと、少女にサロンの入り口を指差した。
「お子様じゃないもん」
少女はますます拗ねてしまい、口を尖がらして、責めるようにアリオスを見る。その姿が、とても愛らしいことを、彼女はまったく気づいていない。
「そこらへんがお子様なんだよ」
「ちがうもん!」
「ったく、しょーがねーなー」
「えっ、何、アリオス!」
アリオスは、そのまま椅子ごとアンジェリークを引っ張って行くと、サロンの入り口へと向かう。
「お子様を相手にしてるほど、俺はヒマじゃない。ったく、玉姫殿の結婚式並に髪を切ってるって云うのに」
アリオスは、椅子ごと少女をサロンの外へと追い出してしまい、不機嫌そうに眉根を寄せた。
「ほら、カバンだ!」
フロントから取った少女のカバンを彼女に押し付けた。
「ア、アリオス・・・」
アリオスは、そのままヘアサロンの中に入っていってしまった。その背中を見るだけで、怒っているのが判る。
少女はがっくりと肩を落として、うなだれると、大きな溜め息を吐く。
アリオスにつりあいたくて、大人っぽくしたいだけなのに・・・。
少女は、椅子から降りると、椅子を引きながら、すごすごとサロンの中に入っていった。
「すみませ〜ん、椅子を返しに来ました」
「はい、確かにね」
サロンのチーフデザイナーのセイランが、可笑しそうに笑いながら、椅子を受け取る。
「帰ります・・・」
少女はそう云って、ちらりとアリオスを盗み見る。
真剣な眼差しで、アリオスは、正確な技術で髪を切ってゆく。まるで、シザーを持った魔法使いだ。
その華麗な技術で、彼は、ゲストを美しくしてゆく。
少女は、アリオスに一礼すると、そのままサロンを後にした。
彼が、鏡越しで慈しみの溢れた眼差しを送っているとも知らずに。
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「きゃはははは、そんなことがあったの!」
お昼休み。現在高校2年の少女は、親友に昨日ヘアサロンで起こった一部始終を話して聞かせた。
「----だけど、アナタは幸せよ、アンジェリーク」
「どうして?」
アンジェリークと呼ばれた少女は、きょとんとして親友を仰ぎ見る。
「だって、あの世界のカリスマヘアデザイナー、アリオスさんに幼馴染ってだけで髪を切ってもらってんのよ、アナタは! しかもタダで! スーパーモデルたちが、アリオスさんに髪を切ってもらうためだけに、ここに来るって聞くわよ! そんな凄い人に切ってもらってんのに」
アンジェリークの親友----レイチェルは、身を乗り出して、凄い勢いで迫ってくる。
「・・・でも・・・」
アンジェリークは、不満げに口篭もる。
「でも・・・、何よ?」
「----大人っぽくしてほしかったんだもん・・・。アリオスに釣り合うみたいに・・・」
アンジェリークは、少しはにかみながら、レイチェルを上目使いで見る。
そのしぐさが余りにも可愛らしくて、レイチェルはアンジェリークを抱きしめたくなった。
まったく、アリオスも罪な男だと思う。
「ね、アンジェ、そんなに大人っぽくなりたいの?」
アンジェリークは、即首を縦に振る。
「・・・だって、アリオスは11も上だし、いつも綺麗な女性(ひと)に囲まれてお仕事してるし・・・。私、急いでも、急いでも、追いつけない・・・」
アンジェリークは、大きな愛らしい瞳に縋るような光を宿してレイチェルを見つめた。
「あ〜、ワタシ、このコのこの顔に弱いのよね〜」
アンジェリークに聴こえないように呟くと、レイチェルは、彼女の肩をがっしりと掴んだ。
「いいわ! ワタシに任せておいてアンジェリーク! アナタを飛び切りのいい女にしてあげる!」
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「まあ、どうしたのアンジェリーク!」
娘を見るなり、アンジェリークの母親は驚愕の声を上げた。
それもそのはずである。
放課後、アンジェリークはレイチェルに連れられて、彼女の行きつけのヘアサロンに行き、軽いウェーヴを髪に掛け、ついでにメイクまでしてもらった。ここ数年で、アリオス以外の美容師に髪を触ってもらったのは初めてで、少し緊張した。
「どう、お母さん、大人っぽい?」
アンジェリークは、母親に探るように聞いてみる。
「大人っぽいってあなた、前のほうがかわいらしかったわよ」
「もう! お母さんのバカ!」
アンジェリークは、たちまち泣きそうになり、そのまま部屋に駆け上がってしまった。
自分でもわかってたもん・・・。
全然似合わないってことに・・・!
「アンジェリーク!」
母親が追いかけようとすると、ふいに玄関のベルが鳴り、玄関を開けるとそこにはアリオスが立っていた。
「あら、めずらしい」
「こんばんは。定休日だったんで、実家に顔出しに来たついでに、今そこでレイチェルから聞いて・・・」
今日のアリオスは、大人の男のワイルドさが漂い、黒い革のジャケットも、パンツもくらくらするほど素敵だった。
「アンジェリークかしら?」
「ええ、いますか?」
「それがへやにこもっちゃって・・・」
母親は困ったように溜め息を吐き、小首をかしげる。
「いいですか?」
「ああ、はい、どうぞ上がって」
「失礼します」
アリオスは、勝手知ったるアンジェリークの家のせいか、迷わずに彼女の部屋の前にたどり着いた。
「おい、アンジェリーク」
ドア越しから聴こえるアリオスの声に、ベットの上で泣いていたアンジェリークは、びくりとした。
「篭ってないで、ドアを開けろ・・・」
アリオスの低く魅力的な声が、ぶっきらぼうに響く。
「いや!」
アンジェリークは咄嗟にドアの前に立ち、開けられないようにする。
「ドアを開けろ! 蹴破るぞ!」
アリオスの険しい声に、アンジェリークは仕方なくドアを開けた。
「・・・」
アリオスは、アンジェリークのパーマ姿を見て、余りにも人形みたいに可愛くて、思わず喉を鳴らして笑ってしまった。
「おまえ、なんか露天の天使の人形みてーだな」
「よけいに子供っぽいって言いたいんでしょ?」
アンジェリークは、泣きはらした目で、アリオスを睨みつけた。
「クッ、しかしすげーよな、その頭。雷様も真っ青だぜ」
「もういい!」
ドアを閉めかけて、アンジェリークは、アリオスに腕をつかまれた。
「行くぞ」
「へ?」
「店だ」
アリオスは、力任せにアンジェリークを部屋から引きずり出すと、そのまま強引に彼女を外へと連れて行く。
「アンジェリークをお借りします!」
「ア、アリオス・・・」
アンジェリークはなすがままに、アリオスに車に乗せられ、ヘアサロンへと連れて行かれた。
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道中、二人は無言のままでヘアサロンへと向かった。
サロンに着いても、アリオスは一言も話さず、黙々と準備を続けていた。
「パーマ、とるから。もう二度とこんなことするんじゃねーぞ」
「・・・うん・・・」
アンジェリークは、アリオスの本当の優しさを感じながら、早まった自分を諌めるようにうなだれた。
アリオスは、アンジェリークをシャンプー台に連れて行くと、自らシャンプーをする。
いつもはアシスタントに任せているが、彼のシャンプーは巧みだった。
優しくそれでいて、気持ちよくて、アンジェリークはうっとりと彼の手の動きに酔っていた。
シャンプーが終わり、彼女がドレッサーに座ると、アリオスは、髪を優しくとかす。
「もったいないよな、せっかくの雷様なのに」
アリオスは、意地悪っぽく笑いながら、ストレートパーマの液を髪に湿布してゆく。
「・・・意地悪・・・」
アンジェリークは鏡越しにアリオスを咎めるように上目使いで見る。
彼は、喉をクッと鳴らして笑うが、その眼差しは誰よりも優しい光を帯びていた。
やがて、彼は、真剣な眼差しでアンジェリークの髪を綺麗にしてゆく。
その姿を、鏡越しで見つめながら、アンジェリークは胸の奥がやるせなくなるのを感じる。
このまま、時間が止まってしまえばいいのに・・・。
しかし、時間は、アンジェリークの小さな願いを聞き入れてはくれない。
「ほら、元通りだ」
アリオスの手が、静かにアンジェリークの髪から離れる。
離れないで・・・! ずっと触れていて・・・。
「もう、こんなことはするなよ?」
「うん・・・」
アンジェリークは、切なげに、アリオスを見つめる。
「よし!」
アリオスは、アンジェリークの栗色のさらさらな髪をくしゃりと大きな手で撫でる。
それは、アンジェリークを嬉しくするのと同時に苦しくもさせる。
お願い、いつまでも子ども扱いしないで・・・。
「ほら、帰るぞ」
「うん」
アンジェリークは、再びアリオスの車に乗せられ、家へと戻った。
道中、やはり無言のまま過ぎ去っていった。
話したくても、何だか切なくて、苦しくて、言葉が出なかった。
車が、アンジェリークの家の前に着き、彼女は名残惜しげに車から降りた。
「アリオス・・・、今日は有難う・・・」
胸がいっぱいで、アンジェリークはやっとのことでアリオスに礼を言う。
「ああ。じゃあな」
アリオスの口元に浮かんだ僅かな笑みがアンジェリークの心をかき乱す。
堪らなくなり、アンジェリークはくるりと彼に背を向け、家へと入ろうとした時だった。
「アンジェリーク!」
アリオスに呼ばれ、アンジェリークは振り返った。
「----俺以外の美容師に髪を触らせんなよ」
アンジェリークは、大きな瞳を驚いたように見開く。体に力が入らない。
「じゃあな」
アリオスは、彼女に何かを言う暇を与えず、走り去った。
残されたアンジェリークは、嬉しさが徐々に体を包み込み、全身が温かくなるのを感じた。
「嬉しい!!!」
アンジェリークは、近所迷惑をを省みず、大声で朗らかに叫んだ。
TO BE CONTINUED
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コメント
懲りないワタシは、またここで連続モノを書いてしまいました。
今回は、「ラヴコメ」ちっくに、昔のり●んのような乙女チック路線のストーリーにしたいと思っております。
ワタシって、節操のない字書きですね(^^:)


