(I LONG TO BE)
CLOSE TO YOU

SONG 1


「ほら、出来た!」
「アリオス・・・、コレじゃああまり変わらないじゃない。大人っぽくしてって言ったのに・・・」」
 ヘアサロンの鏡の前で、少女はがっかりと肩を落とす。
 肩までの艶やかな栗色のボブカットが、さらさらゆれて、なんとも愛らしい。
「おまえはコレで充分。ほら、とっとと行け」
 少女の髪を切っていた美容師----アリオスは、少女にかけられていたケープを取り、既に次のゲストのヘアカルテを見ている。
「ちょっと! 聞いてるの?」
 少女は、アリオスの邪険な態度に、大きな深い碧の瞳を見開き、頬を膨らませて怒っている。
「お子様は、それで充分だ。判ったらとっとと行けっ!」
 アリオスは、冷たく言い放つと、少女にサロンの入り口を指差した。
「お子様じゃないもん」
 少女はますます拗ねてしまい、口を尖がらして、責めるようにアリオスを見る。その姿が、とても愛らしいことを、彼女はまったく気づいていない。
「そこらへんがお子様なんだよ」
「ちがうもん!」
「ったく、しょーがねーなー」
「えっ、何、アリオス!」
 アリオスは、そのまま椅子ごとアンジェリークを引っ張って行くと、サロンの入り口へと向かう。
「お子様を相手にしてるほど、俺はヒマじゃない。ったく、玉姫殿の結婚式並に髪を切ってるって云うのに」
 アリオスは、椅子ごと少女をサロンの外へと追い出してしまい、不機嫌そうに眉根を寄せた。
「ほら、カバンだ!」
 フロントから取った少女のカバンを彼女に押し付けた。
「ア、アリオス・・・」
 アリオスは、そのままヘアサロンの中に入っていってしまった。その背中を見るだけで、怒っているのが判る。
 少女はがっくりと肩を落として、うなだれると、大きな溜め息を吐く。

 アリオスにつりあいたくて、大人っぽくしたいだけなのに・・・。

 少女は、椅子から降りると、椅子を引きながら、すごすごとサロンの中に入っていった。
「すみませ〜ん、椅子を返しに来ました」
「はい、確かにね」
 サロンのチーフデザイナーのセイランが、可笑しそうに笑いながら、椅子を受け取る。
「帰ります・・・」
 少女はそう云って、ちらりとアリオスを盗み見る。
 真剣な眼差しで、アリオスは、正確な技術で髪を切ってゆく。まるで、シザーを持った魔法使いだ。
 その華麗な技術で、彼は、ゲストを美しくしてゆく。
 少女は、アリオスに一礼すると、そのままサロンを後にした。
 彼が、鏡越しで慈しみの溢れた眼差しを送っているとも知らずに。  

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「きゃはははは、そんなことがあったの!」
 お昼休み。現在高校2年の少女は、親友に昨日ヘアサロンで起こった一部始終を話して聞かせた。
「----だけど、アナタは幸せよ、アンジェリーク」
「どうして?」
 アンジェリークと呼ばれた少女は、きょとんとして親友を仰ぎ見る。
「だって、あの世界のカリスマヘアデザイナー、アリオスさんに幼馴染ってだけで髪を切ってもらってんのよ、アナタは! しかもタダで! スーパーモデルたちが、アリオスさんに髪を切ってもらうためだけに、ここに来るって聞くわよ! そんな凄い人に切ってもらってんのに」
 アンジェリークの親友----レイチェルは、身を乗り出して、凄い勢いで迫ってくる。
「・・・でも・・・」
 アンジェリークは、不満げに口篭もる。
「でも・・・、何よ?」
「----大人っぽくしてほしかったんだもん・・・。アリオスに釣り合うみたいに・・・」
 アンジェリークは、少しはにかみながら、レイチェルを上目使いで見る。
 そのしぐさが余りにも可愛らしくて、レイチェルはアンジェリークを抱きしめたくなった。
 まったく、アリオスも罪な男だと思う。
「ね、アンジェ、そんなに大人っぽくなりたいの?」
 アンジェリークは、即首を縦に振る。
「・・・だって、アリオスは11も上だし、いつも綺麗な女性(ひと)に囲まれてお仕事してるし・・・。私、急いでも、急いでも、追いつけない・・・」
 アンジェリークは、大きな愛らしい瞳に縋るような光を宿してレイチェルを見つめた。
「あ〜、ワタシ、このコのこの顔に弱いのよね〜」
 アンジェリークに聴こえないように呟くと、レイチェルは、彼女の肩をがっしりと掴んだ。
「いいわ! ワタシに任せておいてアンジェリーク! アナタを飛び切りのいい女にしてあげる!」

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「まあ、どうしたのアンジェリーク!」
 娘を見るなり、アンジェリークの母親は驚愕の声を上げた。
 それもそのはずである。
 放課後、アンジェリークはレイチェルに連れられて、彼女の行きつけのヘアサロンに行き、軽いウェーヴを髪に掛け、ついでにメイクまでしてもらった。ここ数年で、アリオス以外の美容師に髪を触ってもらったのは初めてで、少し緊張した。
「どう、お母さん、大人っぽい?」
 アンジェリークは、母親に探るように聞いてみる。
「大人っぽいってあなた、前のほうがかわいらしかったわよ」
「もう! お母さんのバカ!」
 アンジェリークは、たちまち泣きそうになり、そのまま部屋に駆け上がってしまった。
 
 自分でもわかってたもん・・・。
 全然似合わないってことに・・・!

「アンジェリーク!」
 母親が追いかけようとすると、ふいに玄関のベルが鳴り、玄関を開けるとそこにはアリオスが立っていた。
「あら、めずらしい」
「こんばんは。定休日だったんで、実家に顔出しに来たついでに、今そこでレイチェルから聞いて・・・」
 今日のアリオスは、大人の男のワイルドさが漂い、黒い革のジャケットも、パンツもくらくらするほど素敵だった。
「アンジェリークかしら?」
「ええ、いますか?」
「それがへやにこもっちゃって・・・」
 母親は困ったように溜め息を吐き、小首をかしげる。
「いいですか?」
「ああ、はい、どうぞ上がって」
「失礼します」
 アリオスは、勝手知ったるアンジェリークの家のせいか、迷わずに彼女の部屋の前にたどり着いた。
「おい、アンジェリーク」
 ドア越しから聴こえるアリオスの声に、ベットの上で泣いていたアンジェリークは、びくりとした。
「篭ってないで、ドアを開けろ・・・」
 アリオスの低く魅力的な声が、ぶっきらぼうに響く。
「いや!」
 アンジェリークは咄嗟にドアの前に立ち、開けられないようにする。
「ドアを開けろ! 蹴破るぞ!」
 アリオスの険しい声に、アンジェリークは仕方なくドアを開けた。
「・・・」
 アリオスは、アンジェリークのパーマ姿を見て、余りにも人形みたいに可愛くて、思わず喉を鳴らして笑ってしまった。
「おまえ、なんか露天の天使の人形みてーだな」
「よけいに子供っぽいって言いたいんでしょ?」
 アンジェリークは、泣きはらした目で、アリオスを睨みつけた。
「クッ、しかしすげーよな、その頭。雷様も真っ青だぜ」
「もういい!」
 ドアを閉めかけて、アンジェリークは、アリオスに腕をつかまれた。
「行くぞ」
「へ?」
「店だ」
 アリオスは、力任せにアンジェリークを部屋から引きずり出すと、そのまま強引に彼女を外へと連れて行く。
「アンジェリークをお借りします!」
「ア、アリオス・・・」
 アンジェリークはなすがままに、アリオスに車に乗せられ、ヘアサロンへと連れて行かれた。 

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 道中、二人は無言のままでヘアサロンへと向かった。
 サロンに着いても、アリオスは一言も話さず、黙々と準備を続けていた。
「パーマ、とるから。もう二度とこんなことするんじゃねーぞ」
「・・・うん・・・」
 アンジェリークは、アリオスの本当の優しさを感じながら、早まった自分を諌めるようにうなだれた。
 アリオスは、アンジェリークをシャンプー台に連れて行くと、自らシャンプーをする。
 いつもはアシスタントに任せているが、彼のシャンプーは巧みだった。
 優しくそれでいて、気持ちよくて、アンジェリークはうっとりと彼の手の動きに酔っていた。
 シャンプーが終わり、彼女がドレッサーに座ると、アリオスは、髪を優しくとかす。
「もったいないよな、せっかくの雷様なのに」
 アリオスは、意地悪っぽく笑いながら、ストレートパーマの液を髪に湿布してゆく。
「・・・意地悪・・・」
 アンジェリークは鏡越しにアリオスを咎めるように上目使いで見る。
 彼は、喉をクッと鳴らして笑うが、その眼差しは誰よりも優しい光を帯びていた。
 やがて、彼は、真剣な眼差しでアンジェリークの髪を綺麗にしてゆく。
 その姿を、鏡越しで見つめながら、アンジェリークは胸の奥がやるせなくなるのを感じる。

 このまま、時間が止まってしまえばいいのに・・・。

 しかし、時間は、アンジェリークの小さな願いを聞き入れてはくれない。
「ほら、元通りだ」
 アリオスの手が、静かにアンジェリークの髪から離れる。
 
 離れないで・・・! ずっと触れていて・・・。

「もう、こんなことはするなよ?」
「うん・・・」
 アンジェリークは、切なげに、アリオスを見つめる。
「よし!」
 アリオスは、アンジェリークの栗色のさらさらな髪をくしゃりと大きな手で撫でる。
 それは、アンジェリークを嬉しくするのと同時に苦しくもさせる。

 お願い、いつまでも子ども扱いしないで・・・。

「ほら、帰るぞ」
「うん」
 アンジェリークは、再びアリオスの車に乗せられ、家へと戻った。
 道中、やはり無言のまま過ぎ去っていった。
 話したくても、何だか切なくて、苦しくて、言葉が出なかった。
 車が、アンジェリークの家の前に着き、彼女は名残惜しげに車から降りた。
「アリオス・・・、今日は有難う・・・」
 胸がいっぱいで、アンジェリークはやっとのことでアリオスに礼を言う。
「ああ。じゃあな」
 アリオスの口元に浮かんだ僅かな笑みがアンジェリークの心をかき乱す。
 堪らなくなり、アンジェリークはくるりと彼に背を向け、家へと入ろうとした時だった。
「アンジェリーク!」
 アリオスに呼ばれ、アンジェリークは振り返った。
「----俺以外の美容師に髪を触らせんなよ」
 アンジェリークは、大きな瞳を驚いたように見開く。体に力が入らない。
「じゃあな」
 アリオスは、彼女に何かを言う暇を与えず、走り去った。
 残されたアンジェリークは、嬉しさが徐々に体を包み込み、全身が温かくなるのを感じた。
「嬉しい!!!」
 アンジェリークは、近所迷惑をを省みず、大声で朗らかに叫んだ。    

TO BE CONTINUED


コメント
懲りないワタシは、またここで連続モノを書いてしまいました。
今回は、「ラヴコメ」ちっくに、昔のり●んのような乙女チック路線のストーリーにしたいと思っております。
ワタシって、節操のない字書きですね(^^:)