美しき世界


 文化祭の季節がやってきた。
 アンジェリークも、クラスの模擬店とクラブのステージ参加準備で忙しいところだ。
 だがその疲れも、彼女にとっては心地よい疲れである。
 いつもよりも長い時間、担任であるアリオスと一緒にいることが出来るから。
 クラスの出し物は”喫茶店”。
 全員交代で、メイドとウェイターの格好をして接客する予定だ。
 もちろん特別に、顧問のアリオスも少しの時間帯だけは。ウェイターの格好をする。
 コレも文化祭のご愛嬌と言ったところだろうか。
「おい、買出し部隊、行くぜ?」
「はい」
 アンジェリークも買出し部隊の一員だ。
 これが終われば、女子全員で衣装を縫うのだ。
 アンジェリークの担当は、自分のものと、アリオスのもの。
 レイチェルが気を使ってくれたのだ。
 持つべきものはクラス委員の友である。
 皆でアリオスの車に乗って問屋でお買物。
 と言っても、メンバーは、アンジェリーク、レイチェル、ゼフェルである。
 クラスメイトのゼフェルは、所謂『現場監督』で、彼が教室の装飾などを一気に引き受けている
 他の生徒は、4人が帰ってくる間、副担任のエルンストと一緒に、メニューつくりや、装飾などの細かいものを製作し、女子は衣装つくりの準備にかかる。
 お金がかからないように、生地等も予め大量に注文を掛け、学校の出入り業者に頼んでいた。
 それは既にきているので、女子は可愛い衣装つくりだ。
 今回は家庭科室にあるミシンをフル稼働する。
 他の暮らすとの兼ね合いで順番などもあるので、手早くやってしまわなければならないからだ

「アンジェはアリオス先生のトナリね〜!!」
「もう、レイチェルったら!!」
 真っ赤になりながら、アンジェリークはちゃっかりとアリオスの隣に座っていた。
「買い残しのねえようにな?」
「うん、先生!」
 レイチェルははきはきと返事をするが、アンジェリークは真っ赤になって返事どころではない。
 アリオスの車の助手席に座る-------
 それがとても特別なことのように思えて、心臓をばくばくとさせるのだった。

「えっと、ストロー…」
 買出し部隊の中では一番のチビアンジェは、中々高いものに手が届かずに、一生懸命背伸びをする。
 その様子をアリオスは可愛いとすら思ってしまう。
「おい、背伸びしても届かねえもんは、届かねえだろ?」
「先生…」
 やはりそこは長身のアリオス。
 背伸びもせずにいとも簡単にストローを取る。
「いくついる?」
「あ、6袋です」
「オッケ」
 アンジェリークが持っている籠の中に、アリオスは言われた数だけのストローを入れると、ひょいとその籠を持ってくれた。
「先生…!!」
「カートの上にひとつずつ積めば良いからな? それを引いて他のも買いに行こう」
「有難うございます」
 アリオスの優しさがアンジェリークには嬉しくてたまらなくて、心が温かくなるような気がした。
「 アリオスがカーとを引いてくれて、アンジェリークはてきぱきと買うリストを照らし合わせて籠の中に入れていく。
 チームワークのよさか、直ぐにリストのものは籠に入れることが出来た。
「あれ、アンジェと先生…」
 ふたりが楽しそうに買物をしているのが見える。
 レイチェルは、温かな様子のふたりを見るだけで、心が澄み切って、幸せな気分になるような気がした。


 買物が終わり荷物を持っていくと、それを元に、生徒たちは準備を進めていく。
「あ、私、コスチューム縫いに行かなくっちゃ」
 アンジェリークの担当はアリオスと自分の分だけ。

 丁寧に作ろう・・・。
 ひと針、ひと針心を込めて…。

 アンジェリークは材料を貰うと、抱き締めるようにして家庭科室に向かう。
 その様子を、アリオスは肩越しで見つめていた-------


 それからもばたばたと文化祭に向けての忙しい日々が続く。
 クラス準備と、クラブ準備で、アンジェリークはてんてこ舞いといったところだ。
 クラブの練習も、クラスの練習も、全部、全部、楽しくて堪らない。
 特にアリオスのために縫うギャルソンの服は、アンジェリークにとって宝物のようだった。
 大好きな先生に着てもらえる------
 それだけが彼女にとっては大切な目的だった。


「よし。いい感じに音も仕上がった! これで本番はいい調子に行くだろう」
 文化祭前のリハーサルをかねた最終練習。
 アンジェリークは1フレーズも間違えずに、フルートを吹くことが出来た。
 今までで一番の出来いう自信もある。
「良くここまでがんばって伸びたわね?」
「ハイ、先輩、有難うございます」
 部長にも褒められ、アンジェリークは小さな自信をほんの少しだけつける。
 嬉しい余韻で、彼女は暫くぼっとしていた-------
 もたもたと帰る支度をしていると、アリオスがぽんと肩を叩いてきた。
「おまえが最後だぜ?」
「あ・・・」
 周りを見ると、皆片付け終わっていて、アンジェリーク一人だった。
「す、すみませんっ! 直ぐに片付けますから!!」
「ゆっくり片付けてかまわねえよ?」
 アリオスはアンジェリークの前に立つと、微笑んで同じ目線になるように屈む。
「送ってやる。
 最近、クラスの準備もクラブの準備も頑張ってくれてたからな」
「はいっ!!」
 アリオスに送ってもらえる-------
 それだけでアンジェリークは嬉しくて仕方がなくて、満面の笑顔を浮かべて頷いた。

 アリオスが準備が終わるまで、駐車場で待つ。
 少しスキップをしながら、アンジェリークは伸びをしたりと、うきうきとアリオスを待ち構えていた。
「すまなかったな」
「あ、はい」
 授業中と違って、アリオスはとてもラフな格好で現われた。
 余りにもそのスタイルが似合っていたから、アンジェリークはうっかり見惚れてしまう。
「こら、あんまりぼーっとしてんじゃねえぞ? さっさと車に乗れ」
 そう言ってアリオスが開けてくれたのは、助手席のドアだった。
 これにはアンジェリークもほうけてしまう。
「ほら、コレット乗れ」
「はいっ!」
 今まで、たくさん生徒たちが乗ってこない限り、「助手席」に座ることを、アリオスが許してくれたことはなかった。
 アンジェリークは少しだけ緊張しながら、助手席に乗り込んだ。
「宜しくお願いします…」
「ああ」
 アンジェリークがシートベルトを締めると、それを合図にアリオスは車をゆっくりと走らせる。
「最近、頑張ってるな?」
「あ、ハイ、有難うございます」
 めったに褒めることのないアリオスに褒められて、アンジェリークは少しだけ真っ赤になりながら俯いた。
 ふとアリオスの視線がアンジェリークの指先に向かう。
 いくつかバンドエイドが張られていて、少し痛々しい。
「どうしたんだ、指?」
「あ、いえ、その…」
 言葉を濁すアンジェリークに、アリオスは直ぐに気がつく。
 噂で、彼のギャルソン服を縫っているのはアンジェリークであることを聞いていた。
 恐らく彼女はそのときに針の刺し傷をしたのだろう。
 そう思うと、アンジェリークが堪らなく愛らしくなってしまう。
 アリオスは静かに路肩に車をとめた。
「先生?」
「手をかしてみろ?」
「あ、ああっ」
 アリオスはアンジェリークの指を手に取るなり、一瞬だけ傷の部分にキスをする。
「あっ…!!」
 指先に熱がこもるような気がして、アンジェリークは頬を赤らめ、甘い声を上げた。
 ほんの一瞬だけ触れた唇--------
 それだけなのに、なんともいえない官能な気分になる。
「-----先生っ!」
「おまじないだ、コレット…」
「・・・はい・・・」
 アンジェリークの返事をする声は随分とひっくり返ってしまっている。
 彼女は真っ赤になりながら、じっとアリオスを見つめた。
「俺の服を縫ってくれてるんだってな? サンキュ」
「・・・はい・・」
 アリオスの指が離れていく------
 アンジェリークはなんともいえない、切ない気分になった。
 このままはなれて欲しくない------
 だが、アリオスの手は再び車のハンドルに戻り、静かに運転を再開した-----
 もう指先にアリオスの唇はない。
 それにも拘らず、指先はとても熱くて、アンジェリーくはその熱さに酔いそうになる…。

 こんな熱さだったら酔ってもかまわないよ・・・。
 先生…

  

コメント

『ときメモGIRLS SIDE』アリアン版
文化祭準備編です。
本番には、何か起こるでしょうか(笑)

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