美しき世界


 六月に入り、体育祭のシーズンを向かえる。
 アンジェリークも一生懸命はりきって参加だ。
「アンジェはリレーとむかで競争だっけ?」
「うん。リレーは一緒ね。よろしく〜」
 親友ふたりは椅子に座りながら、競技の行方を楽しんでいた。
「ねえ、今日の教職員のアトラクションは、借りもの競争なんだけどさ、見物だよ! 借り物の内容がね!」
「そうなんだ、楽しみ」
 何よりも走るアリオスが見られるのが嬉しい。
 いつもすたすたと早歩きをする彼を見るのもいいが、やはり颯爽としている姿もみてみたい。
 ちらりと気怠そうに職員席にいるアリオスを見る。
 トレーニングウェア姿でも、とても素敵だ。
 モノトーンのスタイルは、アリオスによく似合っていて、アンジェリークは見惚れてしまう。
「ありたん見てたんでしょ?」
「あ、え、あ〜」
 指摘された通りだったから、慌ててしまい、アンジェリークは耳まで真っ赤なゆで蛸状態になっていた。
「だって今日のありたんはかっこいいもんね〜」
「・・・うん」
 素直にコクリと頷くアンジェリークが、レイチェルにとっては愛らしくてたまらない。
「まあ、うちのエルのほうがカッコいいけどね?」
 もちろん、エルンスト至上主義のレイチェルは付け加えるのを忘れてはいない。

 あっ・・・。

 じっとアリオスを見ていせいか、彼がこちらをじっと見ているような気がした。
 目線が合う感覚に、アンジェリークは頬を染めてしまう。
「あ、ありたんこっち見てたよね!」
 レイチェルがからかうような眼差しを向けてきて、アンジェリークは更に真っ赤になった。

 先生が、私をじっと見てるはずはないのにね・・・。

「むかで競争に出場の生徒は、入場門に集まって下さい」
「あ、いけない!」
 アナウンスが入り、アンジェリークは慌てて集合場所に走っていった。
「がんばってね!」
 ぱたぱたと走って行くと、奥でアリオスが競技スタート用のピストルを用意しているところだった

 先生がスターターなのがいいなあ・・・。
 似合ってる。

「アンジェ、準備」
「あ、ごめん」
 ひとつの長い下駄のようなかせに、女子のクラスメートの半分と一緒に乗って、準備をする。
 前の子に肩に手を乗せて、準備をした。
「アンジェ、胸大きいわよね」
「恥ずかしい・・・」
 胸でクラスメートに突いてしまい、真っ赤になってしまった。
 胸のことを指摘されて、アンジェリークは俯いたまま、前の生徒の肩に掴まる。
「おい、前向いておけ」
 大好きな声にはっとして、アンジェリークは顔を上げると、一瞬、おかしそうなアリオスと目があった。
 彼はそのまま、スタート位置に戻り、最初の組をスタートさせる。

 がんばらなくっちゃ。
 だけどむかでは恥ずかしいな・・・。

 アンジェリークたちの番がやってきた。
 彼女は表情をひきしめて、前をまっすぐ向いている。
「位置について、用意」
 アリオスが空に放ったピストルの音と共に、アンジェリークは一生懸命がんばっていく。
 一歩、一歩を踏み締め、がんばる。
 彼女たちはスタートから息のあっているところを見せつける。
 もちろん勝負はすぐに着いた。
「やった〜! 一着!!」
 みんなで飛び上がって喜び合い、笑い合う。
 ちらりと、スタート地点にいるアリオスを見ると、親指を立てて喜んでくれていた。

 よかった。アリオス先生、喜んでくれたんだ・・・。

「アンジェ、よかったね〜!」
 クラス席に着くなり、レイチェルがしっかりと抱き締めてくれた。


 昼食が終わり、いよいよ教職員のアトラクション、「借りもの競争」である。
 アリオスは第三組に出場だ。
 人気の先生には、黄色い声援が飛んだりしていた。

 あ、アリオス先生だ・・・。
 レイチェルが”ある意味楽しみ”って言ってたけど、何だろう・・・。

 アリオスの組になり、スタートした。
 流石にそつがないような、そんな感じがする。
 アリオスが一番に封筒のある場所にたどり着き、紙を取った。
 書かれていたものを見るなり、彼は生徒席に走ってくる。
 しかもアンジェリークを目掛けてである。
 最初は、まさか自分を彼が呼ぶとは思わなかった。
 惚けていると「コレット!」といきなり呼ばれる。
「はいっ!」
「俺に着いてきてくれ」
「はいっ!」
 言われるままアンジェリークは席を立つと、アリオスの所に向かう。
 その途端、手を握られた。
 心臓が跳ね上がるかと思うほど、ドキリとする。
「走るぞ」
「はっ、はいっ!」
 ひっぱられるようにしてゴールに連れていかれた。
 握られた手は暖かくて、とても力強い。

 先生、もう少し強く手を握ってもいいよ・・・。

 夢心地で、アンジェリークはアリオスと短い距離を走り、ゴールまで駆け抜けた。
「一着でーす」
 係であるレイチェルが嬉しそうに一位ポールを持ってきてくれる。
「センセ、借りもの内容確認。”担当しているクラスとクラブが同じ生徒”。ぴんぽーん。じゃあ一位ポールで待ってて下さい」
「ああ。借りものは?」
 アリオスはまだ大切そうにアンジェリークの手を握っている。
「借りものさんはもう席に戻っていいよ」
 その瞬間、熱いアリオスの手が離れ、アンジェリークは胸の奥底が切なく痛むのを感じた。
「サンキュ、コレット」
「はい・・・」
 アリオスは静かにポールに向かう。
 アンジェリークはアリオスを見つめながら、握り締められた手の余韻を感じていた。

 きっとレイチェルのお陰かな・・。
 有難う・・・。


 競技は佳境に入り、クラス対抗リレーが始まる。
 アンジェリークもレイチェルと一緒に集合場所に集まっていた。
「頑張ろうね、アンジェ!」
「レイチェルも頑張って、アンカー」
 緊張の一瞬が始まる。
 アンジェリークは自分の場所にスタンバイして、バトンを受ける準備をする。
 ちらりとアンジェリークはアリオスを見つめた。

 先生、頑張ります・・・!!!

 第一走者がスタートする。
 アンジェリークは第三走者だ。
 彼女のあとはアンカーのレイチェルが控えていた。
 第二走者が走る。
 ここまでアンジェリークのクラスは二位だ。
 責任が重大になってきた。
 心臓が破裂するかのようにドキドキとする。
 アリオスをお守りのように見つめた後、走者が見えた。

 頑張らなくっちゃ!!

 バトンを受け取り、アンジェリークは風になった。
 走れるだけ、彼女は走りまくる。

 皆のために、クラスのためにも頑張らなくっちゃ!!

 前の走者が射程距離に入った。
 アンジェリークは細い躰から力を振り絞って、ラストスパートをかける。

 ・・・・抜いた・・・

 辺りがスローモーションになる。
 その先にはレイチェルが嬉しそうにバトンを受けてくれた------
 レイチェルが走り出す。
 次の瞬間、アンジェリークは勢い余ってこけてしまった。
「きゃあっ!!」
 痛くて中々起き上がれない。
 走者が全員通過し、立ち上がろうとした。
 ガ、不意に抱き上げられて、アンジェリークは目を丸くした。
「アリオス先生…」
「保健室に行くぞ」
「あ、はい・・・」

 はずかし〜

 自分の格好は、体操服である。
 そのまま大好きなアリオスに抱き上げられるなんて、アンジェリークは羞恥の余り真っ赤になってしまう。
 ゴールではレイチェルが一番で入っていくのが見える。
 それを尻目に、アンジェリークは保健室に向かった。

「直ぐ消毒してやる」
「はい・・・」
 椅子に座らされて、アンジェリークは真っ赤になりながらすりむいた膝をアリオスに見せた。
 直ぐに彼が水で綺麗に泥を流してくれたが、その痛さはかなりのもので、思わず顔を顰める。
「一寸しみるかもな」
「うわっ!」
 消毒液できれいに消毒されると、痛みの余りに声を上げてしまった。
 その様子にアリオスは可笑しそうに笑う。
「直ぐに済むから、これぐらい我慢しろ」
「あ、はいっ!」
 消毒をした後、念のために包帯を巻いてくれる。
 その間、ドキドキしながら起用に処置をしてくれる、アリオスを見ていた。
「・・・今日は良く頑張ったな」
 温かな声と優しい眼差しが、心に降り注ぐ。

 今日は最高の体育祭になったわ・・・。

 アンジェリークは泣きそうなくらい嬉しい。
 今日は「記念日」になると、思わずにはいられなかった------

コメント

『ときメモGIRLS SIDE』アリアン版
体操服ってそうしてあんなにやらしいんでしょうか(笑)

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