美しき世界


 スルモルニィ学院での生活はかなり慣れてきた。
 レイチェルという友達もでき、学生生活を謳歌しつつある。
 クラブではようやく自分のペースを掴んできた。
 顧問で担任でもあるアリオスは、相変わらず冷たい。
 それにもようやく慣れてきた。
 今日もくたくたになるまでフルートを練習し、少し遅くなってしまった。
 靴箱ロッカーのある、学習棟玄関先に行くと、外は雨が降っている。
「雨か・・・」
 誰もが困ったように溜め息を吐いている。
「アンジェ!」
 書類を沢山持ったレイチェルが、丁度前を通りがかった。
「凄い雨だよね〜! 今日は雨降るなんて、天気予報じゃ言ってなかったじゃん!」
「天気予報はあんまりアテにならないものね・・・」
 ニコリと穏やかに笑って、アンジェリークは、怒るレイチェルを宥めた。
「あ、レイチェルはこれから帰るの?」
「ううん。これから研究が佳境なの。明日は祝日で休みだから、ギリギリまでいるつもり。夕ごはんはエルがみんなにごちそうしてくれるって。みんなって言っても、三人だけだけどね」
 アンジェリークはすっとレイチェルに傘を差し出した。
「使って?」
「それじゃあアンジェが濡れちゃうじゃない」
「大丈夫。学校から駅はすぐだし、家も駅からすぐだから、余り濡れないもの」
 アンジェリークはそう言うものの、レイチェルは気が引けてしまう。
「ワタシは大丈夫だから」
「いいから、はい、レイチェル」
 遅くなったとき、傘がないとやはり心配だ。
 レイチェルはアンジェリークの好意に甘えることにして、コクリと頷いた。
「有り難う。このお礼は必ずするから」
「いいよ」
 レイチェルはしっかりと傘を受け取ると、軽く頭を下げた。
「じゃ、借りてくね」
「うん。クラブ頑張ってね!」
 手を振って別れた後、アンジェリークは空を見上げる。

 タオルもあるから、ちょっとぐらいは平気よね?

  大切なものは通学鞄に詰め込んで濡れないようなしてから、外に出ることにした。
 小走りで校門まで走った後、ポーチの端を歩いて濡れないようにする。
 ふいにクラクションが鳴り、アンジェリークはびくりとした。
「コレット!!」
 聞き慣れた大好きな声に、彼女は思わず立ち止まる。
 横を向くと見慣れたシルバーメタリックの車が停まっており、窓が開いた。
 誰のか直ぐに判る。
 胸がときめいた。
「風邪をひく。乗れ」
「アリオス先生…」
 助手席のドアが開けられ、アンジェリークは驚いてただ目を丸くする。
「早くしろ」
「あっ、はいっ!」
 低い声で諭されて、慌てて車に乗り込んだ。
 車に乗るなり、すぐに車が出る。
「ったく、お人好しだな」
「見てらしたんですか?」
「ああ」
 アンジェリークは俯いて、少し体を小さくさせる。
「ったく、おまえが風邪が引いちまうだろ」
「レイチェルの方が家が遠いですし、時間も帰るのが遅いですから。私は家も近いですから」
 アリオスは優しい心根を感じ、一瞬フッと微笑む。
 穏やかなアリオスの微笑みに、アンジェリークは胸が温かくなった。
 胸の奥の華やぎがとても心地よい。
「優しいんだな・・・」
「レイチェルにはいっぱい優しくしてもらってますから」
「そうか」
 アンジェリークがそばにいるだけで、アリオスは不思議と落ち着くのを感じる。
「先生もお優しいと思います!」
「はあ?」
 きっぱりとアンジェリークが言ってきたので、アリオスは面を食らう。
 あまりに真剣に目の前の少女が言うものだから、アリオスは吹き出してしまった。
 そんなこと、言われたことなど、今までなかったから。
「この俺が? おまえ正気か? 頭沸いてるとしか思えねえぜ」
「正気です! だって先生、優しいじゃないですか! こうやって私を送って下さっているし」
 あまりにも純粋に力強く主張するアンジェリークに、アリオスは少し柔らかに微笑んだ。
「サンキュ。”ありたんは冷たい”って先入観、おまえにはねえみてえだな」
「そんなこと思ったことはありません。先生は、いつも影でフォローして下さっているのを判ってますから・・・」
 アンジェリークは確信と自信に満ちた表情をアリオスに向けている。
「どうして判るんだ?」
 恥ずかしそうに俯くと、アンジェリークは自分の手元を見つめた。
「先生をいつも見てるから・・・」
 恋する少女としては、当たり前の行動である。
 アリオスは複雑な気分だった。
 少女に好意を持ってもらうことはとても嬉しいが、今の段階でどうこう言えることではない。
「クラスもクラブも一緒だからな・・・」
 はぐらかされて、アンジェリークは少しだけ胸が切なかった。
 だがアリオスは教師という立場上仕方がないと、思うしかない。
 そのまま、ふたりはしばらく黙り込んでしまった。
 雨の音だけが優しく世界を包みこんでいく。

 アリオス先生・・・。
 私はこんなにもあなたが好きです・・・。

 車はアンジェリークの家の近くまでやってきた。
「コレット、おまえん家はここからどう行く? ナビしてくれねえか?」
「あ、はい」
 アリオスに声をかけられ、周りをきょろきょろと見る。
 もう家へはあとわずかだ。
「そこの角を曲がって、緑の屋根の家がうちです」
「オッケ」
 アリオスはハンドルをゆっくりと切って、角を曲がっていく。
 自分の家が近いと思うだけで、とても切ない。

 もう少し…。
 もう少し・・・、一緒に居られたら・・・。

「あの緑の屋根だな?」
「そうです・・・」
 アリオスは、アンジェリークの言った通りの家の前に、ぴたりと車を止めた。
 無情にも助手席のドアが開け放たれる。
「コレット、また明日な?」
「はい・・・。先生、有難うございました」
 車を降りて、玄関先まで走ったところで振り返る。
 ドアの中に入るまで確認するのだろう。
 アリオスの車はまだ止まったままだ。

 先生…

 一気にドアを開けて家の中に入ると、同時に、車のエンジンの音がした。
 アンジェリークは再び外に出て、アリオスの車を見送る。

 好き…

 雨に濡れながら、アンジェリークは車が見えなくなるまでじっと見つめていた-------

 

コメント

『ときメモGIRLS SIDE』アリアン版
次は体育祭、文化祭だな。

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