美しき世界


 桜の咲く季節に戻ってきました。
 故郷スモルニィ市。
 小学校に上がるまでこの街で過ごし、セピア色になった思い出は、優しくまるで揺籠のように私を包んでくれます。
 陽炎がゆらゆら揺れて、春の訪れを歓迎してくれているようです。
 下あがりの名門校で有名な「スモルニィ学院」の僅かな外部募集枠を幸運にも潜り抜けることが出来、勉強したかいがあったなあと、素敵な学校の雰囲気に改めて実感。
 入学式まで時間があるので、少し、校内を散策してみることにしました。
 何か素敵なことがあるといいな・・・。


 真新しい制服を着て、ひとりの少女がゆらゆらと中庭を歩いていた。
 目を奪ったのは教会。
 無数の光を集めるステンドグラスは、宝石箱をひっくり返したように美しかった。

 綺麗・・・。

 吸い寄せられるように、何もかも忘れて近付く。
 桜吹雪に埋もれる教会は、そこだけ別の時間が流れているような気すらする。
「・・・!!」
 教会の重厚なドアの前までやってきたところで、足が止まった。
 同時に時間が止まる。
 風が吹き抜け桜が強く舞い散る中に、青年がいた。
 銀色の光り輝く髪には、無数の桜が散りばめられ、月並みな言い方だが「まるで絵画のよう」だったのである。
 黄金と翡翠を対にした麗しき瞳は空に向けられ、宝石のように輝いている。
 目が離せなかった。
 ただ、この「完璧」とも取れる容姿を持つ青年を、ずっと見つめていたかった。
 ゆっくりと青年が振り向く。
 余りにも素敵で、胸がどきっとして、すくみ上がった。
 長めの銀の髪をかきあげながら、少し気怠そうに少女を捕らえる。
 モノクロームのスーツを着ているが、かなり着崩しているのが印象的だった。
「ここの生徒か」
 唇から奏でられた音は、幾分か硬い声は、艶やかさを持った良く響くテノール。
「・・・はい。高等部の新入生です!」
 素直に返事をすると、青年は僅かに口角を上げて微笑んだ。
「早く講堂に行け。式が始まるぜ?」
 ぽんとアンジェリークの頭を軽く叩くと、青年はクールに去っていく。
 その精悍な背中をじっと見つめる少女の胸に、ひとつの感情が芽生えた。
 アンジェリーク・コレット。
 十五歳の初恋であった--------


 入学式は、ぎこちなく参加した。
 生徒のほとんどが中等部からの「下あがり」組で、全員が仲良さそうに話している。
 アンジェリークには知り合いが全くいないせいか、疎外感を感じて寂しい。
 外部から来たので仕方ないのだが、少し切なかった。
 新しいクラスでは、「外部組」はひとりぼっちと聞いているので、余計に肩身が狭い。
 だが、今朝出会った青年にまた逢えるかもしれないと考えると、少なくとも期待を持った学生生活が送ることが出来るような気がした。
 青年が何者か。
 その答えは、チャイムが鳴った瞬間に解けた。
 あの銀の髪の青年が、出席簿を片手に入ってきたのである。
 ぴりりとした空気が辺りを覆う。
「このクラスを担当するアリオスだ」
 ”担任”その事実を知り、アンジェリークはある意味衝撃的だった。
 初恋の相手は担任教師。
 どこか使い古されたフレーズのようである。
「俺のクラスのメンバーは赤点を許さねえし、内部組外部組の区別はしねえ。以上だ」
 ぴしりと言い放たれ、生徒たちは恐縮してしまう。
 アンジェリークもまた小さな肩を竦ませた。
 ”厳しい”。
 アンジェリークの心の中で、アリオスについてこの言葉が追加された。


 ホームルームが済み、今日のところは終わり、アンジェリークは鞄を持って立ち上がる。
「ねえ、ちょっとアナタ」
 明るく声を掛けられ、思わず振り返った。
 そこにはにこやかに笑う、自信を漲らせた少女が立っている。
「あ、同じクラスの・・・」
「ワタシ、レイチェルっていうの。アナタと同じありたんのクラスよ」
 ”ありたん”とあのアリオスを呼べるのは凄いことだと思いながら、アンジェリークはしっかりと頷いた。
「アナタ、外部組のトップで入学してきたんだってね! 久し振りに手応えのある同級生だわ!」
 いきなり手を握られ、アンジェリークは大きな瞳を更に丸くする。
 その愛らしさに、今度は抱き締められてしまった。
「可愛い〜!!」
「あっ、あの」
「ワタシレイチェルっていうの! よろしくね、アンジェリーク」
 たじろいでいるアンジェリークにはお構いなしに、レイチェルはらぶらぶで自己紹介してくる。
「あ、よろしくお願いします」
 今後、お互いに親友同士となる、レイチェル・ハートとの劇的な出会いだった-------

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 最初は戸惑うことも多かったが、レイチェルのおかげで学園生活も随分と馴れてきた。
 本日はクラブ紹介日。
 元からアンジェリークは入るクラブは決めていたので、手続きは早かった。
「クラブは決めた?」
「うん、吹奏楽部。中学の時にも入ってたし」
 レイチェルはにやにやと意味深な笑みを浮かべる。
「だってさ、吹奏楽部の顧問って、ありたんだからさ」
 途端にアンジェリークの顔は熱くなる。
 もちろん、わざとではなく、趣味としてフルートを続けたかったから。
「だって、続けたかっただけだもん・・・。アリオス先生が顧問だ何て知らなかったし・・・」
 語如語如と言う彼女が、レイチェルに葉愛らしくて堪らなかった。
「やっぱ、アンジェは可愛いよね!」
 嬉しそうに笑われて、きゅっと躰を抱き締められるのが、くすぐったい。
「レイチェルはどこに入るの?」
「ワタシはもちろん決まってるよ。エルっちが顧問の”天文地学部”だよ!」
 エルっちとは地学と物理を担当している、エルンストである。
 二人のクラスの副担任でもある彼は、パワフル元気なイマドキの娘、レイチェルの思い人である。
 ふたりとも「教師が好き」という共通なこともあり、共に励ましあって一生懸命頑張っていた。
「クラブでも一緒だし、張り合いもでるよね〜」
「うん、そうね」
 にこやかに笑って、アンジェリークはしっかりと頷いた。



 クラブの初日は緊張のあまり昼ごはんも喉に通らず、困った。
「ありたん、クラブでも相当厳しいらしいよ〜! 女の子にもキツクあたるからね〜」
 レイチェルに前もってその厳しさを聞いていたせいか、幾分か緊張を覚える。
「失礼します」
 ノックをした後、姿勢を正してゆっくりとドアを開ける。そこには既に何人もの部員がおり、アンジェリークはたじろいた。
 誰もが、自分より出来そうな雰囲気を持っていたから。
「おい、コレット、早く部室に入れ」
 振り返るとアリオスが密着するかのような位置で立っていた。
 胸が飛び上がるほど跳ね上がる。
「はい・・・」
 心が騒ぎ立つ香りが、胸をくすぐっている。
 ぎこちない動きながら、アリオスに促されて部屋に入った。
 
 アンジェリークの真の高校生活が、今、始まる-------

コメント

『ときメモGIRLS SIDE』アリアン版
これ以上連載増やしてどうなる・・・。
だって書きたかったんだも〜ん♪

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