BEAUTIFUL THAT WAY

CHAPTER8


「どうして言わなかった・・・?」
 アリオスの声はわずかに震え、アンジェリークだけを見つめた。
「・・・心配・・・掛けたくなかったから・・・」
 小さく話す彼女は、どこか透明感がある。
「みんなに、迷惑を掛けたくなかった!! 死ぬんだったら、静かにひとりで・・・」
「バカ!!」
 アリオスはぎゅっと彼女を再び抱き締め、放さないようにする。
「そんなこと言うんじゃねえ! 死ぬときは、俺が一緒にいてやる! おまえが寂しいって言うんなら、一緒に・・・!」
「アリオスお兄ちゃん!!」
 こんなに激情の兄を、アンジェリークは見たことがなかった。その温かな腕に包まれながら、彼女は顔をぐしゃぐしゃにして泣く。
「おまえひとりで逝かせねえから。一緒だから」
「ずるいよ・・・、お兄ちゃん・・・。こんなこと言われちゃったら、私、頑張らなくちゃって、思うじゃない・・・」
 小さな手が、彼のシャツをぎゅっと握り締める。
「それが狙いかもな? 一緒に頑張ろう・・・」
 少しだけ、彼女の気を紛らわせたくて、アリオスは笑った。
「それは医者としてかな? 兄としてかな?」
 泣き笑いの彼女に、彼はさらに抱き締める腕に力を込める。
「俺はおまえを”妹”としてみたことはねえ。ずっと一人の”女”としてみてた…」
 その情熱的な言葉に、アンジェリークは喘いだ。
「びっくりしたか? いきなりだからな?」
 甘く低く響くテノールに、アンジェリークは彼の胸に顔を埋める。
「嬉しい、嬉しいの、とっても! 私もお兄ちゃんが・・・」
「言わせないぜ? 俺から言うからな?」
 アリオスはアンジェリークの言葉を取ると、異色のまなざしを向ける。
「ずっと・・・、おまえだけを見てきた。おまえも知っているだろうが、俺は何人かの女と付き合ったこともある・・・。
 だが、心はいつもおまえのところにいた。愛してる・・・」
 その言葉に、アンジェリークは涙をぽろりと零した。
「お兄ちゃん! 私・・・、頑張る! 頑張るから! お兄ちゃんのそばにいるために、頑張るから・・・」
「ああ。俺もおまえが治るためだったら、なんだってする。一緒に生きていこう・・・」
「・・・ん・・・」
 二人は、互いの温かさをしっかりと刻み込む。
「ホントはね・・・、アリオスお兄ちゃんにこれ以上、迷惑掛けたくなかったの・・・。だって、私に縛られてしまうから」
「おまえなら縛られたって構わねえよ・・・」
「有り難う」
 アンジェリークは、震える体をそっとアリオスに預ける。
「辛いこととか、全部、俺が受け止めてやるから・・・」
「うん・・・。全部預けるから・・・」
 アリオスは優しく笑って、彼女の顎を持ち上げると、そっとキスをした。
 軽く触れるだけのキス。だが、二人にはそれが充分の誓いのそれとなる。
「俺はおまえと生きていきたいんだからな・・・。それだけは忘れないでくれ」
「うん」
 彼女は再び彼の胸に頭を預け、その鼓動に耳を澄ます。
「こうしてるとね、安心するの・・・。お兄ちゃんの胸の鼓動が心地良いの」
「いくらでも聴かせてやるぜ?」
「うん・・・。お兄ちゃん?」
「なんだ?」
 さらに腕に力を込めて、アリオスは包み込むかのようにアンジェリークを抱き締めた。
「オスカーお兄ちゃんを呼んできて?」
「判った。・・・オスカーはおまえの病気のことを知ってる・・・」
「うん」
 穏やかに、彼女は頷いた。

 オスカー…。
 俺は禁断の紐を解いた…。
 おまえには悪いがな?


「アンジェ」
 オスカーが病室に入ったとき、アンジェリークの表情は、先程の穏やかなそれに変わっていた。
「オスカーお兄ちゃん・・・」
「具合はどうだ?」
「悪くないわ」
 そうは言っているものの、やはり彼女の具合は良くなさそうである。
「オスカーお兄ちゃん」
 呼びかけて、彼女は強さのこもった眼差しを見つめた。
「あのね・・・、私…、一生懸命頑張って、病気と闘ってみようと思うの!
 それに、お兄ちゃんも手を貸してくれる?」
「ああ! 約束する」
 総てを受け入れた彼女の眼差しは、もう誰にも犯すことが出来ない神聖さがそこにある。
 オスカーはそれに心、乱されてしまう。
「約束よ?」
 差し出された小さな手をそっと、オスカーは握る。
 その冷たさが彼には哀しかった。
 力強い握手が終わった後、アンジェリークは潤んだ眼差しで、アリオスを見つめた。
「アリオスお兄ちゃん、ゼフェル、レイチェル、マルセルを呼んで来て?」
「ああ」
 アリオスはしっかりと頷いてやり、部屋の外へと向かう。
 彼には判っていた。
 これが、兄弟たちにとってはかなり辛いことになるだろうと----


 白衣を着せられ、消毒をされ、その上マスクまでされて、三人----ゼフェル、レイチェル、マルセルは、訝しげに頭をひねっていた。
「なあ、これってどういううことなんだよ!」
 ゼフェルは、自分の行為が犯した過ちに臍をかみながら、感情をぶつける。
「…おかしいわね…」
 レイチェルも、この扱いに訝しげに思う。
「ねえ、ねえ、どうなってんの?」
 マルセルは不安を隠し切れない様子だ。
 ドアが開く音がして、彼らはは一斉にそこに注目をした。
 中から、白衣姿のアリオスがやってくる。
「おい。おまえらも入って来い。
 アンジェが呼んでる…」
 その招きに、三人はおずおずと部屋に入っていった。
「あ、三人とも、早く入って…」
 ベットの上で座るアンジェリークの透明な美しさに、彼らは息を飲んだ。
「お姉ちゃん…」
 最初に泣きそうになったのはレイチェル。
「お姉ちゃん!」
 それにつられてマルセルも泣いてしまう。
「姉貴…」
 ゼフェルも切なくてたまらない。
「三人とも側に来てくれる…?」
 言われるままに、三人はベットに近づき、アンジェリークを囲んだ。
「有難う…。どうしても言っておきたいことがあるの。
 お姉ちゃんの病気のこと…」
 その言葉に、アリオスもオスカーも息を飲む。

 言うのか!? アンジェ!

「お姉ちゃん…ね…、
 骨髄性白血病なの…」
 三人は、そのまま目の前が暗くなる気がした…。

TO BE CONTINUED…



コメント

暗い、暗すぎる!!