「どうして言わなかった・・・?」 アリオスの声はわずかに震え、アンジェリークだけを見つめた。 「・・・心配・・・掛けたくなかったから・・・」 小さく話す彼女は、どこか透明感がある。 「みんなに、迷惑を掛けたくなかった!! 死ぬんだったら、静かにひとりで・・・」 「バカ!!」 アリオスはぎゅっと彼女を再び抱き締め、放さないようにする。 「そんなこと言うんじゃねえ! 死ぬときは、俺が一緒にいてやる! おまえが寂しいって言うんなら、一緒に・・・!」 「アリオスお兄ちゃん!!」 こんなに激情の兄を、アンジェリークは見たことがなかった。その温かな腕に包まれながら、彼女は顔をぐしゃぐしゃにして泣く。 「おまえひとりで逝かせねえから。一緒だから」 「ずるいよ・・・、お兄ちゃん・・・。こんなこと言われちゃったら、私、頑張らなくちゃって、思うじゃない・・・」 小さな手が、彼のシャツをぎゅっと握り締める。 「それが狙いかもな? 一緒に頑張ろう・・・」 少しだけ、彼女の気を紛らわせたくて、アリオスは笑った。 「それは医者としてかな? 兄としてかな?」 泣き笑いの彼女に、彼はさらに抱き締める腕に力を込める。 「俺はおまえを”妹”としてみたことはねえ。ずっと一人の”女”としてみてた…」 その情熱的な言葉に、アンジェリークは喘いだ。 「びっくりしたか? いきなりだからな?」 甘く低く響くテノールに、アンジェリークは彼の胸に顔を埋める。 「嬉しい、嬉しいの、とっても! 私もお兄ちゃんが・・・」 「言わせないぜ? 俺から言うからな?」 アリオスはアンジェリークの言葉を取ると、異色のまなざしを向ける。 「ずっと・・・、おまえだけを見てきた。おまえも知っているだろうが、俺は何人かの女と付き合ったこともある・・・。 だが、心はいつもおまえのところにいた。愛してる・・・」 その言葉に、アンジェリークは涙をぽろりと零した。 「お兄ちゃん! 私・・・、頑張る! 頑張るから! お兄ちゃんのそばにいるために、頑張るから・・・」 「ああ。俺もおまえが治るためだったら、なんだってする。一緒に生きていこう・・・」 「・・・ん・・・」 二人は、互いの温かさをしっかりと刻み込む。 「ホントはね・・・、アリオスお兄ちゃんにこれ以上、迷惑掛けたくなかったの・・・。だって、私に縛られてしまうから」 「おまえなら縛られたって構わねえよ・・・」 「有り難う」 アンジェリークは、震える体をそっとアリオスに預ける。 「辛いこととか、全部、俺が受け止めてやるから・・・」 「うん・・・。全部預けるから・・・」 アリオスは優しく笑って、彼女の顎を持ち上げると、そっとキスをした。 軽く触れるだけのキス。だが、二人にはそれが充分の誓いのそれとなる。 「俺はおまえと生きていきたいんだからな・・・。それだけは忘れないでくれ」 「うん」 彼女は再び彼の胸に頭を預け、その鼓動に耳を澄ます。 「こうしてるとね、安心するの・・・。お兄ちゃんの胸の鼓動が心地良いの」 「いくらでも聴かせてやるぜ?」 「うん・・・。お兄ちゃん?」 「なんだ?」 さらに腕に力を込めて、アリオスは包み込むかのようにアンジェリークを抱き締めた。 「オスカーお兄ちゃんを呼んできて?」 「判った。・・・オスカーはおまえの病気のことを知ってる・・・」 「うん」 穏やかに、彼女は頷いた。 オスカー…。 俺は禁断の紐を解いた…。 おまえには悪いがな? 「アンジェ」 オスカーが病室に入ったとき、アンジェリークの表情は、先程の穏やかなそれに変わっていた。 「オスカーお兄ちゃん・・・」 「具合はどうだ?」 「悪くないわ」 そうは言っているものの、やはり彼女の具合は良くなさそうである。 「オスカーお兄ちゃん」 呼びかけて、彼女は強さのこもった眼差しを見つめた。 「あのね・・・、私…、一生懸命頑張って、病気と闘ってみようと思うの! それに、お兄ちゃんも手を貸してくれる?」 「ああ! 約束する」 総てを受け入れた彼女の眼差しは、もう誰にも犯すことが出来ない神聖さがそこにある。 オスカーはそれに心、乱されてしまう。 「約束よ?」 差し出された小さな手をそっと、オスカーは握る。 その冷たさが彼には哀しかった。 力強い握手が終わった後、アンジェリークは潤んだ眼差しで、アリオスを見つめた。 「アリオスお兄ちゃん、ゼフェル、レイチェル、マルセルを呼んで来て?」 「ああ」 アリオスはしっかりと頷いてやり、部屋の外へと向かう。 彼には判っていた。 これが、兄弟たちにとってはかなり辛いことになるだろうと---- 白衣を着せられ、消毒をされ、その上マスクまでされて、三人----ゼフェル、レイチェル、マルセルは、訝しげに頭をひねっていた。 「なあ、これってどういううことなんだよ!」 ゼフェルは、自分の行為が犯した過ちに臍をかみながら、感情をぶつける。 「…おかしいわね…」 レイチェルも、この扱いに訝しげに思う。 「ねえ、ねえ、どうなってんの?」 マルセルは不安を隠し切れない様子だ。 ドアが開く音がして、彼らはは一斉にそこに注目をした。 中から、白衣姿のアリオスがやってくる。 「おい。おまえらも入って来い。 アンジェが呼んでる…」 その招きに、三人はおずおずと部屋に入っていった。 「あ、三人とも、早く入って…」 ベットの上で座るアンジェリークの透明な美しさに、彼らは息を飲んだ。 「お姉ちゃん…」 最初に泣きそうになったのはレイチェル。 「お姉ちゃん!」 それにつられてマルセルも泣いてしまう。 「姉貴…」 ゼフェルも切なくてたまらない。 「三人とも側に来てくれる…?」 言われるままに、三人はベットに近づき、アンジェリークを囲んだ。 「有難う…。どうしても言っておきたいことがあるの。 お姉ちゃんの病気のこと…」 その言葉に、アリオスもオスカーも息を飲む。 言うのか!? アンジェ! 「お姉ちゃん…ね…、 骨髄性白血病なの…」 三人は、そのまま目の前が暗くなる気がした…。 |
TO BE CONTINUED…